二心
ある日、魔王は海岸を散歩していた。太陽の光を受けてキラキラ光る波を眺めながら歩いていると、魔王は一匹の亀が複数の老人にいじめを受けているところを目撃した。老人たちはどこか物憂げであるように見えたが、どのような事情であれいじめはよくないと考える魔王はその光景に腹立たしくなり、
「本当に人間はけしからん」
とその老人たちを殺した。
「もういじめられるんじゃないぞ」
老人たちを殺した後、魔王がその亀を海に帰そうとすると、
「助けていただきありがとうございます」
と亀がしゃべった。
「やや、言葉が話せるのか。いったいお前はどうしていじめられていたのだ」
「それは分かりません。本当に助けていただきありがとうございました」
「いや、礼などいらぬ。これからは気を付けよ」
「はい。しかし勝手ではありますが私は恩を返すことをモットーにしております。できれば精いっぱいあなたに報いたいのです。そこでいかがでしょう。竜宮という素晴らしい場所へとご案内したいのですが」
「竜宮? 聞いたことないな。それはどこにあるのだ」
「海の底です」
「そんなところにいけるわけがなかろう」
「いいえ、行けるのです。試しに私の背中に乗ってみてごらんなさい」
魔王は少しためらったが、興味もあったので亀の背中に乗ってみた。すると亀は魔王を乗せたまま海の中へと潜り、ずんずんと進んでいった。
やがて海の底に辿りつき、立派な城へと到着した。きらびやかで大きな城である。突然、その城から一人の女性が現れた。
「初めまして。私は乙姫です。亀を助けていただいたようですね。礼と言ってはなんですが、中へとご案内いたしましょう」
魔王は、どうして亀を助けたことを知っているのだろう、と疑問に思ったが、黙って乙姫についていった。この大きな城の中がどうなっているのかが気になったのだ。
乙姫は魔王を客間に案内し、できる限りのもてなしをした。豪華な御馳走を用意し、美女をあてがい、さらには気分の良い音楽まで鳴らし始めた。魔王もそれに気をよくし、時を忘れるほど満喫した。
三日。たった三日で魔王はその生活に飽きてしまった。思い返せば地上でも同じことをしていたのだ。そこで魔王は乙姫に帰ることを申し出た。
「帰ってしまわれるのですか? もう少しここにいてくださいな」
「そんなわけにもいかぬ。地上では人間どもが何をしているか分からぬからな」
「そうですか。それはそれは名残惜しいことです。それではお土産に玉手箱を差し上げましょう」
乙姫は魔王に小さな箱を渡した。
「これはなんじゃ」
「中身は秘密です。ですがこの箱を絶対に開けてはなりません。ではさようなら」
魔王は何が何やら分からぬうちに亀に乗せられて地上へと戻されてしまった。
海岸に着くと魔王は驚いた。周りをよく見渡すと、以前にいた場所とはまったく異なった光景が広がっていたのだ。
「これはいったいどうしたことだろう」
魔王は途方に暮れた気分になったが、手元にある玉手箱に視線を移すとまたたく間にうきうきとしてきた。
「この魔王が開けてはならぬと言われて開けぬものか」
頬を緩ませながら魔王はその玉手箱を開いてみる。すると中から煙がもくもくと出てきた。しばらくするとその煙は収まり、中に鏡があることが分かった。その鏡には髭面の男が映っていた。
「こ、これはいったい……」
と魔王は慌てふためく。するとまた玉手箱から何かが現れた。奇妙な形をしている。その様相はさながら悪魔だった。
「開けるなと言われていただろうに」
悪魔が喋りかけてくる。低い声だった。
「お、お前はなんだ」
「私のことなどどうでもよい。それよりも開けるなと言われていたはずなのにどうして開けたのだ」
「開けるなと言われたら開けてしまうだろう」
「ふむ。貴様は禁止されると反抗してしまうのだな。では私の言葉をよく聞けよ」
悪魔は少し間を開けてからこう言い放った。
「亀を決していじめるでないぞ」
数日後、海岸では魔王が亀をいじめていた。その顔はどこか物憂げである。
そこに一人の青年が現れた。
「何をしている。いじめたらかわいそうじゃないか」
いじめたくはないのだ。だけどいじめるなと言われたらいじめたくなってしまうのだ……。お前もじきに分かるだろう……。