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第8話 侵入者

 それからというものの――。

 

 畑を作ったり。

 植物を栽培したり。

 調味料の研究をしたり。

 畑を作ったり。

 家を改装したり。

 畑を作ったり。

 畑を作ったり。

 畑を作ったり……。


 ――をしていた。農家か!と突っ込みたくなる。

 だけどいろいろと試行錯誤するのは楽しかった。作物を全滅させた時は流石に泣いたけど。

 

 そんなことをしていると時間は瞬く間に過ぎていった。

 

 その過程で何だかよくわからない草をまぜまぜしていたら、なんかすごい回復薬が出来た。だけど別に特筆すべきことでもない。

 

 ヴェルナードが言うにはこれだけで一生遊んで暮らしていけるらしいが、僕の一生は無限なのでそんなことはないだろう。ヴェルナードは話を盛っている。

 やれやれとこれ見よがしにため息をついたら生暖かい視線を向けられた。いつも通りだ。


 ともあれ僕が此処、冷厳山嶺で目覚めてから十年の月日が流れた。


 小屋も改装を繰り返し、もはや家となっている。あの小屋は面影もない。そして室内を彩るはヴェルナード謹製魔導具の数々。

 魔力レンジから始まり、冷蔵庫に掃除機と思い浮かんだものを次々と作ってもらった。

 一体この知識はどこから来るのか。ヴェルナードは不思議そうにしていた。

 だけどノリノリだったのでヴェルナードも楽しんでいたようだ。

 その結果、僕は非常に快適な暮らしを手に入れた。


 ……おっと。これを忘れてはいけない。

 ヴェルナードの言葉通り、僕は全く歳を取らなかった。姿形は目覚めた時から変わっていない。

 【不老不死】は真実だったらしい。初めから疑ってはいなかったけれど。だって何回も死んでるからね!

 死亡回数は数えたくもない。辺境で暮らすというのは命懸けなのだ。


 と、そんなこんなで僕は自給自足の生活を満喫していた。スローライフというやつだ。

 何度も死ぬ生活が本当にスローライフなのかという疑問は置いておく。


「さて! 今日もがんばりますか!」


 今日の予定は岩塩の採取だ。

 どうやら冷厳山嶺の深い場所に岩塩と思われるモノがあるらしい。

 ヴェルナードはしょっぱいから僕には毒だと思っていたのだとか。そのため、発見が遅れた。

 会話の流れで「あれ? それって岩塩じゃない?」となったから確かめに行くのだ。

 もっと早めに言ってほしかった。


 ……さて。

 

 僕は外へ出るなり、懐から小さな笛を取り出した。

 口に咥え、息を吹きかける。するとスゥーと掠れた音が鳴った。

 大した音は出ないが、これでいい。

 音は出なくとも、吹くだけでヴェルナードには伝わっている。

 よくわからない原理だ。ヴェルナードが言うには魔術なんだが、僕にはさっぱりわからない。

 十年経っても魔術が使えないのは変わらなかったから。残念。ひじょーーーーーに残念だ。

 

 ともあれこの笛を吹けばヴェルナードが飛んでくる。文字通りに。

 

 僕は玄関脇に置いてあった椅子に座り、ヴェルナードを待つ。

 涼しい風がひんやりと頬を撫でた。冷厳山嶺は年がら年中いつでも寒い。冷厳なんて名前がつくだけのことはある。

 

 だけど結界内はその寒さも少しだけ和らぐ。

 半袖だと寒いけど、着込んだら暑い。そのぐらいに。そこそこ快適だ。


「………………来ないな?」


 しかし待てど暮らせどヴェルナードはやって来ない。珍しいこともあるもんだ。いつもはすぐに飛んでくるのに。


「あれ? 吹いたよね? 壊れた?」


 かれこれこの笛も十年モノだ。時々ヴェルナードに頼んでメンテナンスをして貰っているが、そろそろガタが来てもおかしくない。


「まあいっか。たまにはこうしてゆっくりするのも悪くない」


 ヴェルナードに聞かれたら「いつもゆっくりしてるだろう」なんて呆れられそうだが、今はいない。言いたい放題だ。

 だから僕は少し歩いて、先日作ったばかりのハンモックに寝転がった。


「あぁ〜」


 そこそこ快適な温度に快晴の空。お昼寝にはちょうどいい。まだ朝だけど。


 ……やばいなぁ。このままじゃ寝るなぁ。まあいっかぁ〜。


 どうせヴェルナードが来るまでは暇なのだ。だから寝てても問題ない。せいぜい小言を言われるぐらいだ。


 ……それに来たら起こしてくれるしなぁ〜〜〜………………。


 ダメだ。睡魔がぁー……。


 ……しかし。

 寝落ちる一瞬前にバッサバッサと翼をはためかせる音が聞こえてきた。

 タイミングが悪い。完全に()のモードに入ってしまった。だから僕は寝――。


「――レン。聞いてくれ。少しキミの判断を……」


 ヴェルナードの声が聞こえる。だけど目が開けられない。眠すぎる。


「レン!!!」

「うお!?」


 唐突な大音量。心臓が飛び出るかと思った。


「もうヴェルナード……。そんな大ご――」


 文句を言おうと身体を起こした瞬間、ハンモックがぐるんっと一回転。直後浮遊感に襲われた。

 

「――いっだぁぁぁ!?!?」


 地面に真っ逆さま。しかも鈍い音がした。

 まるで岩に頭を打ちつけたかのよう。


 ……いや、まるでじゃなく……て……!


 頭部に暖かい感覚がした。きっと頭が割れている。

 しかしすぐに僕の頭部を暖かい光が包み込んだ。ヴェルナードの回復魔術だ。


「目は覚めたかい?」

「最悪の目覚めだよ……」

「ごめん。悪いとは思ってるよ。だけどそれどころじゃないんだ」


 見れば、ヴェルナードはどこか神妙な面持ちをしていた。僕も釣られて背筋を正す。


「なに? どうしたの?」

「冷厳山嶺に侵入者だ」

「侵入者?」


 僕が此処、冷厳山嶺で目覚めてから十年。森に立ち入る人間……もとい人類種はいなかった。

 本当に皆無だ。ただの一人もいない。


 しかしそれも当然。冷厳山嶺は文字通り魔境。

 巣食う野生生物はどれもが凶悪。ただの人ならば遭遇しただけで死ぬ。冷厳山嶺という場所はそれほどまでに危険な土地だ。


 【不老不死】以外は凡人な僕からしたら、こんなヤバい土地に踏み入るなんてのは自殺行為。

 だけど重要なのはヴェルナードが僕に判断を求めたということだ。


 だからきっと、この侵入者は自殺志願者ではない。となると……。


「……もしかして強い?」


 僕とヴェルナードが守るべきモノ。

 それは【平穏】だ。僕の願いは平和に暮らすこと。少なくともあと二、三百年ぐらいはスローライフを楽しみたい。

 なのでヴェルナードの存在が第三者にバレるという事態は避けねばならない。


 なにせバレたら最悪、討伐隊が組まれてしまう。

 逃げるにしても戦うにしても、それは【平穏】とは程遠い日々になる。


 侵入者が強ければ、あのバカみたいな野生生物を蹴散らしながら進んでくるかもしれない。

 そうなればヴェルナードの存在が露見してしまう可能性がある。


 だけど、そんな僕の考えとは裏腹に、ヴェルナードは首を横に振った。


「ううん。弱い。アレ、たぶん騎士見習いだ」

「はぇ……?」


 前提から違った。

 どういうことだろう。


「どゆこと? え? 死んじゃわない?」


 ヴェルナードがコクンと頷いた。

 うん。そうだよね。としか言えない。

 冷厳山嶺は未熟な見習いが立ち入って生存できる場所ではない。だから僕の頭はますます混乱する。


「え? ホントにどゆこと?」


 状況が理解できない。しかし事態は動き続けている。決して待ってはくれない。


「だからレンに判断を仰ぎたい。あの子、このままだと死んじゃう。どうする?」


 つまり――見捨てるか、救うか。

 僕はそこで、ようやくヴェルナードの意図に気付いた。

 

「そういうことか! 助け……」


 ……いや。


 言いかけて止まる。

 今にも死にそうな人を助ける。それは人として()()行いだ。だけど今は、ヴェルナードの存在が露見するというリスクを孕んでいる。


 今、天秤の上に載っているのは二つのモノ。

 見知らぬ人の命と、【平穏】だ。どちらを取るかは明白……。


「なんだ……けど! ごめんヴェルナード! 案内をお願い!」


 知ってしまった以上、僕に見捨てるという選択肢はなかった。


「わかった。レンならそう言うと思ったよ」


 ヴェルナードが満足そうな笑みを浮かべてくれたのが救いだ。

 だから僕がすべきことは二つ。

 ヴェルナードの存在を隠しながら、騎士見習いの命を救う。

 なんとしても。

本日の更新はラストです!

また明日も投稿しますので、ブックマークをしてお待ちください!

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