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第23話 帰還

 そうして二人でリハビリに励むこと約一ヶ月。ルシアは問題なく歩けるようになった。


「よし。これで準備はオッケーかな」


 僕は二人分のリュックを背負い、玄関から外に出る。このリュックはこの日に備えて準備していた物だ。

 中には野生生物の対策道具や回復薬、キャンプ道具などが数多く入っている。


 ちなみに僕の服もいつもとは違う。

 いつもはラフな格好をしているが、今日は対策道具をすぐに取り出せるようにヴェルナードと協力して作った物だ。

 いわゆる山岳装備。対冷厳山嶺用戦闘服とでも名付けようか。戦闘はしないけれど。


「あっ! レン様! 私も準備は()()()()です!」


 外に出ると、全身鎧に身を包んだルシアがいた。

 空いていた穴はすでに修繕済み。目の前には立派な騎士がいた。


 ……早かったな。

 

 ルシアがここに来てから早七ヶ月。色々な経験が出来て新鮮な毎日だった。感慨深くなる。

 だけどそれも今日まで。今日、これから。僕たちは冷厳山嶺を越える。


 ……なんか寂しいな。


 ルシアと別れたら当分は会えなくなる。もしかしたら今生の別れとなるかもしれない。

 それを惜しむぐらいには僕はルシアのことを大切に思っている。この七ヶ月が僕をそうした。

 だけど引き止めるわけにはいかない。ルシアにはルシアの生きる道がある。


 ……あぁ。そういうことか。


 ようやくわかった自分の気持ち。

 一ヶ月前に感じた安堵は別れを惜しむが故だ。リハビリが必要ですぐに帰れないと知って僕は安堵した。


 ……まさかこんな気持ちになるなんてね。


 僕は苦笑を滲ませた。

 全くもって小さな男だ。恥ずかしくなってくる。そんな気持ちがバレないように、僕は森へと向けて一歩を踏み出した。


「じゃあ行こうか」

「はいっ! よろしくお願いしますっ!」




 森に入って割とすぐ。羽ばたき音が聞こえてきた。方角は南西。距離は結構遠い。微かに聞こえる程度だ。


 ……この大きさと間隔は……。ガチャ目鳥か。


 ルシアにハンドサインを出して動きを止める。

 出したサインは二つ。敵はガチャ目鳥、そして止まれ。このハンドサインはルシアと共にあらかじめ決めてあったものだ。


 何かと因縁の相手、ガチャ目鳥、もとい石化怪鳥(レフンネル)

 無論、僕にとって脅威ではない。

 閃光球を使えば十分に対処できる。だけど見つからないに越したことはない。

 なにせ閃光球にも限りはある。無駄遣い厳禁だ。


 そうして息を顰めること数分。羽ばたき音が聞こえなくなった。


 ……この消え方は飛び去った感じかな。


 どこかの木に止まれば、相応の音が鳴る。しかしそれがなかった。ということは安全だ。少なくとも今は。


「もういいよ。行こう」

「よくわかりましたね? 私の耳では何も聞こえませんでした」


 歩き出しながらルシアが小声で話しかけてきた。

 

「そう? あれかな? もしかしたら耳がいいのかも。あとは慣れ?」

「流石ですね」

「ありがと。長年住んでるだけはあるでしょ?」

「はいっ!」


 そうして再び森の中を進む。すると数分で新たな音を捉えた。


 ……足音。数は……多いな。多分ストーカーかなぁ。


 ストーカー、もとい長猿(エンビ)。ヤツらはよく群れる。少ない数に狙われるのならばまだ逃げ切れるが、数が多くなるとまず逃げ切れない。

 逃げても逃げても追ってくる。だからストーカーだ。


 ……問題はバレてるかどうかだけど……。


 ルシアにハンドサインで状況を伝え、耳を澄ませる。

 今、聞こえているのは足音のみ。だけどこちらに近づいてきているような気がする。

 と思っていたらキーキーと甲高い鳴き声が微かに聞こえてきた。


「この鳴き声は……長猿(エンビ)ですね……」


 ルシアが青い顔をして呟く。


「そうだね。それに……バレてる」

「……はい」


 ルシアは緊張した面持ちで腰の剣に手を添えた。

 手が震えている。しかしそれは仕方ない。ルシアはストーカーに襲われた経験がある。

 だから僕はルシアの震える手に自分の手を重ねた。


「大丈夫。僕に任せて」

 

 こいつらには何度も煮湯を飲まされた。問題なのはその異常な追跡能力。だけどそのカラクリを僕は知っている。


 それは音だ。

 ヤツらは目が悪い。そして嗅覚も鋭くない。代わりに発達したのは耳。

 キーキーという悲鳴のような独特の鳴き声、その反射で獲物の位置を探っているのだ。


 わかってしまえば対処は簡単。要は音を反射させなければいい。


 僕は懐から正立方体の魔導具を取り出した。そしてそのまま面の一つに取り付けられている水色のボタンを押し込む。

 すると僕たちを水色の結界が包み込んだ。


 消音結界。

 内部からの音を遮断し、外部の音は素通りさせる結界だ。

 初めは完全に音を消す結界だったのだが、それでは音の反射に()が空く。それ故にストーカーには通じなかった。

 だから試行錯誤の果てに音を素通りさせるように改良したのだ。結果、バレなくなった。


 そしてこの魔導具は結界発生装置。

 六つの面にそれぞれボタンがついており、対応した結界を生成する。問題は燃費が悪いこと。

 一つの結界で十分しか持たない。そのあとは魔力の充填が必要だ。

 だからこそ先を急ぐ必要がある。


「効果が切れる前に撒いちゃおう」

「はい!」


 僕はルシアの手を引いて再び歩き出した。




「今日はここら辺にしておこうか」


 日が傾き始めた頃、僕とルシアは足を止めた。

 日が沈んでからの冷厳山嶺は危険だ。昼と比べても段違いに危なくなる。

 その理由は主に寒さだ。冷厳山嶺深部の夜は異常に冷え込む。野生生物だけでなく、環境も敵になるのだ。


「わかりました。では結界を張りますね!」

「うん。よろしくね」


 ルシアはリュックから四つの杭を取り出すと、地面に打ち込んでいく。

 これはヴェルナードが新たに開発した魔道具だ。

 名付けて結界杭。僕の家の周囲に張られている結界と同強度の結界を構築する魔導具だ。


 一から結界を張るのではなく、杭を起点として結界を構築する。そのため、普通に結界を張るよりも持続時間が伸び、魔術師が張り付く必要もない。

 

 ルシアが言うには本来こういうとき、結界は魔術師が交代で張り続けるものらしい。それも夜通し。

 結界番なんて役割があるぐらいなんだとか。

 だけどこの結界杭を使えば結界番なんていらない。


「本当に便利ですねこれ……」

「まあ難点はあるけどね」


 難点。それは杭の先に付いている拳大の魔鉱石だ。

 長年膨大な魔力にさらされて変質した鉱石、それが魔鉱石。

 この大きさの魔鉱石はかなり高価らしい。なんでも一等地に豪邸が立つレベルとのこと。

 だけど魔鉱石は消耗品。結界杭で使うと、これだけの大きさでも一晩しか持たない。


 それを一気に四つも消費する。そんな魔導具、普通は使い物にならない。

 

「使っちゃって良かったんですか?」

「身の安全には変えられないよ」


 なんて言ったが、実のところこのレベルの魔鉱石はヴェルナードの棲家にごろごろ転がっている。

 そこら辺の石レベルだ。何も知らずに蹴っ飛ばしていた自分が恐ろしい。

 でも、だからこそこんな贅沢な使い方ができる。

 

「本当にレン様には助けられてばかりですね。ありがとうございます」

「お礼は無事に冷厳山嶺(ここ)を抜けられてから、ね」

「そうですね。でもこの調子でいけば安全に抜けられそうです。まさか一度も戦うことなく一日を終えられるとは思っていませんでした」


 ルシアの言う通り、今日はひたすら逃げ続けた。

 気配があれば対応した魔導具を使い、切り抜ける。それを繰り返した。

 結果として一度も野生生物の姿を見ていない。


「言ったでしょ? 僕は争いごとが嫌いなんだ」


 なんて(おど)けて言うと、ルシアは柔らかく微笑んだ。


「本当に、レン様には驚かされてばかりです」

「そんな大層なことじゃないけどね」


 結果としてうまくいっているが、ここまで対処できるようになるまで何十回、下手したら何百回と死んでいる。

 ストーカーの対処なんて苦労したものだ。

 なにせ何を追っているのかが全くわからなかった。改良前の消音結界でバレた時は頭を抱えたものだ。


 ともあれ、【不老不死】を前提とした試行錯誤があってこそ確立できた対処法の数々。結構なズルだ。


「大層なことですよ。レン様も胸を張ってください。これはすごいことです」


 だけどがんばりを褒められるのは素直に嬉しい。それがルシアからとなれば尚更だ。


「ありがと」

「それはこちらの台詞です」


 なんて僕たちは二人で笑い合った。

 冷厳山嶺の夜が更けていく。

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