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第16話 トイレ大事件

 帰宅し、寝室を小さくノックする。しかししばらく待っても返答がない。

 なので少しだけ隙間を開けて中を覗くと、ルシアはぐっすりと眠っていた。


 ……安静にしてくれててよかった。


 ひとまず物音を立てないよう部屋に入り、ベッドの横に車椅子と石化用保護クッションを置いておいた。


 ……あっ。メモも置いておいた方がいいかな。


 ルシアがいつまで寝てるかわからない。

 深夜に目を覚ました場合、僕も寝ている。だからメモを置いておいた方がいいだろう。

 そう考え、人類語でメモに車椅子と石化用保護クッションの使い方を書いて、ナイトテーブルに置いておいた。

 空になった食器も回収しておく。


 これで今、僕に出来ることはない。

 そして岩塩も取りに行けなくなってしまったので暇だ。


 ……雑草でも抜いてくるかなぁ。


 たしか結界の際に雑草が増えていたような気がする。そろそろ抜かないとなぁと思ったままやる気が出ずに放置していた。

 草むしりはめんどくさいのだ。


 ……でも良い機会かな。でもまずはお昼ご飯だ。


 時刻はちょうどお昼頃。

 身体を動かすのは栄養を取ってからの方がいい。

 なので僕はキッチンに向かった。




 その後、昼食をとり、雑草を取り終えてもルシアは起きてこなかった。

 時刻は日が沈み始めた頃。ここまで起きてこないと流石に心配になったので寝室を覗いてみた。

 だけどルシアの顔色は良く、呼吸も規則的だったので心配はなさそうだ。

 

 その後は一応、夕食にシチューも用意しておいた。

 すぐに温めて食べられるように、魔力レンジの使い方も書いておく。

 

 それから僕はソファに寝転がった。

 このソファの素材は石化用保護クッションと同じ素材で作られている。

 だからふわふわのもこもこだ。ベッドとしても十分に使える。

 これから数ヶ月は僕の寝床になるだろう。


 ……こんなことならもう一つくらい部屋を作っておくんだったかな?


 そんなことを思いつつも、まさか人が来るなんて想像すらしていなかったのだ。

 今更言っても仕方ない。


 ……まあ明日以降、考えようかなぁ。


 もはや家の増築は慣れたものだ。

 部屋を一つ増やすぐらいなら簡単……とはいかないが、全然出来る。

 石化がいつ治るかわからない以上、用意しておいた方がいいかもしれない。


 ……それにプライベートの空間も必要だ。


 僕は男、ルシアは女の子。

 石化が治るまで身動きが取れない以上、一つ屋根の下で暮らすことになる。

 だからそこらへんの配慮は必要だ。このままではよくない。


「ふわー」


 そんなことを考えていたら眠くなってきた。


 ……今日はもうやることはなにもな――。


 一瞬、忘れないうちにヴェルナードから習った回復薬を作っておいてもいいかな、なんて思ったが、それは明日にしておく。

 今はこの心地よい微睡に身を任せたかった。




「……ま。……ン様」


 肩を揺すられているのに気付き、僕は重たい瞼を少しだけ開けた。

 部屋は真っ暗。この暗さならおそらく深夜だろう。

 なんてことを思いつつ、肩をゆすっている人物に視線を向けた。


「……ルシア?」

「起こしてしまってすみません。その……」


 車椅子に座ったルシアは顔を真っ赤に染め、どこかソワソワしていた。なんだろう。心当たりはない。


「……ん?」

「……その、お手洗いは……どちらでしょうか?」

「あぁ〜。ごめん」


 そういえばそこら辺の説明をしていなかった。

 うまく回らない思考ながら、女の子に言わせてしまって申し訳なく思う。

 それから僕は気怠い身体はそのまま、部屋にある扉を指差した。


「……あそこ。……自由に使って。あと、お風呂はあそこ。脱衣所に着替えも……。僕用だから少し大きいかも……」

「わかりました。ありがとうございます」

「いえいえ」


 ルシアのお礼に頑張って微笑む。だけどそれが限界だった。また意識が微睡に……。

 

「……あっ……ルシア。……ウォシュレットは右のボタンだから……」

「ウォシュ……? なんですかそ………………」


 なにか言っていた気はしたが答えるより前に僕の意識は微睡に沈んでいった。




「ひゃぁぁぁあああ!?!?!?」

「えっ!? なに!?」


 凄まじい悲鳴に僕は飛び起きた。女の子の悲鳴だ。


 ……なんで女の子!?


 なんて思ったが、すぐにルシアの存在を思い出した。悲鳴の元はトイレだ。


 ……なんでトイレ!?


 なんて思ったが、なんかトイレの場所を聞かれたような覚えがないこともないような……?

 とはいえ悲鳴だ。ひとまずは何が起こったのか確認しなければ。


 僕はすぐにトイレに駆け寄り、扉をノックした。


「ルシア!? 大丈夫!?」


 バタンと扉が開き、僕は咄嗟に視線を逸らした。

 しかし逸らし切る前に、床に倒れているルシアを発見。それどころではないと視線を戻す。

 そこには涙目で僕を見上げるルシアがいた。

 

「れ、れ、れ、れ! ……レン様! あ、あれ、あれれれ……あれは!?」

「えっ!? 様!?」

「そこではありませんっ!」


 確かにそうだ。

 様付けには驚いたけど、他にもっと気にすることがある。

 だから僕はルシアが指を差した方向を見た。

 するとそこには噴水のようにちょろちょろと水柱を上げる洋式トイレが……。


 ……ウォシュレット?


「あ、あれはなんですか!?」

「……ウォシュレット?」


 僕は心の中で浮かんだ言葉を反芻した。


「ウォシュ……?」

「その……お尻を洗うやつ?」


 あまり具体的に言うのはデリカシーがない気がしたので、なんとか言葉を捻り出した。

 ルシアも混乱しているが、僕も混乱している。


「……あっ」


 しかしそこで僕はいつもの既視感を抱いた。


 ……そういえば初めて外国人がウォシュレットを使うと驚くんだっけ?


 どこかでなんか聞いたような気がする。

 つまり、ルシアは僕が覚えている……ような気がする外国人と同じなのだ。


 ……いや正しく、外国人なのか。


 僕は冷厳山嶺の人間。そしてルシアはなんとか神王国の人間だ。

 正確に冷厳山嶺がどこの国の領土になるのかはわからないが、そう考えるとルシアは外国人。この反応も当然だ。


 ……いや、僕は何を考えてるんだろう。


 やっぱり混乱している。

 外国人がどうのは今関係ない。


「ごめん。説明してなかった」

「なぜそのようなものを教えたのですかっ!?!?!?」


 正直記憶がな……いとは言えない。

 なんかウォシュレットという存在が当たり前すぎて普通に教えてしまったような気がする。

 朧げながら。多分、全面的に僕が悪い。


「ごめん」


 素直に頭を下げると、ルシアがハッとしたような表情をした。


「あっ……ごめんなさい。私……お借りしている身でなんてことを……」

「ああいや。ちゃんと起きて対応すればよかったよ。ごめんね」


 いくら眠かったとはいえ、おざなりな対応をしてしまった僕に非があるのは確定的だ。ちゃんと頭を叩き起こしてから対応すべきだった。


「いえ。私も驚いていたとは言え、口が過ぎました。申し訳ございません」


 ルシアが本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

 僕が悪いのにこんな表情をさせてしまって申し訳なく思う。

 だけどここでまた謝ると謝罪合戦が始まりそうだったので、ひとまず大事なことを聞くことにした。


「怪我はない?」

「はい。怪我はどこにも。しかし濡れ……」


 ルシアの視線が自分の下半身に向かう。僕も釣られてその視線を追ってしまった。

 そこには下げられた純白の布が……。


「「……ッ!」」


 ルシアの顔が先ほど以上に真っ赤になる。

 だから僕は凄まじい反射速度を発揮して視線を逸らした。

 早過ぎて首がグキっていった。痛い。


「………………見ました?」

「見………………ごめんなさい」


 こういう時は下手に誤魔化さず、嘘をつかずに謝るに限る。そんな気がした。

 

「っっっ〜〜〜!!!」


 結果、ルシアは声にならない悲鳴を漏らした。

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