6話「オカン、世界デビュー!!」
「モグ、モグ、モグ……ゴクン。ごちそうさまでした」
「はい、おそまつさま。綺麗に食べてくれて母ちゃんは嬉しいよ」
「ふっ……」
カツ丼を食べ終わったのは1時間後。
オカンがみそ汁を出してきたり、漬物を次々に出してくるので食うのに時間が掛かった。
謎ルールの『20回噛んでから飲み込む』がなければもっと早く食い終わったが、オカンが目を光らせ、リンカが律儀に守ってるせいで、俺だけルールを破るわけにはいかなかった。
オカンもオカンだが、リンカもリンカだ。
モンスター顔負けの食いっぷりだったのにすっかり大人しくなりやがって。お前は餌付けされた熊か。野生児が常識人ぶっても気持ち悪いだけだからな。
……はぁ、もう手遅れだ。
アホ女のせいで動画はアップロードされ、世に放たれた。
1時間もあれば拡散、炎上するには十分な時間だ。
固定ファンがそれなりにいるダンジョン系チャンネルは、アップしてから再生されるまでのスピードが異様に早い。
それだけ世間が〈ダンジョン〉に飢えている証拠なので、普段であれば大歓迎だ。だが、今回に限ってはそのスピード感が恨めしい。
神よ。
普段は全く信じてないが、今日だけはお前を信仰する。
だからどうか、誰にも再生されないという奇跡を起こして下さい。
あとでオカンの漬物を一切れお供えしますので。
「よっ、こらしょ……」
「そのセリフ爺臭いヨ。熟年夫婦の冷めた食卓みたいだからやめるネ」
「誰が熟年夫婦だ。全部お前のせいだ。そして俺とお前は夫婦じゃねぇし、そんな関係は永遠に訪れないから安心しろ」
「ふぅ。相変わらず早口すぎて意味不明アルよ。そんなんだからチカちゃんに振られるネ」
「関係ねぇだろ。そしていちいち古傷を掘り起こすんじゃねぇ」
——おっと、またこのアホ女のペースに巻き込まれるところだった。
オカンが洗い物をしてる今がチャンスだ。
アホ女がおっさん臭く爪楊枝で口掃除してる間にミッションを遂行しなくては。
オカンとリンカが自由になったら、次は何をしでかすか分かったもんじゃない。
「よっと……」
引っこ抜かれた電源コードをコンセントに差す。
ピピピピピピピ——。
PCからエラー検知の起動音が鳴り、OSではなく回復モードが起動する。
「うっそだろ……まさか、吹っ飛んだのか……?」
正規シャットダウンしないとデータが飛ぶなんて何世紀前の話だよ。
回復モードからのOS起動なんてやったことねぇぞ、どうやんだよ……。
チク、タク、チク、タク——。
俺の焦りをよそに、時計の秒針の音が静かに響く。
オカンがどこからか出した時計は、古くさくて非常に鬱陶しい。
「ふぅぅぅ……落ち着け、俺……」
PCは完全に死んだわけじゃない。
ここまで起動できたってことは、ちゃんとした操作をすれば復帰するはずだ。
タブレットを取り出し、解決法を〈SAI〉に聞く。
えっと、PCの回復モードが起動した場合の復旧方法は——っと。
「どうしたんだい、リュウヤ」
「PCの調子が悪くて、ちょっとリカバリー方法を調べてるとこ……」
俺は馬鹿だった。
なぜ正直に言ってしまったんだろう?
どうやら俺は、『オカン』のことをまだまだ甘く見ていたらしい、色々と——。
「ぴーしーってのはこの箱のことかい? 機械なんだね?」
「ああ、その箱のこと。精密機械だから——」
なんでこのときの俺は、タブレットから目を上げてオカンと対峙しなかったんだろうか?
俺は、リンカと同類のアホなのかもしれない。
「ふんっ!」
バンバンバンバン!!
「——は?」
バンバンバンバン!!
「なにしてんの?」
目の前でオカンの平手打ちに晒されるマイPC。
下がトランポリンだったら上下に激しく躍動していただろう。
まるで、わんぱくっ子の小学生のように……。
「調子の悪い機械は叩いたら直るのが常識なんだよ。母ちゃんに任せときな」
へー、調子の悪い機械って叩けば直るんだぁー、勉強になるなぁー。
そんなハイテク技術があったなんて初耳なんですけどぉー……って、マジで言ってんのか、このオカンは?
バンバンバンバン!!
あ、マジそう思ってるわ、これ。
「リュウヤを困らせるんじゃないよ! ほら、気合い入れな!」
バンバンバンバン!!
PCって気合いで直るのか?
いや、それよりも、PCに気合い入れろって、なに言ってんだこのオカンは?
リンカのアホが移ったのか?
その奇行はリンカと同じレベルだぞ?
あのアホ女は同じような事してPC一台ぶっ壊してんだからな。
「しっかりおし!」
さらばだ、マイPCよ。
俺にオカンを止めることは出来ん。
しっかりリサイクルに出してやるから、安らかに成仏してくれ。
ブツン——。
あ、死んだ。南無——。
ピッ——。
「……え?」
見たことのない文字の羅列が高速で画面に流れ、見覚えのあるデスクトップ画面が表示される。
「……」
「これでいいのかい、リュウヤ?」
「あ、ああ……」
「古い機械ってのはすぐ壊れるからね。また壊れたら母ちゃん呼びな。すぐ直したげるから」
このPCは新調したばかりの最新モデルだ。
次世代の最新パーツで構成されてるのに一年も経たずに壊れるかよ。
「……とりあえず、ありがとうと言っとくわ」
マッチポンプな気もするが、突っ込んだらややこしくなる。
「いいんだよ。困ったら母ちゃんを呼ぶ。忘れんじゃないよ」
「あ、ああ……」
なにしですか怖くて呼べねぇよ。
次にPCバンバンやられたら失神するわ。
「じゃあ母ちゃんは台所に戻るけど、なんかあったら絶対に呼ぶんだよ」
「わかったよ。何度も言わなくていいから」
しつこい。オカンは本当にしつこい。
リンカとは別の鬱陶しさを感じる。
それよりも!
わけ分からんがとりあえずPCは復旧した。すぐに動画を削除しなくては——!!
【激レア召喚獣の衝撃デビュー!? 世界初の召喚獣は最強だった!?】
【Strike:382,134回 Hit:115,578 Miss:60】
「は? なんだこの数字は……?」
まだ投稿してから一時間ちょっとだぞ。
再生数38万? 高評価11万? 低評価が……たったの60?
……駄目だ理解が追いつかん。もしかして、なにかのエラーの可能性も。
リロード。
【Strike:385,222回 Hit:116,022 Miss:60】
マジかよ。
正気かよ。
どうなってんだよ。
と、とりあえず、コメント欄は——。
『突き抜けてきたwww』
『ここまでくるとすげーよ』
『ゴブリンに正座させるとか正気かよw』
『色々と狂ってるwww』
狂ってるのはお前らだよ。
『リンカちゃんアホ可愛い』
『新防具最高!』
『ふとももは正義』
この辺は通常運転だな……。
『誰だよこのおばちゃんw』
『白い食い物の山どっから出した』
『モンスターに説教とか最高に弾けてるわー』
『母ちゃんのファンになりました!』
『これは最強だわw』
『合成じゃなかったらマジで世界初の偉業』
『リュウヤ見直したわ。今後に期待。受け取れ〈+10,000P〉』
はははははは……なんだ、これ……?
どうやら俺は、パラレルワールドに迷い込んでしまったらしい。




