第20話 発明
「ただいまー」
「あ、レン様! ただい……?」
玄関を開けると、ルシアが車椅子を操作しながら出迎えてくれた。しかし僕の挨拶に疑問顔を浮かべている。
「あぁそうだった」
ただいま。おかえり。
これも「いただきます」と同様に僕しかしない挨拶だ。当たり前のように一人で言っていたが、前にヴェルナードに突っ込まれてから気付いた。
「これも『いただきます』と一緒。『ただいま』は『ただいま帰りました』の略で言われた側は『おかえりなさい』って言うんだ。まあ僕は言わないと違和感があるから言ってるだけ。あまり気にしなくて良いよ」
「いえ、ここはレン様の家なのですから私も習うべきです。ということで、おかえりなさい。レン様」
笑顔が輝いている。金色だ。眩しい。
きっと本当に魂の色もこんな感じなのだろう。
……やっぱり良い子だなぁ。
ルシアは善人。証明完了。
「……レン様?」
「あぁ。ごめん。なんでもない。それにしてもいい匂いだね」
玄関を開けた瞬間から香ばしい匂いが漂ってきていた。
「ありがとうございますっ! 軽食ですが、すぐに食べますか?」
「うん。でも先に手洗いうがいだね。少し待ってて」
「……? わかりまし……た?」
洗面所に向かい、よく手を洗ってからうがいをする。
するとその様子をルシアが見ていることに気付いた。
「どうしたの?」
「それは……なんですか?」
「手洗いとうがいだけど……。もしかしてしない?」
「汚れたらしますけど、その泡は……?」
「石鹸。手についた細菌を落とすために使うんだ」
「……セッケン? ……サイキン?」
ルシアの頭上にハテナマークを幻視した。
「あれ? わからない? 細菌は色々な病気の原因になるんだけど」
「少なくとも私は知りません」
「んぅ……?」
僕の中では常識だったのだが、どうやらルシアにとっては常識ではないらしい。だけど細菌は目に見えない以上、説明もし難い。
「簡単に言うと、石鹸で手を洗うと病気になりづらくなるんだ。予防……? みたいな感じ。ルシアも騙されたと思ってやってみるといいよ」
「そうなんですね。わかりました。今やってみてもいいですか?」
「もちろん。車椅子、押していい?」
「お願いしますっ!」
車椅子を押して、ルシアを洗面台の前に。
「よい……しょっ!」
ルシアはそんな掛け声と共に立ち上がった。
歩くのは難しいが、立っているだけならばそれほど難しくないのかもしれない。
「そこの容器を押すと泡が出てくるから」
「わかりました。……わっ! これすごいですね!」
「便利でしょ? その泡で手を洗うんだ。僕がやってたみたいに」
「こうですか?」
「そうそう。上手い上手い」
手を擦って泡立て、水で流す。それから手で水を汲んで……。
なんだろう。ルシアがじっと僕を見ている。
「……その……恥ずかしいのであまり見ないでいただけると……」
配慮が足りなかった。
たしかにうがいをしている姿なんて見られたくないだろう。女の子なんだから尚更だ。
「ごめん。向こうにいるから何かあったら呼んで」
「すみません……」
洗面所の戸を閉めてリビングへ。するとテーブルの上にはルシアが作った軽食が並べられていた。
「これは……クッキー?」
四角形や丸型のクッキーが所狭しと並べられている。
僕は一つに手を伸ばしかけてやめた。無断で食べるのは良くない気がする。なので僕は待つことにした。
大人しく椅子に座っていることわずか数分。ルシアが戻ってきた。
「どうだった? 手洗いうがい」
「……あんなに簡単なのに予防ができるんですか?」
ルシアは半信半疑といった様子だった。だけどそう思われても仕方ないのはわかっている。
逆の立場だったらきっと僕も同じような表情をしていたことだろう。
「なかなかバカにできない効果らしいよ。実感はしづらいけどね」
「本当なら……すごいですね。あっ。ごめんなさい。疑うようなことを……」
「いや、仕方ないよ。だから騙されたと思ってって言ったのは僕だし。……それよりこれってクッキー?」
「クッキー……というものは知りませんがリエネという焼き菓子です」
「リエネ……。食べていい?」
「もちろんです。レン様のために作ったのですから」
「ありがと」
お礼を言ってからクッキー改め、リエネを一口。
……この食感はクッキーだなぁ。
だけど僕の記憶にあるクッキーよりはしっとりとしているように思う。とにかく美味しい。
「これは美味しいな。お店出せるんじゃない?」
「いえ、そこまでは! だけど嬉しいです。ありがとうございます」
「お礼を言うのは僕の方だよ。……いや本当に美味しい」
それほど美味しかった。別にお世辞ではない。
なので続けて一つ二つと食べる。この調子でパクパクと食べていたらすぐになくなってしまいそうだ。
「まずいなぁ。ハマっちゃいそう」
「ならまた作りますね?」
「お願いします」
僕は素直に頭を下げた。
それから、もう少しだけ食べて珈琲もどきで一息。
「よしっ。ルシア。ちょっとこっちの椅子にズレてもらえる?」
「はいっ! 例のモノですねっ!」
「例のモノっていうとなんだか一気に怪しくなるね……。だけどそう。取り付けちゃうから」
「お願いしますっ!」
ルシアを隣の椅子に座らせ、車椅子を倒す。
あらかじめ車輪には凹凸を付けてある。だから取り付けは簡単だ。
「これでよし!」
ヴェルナードの正確な仕事のおかげでサイズが違うなんてことはなく、すぐに取り付けは終わった。
完璧だ。
「ちょっと座って動かしてみてくれる?」
「わかりました! よい……しょっ! ぉ? お〜!!!」
ルシアの操作に合わせて車椅子が前後に揺れる。
タイヤはスムーズに動くようになっていた。きっと必要な力はかなり抑えられていることだろう。
「たしかにこれと比べたら前は大変ですね。快適ですっ!」
「でしょ? タイヤがクッションになってるから多少凸凹してる道でも問題なく進めると思う」
「これもレン様のアイデアですか?」
「まあ……そうなるね」
「すごい……です……ね……?」
呟いたルシアはなにか考えるようにテーブルへと視線を落とした。
「ルシア……?」
「レン様。これは大発明かもしれません。馬車に応用すれば車輪の損耗を抑えられますし、揺れも軽減されます」
「? まあ、そうだね。でもそれならサスペンションのがいいと思うよ。定番……だし?」
自分で言っていてなんの定番かはよくわからない。
「サスペ……? それは? ……定番なんですか?」
「サスペンション。ちょっとまってね」
スケッチブックを持ってきて思い出した機構を描いていく。するとルシアはすぐに理解した。やはり頭が良い。
「なるほど。この、……こいる? で衝撃を吸収するんですね。たしかにこれなら……」
また考え始めたルシアを横目にクッキーをパクリ。やはり美味しい。
「あの……レン様。このアイデア、使わせてもらってもよろしいですか? もちろんお金は払います」
「別にいいよ。けどお金はいらない」
冷厳山嶺から出る予定はないし、お金は必要ない。あっても死蔵されるだけだ。
しかしルシアは頷かなかった。
「そういうわけにはいきません。帰ったら公爵家として売り出しますので対価はきちんとお支払いします」
「じゃあその辺はルシアに任せるよ」
「……わかりました。ノヴァリス公爵家の名に誓って公正な取引をいたします」
「うん。よろしくね」
「なんというか……。レン様は軽いですね」
「まあその自覚はある」
なんて言いながら僕はクッキーを口に運んだ。そんな中、ルシアは難しい顔をしていた。
「もしかしたらお祖母様はこのために……」
「あぁ確かに。その可能性はあるね」
僕とヴェルナードが作る魔導具は神王国からしたら画期的な物ばかりだろう。
その技術を取り込むために、預言とやらでルシアと僕を接触させた可能性は全然ある。
「そう考えるとレン様を利用しているみたいで……」
「まあそんな気にしないで良いよ。僕も他のニンゲ……人類種と会えて嬉しいし。あっ……だけどこの案はルシアが考えたことにしてほしい」
ちゃんと釘を刺しておかなければ。危うく忘れるところだった。
「面倒事になるからですね?」
「そういうこと」
「冷厳山嶺のこんなに深い場所まで来れる人がそうそういるとは思えませんが、当然ですね。わかりました。レン様にはご迷惑をお掛けしないように頑張ります」
「うん。よろしく。それさえ気を付けてくれれば、ここで知ったアイデアは全部使ってくれて構わないから」
「……良いんですか?」
「もちろん。どーせいつかどっかの誰かが思い付くだろうし。ならせっかくできた縁だし、ルシアに有利になるようにした方がいい」
「それは……ありがとうございます」
「いえいえ」
真摯に頭を下げるルシアに微笑んでから、僕はもう一枚、クッキーを口に放り込んだ。
本当においしい。
ご覧いただきありがとうございます!
「続き読みたい!」「面白い!」と思ってくれた方は
下にある☆☆☆☆☆を押して、作品の応援をよろしくお願いします!
ブックマークも頂けたら嬉しいです!
何卒よろしくお願いいたします。




