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3話「ダンジョン——前でピクニック」

 目の前には大きめの一軒家程度の小さな岩山がある。

 ここが俺たち探索者の活動場所である『ダンジョン』だ。

 入り口を塞ぐ巨大な扉の奥にダンジョンへの入り口があり、その内部は驚くほど広い。

 異世界に繋がるひずみがどうとか——まあ、理屈はさっぱりだ。

 内部には自然が広がり、外に比べてモンスター数が異常に多い。

 ダンジョンでしか採れない植物や動物なんかも多く、それを売って生活している探索者なんかもいる。


『ようこそ。ランクGダンジョン〈緑色の巣〉へ。入場には許可が必要です。全員分の許可証、または探索者証をこちらにかざして下さい』


 ゲート前に空中コンソールが浮かび上がり、自動音声案内が流れる。


「はいよっと……」


 首から下げている探索者証をコンソールにかざす。


『承認しました。〈Eランク探索者 黒木リュウヤ〉様。安全のため、禁止事項をご説明いたします。一、ダンジョン内では——』

「はいはい……。さて、家でも説明したが——」


 定型文の説明が流れる中、連れの二人に振り返る。


「世の中にはすごいもんがあるもんだねぇ。ここがリュウヤの職場なのかい?」


 扉を触り、空中コンソールをスカスカするオカン。


「職場じゃなくてダンジョンだよ。俺の説明、聞いてなかった?」

「なんだかよく分からないけど、母ちゃんに任せときな!」


 ふんっといった感じで自分の胸を叩くオカン。

 鼻息と自信たっぷりの胸たたきで周囲の空間が振動し、軽く土煙が舞う。


「……」


 このオカン、モンスターじゃねぇのか?

 普通の人間は鼻息や胸たたきでこんな現象は起きねぇぞ。

 見た目は恰幅のいい割烹着のオカンだが、やっぱ『召喚獣』なんだなぁー……。

 ここ数日の出来事や、〈サイバーネット〉で調べた情報を思い出し、しみじみそう思う。


「流石はお母さんアル! 私も——ふんっ! ふんっ!」


 アホ女がオカンの真似をする。

 鼻息で土煙を起こそうとしているようだが、出来るわけねぇだろうが。お前は一応人間だ。


「やっぱり無理ネ……ならコッチアル!」


 今度は胸を叩き始めた。

 やっぱアホだわ。

 人間が胸を叩いた程度で空気の振動とか起こせるわけ——あ、ちょっとビリッときた。コイツは人間もどきだったのか。なるほどなー。


「お母さん、ちょっと出来たアル!」

「頑張ったねえ、リンカちゃん。でも女の子はおしとやかにするもんだよ」

「うん!」


 うんとか言うな。おしとやかに出来るわけがないだろ。お前のジョブは『モンク』だぞ。

 暴れることこそ生きがいみたいなお前に最適のジョブだ。

 おしとやかに行動するモンクなんて聞いたことねぇよ。


「……」

「どうしたアル?」

「……防具に自分でダメージを与えるな。新調したばかりなんだから最低二年は使うんだぞ」

「分かってるネ!」


 更に胸を叩いてダメージを蓄積させるアホが一名。

 チャイナ服っぽい形のくせしてやたら防御力が高い一品。

 こいつが形状に拘ったせいで無駄に高い素材が使われたオートクチュールの防具だが、このアホはその価値を分かってないらしい。


「はあ……」

「またタメ息? 最近多いネ。心がおじさんになったアルか?」

「お前らのせいでな」


 ここ数日で20歳は歳を取った気がする。

 今の俺の心は社会に疲れ切った40歳のおじさんだ。


「死んだ魚のような目をしてんじゃないよ! ほら、こっちきておはぎでも食いな」

「ダンジョン前でピクニック始めんなよ。どっから出した、その風呂敷と食い物は?」

「細かいこと気にすんじゃないよ! いいから座りな!」

「この黒いの、甘くて美味しいアル!」


 座って食ってんじゃねぇよ。


「今日はダンジョン動画撮るって言ってんだろ。リンカも緊張感もてって。探索者の免許持ってんだろ」

「モグ……リュウヤは……モグモグ……速すぎて……モグ……」

「食いながら喋んな」

「本当に口が悪い息子だねぇ。いくら家族でも、親しきなき中にも礼儀ありって言うものだよ」

「知らん。それにアホ女もオカンも家族じゃないから」

「やれやれ。母ちゃんをオカンと呼んだり、リンカちゃんをアホ女と言ったり、反抗期かねぇ。ごめんね、リンカちゃん。こんな息子だけど、添い遂げてくれるかい?」

「任せるアル!」

「ありがとうね、リンカちゃん」

「……」


 こんな感じのやり取りがここ数日、何回も何回も続いたわけだ。

 な、歳を取るのも分かるだろ?

 ダンジョン前でピクニックとか……たぶん前代未聞の出来事だぞ。

 その証拠に、さっきから周囲の視線がグサグサ俺たちに刺さっている。


「なにしてんの、アレ」

「本当に免許持ってるの?」

「どこのお上りさんだよ」

「遊びで来てんのか?」


 見せもんじゃねぇぞ。

 俺はお前らより上のランクだぞ。

 このダンジョンなんか何回潜ったか分からんほど潜っとるわ。

 この二人が常識無しのUMAなだけだ。


 ヒソヒソ、ヒソヒソ——。


 あー、なんとなくこうなる気はしてたんだよな。

 ここはこの辺では一番低ランクのダンジョン。

 探索者試験にも採用されるような初心者御用達のダンジョンで、難易度の割には素材などの実入りが良くて高コスパなのが特徴。

 探索者ランクが上がれば活動場所も変わってくるが、ここだけはGランクダンジョンのくせにFランク探索者もそれなりにいる珍しい場所だ。

 ようは、一番探索者数の多いGランク帯とFランク帯が混在する大人気ダンジョンというわけ。

 俺だってEランクに上がってからも、アイテムが心許なかったり、疲労が溜まったときなんかはちょくちょく利用していた。

 本当ならもっと人の少ないダンジョンに潜りたかったが——。


「ずず——。やっぱりおはぎには緑茶だねぇ」

「ズズ——。おはぎにはりょくちゃアルねぇ」


 ホント、色々な物を唐突に出すな、このオカンは。

 そしてアホ女。お前、おはぎも緑茶も知らんだろ。適当言ってんじゃねぇよ。

 そう、この二人の化学反応が怖すぎて適性ダンジョンに行けないのだ。


 オカンの強さはハッキリいって未知数。

 あれだけ魔力が吸われたんだから弱いわけがないと思うが、調べた範囲では『人間』の召喚獣は歴史上存在しない。だからスキルも能力も不明。分かってる能力は『言動に合わせていつの間にか物を出している』というふざけた能力。今もツッコミが止まらない。

 そして一番頭が痛いのが、言葉は分かるのに意味が分からないということ。

 自己中な奴が世間知らずで育つとこうなるのかなーって感じ。


 そしてリンカ。

 そんなオカンを『お母さん』と呼び、やたらと懐いている。

 常識が通じない不思議生物同士、波長でも合うのだろうか?

 しかもリンカは、適性ダンジョンですら予測不能の結果を起こし、斜め上や斜め下の結果を出す天然のトラブルメーカー。

 戦闘力だけみればもっと上位ランクでもおかしくないのに、Eランクで止まり、他パーティーから出禁を喰らっているのは伊達じゃない。


「リンカちゃん、串団子もどうだい?」

「もらうアル!」


 なんだ、今日は甘味の日なのか?

 周囲の目を全く気にすることなく、常識外の行動で自分のペースを突き進む——これほど恐ろしいコンビはない。

 ……ダンジョン探索で排除したい要素の集合体じゃねぇか、こいつら。

 本当なら一人で来たかったが、リンカのファンは多いし、オカンは話が通じない。

 だからわざわざダンジョン説明会なんて開いて丁寧に説明したはずなのに……。


「ずず——。リュウヤのお仕事楽しみだねぇ。危ないお仕事じゃないか、母ちゃんは心配だよ」

「ズズ——。ダイジョブアル! 私がいれば100万馬力ネ!」


 ……半日も使って説明したよな? あれは俺の夢だったのか?

 そしてアホ女、その自信はどこから来んだよ。お前が積み上げてきた被害総額知ってるか?

 動画収入があっても貧乏生活なのはそのせいだからな。


「はあぁぁぁー……」

「リュウのおじさん化が悪化していくアル」

「若いのに仕方ない子だね。やっぱり母ちゃんが付いてないと、まだまだ子供って事なのかねぇ」

「ふっ……お茶、貰うわ」

「ほら。ゆっくり飲んで気持ちを落ち着けな。あんたの人生はこれからなんだから」


 意味分かんねぇよ。あ、お茶うめぇ。


『——以上がこのダンジョンにおける注意事項になります。ご武運を祈ります』


 自動音声の〈ダンジョン禁止事項20項目〉の読み上げが終わり、金属扉が開かれる。


「じゃ、行くか。ピクニック気分はここまでだ。気持ちを切り替えろよ、リンカ」

「任せるアル! 今日の私はおはぎとお団子パワーで100馬力ネ!」


 一万分の一に下がってんじゃねぇか……。


「疲れたのかい? 母ちゃんが手を繋いであげるよ。ほら、安心したかい?」


 ヒソヒソ——ヒソヒソ——。


「あいつ、母ちゃんと手を繋がないとダンジョンに入れないのかよw」

「ダッサw」

「マザコンなんじゃねw」


 ヒソヒソ——ザワザワ——。


 ……お前らの顔、覚えたからな。

 今日から始まるんだよ。

 トップ配信者になるだろう俺と、超激レア召喚獣の伝説がな!

 後でサイン欲しいと言ってきてもお前らには絶対にやらん! ざまぁみろ!


「怖いのかい、リュウヤ。よしよし、大丈夫。母ちゃんがずっとついてるから安心おし」


 ヒソヒソ——。


「行くぞゴラァ!」

「行くアル!」


 気にしたら負けだ。

 俺は俺の道を進むのみ!


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