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「負け組」という生き方

作者: 相浦アキラ
掲載日:2025/10/13

特定を防ぐため多少フィクションを入れています

 5年ほど前、派遣で務めていた仕事をコロナ禍でクビになった私は、小説を書いたり読んだりぼーっとしたりして暮らしていました。そうやって半年ほど遊んでいると勤めていた会社から派遣会社を通して「戻ってこないか」という打診があり、迷いましたが同僚がいい人ばかりで仕事内容も性に合っていたので戻る事にしました。ただもう都合のいいように切られるのは嫌だったので「1年くらいにしたら社員にしてくれ」という条件をつけました。そういった流れで1年程働いていると課長から「社員の話は進んでいる」と言う話を聞かされるようになったので、「ボーナス何に使おうかなー」なんてウキウキしていた所、課長が異動になって別の人に変わる事となりました。当然私の社員の件も引き継ぎされてるだろうと思い、新しい課長に「社員の件はどうなってますか」と聞いてみたのですが「は? 何それ? 何言ってんの?」という反応。「前の課長に聞いてみてください」と言っても、「いや、意味わかんない。何言ってんの?」と怪訝そうな目で睨まれるばかりで、私の方は何が何だか全く訳が分からずただただ頭がグルグル回るばかりで、その後どう受け答えしたかは覚えていませんがとにかく取りつく島がなかったのは間違いありません。


 あまりの事に本当に自分の頭がおかしくなって、社員になれるという妄想に取りつかれた為に妙な事を言ってしまったのではないか……とすら思いましたが、人に聞いてみたら「その話は聞いた事がある」とのことで、どうも私の頭は関係なさそうでした。前の課長に聞いてみても引き継ぎはちゃんとしているとのことで、派遣会社に聞いてみても担当が変わったので良く分からないとかなんとかはぐらかされるばかりで、全く何が何だか分かりませんでしたが、とにかく明らかなのは私は社員になれないという事でした。いい加減うんざりしてきたのでやめようとも思いましたが、次の職場で馴染める自信もありませんでしたし結局続けることにしました。


 それから1年ほどして「課長が業績アップの為に〇〇(私)の社員の話を握りつぶした」という話が耳に入って来た時は、私はもうただただ息を吐くことしか出来ませんでした。百歩譲って握り潰すのはいいでしょう。立場が違う以上法律の範囲で何をされても文句は言えませんし、口約束を信じた私がアホだったという事でしかありません。しかし自分の口で説明すら一切せず「頭がおかしい奴が何か言ってる」みたいな態度を取って誤魔化すのは流石に酷過ぎる気がします。これが生き馬の目を抜く社会の厳しさという奴なのでしょうか。だしとしたらこんな社会もううんざりです。


 そういった経緯もあって大分やる気が失せつつも一応頑張って仕事を続けていたら、今度は同僚や先輩が「〇〇さん(私)を社員に推したい」と言ってくれるようになしました。彼らは私の社員登用が握り潰された経緯を知って同情してくれたようでした。曰く「課長は最近色々と問題を起こして上から怒られて以来大分丸くなっており、今なら皆で推薦すれば社員登用の目もあるはず」……との事でした。私を気遣ってくれたのは大変うれしかったのですが、迷った挙句結局この話を断ってしまいました。


 社員だと昇進もボーナスもあるし仕事内容も殆ど変わらないので社員の方がいいのはいいのですが、もし課長に社員の件を直談判しにいって、「お前の様なゴミはいらん」とか皆の前で吐き捨てられてしまうと……流石に私にも多少はプライドというか……「小指の先くらいは自己愛を持たねばならない」と言うある種の義務的な観念がありますので、そこまでいったら辞めざるを得なくなります。辞めるだけで済めばまだいいのですが、それこそ私の頭がどうにかなってしまい最悪警察沙汰になる恐れも無きにしも非ずです。そういうわけで社員の件は諦め、私は引き続き派遣社員として勤めていく事となりました。


 細々と実家暮らしするなら必要十分だけど、結婚なんて夢のまた夢といった感じの給料をもらいながら、特に目的も何もなく惰性で生きていく毎日。有体に行ってしまうと社会の負け組という奴でしょうか。しかし奇妙なもので、不思議とこの状態が心地いいと感じている自分もいます。この心地よさは何も失うものが無い(実際には多少はあるでしょうが)状態に起因するのか、子供の頃からずっと抱えて来た卑屈さと自分の社会階層が合致する事への安心感に起因するのか……まあ色々と歪みつつ複雑に絡み合っているのでしょうが「人生の意味を決定したくない」というのも一つあるのだと思います。


 現代社会というのは「意味」に向かって生きるように出来ています。一生懸命勉強していい学校に入っていい会社に入って、会社で頑張って昇進して金を稼いで、結婚して子供を育て……そうやって未来に向かって走り続ける事を社会は求めてきます。そのレールの上に乗って走り続けるのもいいでしょうが、走って走って走りまくっていると向かう先の「意味」を考える余裕がなくなりそうで、私はそれが怖いのです。何のために金を稼ぐのか……何のために子供を育てるのか……走り続ける人にとってそうやって意味を疑う事は、自分が今まで走って来た道を否定する事に繋がりかねません。一方でいくら頑張っても1円も昇進せず結婚も出来ない私は、ただ立ち止まって膝を抱えて座り込み走り続ける人々を見送る事しかできません。しかし走っていないからこそ生きる意味というのを考える事が出来るとも言えます。


 もちろん走り続ける人も、多かれ少なかれ意味を疑ってもいるでしょう。走って走って、走り疲れて立ち止まった時に見えて来る景色というのもあるでしょう。ただ私は、仮にでも「意味」を決めてしまってそこへ向かってしまうのが怖いのです。すべての価値を疑い、社会が用意した価値とは距離を置いて自分の心で生きる意味を見定めたいのです。行列のできるラーメン屋より100均の駄菓子を愛したっていいですし、衆目を集める観光地より高架下の雑草の花を愛してもいいのです。それが自由というものでしょう。結局死ぬ直前になって「意味」なんてないという結論に至るとしても、それはそれで人生を生きたと言う事ではないかと思うのです。これは一種のモラトリアムだか中二病だかという奴でしょうか。


 まあかくいう私も社会や課長への憎悪は人並みにありますし、イオンモールで家族連れとすれ違ったり、同僚がボーナスの使い道について楽しそうに話しているのを聞くと辛くなる事もあります。もっと言えば課長が宇宙人か何かに脳みそをいじられて「今まですまなかった! もし君がよかったら是非社員に登用させてくれ!」とか言って来たら私は乗ってしまうでしょうし、何かの間違いで都合が良過ぎる展開が始まって好みの異性に好意を寄せられたら流されてしまう事でしょう。私は修行僧ではありませんし悟りを開きたいとも思っていませんし、そんなに大層な信念があるわけではありません。まあ幸か不幸か万が一にも私の人生が好転する事はないでしょうし、仮にそうなって私が走らざるを得なくなったとしても、時々は立ち止まって「意味」を疑うようにしたいと思っています。


 そういうわけでどうやら私は卑屈でありながら妙に尊大なところがあるようです。多分この先私は後悔するのでしょうが……まあそれもまた人生という奴なのだと思います。


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