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7話「二十歳の誕生日に飲む酒はだいたい酒の味がしない」

「「「 乾杯!! 」」」


 あー、リンゴジュースがめっちゃ美味い! やっぱ果汁50%は最高だわー。

 あの動画のお陰で、素晴らしい二十(はたち)歳の誕生日が迎えられた。

 オカンの初動画はたった数日で250万再生を突破。今までの記録を大きく超える数字を叩き出した。

 そしてなにより、再生数はまだまだ伸び続けている。

 最終的には300万ちょっとを記録するだろう。マジもんの奇跡だ。現実は小説より奇なりとはよく言ったもんだ。

 来月がボーナスタイム確定なので、今日の晩飯はめっちゃ豪華にした。

 生チョコのホールケーキに生魚の寿司。オマケでデカいタンドリーチキン。

 まるで死刑囚の最後の晩餐だ。

 どれもトップ配信者たちが余興で食ってるような高級品ばかり。

 店員から「お前、マジで金払えるんか?」みたいな顔をされたが、今の俺は大人の余裕に満ちている。少しぐらいの無礼は笑って流してやった。感謝しろよ、店員A~U。


「久しぶりの生チョコケーキ、美味しいアル……モグモグ……」

「ふざんけんな、俺より先に食ってんじゃねぇよ。今日は俺が主役だろうが」

「モグ……早いもの勝ちヨ」

「空気読めや。そしてホールケーキに直接フォークぶっ刺してんじゃねぇよ。せっかくのケーキが見る影もねぇだろ。動画撮ろうと思ったのに台無しじゃねぇか」

「小さい男アル。だからユリちゃんに振られるねネ……モグモグ……」


 いちいち古傷掘り起こしやがって。このアホ女、マジでひっぱたきてぇ……。


「ほらほら、どんどん料理運ぶよ! リュウヤの二十歳(はたち)のお祝いだから、母ちゃんも張り切ったよ!」


 乾杯してすぐ、オカンは台所に料理を取りに席を立った。

 乾杯の時に料理に飲み物がかからないように、最低限の物しか並べていないと言っていたが……どんだけ作ったんだよ、このオカンは?

 なんだ、その赤い米は? そんなもん買った覚えはねぇぞ。

 なんだ、その赤と白の餅っぽいのは? 変なもん出してんじゃねぇよ。

 一通り並べ終えたのか、オカンも席に着く。


「その赤いご飯と、変な色の餅はなんだ? 食いもん?」

「お祝い事には赤飯と紅白まんじゅうが常識だよ。すっかり都会の習慣に染まっちゃって、母ちゃんは寂しいよ」


 俺は都会生まれの都会育ちなんだが……。

 あり得ない色をしている食い物に俺が引いていると、アホ女がそれを一気に口に入れる。


「この赤いご飯……もちもち……まんじゅうも……美味しいアル、モグモグ……」


 相変わらず躊躇なしか、お前は。

 野生児は出されたものを口に入れないと気が済まないのか?


「なんか甘いご飯みたいで美味しいヨ! 大福みたいアル!」


 甘いご飯が美味しいわけないだろ。大福の甘さのご飯はご飯じゃねぇ。それは大福だ。


「はぁ……」

「大好きなチョコケーキや寿司を前にしてタメ息なんてリュウらしくないヨ」

「うっせ」

「リンカちゃん」

「ナニ?」

「人ってのはね、二十歳(はたち)の誕生日には色々と思うことがあるんだよ。気持ちではお祝いしたいけど、大人になった責任も重く感じる。そんな風に思うと、ふとした瞬間にタメ息が漏れる。今のリュウヤはね、大人になった重責で複雑な心境なんだよ」

「そう、アルか……モグモグ……」

 

 神妙な顔をしてるが、このアホ女は絶対に分かってねぇ。分かってたら食う手が止まってるはずだ。

 そしてオカンは的外れが過ぎる。どこまで深読みしてんだよ。大人になった責任がどうとか古くせぇわ。

 こちとら、〈ジョブ〉に目覚めたら翌日から社会人やってるわ。

 だがまあ、20歳というのは節目であることは確かだ。

 やっと、コイツが飲めるときが来たんだからな!!

 ジュースの横に置いてあるアルミ缶を手に取る。

 そこにはリンゴの絵と一緒に大きく「これはお酒です」、「アルコール度数8%」と書いてある。


「リュウ! ついにそれをいっちゃうアルか!」

「ああ!」


 お酒は20歳になってから。

 それは、この国にとっては呪いとも言える不変的な法律だ。

 外国で一番厳しいのは15歳だし、制限無しの国だってある。だがこの国だけは、その法律を決して曲げることがなかった。議題に上がったことすらないという。

 アホか。

 アルコールに身体が耐えられるようになるのは20歳前後というのが理由らしいが、そんなものはとっくの昔に否定されている。

 というわけで、今日この瞬間が俺の酒デビューだ!

 プルタブを持ち上げると「カシュ——!!」と鳴る。

 おおー、憧れの音!

 これを一気飲みして「くっはぁ~……!」とか言うのが夢だった!


「んじゃ——」

「待ちなっ!!!!」

「ッ——!?」


 缶に口をつけようとした瞬間、オカンの声が鼓膜に突き刺さる。

 

「お酒を飲む前には牛乳を飲むもんだよ。浮かれる前にしっかり準備しな」

「そんなルールなんてねぇよ。それに牛乳なんて売ってるわけねぇだろ」


 牛乳はほぼ全てが加工品に回される。買うには牧場に行かなければならないが、この辺に牧場なんてあるはずがない。


「ほら。用意しといたから」


 どこで買ってきたのか、「牛乳」と書かれた瓶を差し出される。


「これが牛乳? マジで?」

「そうだよ、当たり前じゃないか。牛乳は瓶に入ってるもんなんだよ」

 

 違うだろ。牛乳はデカい機械に入っていて、そこからコップに注ぐものだ。こんな瓶で小売りされてるはずがない。


「いいから飲む。お酒はそれからだよ」

「はあ、分かったよ」


 本当に牛乳なのか疑わしいが、これを飲まないと酒が飲めないなら飲むしかない。


「つーかこれ、どうやって開けるんだよ」


 小さなビニールを剥いだまではいいが、紙っぽい蓋が取れない。つまみも付いてないし、指を引っかけるような穴もない。


「仕方ない子だねぇ。貸しな」


 オカンは小さな針が付いた棒を蓋に刺し、くいっと持ち上げる。

 おー、なるほど、そうやって開けるわけか、へー……って、面倒くせーなぁ、オイ。

 いつの時代の飲み物だよ。まさか、これも『出した』のか?

 ……本当に牛乳なのか、これは?

 未知の物質で出来た、牛乳に似せた『ナニか』とかだったら嫌だぞ。


「牛乳美味しいヨ! クリームとは違ったさっぱり感があるネ!」


 お前は当てにならん。そしてそれは俺に出された物だ。当然のように飲んでんじゃねぇ。


「返せ」

「プハァッ! はい」

「半分しか残ってねぇじゃねーか」


 こいつの辞書には空気を読むとか遠慮という言葉が存在しないらしい。

 まあ、分かってたことか。今さら腹を立てるほどじゃない。俺は大人だからな。


「それじゃ……」


 覚悟決め、一気に飲み干す。


「美味いな、これ……」


 悔しいが、アホ女の言うとおりだ。

 クリームほど甘くないが、ほどよい甘みとサッパリ感が素晴らしい。

 本物の牛乳は飲んだことないが、これなら牧場に人が集まるのも納得だ。遠出してでも飲む価値があると思う。


「じゃ、あらためて酒を……止めないよな?」

「止めないよ。ただし、飲み過ぎるんじゃないよ」

「分かってる」


 オカンが笑顔なのを確認し、念願の酒を一気に流し込む。

 口の中に炭酸ジュースとは違う爽やかさが広がる。


「美味しいアルか? 大人の味アルか? 酔っ払ったアルか?」

「……牛乳の味がする……」


 俺の記念すべき二十歳の初酒は、牛乳の味しかしなかった。


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