4話「地獄絵図」
『ダンジョン』
それは、この星が〈フェアリー・アース〉と呼ばれ始めた頃に出現した資源場だ。
多くの一般人には物珍しい場所であり、例外的に観光名所になっているダンジョンなんかもある。
だからこそ、〈ダンジョン動画〉が飯の種になる。
最初は底辺配信者だった俺だが、幸か不幸か、リンカの奇行のおかげで『予想外のハプニングが面白い』配信者として、一定の固定ファンが付いている。
今日はそんなダンジョン動画を撮りに来たわけだが……アホ女が早速かましやがった。
少し前——。
「なんだか薄暗くて陰険な洞窟だねぇ」
洞窟型のダンジョンなんだから当たり前だろ。
「薄暗いアルか? なら明かりをつけるネ。えっと、ランプ玉は……あったアル。そーれ!」
ランプ玉。
高いくせに使い捨てという、客の足下を見たようなアイテム。
野球ボールみたいな玉を自分たちの天井に投げつけると、使用者を追尾しながら周囲を照らす。洞窟探索ではありがたいアイテムだ。
オカンという慣れない同行者がいるんだ、ランプ玉を使うのは悪い判断じゃない。そう、ランプ玉なら間違いじゃない。
俺は天井に投げられた『臭気玉』を見ながら感情が抜けていく。
「あれ? 明るくならないアル?」
「お前が投げたのは臭気玉だ。明るくなるわけないだろ。アイテム一個無駄に使いやがって」
「これ、臭気玉の匂いアルか?」
「何回か使ったことあるだろ、忘れてんじゃねぇよ」
「お母さん、ごめんなさいアル。違うアイテムを使ってしまったヨ」
「気にするんじゃないよ。母ちゃんのためにやってくれたんだろ。その気持ちだけで、母ちゃんは嬉しいよ」
「お母さん——!!」
のんきなアホ女と、もっともらしい事を言うオカン。
だが、アホ女は臭気玉の効果を忘れてるだろ。
臭気玉は、モンスター呼び寄せるアイテムだ。
本来は罠の上に置き、遠くから衝撃を加えて起動するアイテム。効果範囲は罠の周囲だけ。
それをこのアホ女は、俺たちの上で思いっきり破裂させた。
モンスターが好む強烈な臭気は広範囲に拡散し、俺たちはそれをがっつり浴びた。まるで、罠の上に置いた餌のように。
ドドドドドドドドド——。
あれれぇ、おかしいなぁー。
ここは低ランクダンジョンの入り口だぞぉー。
なんでモンスターの足音が地鳴りのように聞こえるんだろうー。
まあ、ここで臭気玉を使うようなアホな探索者は絶対にいないだろうからな。ここのモンスター達には刺激が強すぎた、ということか……。
「グギャギャギャ!」×いっぱい
「ギャッ! ギャ!」×いっぱい
「ウオォォォォン!」×いっぱい
こんなもんGランクじゃぇねぇよ!
EランクどころかDランクはあるわボケ!
ここの名物モンスターのゴブリン。通路を埋め尽くしてる。
ちょくちょく見かけるGランク中位のウェルドア・ドッグ。数えるのが馬鹿らしいほどいる。
それらが興奮し、奇声を上げながら向かってくる。
「くそ! 召喚〈ウィンド・フェアリー〉〈レッサー・サラマンダー〉!!」
魔力がごっそり減り、二体の召喚獣が現れる。
俺が出せる最強の二体だ。
一般的な召喚獣だが、両方ともEランク上位。
この馬鹿みたいな群れが相手でも、撤退の時間稼ぎぐらいは出来る。
「リンカ!」
「任せるアル!」
ガントレットを嵌め、群れに突っ込むリンカ。
阿吽の呼吸みたいだが、俺がリンカに求めていたのは、突撃じゃなくて殿をこなしつつの撤退だ。
敵を全滅させる勢いで突っ込んでどうする。
俺たちの代わりに足止めする気満々だった召喚獣たちが「ポカーン」って顔してるじゃねぇか。
「汚物は消毒アル! 波ァッ!!」
拳が振り抜かれる度に数体が吹っ飛び、回し蹴りで数十体がミンチになる。
ジョブ『モンク』は近接特化のアタッカー。
リンカほどの強さになれば、手から〈波動衝〉を出して中距離攻撃も可能だし、自己回復も出来る完結型になる。
こんな大ピンチには非常に頼れる存在だ。
まあ、その大ピンチを引き起こしたのはその頼れる存在なんだが。
「え、ちょっ、待つアル! リュ、リュウ! こいつら切りが無いヨ!」
「……」
だが、いくら強くても多勢に無勢。十体吹き飛ばす間に十一体に囲まれている。その差は広まるばかりだ。
こういう単純計算が出来ないからこいつはアホなんだ。戦う前に気づけよ。
「撤退だ、リンカ! こいつらを突っ込ませるからお前はこっち来い!」
「わ、分かったアル!」
アホ女が周りを見ずに暴れてるから100パー召喚獣が巻き込まれる。
リンカは激しい攻撃を捌きながら後退し、召喚獣と完全に入れ替わる。
「た、大変だったアル……」
「そりゃそうだろ。ほら、さっさと逃げるぞ!」
「うん!」
「オカンもっ——あれ? オカンは?」
俺の後ろいたはずのオカンの姿が消えていた。
「どこいった! あのオカンは!?」
「あ! あそこアル!」
リンカが指さしたのはモンスターの群れ。
群れに向かってスタスタ歩くオカン。ちょっと早足にも見える。
「——って、何してんだあのオカンは!? 自殺願望でもあんのか!?」
「お母さん危ないアル!」
召喚獣たちがオカンに気付いて守るように立ち回るが、あっという間に突破される。
棒立ちのオカンに、ゴブリンの棍棒とウェルドア・ドッグの爪が襲いかかる。
あ、これは死んだな。
うざくて鬱陶しくて意味不明で邪魔くさかったが、考えてみるとそこそこ良いオカンだった。
お茶、美味かったよ。綺麗に成仏してくれ。
「今の内に逃げるぞ、リンカ!」
オカンには悪いが、俺の説明や忠告を無視して突っ込んだ奴の面倒までは見切れない。
「え? でも、お母さんが——!?」
「いいんだよ! 生死の掛かった状況でグダグダ言ってんじゃねぇ!!」
このアホ女はどこまでお人好しなんだ!?
少しは自分の身を大事にしろよ!!
「ほらっ、行くぞ!!」
「あ——」
「静かにおしっっっ!!!!」
——は?
「今のは……」
「お母さんアル!」
「ま、まさか……」
ピタッと動きを止めて静まりかえったモンスター群れ。それが数歩引くと、変わらぬオカンの姿がそこにあった。
「嘘だろ……何者なんだよ、あのオカン……」
あんな群れに襲われたら俺だったら即死だし、勇者カズマだって少なからず怪我をするはずだ。それをあのオカンは……。
「あんた達全員、ちょっとそこに座りな!!」
「グ、ギャ……」
「クウゥ〜ン……」
ゴブリン共がむつむきながらスッと座り、ウェルドア・ドッグの群れが情けない鳴き声を上げながらその場に伏せる。
そこにはこの世のものとは思えない光景が広がっていた。
人間の言うことなんて聞かず、野生のままに生きるはずのモンスターが、オカンの前にひれ伏し、地面とにらめっこしている。
「……なんだこれ?」
「お母さんすごいアル!」
そんなレベルじゃねぇよ。
お前の脳みそは虫食いか?
宇宙人にでも弄られたのか?
「あんたたちねぇ、そんなに騒いだら近所迷惑でしょ」
ダンジョンなのに近所迷惑?
「なにがあったか知らないけど、これでも食べて落ち着きな」
「グギャ……」
「クウゥゥン……」
オカンから大福を受取り、無言で食べ始めるモンスターたち。
先頭列にいるゴブリン共に大量の大福が配られると、それがバケツリレーのように後方に運ばれ、そこら中から「クッチャ、クッチャ」と聞こえてくる。
……お前ら、そんなに行儀良く食えたんか。ちょっと意外だわ。
ゴブリンの食事風景は大騒ぎなのが普通だ。「ギャッギャッ!」言いながら宴会騒ぎの如く食事をとる。
ウェルドア・ドッグだって、腹を空かせた野良犬のようにガツガツ食うのが普通だ。
だが、聞こえてくるのは咀嚼音のみ。
……マジでどういうことだよ、これ?
「お母さん、私も欲しいアル」
「ほいよ」
「ありがとうアル!」
いつの間にかアホ女もモンスターの群れに加わり、一緒に大福を頬張っている。
やっぱ宇宙人に脳を改造されたのかもしれん。
そうでも思わないと、この場での非常識人が俺一人になってしまう。
「落ち着いたかい?」
「グギャ!」
「ウォン!」
「うん!」
お前らは同類か。
「人はね、ちょっとしたことですぐカーとなって喧嘩しちゃうけど、こうやって落ち着いてみると、以外と仲良くなれるもんなんだよ」
人とモンスターは無理だろ。
「そうアルか?」
「グギャ?」
「オオン?」
見つめ合うアホ三匹。
「リンカちゃんも悪い、緑のあんたも悪い、そこのワンちゃんも悪い。喧嘩両成敗だよ」
そう、なのか……?
「ほら、お互いに握手して謝りな」
「うん……」
「グギャ……」
「オン……」
代表っぽい三匹が手を重ねる。
「いっぱい殺しちゃってごめんネ」
「ギャウ、ギャウ、ギャ」
「ウォン、オン、オ〜〜〜ン」
なんだ、この地獄絵図は?
「スッキリしたかい?」
「したアル!」
「ギャ!」
「ウォン!!」
「じゃあ、緑の人とワンちゃんはもうおうちに帰りにな。大切な人があんたらの帰りを待ってるよ」
ゴブリンとウェルドア・ドッグの群れは、オカンにペコペコしながら音もなく去って行った。
「……」
「リュウヤの職場は珍しい人や賢いワンちゃんが多いねぇ。でも、あまりうるさくするとご近所さんから怒られるから、そこは注意しときな」
「……」
「返事は?」
「……わかった……」
「なら、母ちゃんは嬉しいよ」
「……帰るか……」
「そうだだねぇ。リュウヤの職場も見られたし、ご挨拶も出来たから、今日はお暇しようかね」
俺は録画の停止ボタンを押し、何も考えないようにして帰路についた。




