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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編1)  作者: 月森琴美


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 技術室のドアの前で、茉理は身を堅くした。

(いよいよ最後……)

 横に立つ美奈子も、心持ち震えている。

 今まで見せていた余裕は彼女のどこにも感じられなくて、茉理は不思議でしょうがなかった。

(最後だから緊張してるのかな)

 茉理の目線を感じ、美奈子は静かに口を開く。

「ここで最後だわ。やっと……やっとお会いできる」

(そっか。わかった、円城寺先輩が緊張してるわけが)

 このドアの先にいる人は、もう彼しかいない。

 それを思うと、茉理の体にも奮えが走った。

 ついに帝本人との対決だ。

「開けるわよ」

 美奈子が意を決し、ドアを開く。

 二人が中に入ると、自動でドアがすっと閉まった。

 細長い古びた机が並んでいる教室の真ん中に、彼は一人で立っていた。

「よく来たな。二人とも」

 冷静な黒い瞳はいつもより冷たく輝き、何も映していない――そんな闇色に染まっている。

「帝様」

 真っ先に美奈子が、彼の前に駆け寄った。

 両手を胸で組み合わせ、祈るようにうっとりと帝を見上げる。

「お会いしたかったです、帝様」

「美奈子……いや、円城寺」

 帝はわざと彼女の呼び名を変えた。

 茉理ははっとする。

(今までずっと美奈子って呼んでたのに――)

 円城寺美奈子とのつきあいは、今日で終わる。

 期限が切れたということを示した帝の態度に、茉理は胸を痛めた。

(円城寺先輩、大丈夫かな)

 美奈子は帝の言葉を聞いていなかったかのように、自分の言いたい言葉を続ける。

「やっとここまで――あなたの所まで来ましたわ。どんなにお会いしたかったか。待っていてくださったんでしょう、帝様」

 美奈子の期待に満ちたまなざし。

 でも帝は、不機嫌そうに眉をしかめただけだった。

「勘違いするな。今日でもうお前との付き合いは終わった」

「え……でも」

「今年の俺の女は、まだお前とは決まっていない」

「そんな……だって帝様」

 美奈子は声を詰まらせる。

「去年、わたしにたくさん好きだと言ってくださったでしょう? あの言葉は全部嘘なのですか」

「あの時はそうだった。今は違う」

「ひどい……このイベントだって、ただ形式だけのもので、本当はわたしを好きでいてくださったのではないのですか。たくさん優しくしてくれた帝様を信じて、わたしはここまで来たのに――」

 美奈子の悲痛な言葉も、帝の心を動かしはしなかった。

 まったく冷静な声で彼は告げる。

「俺は二人のうち、どちらが俺の女にふさわしいか、見極めるためにここに来た。円城寺、お前がこの俺を満足させる結果を出せば、俺はお前をまた一年、俺の側に置いてやる」

「……わかりました」

 美奈子は、先ほどより強い声で答えた。

 その瞳には、激しい炎が燃え上がっている。

「もう一度、わたしがあなたにふさわしい存在だと証明しろとおっしゃるのですね。いいでしょう。わたしは必ずあなたに認めていただきます」

 美奈子は微笑むと、帝に宣言した。

 彼の目が、美奈子を透かして茉理を捕らえる。

 彼女は何も言わずに、じっと帝の視線を受け止めた。

 茉理の鋭い凝視に合い、帝は思わず目をそらす。

 わずかながら動揺していた。

 自分の予想に反して何をするか何を言い出すか、まったくわからない未知の存在。

 彼は自分で認めてはいなかったが、彼女に少しばかり恐れを抱いてもいたのだ。

(……また振り回されそうだ)

 心の動揺を押し隠し、彼は二人に告げた。

「よくここまで来たとほめてやろう。最後の課題だ。心して聞くがいい」

 二人の顔に、さっと緊張の色が走る。

 帝は両手を組み合わせ、呪を唱えた。

 彼の使った幻影の魔術により、辺りは漆黒の闇へと変わる。

「何? これは……」

「どんどん真っ暗になっちゃうよ」

 視界が薄暗くなり、辺りは宇宙のような空間になった。

 深い、深い、広大な暗黒の闇。

 その中に、ちらちらと星のような輝きがある。

(まるでユーフォリアの空みたいだ)

 茉理は周囲を見ながらそう感じた。

 永遠に夜の闇に包まれた世界。

 朝が来ることのない、閉ざされた空間。

 もうこの世界のどこにも存在しない伝説の場所。

 不思議そうに茉理は辺りを見回す。

(すごい。これって会長の魔力で作り出したんだよね)

 改めて感心してしまう彼女だったが、横にいる美奈子が息をのむ気配に気付き、前を見た。

(嘘……何、あれ)

 そこには帝が二人出現していた。

(どういうこと? 会長が二人?)

 驚く茉理の目の前で、二人の会長はそろって口を開く。

「最終課題を言い渡す。眼の前にいる伊集院帝のうち、どちらか一人を選択して倒せ! 見事片方を倒せたら、俺の『僕の』運命の相手として認めてやる」

 茉理は双子のように並んで立つ帝二人を見つめた。

 二人のうち、一人は口調があきらかに違う。

(もしかして、A君とB君……)

 彼女は以前出会った、帝のもう一つの人格を思い出した。

 彼は二重人格者。

 普段は命令口調で短気で我侭な少年だが、その心の奥にもう一人、繊細で優しい少年の魂が眠っている。

(二人のうち、どちらかを攻撃って――どっちか選べってこと?)

 茉理はあまりな選択に胸が痛くなった。

 帝はどちらが自分の本当の人格か、その決定を他者に委ねようとしている。

 どちらの人格も双方正反対のために互いに忌み嫌い、片方がいなくなればいいと思っていたのかもしれない。

 でも一体どっちを消すべきなのか、本人も迷い続けているのだ。

(選ぶがいい。俺の本当の運命の相手なら、どちらが本物の俺かわかるはずだ)

 自分自身の自我をかけた帝の究極の勝負に、茉理は身を震わせる。

(こんなの……こんなのってないよ!)

 どっちを選べというのだ? 

 どっちも彼なのに――。

 動けなくなった茉理を見て、美奈子はくすっと笑う。

「あら、あなた、大口叩いてた割にはなさけないわね。どっちが本物の帝様かわからないの?」

「わたし……わたしは……」

 震える茉理を冷めた目で見ながら一歩前に出て、美奈子ははっきりと言い切った。

「わたしにはわかっていますわ。毅然とした態度、常に他者の上に立つ目線。自信に満ちた表情――それが帝様。そっちの弱そうな目をしたあなたは偽者よ!」

 叫んで、ためらうことなく美奈子は呪を唱え始める。

 攻撃魔法だ。

 それを茉理は呆然と見つめた。

 美奈子が偽者と断定した方――それは。

(……B君)

 どこか哀愁を帯びた瞳、優しく包み込むような笑顔。

(違う、違うよ、円城寺先輩。『彼』も会長――伊集院帝なんだよ)

 叫びは彼女の心の奥でだけ響き、表に出ることはなかった。

「出でよ、疾風の刃!」

 美奈子の体から風が巻き起こり、Bの帝に向かっていく。

 鋭い風の渦は、その一つ一つがブーメランのようにうねり、帝の四肢を切り裂いた。

「うっ……」

 攻撃された帝は防御も避けることもせず、攻撃をまともに受け止め、その場に崩れる。

 口元から血があふれ、両手両足は制服ごと切り裂かれて、みるも無残な有様となって――。




 無残に倒れる自分の分身を、もう一人の帝は冷静な目で見つめていた。

(やはりこっちが偽者の俺か)

 いつもいつも絶対に認められない、もう一人の自分。

 冷静沈着、すべての魔族の頂点に立つべき自分には恥ずべき必要のない存在。

(今度こそ消滅しろ、偽者よ。誰もお前を認めやしない。そう、こんな風に攻撃されて終わるのがオチだ)

 目を閉じ、帝はきわめて当たり前のように、もう一つの人格の終焉を待った。

(俺にはこの人格は必要ない。こんな弱い感情は俺のものではない)

「次で決めますわ、帝様」

 勝利を確信し、美奈子は更に攻撃呪文を唱える。

 今度は先ほどより数段大きな竜巻が、彼女の体から生まれた。

(あんなのに巻き込まれたら!)

 茉理は体中が震え上がる。

 目の前にいる血まみれの少年は、もう息があがりかけていた。

 こんなのをくらったら、ひとたまりもないだろう。

(嫌だ……B君が消えてしまうなんてやだよっ)

「これで最後――覚悟なさい、帝様の偽者!」

 美奈子は叫ぶと、竜巻を傷ついた帝へと思いっきりぶつける。

(終わったな)

 もう一人の帝はそう思った。

 だがそのとき。

「駄目―っ」

 鋭い叫び声。

 何かががばっと、もう一人の自分にかぶさった。

「何いっ」

 帝は気配を感じて狼狽する。

 横からすばやくバリアを貼るが間に合わず、大竜巻はもう一人の自分の上に覆いかぶさった少女を直撃した。

「ああああーっ」

 少女は痛みを訴える声をあげ、彼の上に倒れ込む。

「後野茉理……」

「そんな……なんて馬鹿な子……」

 帝と美奈子は、竜巻が消えた後の現状を見て絶句する。

 手加減なしの攻撃だった。

 かよわい少女には重すぎるくらいの――。

 帝はもう一人の自分に歩み寄り、ぐったりと気を失った茉理に触れる。

 手首を握り、脈を確認すると、安堵の表情を浮かべた。

「大丈夫だ。背中の傷はひどいが息はある」

 美奈子はほっと息を吐く。

「まったくなんて無茶な子! どういうつもりなのかしら」

「円城寺」

「帝様、すみませんが彼女を退けてくださいませんか。まだ偽者の方は息がありますから。さっさと終わらせたいんです」

 美奈子の言葉に、傷ついた方の帝の瞳がすっと細められる。

(このまま僕の側にいれば、彼女も巻き込まれてしまう)

 彼は傷ついた体を何とか起こし、腕に抱えた茉理を離れた場所に寝かせようとした。

 そのとき。

 がしっ。

 茉理の腕が、少年の首にしっかりとからみつく。

「や……だ」

「え?」

「やだ……やだやだっ、絶対離れたりしないからね」

「君は――」

 よろよろと今にも力つきそうな帝は、驚きで目を見開いた。

 同じようにぼろぼろになった少女のどこに、こんな力が残っているというのか。

 自分にしがみつく腕の強さ、声の――いや、意思の固さ。

 すべてが予想外のもので、どうしてよいかわからない。

 茉理は痛む体を一生懸命動かして、声を絞り出す。

「消えないでよ、あなただって、会長……なんだから……」

「僕は――」

「あなたも伊集院帝なの。どうしてそんなことがわからないの?」

「僕が?」

 痛む腕で必死に茉理を支え、もう一人の帝は戸惑う表情を見せた。

「まだるっこしいですわね、後野さん。気がついてるんなら、さっさとどいてちょうだい。でないと本当に死んじゃうわよ」

 いらいらしながら美奈子が叫ぶ。

「これ以上、本物の帝様をお待たせするわけにはいかないわ。どかないなら容赦しない。行くわよ」

 美奈子はまた攻撃呪文を唱え、大竜巻を呼び出した。

「ここにいて。君を巻き込むわけにはいかないんだ」

 寂しそうに、傷ついた少年は茉理を下ろそうとする。

 でももう口を利くのもおっくうなはずなのに、茉理は更に腕に力を込めて、ぎゅっと彼にしがみついた。

「早くしないと、君が」

「いい。こんな風に、あなたが消えていいわけないから……」

 茉理は痛みに顔をしかめながら、ささやいた。

「あなたはわたしのこと助けてくれたよね。本当は誰よりも強いのに――ここであきらめちゃうの?」

「……」

「お願い、生きて。あなたも生きないと駄目。あなたを失ったら伊集院帝はたいへんなことになっちゃうんだよ? 本当の伊集院帝にはなれなくなっちゃう。それでもいいの?」

「……」

「わたし、絶対あきらめない。何があっても、あなたのこと守るからね」

 少女の息絶え絶えの告白を聞きながら、少年の瞳は激しく揺れる。

 ふっと気配を感じ、顔をあげると、目の前に大竜巻が迫っていた。

(駄目だ、間に合わない!)

 このままでは自分だけでなく彼女まで死なせてしまう。

 それまで優しげで何の意思も表示しなかったもう一人の帝の中に、熱く燃える力が沸き起こった。

(駄目だ、彼女を傷つけることは絶対に許さない!)

 竜巻が巨大で鋭い刃となって、二人に襲いかかる。

 傷ついた体のどこにそんな力があったのか――彼は一瞬のうちにバリアを出現させ、竜巻をはじき返した。

「きゃああっ」

 竜巻は勢いよく跳ね返り、作り出した術者の元に返っていく。

 美奈子は自らの作った竜巻に巻き込まれ、跳ね飛ばされて気を失った。

「僕自身が滅びるのはかまわない。どれだけ傷つき、苦しもうとも……でも彼女は」

 彼は肩で息をしながら、ぐっと唇を引き締める。

「彼女が傷つくのだけは嫌だ。それだけは許さない!」

 もう一人の帝は、愛しそうに腕の中にいる少女を見た。

 宝物のように、大事に彼女を抱きしめる。

「僕は君を待っていたんだ、ずっとずっと――」

 優しく少女の頬に指で触れ、彼は微笑んだ。

(――君は僕のもの。そして僕は君のものだ)

 深遠の闇の中に静寂が訪れる。

 帝はじっと自分の片割れを見つめた。

 彼はやっと手に入れた大切な存在を抱きしめて、幸せそうに微笑んでいる。

 そんな自分の姿を見ていると、むしょうに腹がたってきた。

(こんなの……こんなのは俺じゃない!)

 認められない。

 優しい笑顔も、せつなげに小さな少女を見る表情も。

 傷つき、ぼろぼろになった状態で――。

 自分のみじめな姿は、彼のプライドをずたずたにした。

 威厳も誇りも、頂点に立つ者の自覚も何もない。

 ありのままの弱い自分、いつ消えてしまってもかまわないと嘆く弱い心。

(くそっ)

 帝は舌打ちすると、美奈子の姿を確認する。

 彼女は気絶したまま、空間をふらふらと漂っていた。

(こいつはもう駄目か)

 失格だな、と彼は冷静な判断を下す。

 残るは一人。

 だが傷ついた少女が選択したのは、ありえないことに自分の認めたくない、弱く傷つきやすい人格の方だ。

(こんな馬鹿な……)

 帝は激しく混乱した。

 彼にとっては、弱い自分の方が消えるべき存在。

 反対に自分が消されるかもしれないなどという予想は、これっぽっちもしていなかったのだ。

「う……ん……」

 茉理はゆっくりと目を開く。

 心配そうに自分を見つめる黒い瞳に気付き、彼女はほっとした。

 そろそろと身を起こすと、優しい腕が支えてくれる。

 茉理は自分を抱き起こす帝に微笑んだ。

「良かった、消えなかったんだね」

「僕を君が必要としてくれたから」

「うん、あなたは大事だよ、とってもとっても大事な心――これからもちゃんと存在しないと駄目だよ、わかった?」

「約束するよ」

 彼は嬉しそうに微笑んで、茉理の髪を撫でた。

 存在を許された――誰かに認めてもらえた幸福な気持ちが全身にみなぎり、力となる。

 茉理は鋭い視線を投げる、もう一人の帝を見た。

 彼の表情はあいかわらず冷静にみえる。

 でも瞳の奥に、どこか憔悴しきった色があった。

「円城寺美奈子は失格だ。片方を選択し、倒すことが出来なかった」

「……」

「残るはお前だ。さあ、どうする。どちらを選ぶのだ。この俺か、それとも今、お前が助けたひ弱な存在か」

 茉理は顔を上げ、笑ってみせた。

「会長、けっこう今、震えてるでしょ」

「俺は冷静だ」

「怖がってる……違う?」

「違う」

 帝はあせって叫ぶ。

「この俺に怖いものなどない」

「そうかな、苦手なものがない人なんていないと思うんだけど」

「俺は違う」

 彼は更に声を荒げた。

「お前とくだらん会話をする気はない。さっさと選べ。お前がそっちの俺を選択するいうのなら、全力でこの俺を倒してみろ」

「どうしてそんなことをしないといけないの?」

 茉理は不思議そうに聞いた。

「どっちも本当の会長なのに、どうして片方を消さないといけないわけ?」

「なっ」

「別にいいじゃない、正反対の自分がいても。弱い自分がいたっていいじゃない。なんで駄目なの?」

 茉理の言葉に、帝二人は戸惑ってしまう。

「二人……いてもいいだと?」

「うん、どっちもいてこそ本物の会長でしょ。片方いなくなったら会長じゃ――伊集院帝じゃなくなるよ、それは困ると思わない?」

「馬鹿な……矛盾してる」

「でも、それが人間だと思うけどな」

 茉理はうーんと考え込んだ。

「わたしだっていろいろな自分がいるよ。泣きたくなるし、逃げたくなるし、そうかと思ったら、がんばらなきゃって知らずに無茶しちゃったりもするし、けっこうかっこ悪いと思うんだけど、でもこれがわたし――後野茉理だからしょうがないよね」

「……」

「お互いに認めてあげてもいいんじゃないの? もう一人の自分を」

「そんなこと――そんなこと許されない」

「誰に? 会長を誰が許さないの?」

 茉理に聞かれ、帝は返事に窮した。

(そうだ、一体俺は誰に裁かれると思っているのだろう?)

 誰に気兼ねして、誰の目を気にしているのか。

 誰にも遠慮せず、誰にも束縛されることのない強い自分であったはず。

 なのに何故自分は――。

「自分で勝手に決めて、自分で自分を縛って、枠にはめちゃってるだけだと思うよ。でもそんなこと、もうしなくていいんだよ」

 茉理はにっこりと微笑む。

「わたし、見たよ、ユーフォリアで。本当の会長を」

「え?」

「A君とB君が一緒になってたの。あれがきっと本当の会長だと思った」

「……」

「一見クールで冷たそうだけど、とってもわたしのこと気遣ってくれた。全然かっこ悪くなかったし、そっちの方が自然で良かった。すぐにそういう状態にはなれないだろうけど、これから少しずつ努力してみるってことでいいんじゃない?」

「そうなのか……?」

 二人の帝がうつむく。

「そのままの会長でいいんだよ。A君もB君もいたっていい。それが伊集院帝なんだもん」

 茉理の言葉に、少しずつ闇が薄らいでいった。

 茉理を支えていた方の帝は、彼女をそっと下に下ろす。

 そのまま闇がどんどん薄くなり、それと同時に二つに分裂した帝の姿が一つに重なっていった。

 外の日差しが差し込む技術室に戻る。

 茉理は、あいたたた、と痛む背中を押さえて立ち上がった。

 机と机の間に、彼は今、一人の伊集院帝となって立っている。

 そう、彼は元々一人――たった一つの存在だったのだ。

 俯き、黒髪に隠れた彼の頬から、一筋だけ雫が垂れて床に染み込んでいく。

 それは本当に久しぶりに流したもので、彼のすべての苦しみを開放する涙であった。

 彼は一言、生徒会室で待ってる、とつぶやいて姿を消す。

 茉理はすべてが終わり、自分が勝者として立っているという事実に呆然とした。

(わたし、本当に、本当にやったんだ……)

 自分でも信じられない。

 彼女はしばらくぼーっとその場に立ち尽くし、なかなか動けなかった。



 生徒会室に安堵の空気が流れた。

「やっと終わったな」

「すごい――良かったです、帝……」

「英司君、ほら、ティッシュ。君は涙もろいんだから、ちゃんと用意しとかないと」

「なっ、俺、別に泣いてないですよっ」

 顔を赤らめながら、英司はわざと雅人が差し出したポケットティッシュを投げやり、斎のハンカチを借りて目をこすった。

『ついにやったんだね、後野さん』

 斎はモニターを見ながら微笑む。

『君なら、きっと帝先輩の最高のパートナーになれると思うよ』

 微笑んで、彼は階段を上がってくる茉理を祝福した。

「これで帝もやっと認めるな、彼女の存在を」

「ほらほらっ、みんなぼさっとしてないで、歓迎のお茶会をしないと」

「待て、俺達はまだだ。本人同士の感動の対面が先だろう」

「そうですね、あ、帝が戻ってきますよ」

「全員、あっちの部屋に隠れろ」

 押し合いへし合い四人の生徒会メンバーは、生徒会室の予備の小部屋に駆け込む。

「少しだけドア開けといてよ、英司君」

「って、覗き見する気ですか」

「嫌ならお前は見るな」

『……』

 四人は円卓の向こう側にあるドアから、じっと見守った。

 帝は元の表情に戻って、円卓の中央に座る。

 その目は、今まさに開かれようとしている生徒会室のドアを暖かく見つめていた。

(早く来い……後野茉理)

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