第7話
なに?なんなの。この状況は。なんで私がこの男と一緒に帰ってるの?こんなとこ彩に見られた日にゃあ、もうからかわれまくって、一生ネタにされて終わりよ。
「ん?市居さん何か言った?」
「い、いえ。何も。」
ははは。と力ない笑いが出る。心の中で咲良のことをけちょんけちょんに言っていても、本人を前にするとなかなか言えないものである。隣で自転車を押す咲良をちらりと盗み見てみると、咲良は空を見上げていた。横顔もなかなか綺麗だ、と素直に思う。
「市居さん、こんなに遅くまで勉強偉いね。」
「えっ!?いや、さっきまで寝てたみたいだし偉くなんか・・・」
突然こちらに顔を向けられ目が合ってしまい、またもやどぎまぎするのがわかる。あーもう、穴に潜りたい。夜の暗さで赤くなっただろう顔が見えないのが唯一の救いだ。
「そ、そういえば咲良・・・君も図書館で勉強してたの?」
「う~ん。友達の勉強見てたって感じ。」
「あ、そうなんだ・・・」
彩を教えていたわたしと同じだ…
「うん、市居さんと同じだね。武中さんに勉強教えてただろ?」
「えっ?見てたの?」
心の声に返事をされたようでドキドキする。…ちなみに武中とは彩のことだ。
「武中さん叫んでたしね。“わかんなーい!”って。それに市居さんけっこうスパルタだった。」
くくっと咲良は口元に手をやり笑う。その仕草もまた世の女子からしてみれば悩殺もんなのだろうが・・・・・
「うわ。聞かれてたんだ。恥ずかしい・・・。」
本当に恥ずかしい。だって“素”を見られたということになるのだ。
「市居さんっておとなしくて大人なイメージがあったけど、武中さんの前じゃ違うんだね。」
「えっ・・・。そ、そうかな・・・?」
まずい。やっぱり本性バレた?
「うん、違う。けど、俺はそっちの方がいいと思うよ。」
少し、上ずった、緊張したような声が隣から聞こえる。
「えっ?」
顔が見れなくてずっと足元を見て話していたのだが、その言葉で咲良の顔をつい見上げてしまった。まっすぐに私の目を見る視線に射ぬかれる。
「ほんとの市居さんを見れた感じ。俺、そっちのが好きだな。」
「っ・・・・・・。」
顔を上げて目が合った先にあったのは、少し照れたように優しく微笑む咲良の顔。
「あれ?市居さん?」
「・・・・・・。」
言葉が出てこない。何も考えられない。何も聞こえない。
「いーちーいーさん?」
目の前では、咲良が手をひらひらさせている。
「わっ、わっ、わわたしっ!ここからは自分で帰れるからっ!じじじゃあっ!!」
鞄を胸に抱え、咲良から思い切り顔をそらすと、自分の家のある方向へと駆けて行く。
咲良が引き留める間もなく。
「え、ちょっ市居さん!?・・・・・・行っちゃったか。どうしたんだろ。俺なんか変なこと言ったかな?」
頭をぽりぽりとかく咲良には、香奈の顔が赤かったことにも、自分が甘いセリフを言ったことにも気がついていない。
咲良がモテルもう一つの理由。
それは、咲良が天然の“タラシ”であるということかもしれない。