第二十二回:KA9
恐らく事実上最後までFFミッドシップ方式で架装されていたホンダ車であると思われる。と同時に、3LV6エンジンという、FFミッドシップの大本命とも言えたフラッグシップモデルでもあった。
ホンダとしては珍しく、前期型も後期型もKA9という型番に統一されたモデルである。この頃の車の類に漏れず、前期型と後期型でエクステリア、インテリア共にデザインを大きく変えたのが印象的だ。
その流れは、他のメーカー、トヨタや日産と同じ流れである。ヘッドライト一体型の黄色レンズのフォグランプから、欧州車に多かったフロントバンパーのエアロの通風口の両側にクリアレンズのフォグランプへの転換。恐らく当時の車両法の改正でフォグランプの規制が大きく緩和された、というのが大きかったのだろう。それは解るが、どのメーカーも次のフルモデルチェンジで対応せず、拙速してマイチェンした辺り、誰かが行動すれば皆が直ちに右に倣う日本人の気質のような物が垣間見る事が出来て、何だか面白い。
尤も、このレジェンドに至っては、この変化が他のメーカーよりずっと遅かった、というのも興味深げな所だろうか。筆者はとてもホンダらしいと思う。世界中があっと言わせるような驚きの新技術を引っ提げて怒涛の攻勢を掛けるのもホンダというメーカーなら、二輪車由来の乗用車用空冷エンジンやこういう古い伝統に意固地になってでも最後まで拘っているのもホンダというメーカーだ。このような互いに相反する性格を一つの企業体に内包しているという点で、ホンダはソニーと似ていると思う。ホンダが良く優等生的な女の子のキャラクターに擬人化されている絵をたまに見掛けるが、このメーカーの本質をよく表していると思う。優秀だけど頭が固い。先進的に見えて意外と保守的なのだ。
同じくレジェンドも、世間の言うホンダらしさは勿論ながら、古き良き日本車の伝統を重んじていた。如何にもホンダという感じのスポーツ色を全面に押し出すと共に、ディテールの彼方此方に、筆者のような根っからの高級セダン好きも納得する形状で、且つ造り込んでいる良車である。
誠に遺憾な事に、ファミリーカーを中心にホンダの乗用車が世間に浸透したとはいえ、特に日本ではプレミアムとステータス性において、ホンダの高級車は他社製のそれに比べて1歩も2歩も遅れている印象がとても強い。実際、現行型は現在連続2年近く月売上台数が5台を下回る、どころか0台の月も続いた事もある等、いくらセダンが不調だからって有り得ないだろ!と吃驚する程売れていない。もしもレジェンドがホンダの誇る旗艦車種でなければ、とっくの昔に生産を打ち切られ、次期型の開発など以ての外な事態になっていたのではなかろうか?
まあ、確かに500万円超と、ホンダのネームバリューを考慮すると高い気がしないでもないが、少なくとも筆者はレジェンドの性能を考えれば十分安いと思う。シングルカムシャフトの自然吸気なのにリッター辺り100馬力を出す高性能エンジンi-VTECの3.5LV6を搭載し、ホンダ独自のフル4WD機構を持つ。街中の流し運転から高速道路やサーキットでの高速巡航にも対応出来る上にちょっとした雪道やオフロードだって大丈夫な車なんて早々無い。ダイムラー・ベンツやGMのようなメーカーなら700万、アストンやフェラーリのようなメーカーでも2000万はぼったくるのではないだろうか?そう考えると500万はお買い得過ぎるとは感じられないだろうか……。
まあ、現行型の欠点を強いて挙げるとすれば、顔つきが中期型以降に切り替わった途端ダサくなったなあ……、と感じる所だろうか……。
そうそう、KA9型が出た頃も高級車の変革期だったと言えるが、現行前期のKB1型が出た時も日本の高級車は改革期を迎えていた。
その内現行型も含めてきちんと取り上げる心算だが、ゼロクラウンと呼ばれた180系クラウン、レクサスブランドの日本への逆上陸、セドグロの終焉と新生フーガ、ローレルとセフィーロのティアナへの統合、Xは10代目という意味では無かったマークX等、再編成を一先ず終えて現行車の系譜が完成した、まさに『セダン復権』に向けて歴史が大きく動き始めた時期だったのだ。
少し脱線し過ぎた。話を戻そう。
KA9型の後期型は今様なフェイスとスタイルを与えられた事で、その格好良さとホンダ製の高級車という反主流的な性質から、暗にDQNと呼ばれる層に受け入れられて広く普及した感がある。確かに前面は元より、ウインカー+バックランプとテールランプの上下を入れ替えてテコ入れするだけで物凄く格好良く、若々しくなった。筆者は別に不良でもないし、自分の事をそう思った事もないが、そう云う性格な車が好きな性質なのでKA9の後期型も好きな車の1台である。
だが、その分レジェンドの世間からのイメージは最悪になった。そう断言しても過言ではないと筆者は考えている。はっきり言って、今の現行型の販売不振も、KA9のイメージから来ているのではないか、と勘繰っている位だ。
思い起こせば、あの頃……。現在も放送される時があるが交通警察24時と題する特番が年に何度か放送される時があった。
例えばこんなエピソードがある。
都内の某幹線道路。深夜に近い時間帯である上に片道2車線であるその道で、何故か片方の道路だけが大渋滞を起こしている。はてな?と疑問を抱きつつ上空からその渋滞の先頭を辿って行くと、何と1車線ずつ潰して2台の車が並ぶように停車している!1台の車に乗っていたチャラ男の集団がもう1台のギャルのグループに声を掛け、道路の通行を妨げてまでナンパをしていたのだ。
ちなみに、その時映っていた2台の車は両方共深緑色のKA9後期だった。こんな映像の端々で一々KA9の姿を見掛けるのである。印象が悪くならないと考えられない方が可笑しい。
現在、そういうDQN枠は大方エルグランドやアルファード、ヴェルファイヤといった高級大型ミニバンに纒めて持っていかれてしまった感がある。今交通警察24時を見ても、あの頃のように高級セダンが出て来る事は少なくなったような気がする。それなのに、KB型の販売台数は一向に上向きになる気配がない。
印象とは恐ろしい。




