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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


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8/56

 5時間目は、中等部全体の生徒集会だった。

 新一年生に生徒会役員を紹介、中等部のきまりやその他もろもろの説明があるという。

(なんか嫌な予感がするんですけど)

 茉理はぐったりしながら、一人で体育館を目指した。

 まわりの生徒たちは皆、白い目で彼女を睨む。

「ほら、あの子よ」

「あいつか。帝様に逆らった奴」

「何考えてんのかしらねー、よく廊下を歩いていられるわ」

 あちこちでささやく陰口に、茉理はますます傷ついた。

 でもここで引き下がるのは嫌だ。

(わたし、何にも悪いことしてないんだもん。どうしてこんな目に合わなきゃいけないのよ)

 唇をかみ締め、こぶしを握り、滾る怒りを力に変えて。

 茉理は体育館に入っていった。




「えー、ではこれより本年度 第一回目の生徒集会を始めます」

 マイク片手に舞台脇で司会が言うと、きゃーっと歓声があがった。

「英司先輩よ」

「かっこいい、声がいいよね」

「英司先輩―っ、がんばってー」

 女の子たちの目がハートになっている。

 茉理は思いっきりあきれた。

 これじゃあ生徒集会というより、人気アイドルコンサートのようだ。

 手を振る女生徒たちに、マイクを握る英司は困惑しながら続ける。

「あ、あの、静かにしてください。まず最初に生徒会長から挨拶があります」

 とたんに雰囲気が変わる。

 緊張の一瞬――皆、しーんとして壇上にあがる黒い人影を見守った。

「俺がこの中等部の生徒会長 2年A組 伊集院帝だ」

 黒髪・黒瞳の少年は、整列した生徒たちをじっと見下ろす。

「特別、俺から言うことはない。規律を守り、お互い有意義な学校生活を送ろう。以上」

(なんか短いけどまともな挨拶よね)

 拍子抜けしながら、茉理は舞台を下りて椅子に座る彼を見た。

 なんか今朝の様子からしてとんでもない挨拶が飛び出すかと思ってたけど、意外にあっさり終わってしまう。

(俺様に従え、とか俺が校則だ、とか言いそうだったんだけどな)

 首をかしげる彼女の耳に、また周囲のざわめきが聞こえてきた。

「やっぱり威厳あるよな、帝様」

「そりゃそうさ、クリスティ本家直系の跡取りだぞ」

「名門 伊集院財閥の御曹司でもあるしね。さっすがあ」

(クリスティ本家?)

 この言葉が、茉理は妙にひっかかった。

(こないだクリスティって人のことは説明聞いたけど)

 本家、ということは、分家もあるのだろうか。

(ま、とにかくご先祖様が、クリスティって魔族だったってことよね)

 茉理はわかることだけ考えて、次の挨拶に立った人物に注目した。

 壇上に上がったのは――。

「きゃーっ、雅人様よっ」

「雅人先輩っ、素敵」

「ありがとう」

 金色の髪をなびかせ、優雅なしぐさで雅人は手をあげる。

「新入生のみなさん、中等部入学を心から歓迎します。僕は生徒会副会長 3年C組 伊集院雅人です。よろしく」

 にこっと笑むと、女子の間から感嘆のため息が漏れる。

「ああっ、雅人様……」

「やっぱり素敵よね」

「あたしのプリンス・チャーミングだわ」

 砂を吐きそうな甘い賛辞が、あちこちから聞こえてくる。

 その声に壇上の雅人は、すっと憂いを秘めた顔になった。

「これだけだくさんのレディたちに想われて、僕はなんて罪な男なんだ」

 更に片手を額に沿え、横を向いてポーズまで決める。

「レディたち、ありがとう。君たちの熱い想いは、この僕が確かに受け取ったよ。ささやかだけどこれは僕からの感謝の贈り物だ。受け取ってくれたまえ」

 彼は指をぱちんと鳴らした。

 すると――。

「きゃ、綺麗」

「薔薇が空から降ってきたぞ」

 突然、体育館の天井から、色とりどりの薔薇の花が雨のように降ってきたのだ。

 突然のことに、茉理はあっけにとられてしまう。

 薔薇はあとからあとから降り注ぎ、たちまち体育館の床は薔薇の花で埋め尽くされた。

 際限なく降ってくる薔薇の中で、雅人はマイクを片手に言葉を続ける。

「僕の心は薔薇のように美しく 情熱的でありたいと思っている。でもどうだろう。この花たちは、君たちレディの前では香りも華やかさも薄れてしまう。僕の魅力も、君たちの前ではきっと色あせたセピア色に光を失ってしまうことだろう。でも僕はそれでもかまわない。君たちが輝くのなら、僕はその美しさを引き立てる風にそよぐ青草の一本として」

「英司、止めろ」

 低い、くぐもった声で帝はつぶやいた。

 横に控えた英司は首をすくめ、司会用マイクを手に持つ。

「えー、あの、副会長、時間の関係上、挨拶はこのくらいで」

「僕はまだ半分も言ってないよ、英司君」

 にっこりと雅人はつぶやく。

「僕たち生徒会一同がどれだけ新入生に会うことを心待ちにしていたか、この僕の熱い胸の想いを語るのには時間がいくらあっても足りないよ。もう少しだけ許してくれないか」

「はあ、でも」

「ねえ、いいだろう? きっとみんな、僕の言葉を待ってるに違いない。でも君の無情な行為によって僕の想いは踏みにじられ、地の底に埋め尽くされてしまう。ああっ、僕の心は悲しみにふさがれ、もう一歩も動くことは出来ない。僕のこの身は氷の棺に閉じ込められ、永久に出ることはかなわない」

 わけのわからない台詞の中間に突然体育館の両横を厚いカーテンがさっと覆い、まわりは真っ暗、ステージにはどこから操作しているのか、スポットライトが悲劇にうちひしがれるポーズの雅人を照らしていた。

(なんか……お芝居?)

 茉理は暗くなっても降り注ぐ薔薇の花に、うんざりしながらため息をつく。

 更にどこからともなく物寂しげなバックミュージックまで流れてきた。

「英司」

 怒りを含んだ帝の声に、英司はため息ひとつ、指をぱちん、と鳴らした。

 すると。

「うわああーっ」

「きゃあっ、突風っ」

「すごい風だ」

「スカートが、やだあっ」

 ものすごい勢いで、体育館全体に風が吹き抜けた。

 風はすべての薔薇の花を宙に舞い上げ、両横のカーテンをさっと開く。

 上の窓がさっと開くと、薔薇は風と共にすべて外に吹き出されてしまった。

(な、何? 今の)

 茉理は驚きで口をぽかんと開ける。

 さっきまでのムードたっぷり一人芝居はすべて消えて、元の体育館に戻った。

「英司君、なんてことをするんだ。この僕の感動的な舞台を」

「英司、飛ばせ」

 帝の一言に英司は肩をすくめ、また指を鳴らした。

「ちょっ、わっ」

 瞬間、マイク片手に雅人の姿が、舞台上から掻き消えたのだ。

(う、嘘でしょ、消えちゃった)

 茉理も他の生徒たちも、唖然と舞台を見つめてしまう。

「えー、長くなりそうなので、副会長挨拶はここで一旦打ち切らせていただきます」

 司会の声に皆、我に返った。

「続きまして、生徒会会計から挨拶と所注意があります」

 こほん、と咳払いひとつ、小型PC片手に舞台にあがった生徒に皆の視線が集中する。

 生徒会役員の中で一番背が高く、黒眼鏡をかけた少年だった。

(こっちはどうやらマトモそうね)

 茉理はそう見たが、まだ警戒心は失っていない。

「新入生のみなさん、中等部入学おめでとう。在校生を代表し、心から歓迎します。俺は生徒会会計 3年D組 森崎直樹(もりさきなおき)。よろしく」

 表情のまったくわからない黒眼鏡をあげながら、彼は口元をほころばす。

「生徒会より、いくつか中等部の所注意を説明する。在校生も心して聞いておくように。まずは初等部と違う点から」

 直樹は長い指をバチンと鳴らす。すると先ほどのように周囲は黒カーテンで覆われ、舞台の奥に大きなスライドが下がってきた。

 スライドには学校の見取り図が移される。

 直樹は長い棒を手に、次々と指しながら説明した。

「まず、ここが中等部校舎。1階から4階まで。1階は玄関、受付、昇降口、保健室に警備室、宿直室に職員室、応接室、購買部、図書室となっている。2階は1年生の教室で、右からA・B・C・D・E組。3階は2年、4階は3年。教室の並びは同じだ」

 ぱっとスライドの画面が変わった。運動場の奥に並んだ建物が映る。

「こっちは体育館。今、いるところだ。そして横の洋館が別館の特別教室。通称特館(とくかん)と呼ばれている」

 赤レンガにつたのからまるなんとも古びた洋館は、中世ヨーロッパのお化け屋敷を思わせる不気味な雰囲気を持っていた。

「特館は、理科室、家庭科室、技術室、視聴覚室、音楽室、特別書庫、倉庫、そして生徒会室がある。初等部とはいくつか違う点を説明すると――」

 何故か皆、緊張した面持ちで舞台上を凝視する。

「それぞれの室は通常鍵がかかっている。授業で使う場合、日直が職員室に鍵を取りに来るように。また生徒会室は、一般生徒は立ち入り禁止。生徒会に用事があるときは、職員室の白い箱に用件を書いたメモを入れること」

 直樹はまた指を鳴らす。

 するとカーテンが開き、スライドが上にあがり、元の明るさが戻ってきた。

「校舎の説明は以上。あとは各自、生徒手帳をよく読んで、校則を守るように」

 ざわざわと辺りはざわめく。直樹は無表情のまま、続けた。

「最後に生徒会では魔力の実技演習及び実験を行っている。実験に協力してくれる生徒を随時募集中。命の保障は出来るが、その他の点ではあまり保障出来ないから、志願者は心して立候補するように。あ、推薦でもいいけどね」

 きらりと黒メガネが光る。

 茉理は一瞬ぞっとした。

(魔力の実技演習に実験って――協力者ってもしかして人体実験に使われるってことじゃあないの?)

 では、これで、と軽く頭を下げ、直樹は舞台下の椅子に戻った。

 ぼそっと横にいる英司につぶやく。

「で、雅人はいつ帰ってくるんだ?」

「とりあえず下校時刻まで飛ばしとけって、会長命令なんで」

 英司は申し訳なさそうに答える。

「そうか。その方が無難だな」

 お疲れさん、と肩に手をおかれ、英司はためいきをついた。

「あ、それから最後に俺は2年B組 山下英司(やましたえいじ)。生徒会書記です。よろしく」

 壇上に上がらず、彼はマイク片手にぺこっとお辞儀をした。

「え、これで一応生徒会役員の挨拶はおわ」

「まだだ」

 帝の制止に、英司はえっと驚いた。

「でも会長、他のメンバーって」

 帝の鋭い視線を追って、英司はああ、とうなずいた。

「そうそう、今年の新入生に一人、生徒会臨時書記をしてもらう生徒がいます。遠野君、前へ」

 皆の驚きのまなざしの中、一人の少年が列から出てきた。

 銀色を帯びた白髪の髪、小柄でやせた体。

(あの子、男子だよね。なのになんであんなに色白で細いわけ!?)

 茉理は思いっきり驚いた。

 出てきた彼は幽霊じゃないかと思われるほど顔色も悪く、生気がなかった。

「えー、彼は1年E組 遠野斎(とおのいつき)君。生徒会臨時書記です。よろしく」

 英司の説明に、皆一斉に斎を見た。

 しかし彼は一言も話さず、どこか遠くを目で追いながら微動だにしない。

「やっぱり声がかかったか」

「でもあんなんで勤まるのか、生徒会」

 ひそひそささやく声が、茉理の耳に入る。

「あいつ、声出せないんだぜ」

「なんか不気味なやつだよな。笑ったとこなんて、一度もないらしいぜ」

「怖わーっ、なんか幽霊みたいだよね」

 悪意にやっかみ、あくまでも彼を異質なものとして見ている感じだ。

(なんか嫌な感じ。あんたたちも同族でしょうが)

 茉理は陰口をたたく生徒たちの方をちろりと睨んだ。

「以上で全体集会を終わります」

 英司の閉めの言葉に、周囲はがやがやとにぎやかになった。

 A組から体育館の外に出る。

 一人で教室に戻りながら、茉理は空を仰いだ。

(すっごい全体集会だったわね)

 薔薇の花は降ってくるわ、突風は吹くわ、人は消えるわ、大騒ぎ。

 果ては人体実験志願者募集とまで来た。

(やっぱりここって変な学校)

 改めて茉理は、そう認識するのだった。




 家に帰ると、両親はいなかった。

『茉理ちゃん、お父さんと会社の会食にいってきます。夕食はお鍋の中よ。おばあちゃんとよろしくね』

 食卓に置かれたメモを見て、茉理は肩をすくめる。

「はいはいっと」

 コンロの上の鍋には、どっぷりカレーが入っていた。

 時計を見ると、まだ5時。

(でもお腹すいたな)

 手早くカレーを温め、二人分用意する。

「おばあちゃーん、夕ご飯だよ」

 隣の部屋でテレビを見ていたおばあちゃんを呼び、食卓に座らせた。

「はいはい、ミヨちゃん、いつもありがとう」

「ミヨちゃんじゃないんだけどね」

 茉理はいつものおばあちゃんの口ぐせに一応つっ込み、カレーを出した。

「はい、今日はちょっと早いけど、どうぞ」

「いただきます」

 おばあちゃんは、きちんと両手を合わせてからスプーンを持つ。

「あー、おいしい。ねえ、ミヨちゃん、こんなの食べたの、久しぶりだねえ」

「こないだも出たよ」

 茉理は、口からこぼれそうになっているカレーを拭いてあげた。

「気をつけて、おばあちゃん」

「はいはい」

 茉理の祖母、後野籐子(あとのふじこ)は、茉理が生まれると同時に呆けてしまったそうだ。

 母の話だとそれ以前からおかしな兆候はあったそうだが、茉理誕生後、症状が悪化し、茉理が物心ついたころにはわけがわからない状態に陥った。

 ふいにいなくなり、皆を騒がせたことも数回ある。

「ねえ、おばあちゃん」

 カレーをかき混ぜながら茉理は話しかける。

「わたしの学校って、とっても変なんだよ」

「ミヨちゃんは幼稚園だったよねえ」

 おばあちゃんは、にこにこあいづちを打つ。

 この祖母なら誰にも言えないことを言っても心配ない。

 茉理にとって祖母の存在は心の支えになっていたりした。

「あんなに入りたいって言ってた学校だから、こんなこと、お母さんたちには言えないんだけど――って、言っても信じてもらえないだろうけど」

 茉理はためいきをつきながら、皿のカレーを更に混ぜた。

「今日ね、全体集会があったんだけどね。なんか生徒会の人たちって超へんなんだ。魔法が使えるんだって」

「へえ、そりゃあ、すごいねえ」

 おばあちゃんは感心したようにお水を飲んだ。

「それで?」

「それでね、今日なんて」

 茉理は一連の出来事をつぶさに話し、あーあ、と天井を仰いだ。

「わたし、これからどうなっちゃうんだろう。ね、おばあちゃん」

 彼女の憂い顔に、一瞬祖母の瞳がきらりと光る。

 だが済まして籐子はお水のグラスに手を伸ばし、お茶を飲むようにすすった。

「あー、やっぱり食後のお茶はおいしいねえ」

 そんなのんきな様子を見て、茉理はほおっと息を吐き、笑った。

「やっぱりおばあちゃんに話してほっとした。なんかすっきりするのよね、誰かに話すと」

「……」

「明日もがんばろうっと。そうよ、負けてなんかいられない。お兄ちゃんに明日こそ会うんだから」

 気合を入れてカレーをかきこむ孫の姿を、じっと籐子は見つめていた。


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