第三十三回:E90
この随筆でも度々言及しているが、現時点で特に高級車から、大衆・営業車までの各種自動車メーカーにおいて波及しているトレンドは、自社ブランド固有の、且つ一つのイメージを具現したデザインを確立し、それを世間に大々的に広める事である。この間販売されたレクサス・GSやLS等に採用されているスピンドル(糸車状)グリル等、いい意味でも悪い意味でも奇抜で個性的なデザインで同じブランドの全ての車種が固定されつつあるのもそうした業界の事情によるものである。まあ、個人的にはそんな発展性を自ら閉ざすような真似をするべきではないし、ましてや流行りだからと先行している欧州メーカーが先取りしたデザインを回れ右で無節操に取り込むなんてもっての外だと思うが……。
そんな中、最近は周りに影響されたのか昔のように回帰しつつあるものの、2000年代という最近年に時代と逆行してデザインのヴァリエーションを大幅に増やす方向に進んだのが、BMWである。
筆者は幼い頃から、BMWというメーカーの車があまり好きになれなかった。勿論20数年以上前から確立されたあのデザインが好きになれなかったのもあるだろう、が一番の要素は全ての車が、セダンやワゴンなどの車体形状のカテゴリーの明確な区分はあったにせよ、同じようなデザインで固定されているという、面白みの無さだった。
普通の、例えばトヨタの各ディーラーを回れば、おっさん臭いクラウンや、何気に格好いいデザインのマークX、後席に座っているだけなのに何か偉くなった気になってくるセンチュリー、もはや何も言うまいと言える位平々凡々としたカローラ等、同じセダンでも値段帯や購入層によって様々なデザインの車がペット、ネッツ……etcの各ディーラーに一同に並べられている。そこには統一感が全く無くても、色んな車を見られるという点で車選びが非常に楽しい。
だがしかし、である。ヤナセなどの輸入車ディーラーでもいい。BMWを扱う販売店の前に行くとあの頃はいつもがっかりした。
確かに、1シリーズ、3シリーズ、5に7等、いくつかモデルが並んでいる。セダンもあればワゴンもあり、スポーツカーだってある。普通に考えれば見ているだけでも楽しかろう。全ての車がやや釣り目がちになった丸目4灯ライトで豚鼻みたいなキドニーグリルという同じような顔で、台形の同じようなテールレンズの尻をしてなければな!
どの車もカテゴリー関係なく前から見ても後ろから見ても同じ車。ワゴンなのにセダンとほぼ共通のテールランプを取り付けられる程、80年代末からBMWのブランドデザインは完全に固定されていた。
最初の変化は先代7シリーズの登場だった。BMWの象徴と言っても過言ではない豚鼻グリルこそ継承されたものの、伏し目がち、というより完全につまらなくて不貞腐れている糞餓鬼なような目付きをし、どこか扁平なプラナリアのような体つきで、むくっと真上へ出っ張ったトランクリッド、そしてそれまでのBMWでは考えられなかった変則的なテールライトデザイン。クリス・ハングルの集大成の一つと言っても過言でもない。
クリス・ハングル。2009年にBMWを退いた以後も、イーグルランプの安易な多用等、BMWのデザインを陳腐化された戦犯として何故か我々車好きの間で槍玉に上げられ、悪名高くなってしまった彼を決して擁護する訳ではないが、90年代から00年代を通してBMWに与えられた彼の影響は、決して悪いものでは無かった。そう、筆者は断言したい。彼の変革がなければ、間違いなく現在もBMWは極一部のマニアにしか受け付けられない単なる一老舗メーカーとしてしか存在しなかった筈である。絶対に、今のように一般層にも受け入れられる高級車メーカーには成り得なかっただろう。
さて、こういう時代背景のような物を読者諸氏の念頭に置いてもらった上で、E90の話、本題の方へ移りたいと思う。
E90が出た時、その前に出た7シリーズ程ではないものにせよ、筆者は吃驚した。正直言って5シリーズは風変わりではあってもその前の代までのイメージを上手にそのまま踏襲したBMWらしいデザインをしていた分、予想外のフェイントを食らった気分だった。特にウインカー、バックランプ、そして2個のテールランプをシンプルにそれぞれ上下とトランクリッドとボディー側面に並べたシンプルでクールなリアデザインは、従来のBMWでは考えられなかったデザインであったので余計に、だ。
顔つきも大分変わってしまった。それまでは何か兎も角不良ぶった一重伏せ目のような丸目、または内部に丸目を組み入れた異型4灯のヘッドランプが通例だったのに、E90型にメジャーチェンジされてからディスチャージバルブの4灯を続けた上でヘッドライトとボディーの境界面に複合的で緩やかな、それでいてはっきりとその存在を顕現する曲線を多用し、さらにその活発な少女のそれのような目尻に壁を造るが如くラインを引き、白色の発光ダイオードを幾つも並べてこれを車幅灯とする現在のBMWの主流となっているスタイルが確立されたのだ。
このスタイリングとその思想においては、現在のところ自動車業界、特にその中でも知識層を謳う評論家やジャーナリスト達、の間でその是非についての意見が紛糾している。つまるところ、筆者のようにそれまでBMWの車を面白みのないと感じていたりそもそも興味がなかったりした方はBMWのこの新しい取り組みを好意的に見て単純に格好良いと感じている。また他方のもともとBMWのファン、もっと言及ないし普遍化すれば旧来にあった自動車のスタイル、またはかつてのドイツ車の幻想に未だに憑かれてそれに固執する人々は、そんな彼等の理想を正面から蹴散らす今のBMWのやり方を到底許せず憤慨している。大まかに言えばこんな構図が、色々な文献やコラムを読む限り、筆者には見えてくるように感じる。
はっきり言ってどうでもいい。確かに今のBMWのスタイルは他の欧州メーカーのそれと見比べれば幾分か見劣りするところもあるかもしれない。しかし、だからといってダサいと問答無用で切り捨てる程格好悪い車と言う訳でもない。確かに新しいデザインを模索する過程で従来の旧いファンを蔑ろにした可能性もない訳ではないだろうけれども、万人受けをするデザインはない以上、仕方がない事ではなかろうか?寧ろ旧来からのファンを自負するのならば、4灯のヘッドライトとキドニーグリル、ボンネットに青白のフォー・シリンダーズの社章を掲げる伝統を未だに継承している事実で大目に見てやってはどうか。……と筆者は思う。
またおいおい詳しく記述する機会もあろうが、取り敢えず現時点の筆者の意見としては、筆者は現在のBMWのデザインは、個人的な趣味趣向である程度の不満は持ちながらも、一つの確定された、そして現在進行形で洗練されつつあるスタイルとして好意的に受け入れている。少なくともそれは駄目だと一蹴する事はできないし、したくもない。
それに、実を言うと……。E90は初めて手に入れたいと思った3シリーズ、否BMWだから悪しく書く事は不可能というのが本音だったりするのである。




