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猫又とよもぎ餅

「疲れたねえちびすけ。」

湊人はその大きな体を大袈裟に丸めて肩をすくめながら軽口を叩いた。

「ちびすけって言わないでちょうだい!今は私のほうが大きいわよ。」

海沿いの石段を先に上がりながら、ちびすけ、もといちさ子はキャンキャンと怒りながら振り返った。

「口よりも足を動かして……わ、綺麗……!」

「俺が?」

「んなわけ。」

振り返れば目前には一面の海が広がる。

海沿いの、不便な石段を登った先の古民家にわざわざ引越したのもこの景色に惚れ込んだからであった。

「ちょっと休憩。」

ちさ子は手に持っていた段ボールの箱を置くと石段に腰掛けた。

「よかった、叔父さんは変人だったから、同じ変人同士気にいると思って。」

ケラケラと笑いながら同じように隣に腰掛けた湊人をキッと睨みつつ、美しい海の景色を眺めた。

半年前、1人で暮らしていた湊人の叔父が亡くなった。空き家となっていた海沿いの一軒家を、ちさ子たち夫婦が引き継ぐことになったのだ。

「小さい時叔父さんと一緒に暮らしたから俺もここが好きでさ。どうしても潰したくなくて。」

取り壊しにする、と話になっていたのを猛反対したのが湊人であった。

「無理言って引っ越させてごめん。」

「別に構わないわ。あんたのわがままなんて些末よ。」

フン、と言って立ち上がる。湊人はなんだかんだ言いつつ余計な気を回しすぎるきらいがある。

「これからは毎日、こんな綺麗なものを眺めながらふたりで暮らしていくのね。悪くないわ。」

気の強い自分には到底真似できないその優しさが好ましい。

太陽の光を反射して、白波がキラキラと輝いている。

海辺の街はなんとなく光源が多いような気がする。

「ふたりで、ね。」

「何よ、私変なことでも言った?」

「ふたりって思ってくれてるんだな〜って。」

今にも鼻歌を歌いそうな雰囲気を出しながら、湊人は立ち上がり荷物運びを再開した。

「当たり前よ、私をなんだと思ってるの。」

「小国の女王様。」

「馬鹿にしてるでしょ。」

ふう、とため息を吐く。石段の登り降りで汗の滲む額を海風が冷やしていく。初夏ももう直ぐ、暑さもまだそこまで強くない季節は程々に体を疲れさせ、程々に体を休ませてくれる。

「しんどくなったら無理しないで休んでて良いからね。」

そう声をかけてきた湊人に首を振ると荷物運びを再開すべく立ち上がった。



「はー!疲れた!今日はここまで出来たら上出来じゃない?」

引っ越しの段ボールを全て運び終えると、縁側に大の字に寝転がりながら湊人は言った。

平屋造りの昔ながらの家は、海を見下ろす斜面に建てられており、すべての部屋から海が見えるのだと以前湊人が教えてくれた。

縁側は海側に開けており、時折風が吹いて心地が良い。

「そうね、必要なものだけ解いて後はちょっとずつ片付けることにしましょう。」

近くに置いてあった扇風機のスイッチを入れ寝転がる湊人の方に向けると隣にちょこんと座る。

「はあ、本当に疲れたわね。」

「ちびすけはこういうの、ちょちょいって出来たりしないの?魔法で。」

湊人は空中で指を回すと、えいっ!とこちらに指を向けた。

「魔法は万能じゃない、教えたでしょ。」

その指をぎゅっと握りつぶすとちさ子は盛大なため息を着いた。

魔法で。その言葉が冗談では無いことをちさ子がいちばんよく知っていた。なぜならちさ子の家系は本物の魔女なのである。アイルランドの田舎に住まう魔女、それがちさ子の祖母だ。

ちさ子の父はアイルランドに留学した際にちさ子の母と出会い、そしてちさ子が生まれた。

「何でもかんでもやれるわけじゃない、魔法ってね、」

「魔法……貴殿はまじないを使われるのでありますか?」

「え?」

突然声をかけられ庭に目をやると、一匹の黒猫がいた。

「お!くろだ!懐かしい!」

湊人はにこにこと黒猫に近づいて抱き上げた。

「元気してたか?」

「至極元気であります!湊人も元気そうで何より!」

「ちょ、ちょっと……猫が話してるんだけど……。」

「くろはね、猫又だから。」

「であります!」

何てことのないことのようにケロッと話す湊人に呆気を取られる。

湊人は幼少期から人ならざる者が見えていたという。

だからこそちさ子と出会い結婚したのだが、魔女である自分よりも肝が据わっているときがある。

「くろは俺がここで暮らしていた時にはすでに猫又だったんだ。よく一緒に遊んでたんだよ。くろ、この人は俺の奥さんのちさ子。魔法が使えるんだ。」

「奥方でありましたか!奥方はまじないが使える巫女殿でありますか?」

「よろしくねくろ。……いいえ、私は魔女よ。」

「魔女……?」

「ううん、まあ、あなたたちの言う巫女と変わりないわおそらく。」

湊人はくろを抱き上げたまま隣に座る。

「魔女殿と見込んで、お願いがあるのです。お力を貸していただけないですが?」

小さな肉球がポンとちさ子の膝に乗せられる。

「い・や・よ!」

面倒ごとの気配を感じ、プイっとそっぽを向いた。

「あんたたちって絶対面倒ごとしか持ち込まないもの。」

「そこをなんとか……!」

「ちさ~俺からもお願い~。」

うるうると二人で見つめられるとちさ子もたじたじになってしまった。

「……話を聞くだけよ。」

「感謝いたします!」

ぴょん!と立ち上がるとくろは指をさした!

「困っているのは向こうの神社のことであります……。」

「よし!それなら早く行こうか!」

勢い良く立ち上がった湊人にうんざりしながらちさ子も渋々立ち上がった。



「これは……ひどいわね……。」

海辺の斜面に作られた、神社へと続く石段は蜘蛛の巣で埋め尽くされていた。

「誰も管理する人がいないの?」

「いや?ここは地域のみんなで掃除してたと思うけど……。」

「人間の皆さんは定期的に掃除してくれているのであります!こうなったのはここ数日で……。」

くろの話によると、ここ数日で急に蜘蛛の巣だらけになってしまい、先に進めなくなってしまったらしい。

「神社の先に用事があるのですが行けないのであります……。」

「なによ、なら自分で掃除しながら進みなさいよ。」

そういうとちさ子は近くに落ちていた木の棒を拾うと振り回して蜘蛛の巣を破った。

「いけませんっ!!!」

くろがそう叫ぶと同時に、黒い大量の影がちさ子へと襲い掛かった。

「ぎゃ、ぎゃああああああああああ!」

「すごくかわいくない悲鳴。」

「そんなこと言ってないで助けなさいよ!旦那でしょ!」

「いやあ……ちょっとそれは俺も無理です。」

ちさ子を襲った黒い大量の影、それは蜘蛛の子であった。

「蜘蛛の子、夏の季語だねえ。」

「のんびり言ってんじゃないわよ!いやっ!」

大慌てで蜘蛛の子たちを払っていると頭上から声が響いた。

「姦しい女ね、ねえ、そんな女やめてわたくしにしない?」

「見上げると、美しい女の姿の上半身がさかさまにぶら下がっている。美しい、のは上半身のみで、下半身はおぞましい蜘蛛の姿をしているのだが。

「俺、自分より小さい女が好みなんだよね。」

「あら残念、蓼食う虫も好き好きってやつかしら。」

「私のこと蓼って言った!?何この失礼な女!」

「絡新婦よ、見たらわかるでしょ。」

「見た目の話なんてしてないわよ!」

尻もちをついたまま転がるちさ子をひょいっと抱き上げると湊人は絡新婦へと声をかけた。

「これ、君がやったの?できれば道を開けてほしいんだけど……。」

「事情があるのよ、何事にも。好き好んで嫌がらせをするほど落ちぶれてもいないわよ。」

「趣味で嫌がらせしそうな顔してるくせに。」

「こんな口の悪いちんちくりんを選ぶなんて趣味悪いわねあんた。」

「蓼でもなれればかわいいもんで、いてて……。」

ぱしっと軽く腕をたたかれて湊人はちらりと腕の中のちさ子を見た。からかいすぎただろうか。あまりにやりすぎるとこのお姫様は暴れて手が付けられなくなるのだ。

ちさ子はむっとした顔をしながら絡新婦に問いかけた。

「事情って?」

「この先の……神社の奥にある湧き水が穢れたのよ。」

はあ、と絡新婦はため息をついた。

「えっ!湧き水が!?」

「くろの用事ってそれ?」

「そうであります!この辺一帯のあやかしたちはみな山からの湧き水で暮らしているであります!海の水は塩辛いので。」

「そう、もし万が一穢れた水を飲もうもんならここの子たちがどうなっちゃうかわからないじゃない。だからこうやって止めているのよ。」

「でもそれじゃ根本的解決にならないじゃない。」

ちさ子は湊人の腕の中から飛び出すと、神社に向かって歩き始めた。

「問題はその場しのぎで対処してたら一向に解決しないわ。根本からつぶさなきゃ。」

「さすが魔女様であります!」

その後ろをくろが一所懸命についていく。

「魔女?あの子魔女なの?」

「うん、それも結構優秀な、ね。」

「惚れた女びいきじゃないといいけど。」

「どうかな。本人は否定するだろうけど。」

「あら、なら期待できるかも。」

その後ろを、軽口をたたきながら一人と一体が続いた。



境内は暗くどこかじめっとしている。

「陰気臭いわね。」

「いつもはこんな感じではないのであります。湧き水は境内の裏手です!」

走り出すくろの後をついて境内の裏手に回ると、そこは一面苔で埋め尽くされていた。

よく見ると中央に水がわいているようだったが、そこは黒く濁ってしまっていた。

「なるほどこれね。」

「いつもはもっと美しいのであります……。」

しくしくと泣き出すくろの頭を軽くはたく。

「泣いたところで何も変わんないわよ。しょぼくれてる時間があるなら行動に移さないと。」

そういうと持っていた木の棒で泉をかきまわす。

「あったわ、これね。」

「あー、ここにごみを捨てた不届き物がいたのか……。」

「湊人、ちょっとごみ袋取ってきてくれる?」

「はーい。」

「人間はろくなことしないわね本当に。」

「そうね、私も人間はうっすら嫌い。」

そういいながら黙々と自分が汚れるのも気にせずにごみを取り除いていく。

「あなた、魔女なのに魔法で何とかできないの?」

「魔法は万能じゃないんだってば。なにより魔法で何でもかんでもやっちゃったら人としてダメになっちゃうから。」

「人間がうっすら嫌いなのに?」

「そうよ、人間がうっすら嫌いで、人間をうっすら愛してるの。それが人間ってものよ。」

「ふーん、人間ってめんどくさいわね。」

「めんどくさいから良いの。」

「はい!ちびすけ、ゴミ袋と網も持ってきたから手伝うよ!」

「くろも手伝うであります!」

二人と一匹で泥だらけになりながら泉を掃除する。

「ごみは全部片づけたのであります……きれいにならないのであります……。」

「一度汚れたものは元には戻らない、不可逆性ってやつよ。」

「じゃあもう湧き水は……!」

うわーんと泣き出すくろを横目にちさ子はぱっぱと汚れを払った。

「ちびすけ、あんまりくろをいじめないでよ。何か方法があるんでしょ。」

「まあね。頑張ってもどうにもならないことをしようとする、それが魔法だからね。」

「本当でありますか!?」

「ま、もうちょっと頑張らなきゃいけないけど。」

びしっと絡新婦に指をさす。

「あんたにも一仕事してもらうわよ。」

「蜘蛛使いが荒いのね。」

「私は誰にも態度を変えないから。」

「ふん、嫌いじゃないわそういうとこ。」

「くろも頑張るであります!」

「よし、あんたたち蓬を集めてきてちょうだい。」

「蓬?」

「そう、蓬。葉の裏側に小さな白い毛が生えているちょっとギザギザした葉っぱのあの蓬。」

「いいねえ、先端の若い芽は別に分けておいてくれるかな、俺も料理に使いたい。」

「蓬なら向こうの斜面にたくさん生えているわよ。」

絡新婦が教えてくれた場所で蓬をつむ。ぶちぶちと葉を摘むたびに蓬ならではの独特の香りが鼻腔をくすぐった。手のにおいを嗅ぐと独特の青臭い香りが移ってそれがなんだかうれしい。十分な量の葉を摘み終えると、それらを泉へと沈めた。

「ふふん、蓬は古来から日本の万能なハーブとして使われていたからね。デトックス効果や美白効果があるのよ!」

「あら、いいじゃない。」

「あとは必要なのは、祈り。」

「祈り?」

首をかしげるくろにちさ子はにっこりと微笑みかけた。

「そう、魔法はね、頑張ってもどうしようもないことを、何とかしたいと思う祈りから生まれるものだから。」

「なるほど!くろもお祈りするであります!」

小さな手を合わせてお祈りするくろをほほえましく感じながら、その隣にしゃがんで泉に手をかざす。

「これが私の魔法だよ。」

手を触れた瞬間、泉の中から黒い塊が集まりだす。

そしてそのまま穢れは形を変え始める。

「そうね、今の時期の黒ならあなたたちがいいわ。さあ、舞ってちょうだい、黒揚羽。」

ふわっと、まるで泉から生まれるように次々に黒い蝶が生まれだす。

「わあ!きれい……!」

「美味しそうね。」

「食べないでね。」

蝶が生まれるたびに泉の穢れは消え、その水は清く澄んでゆく。

鮮やかに、生き生きと蝶たちは飛び立っていく。

最後の一匹を見送って、湧き水が完全に清らかな姿を取り戻したとき、ぐらっとちさ子の体が傾いた。

「お疲れ様、ちさ子。」

その体を抱きとめると湊人はそうねぎらった。

「魔女殿は大丈夫でありますか!?」

ぴょんぴょんと心配そうにちさ子の様子をのぞき込もうとするくろにちさ子の様子を見せる。

「寝てるだけだよ、ちょっと疲れやすいんだちびすけは。」

すうすうと寝息を立てながら眠るちさ子を抱えながら湊人はほほ笑んだ。

「さて、僕らもさっきとった蓬を持って家に帰ろうか。」

「これは何に使うのでありますか?」

「美味しいものを作るんだよ。」

「美味しいもの?」

「そう、ここからは俺の魔法の時間。」

ウィンクすると海辺の家に向かって歩みを進めた。



ふわっと独特の香ばしい香りを感じてちさ子は目を覚ました。

「ん……良い匂い……。」

目をこすりながら台所に行くと湊人とくろがエプロンを付けて立っていた。

「あ、起きた?」

「おはよう、蓬?」

「そう、ちょうど出来上がったところ。」

蒸籠を持ち上げるとテーブルに置く。

わくわくした顔をしながらくろが椅子の上に立つ。

その隣にちさ子も立つと目の前の蒸籠に視線を注ぐ。

「さあ、行くよ。」

そう言って湊人が蒸籠を開けると、ふわっとした蒸気とともに、ヨモギの独特な香りが広がった。蒸気が落ち着いてくると、きれいな緑色のよもぎ餅が顔をのぞかせる。

「すごく良い匂いであります……!それにきれいな緑色……!魔法みたいです!」

「ね、自分で採ったヨモギで作るよもぎ餅、うれしいでしょ?」

「はい……!」

「魔法みたいでしょ、湊人の料理。」

「お二人は似た者同士なんですね。」

くすくすと笑うくろにムッとしながら答える。

「別に似てないわよ。」

蒸籠の中の蓬餅は大きさが二種類であった。

おそらく大きいものが湊人、小さいものがくろが作ったものなのであろう。

小さなものには肉球の形もついていてほほえましい。

「熱いうちに食べようか。絡新婦も縁側で待ってるよ。」

「あの蜘蛛帰ってなかったのね。」

「仲間外れとは性悪ねえ。」

「あんたに言われたくないわよ。」

女たちの応酬を横目に、湊人はこぽこぽと緑色のお茶を注ぐ。

「はいはい、蓬のお茶。二人とも落ち着いて。」

縁側に並んで座ると、いただきますと手を合わせる。

湊人は必ず手を合わせる。結婚してからちさ子も湊人のまねをして手を合わせるようになった。

手を合わせる瞬間、命に丁寧に向き合っている気がして良いなと感じる。

大きなよもぎ餅を両手に持ち、一口食べる。鼻にヨモギの香りが抜けて、舌先に感じる若干の苦み。けれどもすぐにやってくる餡子の甘みが相乗効果で抜群にお互いを引き立てる。

タイプの違う相手でも、お互いを引き立てあえるような相手と出会えることは幸せなことだ。

「美味であります……!ふわっと鼻に抜ける、これがヨモギの香りなんですね。今までよく見てきた植物でしたが、自分で摘んでみるとヨモギだってちゃんとわかるようになりました!ちょっと苦いのも、甘さと引き立てあって抜群に合います!」

「くろが自分で作ったんだよ。」

「……感動であります!」

「悪くないわね、このお茶ちょっともらっていくわ。」

満足げなくろと絡新婦の姿を見ながら縁側でお茶を飲む。

「悪くない暮らしね。」

暖かいよもぎ茶は、しっかりと苦く、けれどもその香りと温かさにどこかほっとする優しさがあった。




☆★☆★


『よもぎ餅』


材料:

□ヨモギ(適量、生でも粉末でも可)

□上新粉(100g)

□白玉粉(大さじ3)

□砂糖(大さじ3)

□餡子(200g)

   


作り方:

①ヨモギをきれいに水洗いする。ヨモギを塩を一つまみ入れ、沸騰したお湯に入れてアク抜きをする。裏面が鮮やかな緑になったらざるに開け、冷水にさらす。

②できたヨモギをフードプロセッサーで細かくする。

③餡子以外のものをすべてボールに入れ、お湯を少しずつ加えながら耳たぶくらいの柔らかさになるまでこねる。湊人くんに耳たぶを突然触られて心臓が止まるかと思った。

④生地に餡子を包んで蒸籠に入れて蒸す。30~40分ほど。よもぎ餅のサイズにもよる。

⑤完成!みんなで仲良く食べる。

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