第3話
「もぉ。逃げ足早いんだから。」
すでに姿が見えなくなっていた彩を追いかけるのを諦め、一人片付けを終わらせて弓道場を出る。着替えるべく、弓道場と別にある部室棟に向かっていると、隣接する建物からバチバチと乾いた音と、黄色い歓声が聞こえてきた。隣にある建物は、憎きあの男のいる剣道場である。
入口には剣道部であるあの男を見ようと連日、朝も放課後も女子が集まっている。
学校中の注目の的、爽やか王子の異名を持つあの男。咲良優だ。毎日毎日、よくも飽きずに見ていられること。ったく。うるさいったらありゃしない。
剣道場は弓道場のすぐ隣にあるから、よく声が聞こえてくる。静けさの中、集中しようとしても、うるさい女子の声で集中力と冷静さがぷつりと切れるのだ。あんないつもヘラヘラしているような男のどこがいいんだか。男たるもの、もっとこう、キリッと、憮然としていないと。私には咲良優の良さが全く理解できない。
興味本位で、女子たちの注目を集める咲良優がどんなもんかとちょっと、ちょっとだけ覗いてみる。女子たちがひしめきあい、あまり良くは見えないけれど、女子の固まりから少し離れたところから隙間を狙ってちらりと覗いてみた。
ちらりと耳にした会話によると、中では咲良優が誰かと試合稽古をしているところらしかった。なんか一年生のくせに生意気ね。
ルールはいまいち分からないし、面をつけているからどちらが咲良優かもよくわからない。一方が連続で竹刀を振り下ろし、相手を追いつめているように見える。追いつめられている方はなんとかそれを受け流すのに精一杯である。
「ヤーッ!!」
気合の入った掛け声のあと、追いつめていた男が竹刀を相手の頭上に振り落とす。と、相手はそれをひらりとかわし、相手によけられて体制を崩した男に技をしかけ、決まった。決まったのは男にしかけられたのと同じ「面」だ。
しかも技をくらった男はその勢いで尻餅を付く始末。これがヤツだったら大笑いしてやるところだけど、生憎、どちらが勝ったか負けたのか、私にはさっぱりわからなかった。ファンクラブの女子たちも分かっていないのか、声援を送るかどうか迷っている様子。そりゃ、2人とも同じ恰好してりゃどっちだかわかんなくなるわよね。互いに礼をし、離れたあと、面を取る。
「「「キャアァァァァァァァッッ!!!」」」
勝ったのは・・・・・・言わずもがな咲良優だ。なんだ。つまんない。
ファンクラブの女子たちのうるさいわめき声を背にさっさとその場を離れることにした。