8話「指名手配のブルジョア親友は羨ましいけどなりたいとは思わない」
「財布持ったか?」
「うん」
「中身は入ってるか」
「当然アル」
「ポイントカードは?」
「私をなんだと思ってるヨ」
「アホ女」
「そんなんだからマイちゃんに振られたネ」
「……よし。じゃあ、ちょっと行って来るから。留守番——」
「いってきます、だよ。二十歳になったんだから、挨拶ぐらいちゃんとしたらどうだい」
「……いってきます」
「車に気をつけるんだよ」
車の事故なんてここ50年ぐらい起きたこともねぇよ。
普通は野良モンスターに気をつけてとかだろ。
「車がぶつかってきたらぶっ飛ばすから安心していいアル」
車はモンスターじゃねぇ。
そんなことしたら治安局に捕まるから絶対やめろ。
お前は破壊神か。
「リンカちゃん、女の子はおしとやかにね。せっかくのデートなんだから楽しんでおいで」
「分かったヨ! おしとやかにぶっ飛ばすネ!」
もうこいつは色々と手遅れなのかもしれん。
「ほら、アホなこと言ってないで行くぞ」
「うん!」
「いってらっしゃい」
アパートの外に出ると陽の光が眩しい。
今日は素晴らしい秋晴れと言える。
気温も暑すぎず寒すぎず。空のモンスターも、心なしか気持ちよさそうに飛んでいるように見える。
「ふあぁぁぁ……」
ここ数日の浮かれ気分が抜けてないせいか、ついついあくびが出る。
「こんなに気持ちいいお昼なのにあくびとか……病気アルか?」
「気持ちいいから出たんだよ。ほら、さっさと買い出し行くぞ」
「うん」
今日はリンカと一緒に買い出しだ。
食材、新しい装備、ダンジョンで使うアイテムの補充……あとは割れない食器。
俺一人だと荷物が多すぎるし、リンカ一人だと色々不安だ。どうしても二人一緒になってしまう。
オカンは買い出しには向かないから留守番だ。
金銭感覚もおかしいし、「これはなんだい?」が多すぎてうざすぎる。
「まずは〈セルア〉だ」
「ダンジョン屋アルか? 先に〈マキィ〉でお昼ご飯食べたいヨ。食材も買えるし一石二鳥アル」
「時間かかるのに先に食材買ってどうする。家に着く頃には腐るだろ」
「大丈夫ネ」
なにが大丈夫なんだよ。
気合いで冷蔵保存でも出来るのか?
特殊スキルでも身に付けたのか?
「ワガママ言ってないで〈セルア〉行くぞ」
「どっちがワガママネ」
「お前だ」
「そんなんだから——」
「よおっ! リュウ! リンカ!」
「「 ん? 」」
呼ばれて振り返ると、見るからに探索者な奴がいた。
動きやすい安物レザープレートに、見た感じ安物のロングソード。
装備だけ見ると、どう見ても駆け出しの探索者だ。
だが、俺は知っている。
その安物装備の全てが、俺の全財産でも買えないほどの超性能の装備だということを。
「久しぶりだな、タツマ」
「タッちゃん、久しぶりー」
「おう、久しぶりー」
さも当たり前のように、俺たちの横について歩き出す。
アホ女は久しぶりの再会が嬉しいのか、タツマの背中におぶさる。
そして、それを無視して歩き出す俺とタツマ。
幼馴染みなせいか、この辺は阿吽の呼吸だ。
「最近見なかったけど、どこ行ってたんだ」
「んー、ちょっとした雑用だよ」
「雑用? どっかのダンジョンか?」
「外国だ」
「外国?」
ちょくちょく姿が見えなくなる奴だが、今回は外国か。忙しい奴だ。
「なんか、国を脅かすモンスターを倒してくれとかなんとか……そんな依頼だった気がするなー」
「そんなもん軍隊の仕事だろ」
「表沙汰に出来ない案件って奴さ」
「あ、もう言わなくていい。聞いたら消されそうだ」
こいつの〈案件〉に少しでも触れたらこっちが酷い目に遭う。
「はははは! 確かに消されるな!」
「笑い事じゃねぇよ。絶対に喋るなよ。フリじゃないからな」
「安心しろって。もうその国はねぇからよ」
「は? お前が行ったのに、そのモンスターは倒せなかったのか?」
このインフレ男に倒せないモンスターってどんな奴だよ。
「ま、力の代償って奴だ。強いモンスターを倒すには強い力がいる。召喚士のリュウなら分かるだろ」
「もう言うな。国がなくなってても亡国の暗殺者に付きまとわれそうだ」
「相変わらずリュウのアンテナは鋭いな。リンカのお陰か?」
「そうアル」
「タツマのそれは褒め言葉じゃねぇぞ、アホ女」
「お前、口悪くなってねーか?」
「なってるヨ」
誰のせいだと思ってる。
お前とオカンが俺をこんなにしたんだ。
純真だった頃の俺を返せ。
「まあ、色々あったんだよ。本当に、色々……」
「もしかして、あの母ちゃんのせいか?」
「察しが良くて助かる。動画、見てくれたのか」
「ああ、爆笑させて貰ったよ、ププ——」
「そうか、良かった……はぁ……」
確かに、あの動画のコメント欄の9割は笑いで包まれていた。常識的な思考だったら笑うのが普通なんだろう。
笑えないのは、当事者達だけだ。
「私のお陰で大バズりヨ!」
こんな風に。
偉そうにふんぞり返るな。
お前は臭気玉を使ってモンスターにボコられただけだ。
「リンカの臭気玉、最高にクールだったぞ!」
「そうアル!」
「やめろ。こいつが調子に乗ったらどう責任を取るつもりだ」
なんでタツマはリンカを甘やかすんだ?
これだけはずっと意味が分からん。
「楽しそうでいいじゃねぇか。俺なんかずっとソロだぞ」
「そいつやるよ。おぶったまま持って帰ってくれ」
「リンカは帰巣本能が強すぎるからなー……お断りだ」
「欲しくなったらいつでも言ってくれ。一万円やるから」
「はっはっはっ! 一億でもいらねぇー!」
「そうヨ。私はそんなに安い女じゃないアル」
ズレたこと言ってんじゃねぇよ、アホ女。
今お前は、一億円貰っても要らないと言われたんだぞ。逆に考えんな。
「お、もう着くな。〈セルア〉行くんだろ」
「ああ。アイテム補充と装備の新調だ。今の俺はウハウハだからな」
「良いよなー、動画収入。俺もやってみたかったわー」
「まあ、指名手配犯じゃ、垢バンされるからなぁ……」
こいつは指名手配探索者。
ようは〈ジョブ〉の力で悪事を働く探索者だ。
幼馴染みからしたら良い奴でも、世間評価は全くの逆だ。
「懸賞金上がってるの、絶対にあいつの仕業だよなー」
「だろうな。お前らの痴話喧嘩に俺たちを巻き込むなよ。一回ぐらい逮捕されてやれ。そうしないとドンドン懸賞金上がるぞ」
もう一人の幼馴染みの顔を思い出し、鼻で笑う。
あいつはタツマを捕まえるためならどんな手段でも使う女だ。
どこかでガス抜きをしないと、永遠に追われ続けることになる。
「はははは、冗談言うなよ。捕まったら一生出てこれねぇよ」
「どうかな。捕まってもあいつと結婚したら見逃してくれるかもしれんぞ」
「リュウ、ありえないことを言うなよ。鳥肌が立ったぞ」
「そうか?」
あいつは絶対にタツマに惚れてる。
正義感だけでここまで執拗に追ってくるとは思えん。
タツマにさえその気があれば、全部が丸く収まるはず——。
「リュウはリンカと結婚しないのか?」
「あり得ないこと言うなよ。鳥肌が立ったぞ」
「そういうことだ」
「OK、理解した」
これ以上は何も言うまい。墓穴を掘るだけだ。
「俺も丁度買い物したかったし、一緒にいいか?」
「……大丈夫か? その、色々と?」
「これ、認識阻害のイヤリングだ。お前らには効かないようにしてるが、ほいほいとそんなことはしたくねーんだ。物は俺が選ぶからよ、会計だけ頼むわ」
認識阻害の装備なんて国宝クラスじゃねぇか。
そんな装備があるなら盗み放題だろうに……本当に、馬鹿正直で真面目な奴だ。
「いいぞ。リンカはいい加減タツマから降りろ。店の中じゃ認識阻害の邪魔になる」
「むー。本当にそうアルか、タッちゃん?」
「だな。外なら大丈夫だろうが、店の中はマズいかもしれん。素直にリュウに従っておけ」
「分かったアル」
説得されて渋々タツマの背中から降りるリンカ。
このアホ女、俺の言うことは素直に聞かねぇくせに、タツマの言うことには素直に従うのか?
「おい、タツマ」
「なんだ?」
「リンカを嫁に貰ってやってくれ」
「いいぞ」
「……マジで?」
タツマが神に見えてきた。
祝福の鐘が鳴り、花びらが降り注いでいる。
「代わりに、お前がミサキを嫁に貰えよ」
「断る」
「じゃ、俺も断るわ」
お互い苦労してんなぁーと、ガッチリ肩を組む。
流浪の〈魔剣士〉板神タツマ。
やっぱりこいつは、理解されない苦労を分かち合える、唯一無二の親友だ。




