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第3話 家

 上空五百メートル。

 うそ。わからない。とにかく高い。多分そのぐらい。

 そんな高度で僕は空の旅を楽しんでいた。

 見上げれば雲ひとつない蒼穹。下は雪化粧をした深い森。

 端的に言って絶景だ。

 しかし思うこともある。


 ……これ、ドラゴンさんがいなかったら死んでたなぁ。


 森が深すぎる。人里なんて全くない。

 未開の大自然だ。

 そんな場所で手ぶらだったなんてただの自殺行為でしかない。加えてなんかよくわからない生物も飛んでいる。


 ……鳥……だよね?


 黒い鳥。結構大きい。

 ガチャ目でアホみたいなツラしてるくせにフツーに人を食いそうな邪悪さがある。

 あんなのに襲われたら死ねる。そして多分下に広がる森もヤバそう。

 時おりチラチラと変なものが見えている。熊か猪か。どいつもこいつもバカみたいに大きい。

 縮尺が壊れている。

 

 遭遇したら普通に死ねるだろう。

 だから多分、ドラゴンさんが言っていた転移というのはおそらく正しい。


 自分で跳んだのか、誰かに跳ばされたのか。

 定かではないが、徒歩ならあんな場所にたどり着く前に死んでいる。

 だけどそこらへんはあまり考えても意味はない。なにせ僕は空っぽだ。

 おそらく記憶は戻らない。ただの勘だけど、そんな気がしている。


 ならば楽しもう。目いっぱい。おもいっきり。

 世界はこんなにも綺麗なのだから――。




「見えてきたよ。あそこだ」


 ドラゴンさんの視線の先。目を凝らすと、だいぶ遠くに木々の少し開けた場所があった。その脇に豆粒のような小屋がある。

 もちろん、豆粒なのはまだ距離があるからだ。


 どうやら僕は結構目がいいらしい。


「それにしてもこんな場所に人が住んでいたんだね」


 ガチャ目の黒い鳥に巨大な熊のような生物。

 そんなバケモノがうじゃうじゃいる森だ。

 冷厳山嶺なんて綺麗な名前だが、実際は魔の森。魔境だ。


 ……こんな場所に住もうなんて思う人間はアホだな。

 

 頭のネジが飛んでいるとしか思えない。

 ドラゴンさんも僕の言葉に苦笑を浮かべていた。

 

「ボクでも正気を疑うよ」

「あれっ? でもよく考えたら僕もこれから住むんだよね? もしかして正気を疑われてる?」

「大丈夫大丈夫。ボクに秘策があるからさ。じゃないと勧めないよ」


 今更になってすこし怖くなってきた。これから僕は当分あんなバケモノたちに囲まれながら生活しないといけないらしい。


 ……なるべく早く出たいなぁ。まあなんとかなるかぁ。


 深く考えても仕方がない。今はドラゴンさんの言葉を信じよう。


「……信じていいんだよね?」

「もちろん。期待しててよ」


 ニカリと笑顔を浮かべたドラゴンさん。なんとも頼もしいものだ。

 これはもう信じるしかない。

 それにまだ短い付き合いだが、ドラゴンさんは良いドラゴンさんだ。

 僕は人を見る目には自信がある。なんとなくだけど、そんな気がした。人じゃなくてドラゴンだけど。


「あっそうだ。ちなみにドラゴンさんのお家はどこなの?」

「だからドラゴ……もうツッコむのはやめるよ……。あそこだよ。洞窟があるだろ? 見えるかい?」


 ドラゴンさんが視線で指し示した先には大きな穴があった。山肌に開けられた大きな横穴だ。

 奥は先を見通せないぐらいに暗い。深くまで続いているのがここからでもわかる。

 

「大きいね。豪邸だ」

「大きいけど豪邸ではないね。ただ広いだけだよ」

「でもご近所さんだね。たまに食料を分けてもらえる?」

「人類種の言うご近所付き合いというやつだね。ということはキミもなにか分けてくれるのかい?」

「今はないけどね。そうだ。畑でも作ろうか。あとで食べられる植物を教えてよ」


 なるべくなら森に入りたくない。

 準備が整うまでは引きこもっての自給自足だ。なるべく安全にいこう。平和に平和に。

 

「いいけど人類種が食べられるかはわからないよ」

「ピリピリするものはやめてね? あとお腹壊すヤツも」


 ドラゴンさんがお腹を壊す植物ならたぶん人間の僕は死んでしまう。ピリピリするのもそうだ。ドラゴンさんが大丈夫なだけで毒かもしれない。

 

「心配しないで。とびっきり美味しい植物を教えてあげるよ。まあキミなら何を食べても大丈夫だと思うけどね」

「何を食べてもはないんじゃないかな? ドラゴンさんがピリピリするなら僕は死んじゃうと思うよ?」

「いや、大丈夫だよ。()()()()


 ドラゴンさんの言葉……というよりも言い方に少し引っかかりを覚えた。少し強調したような言い方だ。

 

「……? その言い方はなにか根拠があるの?」

「うん。キミ、天恵(ギフト)を持ってる。だから大丈夫」

天恵(ギフト)? なにか特別な力ってヤツ?」


 もしかしてこれはアレじゃなかろうか。

 実は勇者だったなんてオチかもしれない。

 すごいぱわーで人間……もとい人類種を救ってしまう感じ?

 確かに記憶喪失の勇者ってなんかかっこいいかも。


「そんな感じ。【不老不死】。それがキミの天恵(ギフト)

「へー。【不老不死】かぁー………………。いまなんて?」


 ドラゴンさんが何かとんでもない言葉を口にした気がする。

 

「……ん? 【不老不死】」

「それって不老で不死ってコト?」

「? そう言ってるけど?」

「……え? 僕って死なないの?」


 すごいぱわーはなさそうだけど、死なないらしい。

 無敵だ。勇者じゃなかったのは残念だけど、これはこれでカッコいい。

 

「うん。ここから突き落としても死なないと思うよ? あっ。でもバラバラになったらわからない」

「こわいー。落とさないでね? 落とさないでね?」

「なんで二回言ったの?」


 ニヤリと笑うドラゴンさん。すごく嫌な予感がした。


「おっとー!」


 棒読みだ。

 そしてドラゴンさんの身体が傾いた。上に乗っている僕は当然のようにずり落ちそうになる。


「おわっ!?」

 

 しかしドラゴンさんの絶妙な姿勢制御で完全に落ち切る前に立て直した。


「ねぇわざとだよね!? わざとだよね!? やめてよホントに!?」


 死んだかと思った。死なないらしいけど。

 

「はははっ。冗談だよ」

「やってるから冗談ではないんだよねぇ。まあいいけど」

「いいんだ」

「まあ死なないみたいだし。でも【不老不死】かぁー。ちなみにドラゴンさんって寿命はどのぐらい?」

「真龍種に寿命という概念はないよ。自然現象に自我が芽生えたような存在だから」

「なんだ。ドラゴンさんも【不老不死】なんだ。ならよかった」

「不死ではないよ。老いるって概念がないだけ」

「充分だよ。ならドラゴンさんと会えたのは幸運だったのかもね」

「幸運?」

「うん。ドラゴンさんがいれば孤独にならないからね。孤独はなんか寂しい」

「………………そうだね。孤独は寂しいよ」


 小さく呟いたドラゴンさん。ふと顔を見ると、ちょうど翼に隠れて見えなかった。


「もしかしてドラゴンさんも寂しかった?」

「そうだね。ボクもキミに会えてよかったのかも?」

「そう言ってもらえると嬉しいね」

「ふふっ。そうだね。……ほら。着いたよ」


 気付くと豆粒のようだった小屋がすぐ目の前にあった。


 ドラゴンさんが降下していく。

 庭のようになっていた開けた場所へ。すると、小屋の屋根が飛んでいった。風圧で。


「あっ。ごめん」

「気にしないで。結構ガタが来てそうだね。寝ている時に落ちてこなくてよかったよ」

「ホントごめん」

「いいって。直せばいいんだし。案内ありがとね」

「どういたしまして」

「よっと」


 ドラゴンさんの背から降りて雪の上に着地する。するとスポッと刺さった。腰ぐらいまで。

 雪がかなり深い。だけど不思議なことに小屋とその周りには全く雪がなかった。


「ねぇドラゴンさん。どうしてここだけ雪がないの?」

「あぁ。これは魔術だね」

「魔術!? 魔術があるの!?」

「今日一の食いつきだね。あるよ」

「もしかして僕にも使えるのかな!?」


 目覚めてから一番胸が躍っている。

 ファンタジーの定番、魔術だ。勇者ではなかったけれど、超絶才能が溢れる魔法使いだったのかもしれない。

 

「無理だね。魔力が少なすぎる」

「……」

「……」

「もしかして僕にも使えるのかな!?」

「二回言っても使えるようにはならないよ。……すごい顔してるね」


 現実は非情だった。夢の時間は終わり。

 こんなのあんまりだ。


「ちなみに使えない理由は?」

「今言ったでしょ? 魔力が少なすぎるんだよ」

「具体的にどのぐらい?」

「そこらへんの雑草と同じレベル」

「……かなしい」


 まさかまさかの雑草。悲しみが深い。


「そんなに肩を落とさないで。代わりに……ん?」


 ドラゴンさんが森の方に目を向ける。その目つきは先ほどまでと違い、どこか真剣味を帯びていた。


「どうしたの?」

「邪魔者が来たね」


 ドラゴンさんがそう口にした瞬間、木々が揺れ、巨大な熊……?が姿を現した。

 疑問系なのは熊というには外見がバケモノじみていたからだ。

 なにせ腕が六本もあり、そのどれもが筋骨隆々。

 そんな恐ろしいバケモノが直立して僕たちを睨んでいた。

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