第17話 ルシアの事情
翌朝。
僕と車椅子に座ったルシアはテーブルを挟んで向かい合っていた。
昨日の件で気まずさがあるため、目を合わせづらい。だけどこういうときはきちんと謝ることが大切だ。
そんな気がする。
だから僕は素直に頭を下げた。
「昨夜はすみませんでした」
「あっ……いえ、私こそお見苦しいものを……すみません」
別に見苦しいなんて思ってはいないが、ここで指摘するのはデリカシーがない。僕はノンデリではないのだ。
「とはいえ、怪我がなくてよかったよ」
あの衝撃で石化が割れてしまっていたら大変だった。それこそ神の雫を使わなければならない事態に陥っていたかもしれない。
そう考えると、やっぱり昨日の僕の対応は考えが至らなかった。素直に反省だ。
「私も不注意でした。気を付けます。……でもあのお風呂はすごいですね」
結局あの後、色々と汚れてしまったルシアはお風呂に入った。
石化用保護クッションは防塵防水の完璧クッションだ。そのままでもお風呂に入れる。
とはいえ、足が不自由なことに変わりはないので時間はかかっていたが。
「すごい……?」
それにしてもすごいとは。
ヴェルナードによるとルシアはなんとか神王国の貴族サマだと言う。たしか公爵家の人間で、地位的には上から三番目の高位貴族だとか。
一般市民?の僕からしたら雲の上の人物といえる。
そんなルシアが、ごく一般家庭のお風呂をすごいとは。
「はい。すごいです。あれは魔導具ですか? 自動でお湯が出て、温度調節も可能だなんて見たことがありません」
「あぁーーー……」
僕は察した。
どうやらヴェルナード謹製の魔導具はなんとか神王国の技術を超えてしまっていたらしい。
ずっとここで暮らしていたため、基準がわかっていなかった。
……あれ? これヴェルナードの存在って誤魔化せなくない?
僕は魔術が使えない。それはイコール魔導具も作れないということだ。
そんな人間がこんな優秀な魔導具の数々を持っているのはおかしくないだろうか。いや、確実におかしい。
「まぁ友達がね……」
だから僕は誤魔化す方向を変えた。
僕には友達がいる。これは真。
そしてその友達が魔導具を作っている。これも真。
冷厳山嶺に住めているのも、結界を張っているのも友達。全て真だ。
別に嘘は言っていない。
不都合なことは隠す。完璧だ。
「ご友人ですか。素晴らしいお方ですね」
「それは本当にそう思うよ」
友人としても魔導具職人としても。ヴェルナードは完璧だ。鼻が高い。
つい口角が上がる。友人を褒められるのは嬉しいものだ。
「ではこの車椅子とクッションもその方が?」
「そうだね。アイデアは僕だけど、作ったのは友達だよ」
「なるほど……。合作なのですね」
「まあそうなるかな?」
僕は好き勝手言っているだけなので合作と言われるとなんだか心苦しい。ほぼほぼヴェルナードの力なのだから。
だけど一応は事実なので否定はし難い。藪蛇にもなりそうだし。
「ご友人も近くに住んでいるのですか? できればご挨拶とお礼をしたいのですが……」
「あー……。近くには居ないんだ。いつ帰ってくるかもわからないから」
「そうですか……」
ルシアは残念そうに俯いた。
なんだか申し訳なくなってくる。
「……ですが、アイデアが浮かぶレン様もすごいですね」
「……そのレン様って言うのやめない? むずむずするんだけど……」
ルシアが貴族だから。なんてことは関係ない。
ただ単にむず痒い。所詮僕は小市民ということだろう。なんか悲しい。
「そういうわけにはいきません。レン様は私の命の恩人です」
「えー……」
「ご迷惑ですか……?」
そんなに心細そうな顔をしないでほしい。
可愛らしい顔でその言葉は反則だ。
「迷惑……じゃないけど……」
「では敬意を込めてレン様と呼ばせていただきますね!」
どうやらルシアは頑固なところがあるらしい。
これは折れないなと感じ、僕はため息をつくしかなかった。
「……わかったよ。ルシアの好きにして。それで本題なんだけど……っとその前に、まず前提としてこの家は好きに使ってもらっていいから。その足で冷厳山嶺を抜けるのは無理だからね」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」
「気にしないで。それで? ルシアはどうしてこんな場所に? 住んでる僕が言うのもなんだけど、過酷じゃない?」
僕の言葉にルシアは苦笑した。
「そうですね。私が思っていた以上に過酷でした」
「だよね」
なにせ僕は何回も死んでいる。
凶悪な野生生物ばかりだし、毒を持つ植物もかなりの種類が分布している。
とても人間の住める場所ではない。
「レン様はゼスマティア神王国をご存知ですか?」
知っている。だけどそれはヴェルナードから聞いた端的な情報でしかない。
だから僕は首を振った。
「知らないなぁ」
あまり興味はないけれどこれは聞かなければいけないパターンだろう。
それにルシアが良い子だからだろうか。ほんの少しだけ気になってきている自分がいる。
「ではご説明いたしますね。ゼスマティア神王国はここ、レーティア大陸の東部にある大国です。ちょうど冷厳山嶺の南側ですね。国土で言えばアルセリオン龍王国に次ぐ広さを誇ります」
ゼスマティア神王国にアルセリオン龍王国。
どうやらこの二カ国がこの大陸、レーティアにおける二大巨頭らしい。
それはともかく横文字が多い。覚え切れるだろうか。不安になってくる。
「ゼスマティア神王国は過去に厄災を討伐した英雄の一人、預言の巫女フィレイン様というお方が建国した国です」
「なるほどぉ?」
横文字が多い!
「そういう経緯があり、ゼスマティア神王国では預言が信仰されています」
つまり、前にヴェルナードが口走った言葉はこのことだったと。
預言を信仰しているゼスマティア神王国。
預言、信仰。なぜだろう。どことなく胡散臭さを感じるのは気のせいだろうか。
「フィレインという名前は代々預言の巫女に受け継がれています。ここで本題に繋がるのですが、私が冷厳山嶺に赴いたのは預言が出たからです」
ルシアは言い切った。続く言葉はない。
「………………え? それだけ?」
「そういう反応になりますよね……。信仰とはそういうものなのです」
「なるほどねぇ」
イマイチ、ピンと来ないが、預言一つでこんな過酷な土地に来るのだからルシアの言う通りなのだろう。
なんか怖い。
「ちなみにその預言って言うのはなんだったの?」
「それは私にもわからないんです。なんらかの予言が出て下された指令が『一人で冷厳山嶺に赴け』だったんです」
「よく引き受けたね……」
「当代の預言の巫女がお祖母様なんです。お祖母様でなければ引き受けてませんでした」
「信用してるんだね」
「はい」
ルシアはまっすぐな瞳で笑顔を浮かべた。それだけで祖母のことが大好きなのだとわかる。
こんな無茶を引き受けたのもその信頼故だろう。
……でも預言か。まさか僕とヴェルナードに会うことが目的だったりしてね。
そう考えると預言というものが恐ろしく感じる。
しかし真相は闇の中。ルシア自身も、もしかしたら預言の巫女自身も真相なんてわかっていないのかもしれない。
「まあルシアの事情はわかったよ。特に目的がないのなら、足が治るまでは安静にしてて。そのあとは僕が外まで送るよ」
「え……? もしかしてレン様ってかなりお強いですか?」
何を言っているのだろうか。僕は超弱い。
戦闘能力ゼロだ。ただ、すこしだけ逃げ足には自信がある。自慢ではないが。
「そんなまさか。僕は争いごとが嫌いなんだ。それに魔術も使えないしね」
「この山を抜けられるのに、ですか?」
「あぁ。そういうこと」
僕はこの野生生物が跋扈する冷厳山嶺を踏破できると豪語したのだ。
そりゃ勘違いされてもおかしくない。だけど僕には何度も死んで積み上げてきた経験がある。
「ずっと暮らしてきたからね。野生生物の対処法がわかっているだけだよ」
死ぬたびに対処法を考えてきた。
対処法を確かめるためにわざと殺された数も一度や二度じゃない。
対処法を確立してからは死亡率はかなり低くなった。その証拠にここ数年は一度も死んでいない。
だからルシアがいても平気だろう。最悪、僕が囮になって時間を稼げばいい。本当に最終手段だけれど。
「対処法なんてあるのですか?」
「あるよ。たとえばガチャ目……なんだっけ。石化のヤツ」
「石化怪鳥ですか?」
「そうそうそれそれ。アイツはガチャ目なのに目は良いからね。これを使うんだ」
椅子から立ち上がり、棚へ。そして一つの球を取り出した。
「それは?」
「ここのボタンを押すと……ルシア。目を瞑って」
「え? あっ……はい」
僕は球に取り付けてあったボタンを一秒間押してから離す。
そして一秒後、凄まじい閃光が部屋の中を満たした。
「わっ!」
「もう目を開けても大丈夫だよ」
「……すごいですねこれ。これも魔導具ですか?」
「そういうこと。名付けて閃光球。レフンネルにはこれを使う……って具合にそれぞれ厄介な野生生物の対策をしているんだ」
「なるほど! そんな方法があったんですね! 心強いです!」
「だから安全に外まで送れると思うよ」
「ありがとうございます。では治りましたら、よろしくお願いいたします。もしかしたら私はレン様に会うためにここに来たのかもしれませんねっ!」
なんて微笑んだルシアはなんだかキラキラとしていて眩しかった。光属性だ。
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