1話「母ちゃん」
1999年7月、世界は変わった。
恐怖の大魔王——それは『異世界』のことだった。
地球と異世界が重なり、この世界はファンタジー世界『フェアリー・アース』へと姿を変えたのだ。
軍隊とドラゴンが衝突し、ダンジョンが観光名所になる……そんな世界。
そして、『フェアリー・アース』が誕生してから数百年の時が過ぎた。
***
西暦2XXX年、9月。
『ぱんぱかぱーん! 今月の〈FEVER!〉イチオシ動画はこちらでーす!』
お、もう今月のイチオシ動画発表の時間か。
動画の編集画面を閉じて、拡大っと。
ピッ!
バニースーツを着た獣人アナウンサーが大きく映り、いつも通りの元気な動画紹介が始まる。
ふふ、今回の動画は割と自信あるんだよなー。
あの天然女のせいで変なトラップを踏み抜いたし、その先で珍しいマジックアイテムも見つけた。リアクションや編集もバッチリ。イチオシで紹介されれば1000万再生も夢じゃない!!
今月は俺の20歳の誕生日。ボーナス収入で久しぶりに美味いもんを食いたいだよ。
『初めはこれ! すっごいですよねー! さすがFJの勇者、カズマさんです! Sランクパーティーが複数必要なダンジョンを、まさかまさかのソロクリア! 憧れますね〜〜〜!』
はいはい、勇者勇者……。
『続いても勇者カズマさんの動画! なんとなんと! あの〈永遠を生きる魔女〉から超希少なマジックアイテムを譲り受けた際の衝撃動画! すっごいですね〜、これ! 永久保存確定の動画ですよ!』
くだらねぇー。単なる会話動画じゃねーか。
『まだまだ勇者カズマさんの動画は続きますよ〜〜〜! 続いては——』
ピッ!
もうカズマ動画は腹一杯だっつーの。カズマハラスメントで炎上させるぞ。
……まあ、そんなことしたら炎上するのはこっちか。
あっちはトップスターの最強勇者で、俺は底辺召喚士。
せっかく『ジョブ』が覚醒したのに、自力で召喚できるのは低級精霊や低ランクモンスターばかり。
動画再生数だってあっちは数億単位なのに俺は百万ちょっと。
感謝はしてるさ。
両親のいない低学歴の俺でも動画収入だけで食っていけてるんだから。
だが——それも今日までだ!!
先週見つけたマジックアイテムがデスクの上で誇らしげに輝く。
馬鹿女のせいで嵌まったトラップの先にあった隠し部屋、召喚士にしか解除できない罠に守れた宝箱、中に入っていたのは金装飾に彩られた虹色に輝く魔石。そして、長い時間の掛かった鑑定結果は——『unknown』。
だがな、召喚士である俺には分かるんだよ。
これは『召喚石』だってな!
未発見の隠し部屋、召喚士にしか解けないトラップ、召喚士にしか分からないこの共鳴感——ここまでレア要素が詰まってる召喚石はハッキリ言って超珍しいし、売ればそれなりの大金になるだろう。
本当ならギルドや行政機関に届けるのが筋なんだろうが……こんな美味しいネタ、誰が手放すかよ!
俺の動画がバズるのはいつも馬鹿女がボケをかましたときだけ。俺だって注目されてーよ。コメントで「召喚士邪魔」とか「男いらない」とか書かれる身になってみろ!
あいつの時代は今日で終わりだ!
召喚石を床の召喚陣にセットし、魔力を注ぐ。
「お、おお、おおお——!?」
どんどん魔力が吸い取られ、薄暗い部屋がどんどん明るくなっていく。
「くっ……めっちゃ魔力を吸い取られる……なんだ、この召喚石は——!?」
魔力の吸い取りが止まらない。
5分、10分と時間が流れる。
マジでキツいぞこれ!? 低ランクの召喚石なら数秒、中ランクの召喚石でも数十秒なのに——もしかしてこれ、とんでもなくヤベー奴が出て来るんじゃ——!?
魔力欠乏時に使われる魔力タンクネックレスが弾ける。
ああ!! 5年ローンのレアアイテムが!?
く、くそ……!
これで使えねー召喚獣が出てきたら解体してギルドに売っ払うからな!!
キィィィイイイン————。
「ま、まだ……吸い取るのかよ……ッ!」
部屋にある秘蔵の魔力石も、魔力を吸われて次々に砕けていく。
「なんてことしてんだ! 金に困ったときに売っ払うつもりだった魔石まで壊しやがって!」
引く引けなくなったじゃねーか! ここで止めたら大赤字だよ!
これで単なるレアゴブリンなんか出てきたら好事家に売り払うぞ! マジで!!
「くそ……まだ、か……」
ピン、ポーン♪
「だ、誰だ!? この一大事に!?」
ピンポンピンポン、ピポピポピポピポ、ピン、ポーン——♪
「うっせーよアホ女! 普段チャイムなんて押さねぇくせに子供じみたいたずらしてんじゃねぇ!!」
「晩ご飯買ってきたアルよ〜……って、こんなに部屋明るくしたら電気代かかるネ。ケチなリュウらしくないヨ。あ、喉渇いたからジュースもらうアル」
「お前にはこの状況が見えんのか!? その目はガラス玉か!? これが電気に見えるのか!?」
「相変わらずツッコミ速すぎるヨ。そんなんだからミカちゃんに振られるネ」
「関係ねぇことほざくな!! それよりも、お前の持ってる魔石を——」
こいつも非常用の魔石をいくつか持っていたはず!
ジョブがモンクだから必要ないだろうと馬鹿にしていたが、今はそのトンチンカンぶりに感謝だ!
「これナニ? 眩しい原因これアルか? なにかの魔石?」
気付くの遅ぇよ!
「そ、そうだ! だから、お前の魔石を俺に——」
「眩しいからゴミ箱に捨てるネ」
「——は?」
ガシャン——。
「……」
「フウ、眩しかったネ。あ、ジュース貰うヨ。一暴れしてきたせいで喉がすごくカラカラアル」
「……」
「あれ? リンゴジュース切らしてるなら買い出し行く前に言ってくれないと困るネ。私、オレンジジュース嫌いなの忘れたのカ」
「ふ——」
「ん? フルーツジュースあるならそっちでもいいネ。ほら、早く寄越すアル」
「ふざけんなぁぁぁあああ!!」
「ナニ?」
「おま、お前! あ、あの召喚石は——ッ!!」
ヤ、ヤベー、息が苦しい……。
超レアアイテムかもしれん召喚石と、今まで消費した魔石が一瞬でパーになった。
あのゴミ箱の先は外のゴミ捨て場だ。回収するのに時間がかかる。そんな長い時間、吸われた魔力があの召喚石に残ってる可能性は——ゼロだ。
動機と息切れが激しい……ヤベー、思考が全く追いつかん——!!
「ッ——ハッ、ハッ、ハッ——」
「ナニがあったか知らないけど、ほら、オレンジジュースでも飲んで落ち着くと良いヨ。リュウの好きな果汁5%ネ」
このアホ女……マジで、ムカつく……ッ。
俺が好きなのは……50%、だ……ッ!
「ん? 誰か来たヨ?」
ピンポーン♪
「はいはーい、ちょっと待つアル〜」
「はいはい、お邪魔するよ〜!!」
「ちょ、誰アルか、このおばさんは!?」
馬鹿女を押しのけて部屋に入ってきたのは、背の低い、恰幅の良いおばちゃんだった。
すごく古い動画で見たことあるような、白い割烹服っぽいものを着ている。
「は? だ、誰、だ——ッ、ハァッ——!!」
駄目、だ……。
馬鹿女の奇行のせいで、まだ息が、苦しい……。
「あらあら、大丈夫かい。母ちゃんが来たからもう大丈夫だよ」
「か、母ちゃん——ッ!?」
「ほら、ゆ〜っくり息吸ってぇ〜、吐いてぇ〜。まったく、男の子なんだからみっともない真似してるんじゃないよ。彼女さんが泣くよ」
「私のことカ? 別に泣いてないヨ?」
「つべこべ言うんじゃないの! いいからお水持ってきな!」
「わ、わかったアル」
馬鹿女が台所に向かう。
あいつが人の言うことを素直に聞くなんて……明日、サンダー・ランスの雨でも降るんじゃないのか?
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ほら、もっとゆっくり息を吸う。そして、目を閉じてゆっくり吐く」
「はあ、はあ、はあー……」
「落ち着いたかい? 大丈夫、母ちゃんが付いてるからね」
背中を優しく撫でられ、子供のようにヨシヨシとあやされる。
「リュウのお母さんって……あれ? 生き返ったのカ?」
やっぱアホだ、コイツ。
見た目も声も全然違うじゃねーか。
たった10年で忘れてんじゃねーよ。お前は鳥頭か?
「お水持ってきたんなら彼氏さんに早く渡す。もたもたしてんじゃないの。テキパキ動きな」
「えっと、リュウ、水アル」
「ん、ん……ふうー、サンキュー」
水を飲んだら落ちついた。
まあ、この馬鹿女がまともに働くというレアな体験をしてるせいで冷静になれてるのかもしれんが……とりあえず。
「あんた、誰だ?」
「リュウのお母さんじゃないの?」
「アホか。俺の母さんは10年前、スタンピートに巻きこまれて殺されただろうが。それにファッションモデルだったんだ。こんな『おばちゃん』とは似ても似つかねーよ」
「あ、そうか、そうだったネ」
このアホ女は本気で勘違いしてたのか?
「それで。改めて聞くけど、あんたは誰?」
「母ちゃんだよ」
「……いや、だから、俺の母さんは10年前に——」
「大の男が小さいことに拘ってんじゃないの! 前を見な、前を!」
「いや、小さいことじゃなくて——」
「私はあんたの母ちゃん。いつまでもグチグチ言ってんじゃないの。ほらほら、まずはこの部屋の掃除するよ。まったく。いつまでも経ってもお嫁さんを貰わないから母ちゃんは心配だよ」
「やっぱり、リュウのお母さんじゃ……」
「はあ、もういい……」
訂正するのも疲れた。
このおばちゃんの押しと馬鹿女の相性が良すぎる。
「ちょっと、彼女さん!」
「わ、私アルか?」
「あんた、名前は?」
「リ、リンカ、アル」
「リリンカアル? 珍しい名前だね」
「違うネ! リ・ン・カ!! ヨ!」
「美人が大声上げるんじゃないの。綺麗な顔が勿体ないよ」
「び、美人? 私、綺麗アルか?」
「ああ、綺麗な美人さんだねー。息子の嫁には勿体ないぐらいだよ。これからよろしくね、リンカちゃん」
「うん! お母さん! あ、部屋掃除手伝うヨ。いつも言ってるのに、リュウはすぐ汚すネ」
「男の子ってのはいつまで経っても手がかかるもんなんだよ。花嫁修業だと思ってがんばんな」
「頑張るヨ!」
「……」
この馬鹿は花嫁修業とか絶対に分かってないだろ。
ただの幼馴染みでお互いに両親がいねーだけじゃねぇか。
お互い『ジョブ』に目覚めてもパーティーにも入れて貰えないから、仕方なくコンビ活動してるだけだ。
付き合ってもいないし好きでもない。要は腐れ縁ってやつだ。
今は半同棲みたいな生活をしているが、この馬鹿と結婚する気はサラサラない。
それにしても——。
「仕方ない子だねー、まったく。リュウヤには母ちゃんが付いてないと危なっかしくて見てらんないよ」
なんで俺の名前知ってんだよ。
「お母さんの言う通りアル」
「お前はうるせー」
「こら! 女の子に汚い言葉使うんじゃないの! そんな子に育てた覚えはないよ!」
「あんたに育てられた覚えはない——」
「こら!! 母ちゃんに向かってそんな言葉使うんじゃないの!」
「ぐっ……」
なんだ、この圧は——!?
このおばちゃんは絶対に俺の母さんじゃない……ないはずなのに、なんか有無を言わさず納得してしまいそうになる——!?
「ごめんなさいする!」
「は?」
「怒られたらごめんなさいするっていつも言ってるでしょ!」
「いや、言われたことなんて——」
「声が小さいよ!」
ものすごいオーラで威圧された。モンスターより怖ぇー……。
「ご、ごめんなさい……」
おばちゃんの顔が一気に笑顔になる。
「それでいいんだよ。母ちゃんに任せときな」
何をだよ。
「それとこれ、外に落ちてたから拾っといてあげたよ。大事なもんはしっかり仕舞っときな」
「……これは、あの召喚石?」
馬鹿女の奇行によって捨てられたあの召喚石だ、間違いない。
魔力が完全に失われてただの石ころになってるが、金の装飾はそのまま残ってる。
ん? この感覚は……召喚獣とのリンクが……繋がった?
召喚石を持った瞬間、この召喚石から顕現したであろう召喚獣とのリンクが確立されたのを感じた。
良かった、ちゃんと召喚はされたらしい。
馬鹿女の奇行のせいで全てがパーになったかと思ったが、九死に一生を得た。
さてさて、一体どんな召喚獣が出てきた、の……か、な……まさか、嘘、だろ……。
召喚獣のリンクを辿って視線を向けると、そこにあったのは『母ちゃん』を名乗るおばちゃんの笑顔だった。
「だいぶ片付いたねー。ちょっと一休みしようか、リンカちゃん」
「うん、お母さん!」
「ほら、カボチャの煮付けだ。美味しいよ〜」
どっから出した。
「ナニこれ? 初めて見るヨ!」
「沢山あるから、いっぱいお食べ」
「うん!」
「あんたもこっち来て食べな!」
「……」
超激レアな召喚石から出てきたのは、どうやら『母ちゃん』だったらしい。
いや、母ちゃんなんて生易しいもんじゃないな、こいつは『オカン』という生物だ。
どんな召喚獣だよ。ありえねー……。




