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短編

運命の番はお尋ね者

作者: 志熊みゅう

「何度言ったら分かるんだ!お前は薬師の仕事を舐めているのか!」


「上長すみません、すみません。」


 私、猫獣人のソニヤは王宮薬師だ。髪の毛の色と同じグレーの獣耳を、これでもかというほど後ろに引き、ペタンと頭に付け平謝りする。苦節三年、やっと手にしたこの仕事。まさか半年でこんな窮地に陥るとは。


「はぁ~。さすがに庇いきれん。第三王子に献上する風邪薬に誤って『笑い茸』を入れるなんて、前代未聞だ!追って沙汰がある。今日は自室で謹慎していろ。」


 ああ、終わった。『笑い茸』と咳止めに使われる『安らぎ茸』は、笠の形が似ている。まさか調合室に笑い茸があるとは思わず、よく確認せずに使ってしまった。


 おかげで王子は今朝から笑いが止まらず、王宮侍医総動員で治療に当たっているという。陛下もお冠だそうだ。


「終わった……。多分クビだ。」


 思えば三年前、片田舎から何も持たず王都に出てきた。自分の武器は死んだ母さんに教わった薬草の知識のみ。市井の薬局で働きながら、ようやく王宮薬師の試験に合格した。それなのに、こんなに呆気なく王宮を去ることになるとは。


 翌日、解雇の通達をもらった。依願退職にすらならなかった。


「これからどうしようかなぁ。」


 以前働いていた薬局に戻るか。でもあんな盛大に送別会をしてもらって、半年でクビになりましたとは、さすがに言いづらい。もう王都を出るしかないか。


「とりあえず、兄さんには手紙を書こう。」


 兄さんは唯一の肉親。今も私たちが生まれ育った村に住んでいる。


「兄さん、元気かな~?」


 私がこの王都に出てきたのには訳がある。――どうしても運命の番と出会いたかったのだ。


 亡くなった両親はともに猫獣人だが、とても仲が良かった。彼らは番だったのだ。獣人には神様に決められた特別な相手、『運命の番』がいる。獣人ならば誰でも運命の番に憧れる。私もそうだ。獣人はこの世界の三分の一程で、生涯で番に出会える獣人は一割に満たない。もちろん、故郷の村には私の運命の番はいなかった。だから思い切って、色々な人が集まる王都まで出てきた。


 運命の番に出会うと、理性を失う甘い匂いがして、お互いを強く求め合う。そしてとても離れがたいという。つまり、出会ったらすぐ、お互いを認識するはずだ。


 三年間、王都に住んだが、私は運命の番に出会ったことはない。もう潮時かもしれない。


「難しいことを考えるの疲れた。今日は飲むぞ~。」


 そのまま、行きつけの安い酒屋に、一人繰り出す。通い慣れた道の途中、掲示板に人だかりができているのに気づいた。


 ~~重要指名手配~~


 『切り裂きウルフ連続殺人事件』

 重要参考人 レーヴィ


 指名手配のチラシだ。絵姿を食い入るように確認する。黒髪に、真っ黒な獣耳。金色の瞳が眼光鋭くこちらを睨む。『切り裂きウルフ』の名通り、狼獣人のようだ。満月の夜に若い娼婦ばかりを狙って、刃物で殺害しているそうだ。被害者は分かっているだけで十人以上。王都も物騒だ。


 酒屋に入り、カウンターの奥から二番目の席に腰掛けた。薬局に勤めている時からの私の指定席だ。明らかに元気がなかったせいか、バーのオーナーが心配そうに声をかけてくれた。


「おーい、顔色悪いけど大丈夫か。」


「マスター、聞いてよ~!仕事、クビになっちゃった。」


「はぁ?お前何をしでかしたんだ!?」


 王宮薬師を解雇になった経緯を、そのままマスターに報告する。


「ははは!王子の風邪薬に『笑い茸』を混入って、お前らしいな!」


「それが全然笑い事じゃないのよ。」


「で、王宮追い出されてこれからどうすんだ?」


「――まだ、決めていない。」


「今日はしっかり飲んでこれからに備えろ。この酒は俺からのおごりだ!」


「いいの!?マスター最高!ありがとう!」


 マスターの出してくれたグラスに、潤んだ緑色の双眸が映った。今日は何もかも忘れて飲もう。飲みつくそう。それから飲めや、歌えや。私は飲んだ。たらふく飲んだ。


「マスタ~!もう一杯!ひくっ。」


「おい、大丈夫か。俺が勧めちまったのもあるが、さすがに飲みすぎだぞ。」


「全然まだイケるわ。ひくっ。」


「今日はもうよしとけ。はい伝票。」


「マスターのいじわる!」


 私はなんとか会計を済ませると、千鳥足で自宅に向かう。小道を通り過ぎようとした時だった。


「何だろう、とってもいい匂いがする……。ひくっ。」


 花の香のような芳醇な香りを追って、自宅があるのとは、別の通りに入る。理性飛ばすような甘い匂いが段々と強くなる。そこからは記憶があいまいだ。


『俺の運命の番、やっと会えた。』


『愛している、愛している。』


 そんな声が遠くで聞こえた気がした。


 ――チュン、チュン。


 小鳥のさえずる声と共に、甘い匂いに包まれて、私は目を覚ました。


 翌朝は控えめに言って地獄だった。シーツはぐちゃぐちゃ。ここで昨夜何があったか、すぐに想像がついた。隣には番の匂いを漂わせた男が寝ていた。何故か全身傷だらけ。そしてその顔には見覚えがあった。黒い耳に、黒い尻尾、指名手配中の狼獣人――切り裂きウルフ『レーヴィ』だ。


 本能は彼にとても惹かれている。だが理性がそれを止めた。探し求めていた運命の番が、まさか連続殺人鬼で指名手配中とは……。こんなことなら、出会いたくなかった。運命の番の幻想を抱いたまま死にたかった。千年の恋も興ざめだ。後ろ髪を引かれる思いをどうにか断ち切って、身支度を済ませる。部屋を出ていく前、彼が寝ぼけてつぶやいた。


「……愛している、ソニヤ。」


 まずい、私のばか。殺人鬼に自分の名を名乗ってしまったのか。私は慌てて安宿を後にした。


 家に帰ると、まずは避妊薬を自分で調合して飲んだ。手元にある薬草は限られていて、売り物になるような完璧なものは作れなかったが、これでひとまず安心だ。


「あ、あとこれ。」


 番の認識阻害薬も飲んだ。この薬は、獣人が人間社会で溶け込むためになくてはならない薬だ。例えば重要な式典で、昨日みたいに番を見つけ、我を忘れて発情したら大騒ぎだ。獣人ならば誰しも家に一本、二本はストックを置いている必需品だ。これを飲めば丸一日は、番のレーヴィは私の匂いに気づかないはず。その日のうちに、大家に退去届を出して、荷物をほとんど持たずに王都を後にした。


 それからしばらくは各地を転々としながら、冒険者として生計を立てた。薬草を摘んで、ポーションに仕上げて、ギルドに売ると、それなりの稼ぎになった。


「ソニヤちゃん、体調悪そうだけど、大丈夫かい?」


「最近薬草を煮ていると気持ち悪くなるの。昔はこんなことなかったのに。」


「ちゃんとご飯は食べているかい?無理しないでちゃんとお医者さんのところに行くんだよ。」


 この街のギルドマスターの奥さん、ハンナさんは皆のお母さん。いつも私のことも気にかけてくれる。確かに、このままでは薬草を取りに行くのもやっとだし、ポーションを作るのもつらい。食うに困るくらい、体調が悪化していた。


 その日の午後、私は町医者に行った。


「……ご懐妊ですね。これは、おめでとうと言っていいのかな?」


「へっ?こども?」


 ――心当たりはあの夜しかない。そういえば、運命の番相手だと妊娠する確率が高まるんだっけ。自作の避妊薬ではなくて、ちゃんとした薬を買って飲めばよかった。後悔先に立たずだ。


「この街の産婆を紹介しましょうか?それとも……。」


「――先生、少し考える時間を下さい。」


 気持ち悪さの正体は悪阻だと言われた。じきに良くなるとも。だから体調が悪い間は、仕事をせずに家にいることにした。ハンナさんは、私の体調不良に思うところがあったのか、悪阻があっても食べやすい物を何も言わずに差し入れてくれた。体調が回復すると、私はまた町医者のところに行った。


「だいぶ悪阻は良くなったみたいですね。……それで、どうされますか?」


「私、産みます。故郷の村に帰りたいので、紹介状を書いてもらえませんか?」


「分かりました。良い決断をされたと思いますよ。」


 例え父親が殺人鬼でも、子には罪がないはずだ。自分の腹の中で育つ我が子に、日に日に愛着が湧き、どうしても手放せなくなった。父親とは関係のないところで、自分がちゃんと育てようと思った。


 お世話になったギルドマスター夫妻にきちんと挨拶をして、この街を後にした。乗合馬車を乗り継いで、何とかキッサ村にたどり着くと、私と同じ灰色の髪、緑の瞳のヘンリ兄さんが出迎えてくれた。


「ソニヤか!三年、いや四年ぶりか。心配したぞ。」


「ヘンリ兄さん!会いたかったー!」


 私のいない三年の間に、村の近くで新しいダンジョンが発掘されたらしい。村は以前より短期滞在の冒険者が増えたが、ヘンリ兄さんも、村の人たちも、全く変わっていなかった。


 兄さんは親の跡を継ぎ、この村で薬師として生計を立てている。結婚についてはのんびり考えているようで、まだ独身だ。私は自分の身の上に起こったことを、兄さんに包み隠さず話した。兄さんは目を白黒させながら、私の話を聞いていた。


「――それで、本気で産む気なのか。」


「父親の罪はこの子の罪じゃない。せっかく私のもとに来てくれたんだもの。責任をもって育てるわ。」


「そうか……。お前がその覚悟なら俺も協力する。」


 小さな村だ。腹の子の父親について、皆興味を持って聞いてきたが、兄以外に打ち明けることはしなかった。噂話が好きなおばさんたちが、たまにコソコソ何か言っているのは知っていたが、あえて聞かないようにした。


 それから数か月、時がたつのはあっという間だった。村一人の産婆に立ち会ってもらい、無事男の子を出産した。


「おぎゃあ、おぎゃあ。」


「元気な男の子じゃ。うむ。これは、狼?」


 産婆に言われて顔を覗くと、真っ黒な髪に真っ黒な獣耳、真っ黒のふさふさ尻尾が生えた男の子。ああ父親に似てしまったか。辛うじて瞳の色だけは私に似て緑色だった。


 子どもは、ミロと名付けた。産後すぐに兄さんの薬局を手伝った。村にはダンジョン目当ての冒険者が集まり、ポーションの需要もある。ダンジョン特需で兄さんと私たち親子、贅沢をしなければ十分に食べていくことができた。


 ただ狼獣人の子を育てるのは、大変だった。まず猫獣人とは習性が違う。猫獣人は一人時間も好きだけど、狼獣人は寂しがり屋だ。五歳になっても一緒のベッドで寝たがるし、ちょっとの時間も一人でお留守番できない。


 一番困ったのは、満月の夜だ。満月の度に狼獣人は狼の姿に戻る。初めは色々なものを噛んで暴れるので、地下室に鍵をかけて突っ込んでいたが、狼になった後もどうやら意識はあるらしく、閉じ込めてしまうと、翌日どうしても情緒が不安定になってしまう。最近は番阻害薬を応用した薬で、獣化の後の興奮を抑えている。


「ママ、このお薬いやだ。まずいもん。」


「飲まないなら、また地下室に入ってもらうしかないけど。」


 地下室という言葉を出すと、ミロの顔が一気に青ざめた。


「ち、地下室はいや。絶対いや。」


「じゃあ、お薬を飲んで。」


「う、うん。……まずい。満月嫌い。」


「はい。いい子ね。もうすぐ日が暮れるわ。先にベッドに潜ってなさい。」


「お薬飲んだから、ママと一緒がいい。」


「仕方ないわね。」


 日が暮れると、ミロは一鳴きして、狼の姿になった。膝の丸くなると、ふわふわのクッションのよう。ミロを育て始めて、一つ疑問に思っていることがある。この子の父親であるレーヴィのことだ。切り裂きウルフの事件は、必ず満月の夜に起こったとあった。若い娼婦を狙って刃物で殺害していると。もし彼もこの子と同じ特性を持っているなら、満月の日に『刃物』を持って人を襲い掛かるなんてできるだろうか?


 もしかして、あの事件は冤罪なのか?ならば、なぜ彼は無罪の証明をせずに逃げていたのか?色々と疑問は残る。


「くぅーん。」


 膝の上で、ミロが鳴いた。親に甘えているのだろう。背中を撫でてあげると、安心したのか、眠り始めた。


「じゃあ、ママはまだ仕事が残っているから、先に寝ていて頂戴ね。」


 ミロを起こさないように小声で告げて、寝室に連れていった。ミロをベッドに入れると、目が覚めてしまったらしい。また「くぅーん。」と鳴いた。


「あら、起きちゃったの?」


 仕方ないので絵本を取り出して、いくつか読んでやることにした。うちの絵本は貰い物ばかりだ。ふと『パパとボクのにちようび』という本が目に入った。


 最近、ミロは自分に父親という存在がいないことに気づき始めた。兄さんはミロとよく一緒に遊んでくれるが、猫獣人らしく勝手気ままだ。到底父親代わりにはなりえない。自分ひとり、満月の夜に狼になることも不思議に思っている。私は当たり障りのない勇者の冒険譚を手に取り、読み聞かせた。


***

 ある日、村が騒然とした。ダンジョンで魔物が大量発生したのだ。


「スタンピードだ!!」


 村近くのダンジョンは、魔物の生態系が安定していて初心者から中級者用のダンジョンとして親しまれてきた。スタンピードなんて初めてだ。


 魔物討伐のために近くの町や村から上級冒険者たちが集められた。ポーションも飛ぶように売れた。そんな忙しさの中、私は体調を壊した。


「ケホケホ。」


「ママ、大丈夫?」


「大丈夫。ただの風邪よ。」


 自分で調合した風邪薬を飲む。『安らぎ茸』と間違って『笑い茸』を入れるなんて凡ミスはもうしない。


「おい、ソニヤ元気か?」


「ちょっと熱っぽいわ。熱が下がるまでは外に出ない方がよさそう。」


「俺が日中店番をして、夕方に薬草を集めてくる。お前は家でゆっくり休んでろ。」


「ありがとう、兄さん。」


 『安らぎ茸』の副作用は眠気。私はそのままうとうと夢の世界にいざなわれた。


「わおーん!」


 狼の遠吠えで目を覚ます。うっかり寝すぎてしまった。月明かりが窓辺から差し込む。外はすっかり暗くなっている。ああ今日は満月だ。まずい。ミロに薬を飲ませていない。


 ――がちゃーん。どんどん。


「ミロ、ミロ。落ち着いて。」


 居間でミロは暴れていた。今から薬を飲ませるのは無理だ。早く地下室に閉じ込めないと。今のミロは小さくても狼だ。噛みつかれたら、大けがをしてしまう。兄さんはまだ帰っていない。ミロを促す形で地下室に誘導していく。


 その時だった。


「ただいま!ソニヤ起きてて……。ぎゃあ。」


「兄さん!ミロが!」


 一瞬の隙をついて、ミロがヘンリ兄さんに飛び掛かった。そして開いた扉の隙間から外に飛び出していった。ああ、まずい。興奮したミロが誰かに危害を加えるかもしれない。ただ狼といっても、まだ子どもだ。スタンピードが起きているダンジョンも近い。外でどんな危険な目に遭うか分からない。頭が真っ白になった。


 私たちは、村のギルドに行き、ありのままを報告した。


「明日の朝には元の姿に戻るのだろう?この暗闇で無理に捜索すれば、捜索に当たった者が怪我をする危険性がある。今日は一旦村の人には家から出ないように指示する。いいな?」


「……はい。」


「わおーん!」


 遠くから、ミロの鳴き声がする。どこか心細そう鳴き声に、今すぐ彼のもとに行って抱き寄せたいと思った。でもそんなことをしたら、こっちの命がない。私は兄さんに、励まされながら家に戻った。


「何かあるといけないから、俺は一晩中起きている。ソニヤは寝ていろ。風邪が悪化する。」


「で、でも。」


「ほら、遠くから遠吠えが聞こえるよ。ミロは元気だ。何かあったら起こすから、俺に任せて。」


「……分かったわ。」


 私は、遠くで狼が吠える声を聞きながら、結局ほとんど眠れなかった。


 翌朝になり、日も登った。人間の姿に戻ったミロを探さないといけない。熱は下がったけど、鼻水が止まらない。重い体を持ち上げて、一階に降りると、兄さんが身支度していた。


「はくしょん。」


「ソニヤ、風邪は大丈夫か?ギルドにミロを保護したという冒険者が来ているそうだ。迎えに行ってくる。」


「良かったわ!私も行く。」


「お前は寝ていろ。俺が預かってくるから。」


「で、でも。」


 兄に言われて一人留守番をしているが、なんだか落ち着かない。そうだ。ミロが好きなホットミルクでも作ってあげよう。きっと一晩中鳴いて疲れているだろうから。


 ミルクをコトコト煮ていると、なんだか外が騒がしい。火を止めて、カーテンの隙間から外の様子を伺う。黒い獣耳に、黒い尻尾の冒険者がミロを抱いて、兄さんを睨みつけている。


 私はその男に見覚えがあった。間違いない。連続殺人鬼『レーヴィ』だ。兄さんの獣耳が左右に大きく開いて、横にぺたっと倒れている。めちゃくちゃ警戒しているけど、レーヴィは兄さんより頭一つ背が高い。明らかにレーヴィに押されていた。


「パパ、お家はあそこだよ。」


 いつの間にあの男、ミロを懐柔したんだ!?そう思ったけれど、ミロとレーヴィは初めて会ったはずなのに、誰がどう見ても親子そのものだった。


「ソニヤに会わせてくれ。ここにいるんだろう?匂いで分かる。彼女は俺の番なんだ。俺が不甲斐ないばかりに逃げられてしまった。でも俺たちの間には多分誤解がある。子どもがいるなら、なおさらちゃんとしたい。」


「ミロを保護してくれて助かった。でもソニヤは今体調が悪い。とても人に会わせられるような状態ではない。それに君は……。」


「ママ!」


 私がカーテンの隙間から覗いていることにミロが気づき叫んだ。兄さんでは埒が明かない。私が会って話すしかない。幸い、鼻が詰まっていて彼の匂いが分からない。冷静でいられると思った。


「ゴホゴホ。兄さん、ミロを迎えに行ってくれてありがとう。」


「ああ、ソニヤ。お前は部屋に戻っていろ。俺がなんとかするから。」


「ママ!森でよく分からなくなって、吠えていたら、パパが助けてくれたんだ。パパも狼だったんだ。」


「うん、そうね。ミロ。」


 ミロはレーヴィの腕をすり抜けて、私の胸に飛び込んで来た。自分で噛んでしまったのだろう。腕に噛み傷があった。


「ソニヤ、会いたかった。俺の運命の番。」


 問題はこの男だ。運命の番と言っても、所詮一晩だけの関係。匂いさえ感じなければ、何とも思わない。


「今日は、ミロを助けて頂いてありがとうございました。お話は中で伺います。」


「おい、ソニヤ。」


「兄さんも一緒に話を聞いてもらえる?」


「わ、分かった。」


 私はレーヴィを居間に通した。ミロを寝室に連れて行き、大人の話をするから少し休んでいるようにと告げた。心配そうな表情でこちらをみていたが、ホットミルクを渡すと、ミロは嬉しそうに微笑んだ。


 居間に戻ると、レーヴィが開口一番言った。


「まず、初めて会った日にいきなり関係を持ったことは謝る。けれどあの日、君はひどく酔っていて、抱きつかれてキスをされて、もう理性が持たなかったんだ。」


「そうね……。あの日は、王宮をクビになってやけになって飲み過ぎていたから、よく覚えていないの。水に流すわ。」


 それから、簡単に互いの自己紹介と近況を報告した。彼は上級冒険者としてソロで活動しているらしい。近隣の都市で、この村のスタンピードを聞きつけて、やってきたと言う。


「昨日は薬を飲んで、宿屋で静かにしていたんだが、仔狼の鳴き声がして、いても立っても居られなくて、森に助けに行ったんだ。」


「そうだったんですね。ありがとうございます。」


「――あの子から君の甘い匂いがして、俺の子だと確信した。」


「……。」


「君だって、俺が運命の番だと分かっていたはずだろう?では、どうして逃げたんだ?――まさかあの時、俺が指名手配されていたからか?」


「……そうですね。」 


 彼は当時『切り裂きウルフ』連続殺人事件の重要参考人として、指名手配されていた。あの後、てっきり捕まったと思っていたが、まさかこんな堂々と私たちの前に現れるとは。


「――あれは冤罪だ。」


「……!」


「真犯人は前にパーティを組んでいたダチだった。俺がいつも満月の夜に身を隠すのをいいことに、罪を擦り付けようとしたんだ。俺はあの時、そのダチを騎士団に引き渡そうと思って、証拠集めのために王都にいたんだ。」


「それで、その真犯人は捕まったのか?」


 兄さんも興味津々と言った様子で、彼の話を聞いている。


「ああ、もちろんだ。――彼は母親が娼婦でね。家にほとんど帰ってこなかった。父親の狼獣人も、彼が幼い頃に女と出て行った。それで両親に対し歪んだ恨みを持っていたそうだ。」


「なるほど。それで娼婦を殺し、君に冤罪を擦り付けようとしたのか。」


「ソニヤと一晩を共にした直後、俺は王都の騎士団に拘束された。ただ、ちょうどその晩が満月でね。狼になった俺を見て、彼らは早々に、犯行は不可能だと判断し釈放してくれた。同時に指名手配も解除されたけど、あれだけポスターが張られてしまうと、王都には居づらくてね。それからまた冒険者として旅をしている。」


 その後の話も聞いて、彼もこの六年、色々大変だったのだなと思った。


「ミロの父親が『連続殺人鬼』じゃないって、分かっただけでもよかったわ。」


「誤解が解けたのであれば、せっかく出会えた運命の番だ。俺は君に強く惹かれている。今すぐにでも結婚して欲しい。きちんとミロの父親になりたい。」


 恍惚として彼は私を見つめるが、嗅覚が麻痺しているせいか、ほぼ初対面の人にそう懇願されても、どうにも気持ちが追い付かない。


「私たち、お互いを知らなすぎると思うの。結婚は一生のことだし。まずはちゃんとお互いを知ってからでも良いんじゃないかしら?風邪が治ったら番の認識阻害薬を飲むわ。それでも、あなたが私を好きで、私があなたを好きになったら、結婚を考えてもいいと思う。」


「……分かった。絶対にソニヤを振り向かせて見せる。」


 彼の金色の瞳が、獲物を捕らえるようにきらりと光った。


 風邪が治って、薬局に復帰すると、レーヴィは毎日、何か都合を作っては、私の顔を見に薬局に訪れた。ある日はポーションを買い、ある日は私に花を届け、またある時はミロを預かって遊んでくれた。特に助かったのは、満月の夜だ。やはり、狼獣人の特性は我々猫獣人には分からないこともある。一晩、レーヴィが預かってくれるのだが、最近はパパのところに行けると、ミロがうれしそうにしている。以前は満月をとても嫌がっていたのに。


 ダンジョンのスタンピードはというと、実は奥に未到の部屋があり、その封印が解けかけていたのが原因だった。無事踏破され、スタンピードも治まった。


 やがて冒険者たちはそれぞれのテリトリーに帰っていた。それでもレーヴィは村に残った。冒険者マインドから困っている人を見過ごせないらしく、よく人助けもしている。村の爺婆から「いい男じゃないか、早く結婚したらどうだい。」などと声をかけられるようになった。


 彼クラスの冒険者なら、村の初級~中級レベルのダンジョンよりも、もっと難易度の高いダンジョンで依頼を片付けた方が割がいい。易しい依頼を数こなして、報酬を得るのも悪くはないが、少しもったいない気がした。


「あなたの実力なら、もうこの村に残る必要はないんじゃないの?」


「俺がここにいるのは君たちがいるからだ。ソニヤ、愛している。」


「前から気になっていたんだけど、薬の効果であなたも番の匂いを感じないはずよね?番の匂いがしないのに、私のどこが好きなの?」


 特別何かをした覚えがない。だから何故毎日彼が「愛している」「好きだ」と言いに来るのか疑問だった。


「どこがと言われると難しいな。運命の番を求めて王都に来る行動力とか、一人で子どもを産んで育てようと思う逞しさとか、何を考えているのか一目でわかる灰色の耳とか、全部かな?」


「何それ!全然褒めてない。」


 それから、私はレーヴィを夕飯に誘ったり、一緒に薬草を取りに行ったり。その中で見せる彼の小さな優しさに私も徐々に惹かれていった。


 そしてレーヴィがこの村に来て一年が経った頃だった。彼は隣町に行くと言って、一週間ほど村を留守にした。毎日彼が薬局に来ていたせいか、なんとなく拍子抜けして寂しかった。


「ただいま、ソニヤ。今ちょっといい?」


 一週間ぶりに薬局に訪れたレーヴィに思わず駆け寄った。そのままミロを兄さんに預けて、近所の湖の畔に向かった。澄んだ水面が周囲の木々を映している。彼はポケットから小箱を取り出して跪いた。


「ソニヤ、君が薬を飲んでいても俺の気持ちは少しも変わらない。君が好きだ。どうか俺と結婚して欲しい。」


「まあきれいな指輪!レーヴィ、私もあなたが好き。どうぞよろしくお願いします。」


 一年前に結婚して欲しいと言われた時とは違う。私も彼と一緒にいたい、心からそう思った。結婚の報告をすると、ヘンリ兄さんは感慨深げで、ミロは大喜びだった。


「これでパパとママと毎日一緒だね。」


 村人たちの祝福の中、私たちは村の小さな教会で式を挙げた。運命の番の絆を超えて私たちは愛し合い、すぐにミロの兄弟を授かった。後に村一番の子だくさん夫婦になったのは言うまでもない。

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