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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編1)  作者: 月森琴美


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 いつもより少し活気のない生徒会室に夕日が差し込み、下校をうながす。

「おっ、そろそろ五時か」

「帝、何も連絡がないですね」

「そういらいらしなさんな、可愛い英司君」

 薔薇の香りのする紅茶を澄まして口にしつつ、雅人は後輩に声をかけた。

「さっきから余裕ですね。雅人先輩、少しは心配にならないんですか」

「僕が心配してどうにかなる事態ならいいんだけどねえ。ま、そうでないなら、ゆっくりしているさ」

「薄情な。帝がどうかなってしまったら」

「彼をどうにか出来るぐらいの魔術師がいるとしたら、僕ごときがお相手できるものでもないしね。大丈夫、彼は君よりずっと強いし、思ったよりは分別もあるさ」

「そうでしょうか。かっとなって変な事をやらないでしょうか」

「たとえば? 茉理姫を襲って食べちゃうとか?」

「はああ?」

「愛しい姫を身も心も自分のものにしてしまおうと襲って、そして――あたっ」

 ゴインと嫌な音がして、雅人の頭に眼鏡ケースが飛ぶ。

「それ以上は問題発言だ。純真な青少年に余計な知識を植え付けるな」

 黒眼鏡がじろりと雅人に向けられた。

「まったく君はあいかわらず堅いねえ、直樹君」

 雅人は眼鏡ケースを手にため息をつく。

「今時小学生だってこの手の知識はある……って、わあああっ、ごめんなさいっ」

 何かわからぬスプレーもどきを発射されそうになり、雅人はあわてて椅子の後ろに退避した。

(二人とも一体何の話をしてるんだ?)

 一人で首をかしげながら、英司はPCをまたじっと見つめる。

(帝……)

「ん?」

 直樹が黒めがねのフレームをいじりながら、あらぬ方を見る。

 口元がにいっと笑ったのを見て、雅人と英司は首をかしげた。

「どうしました? 直樹先輩」

「なんか良いことでも思い出したの? 直樹君」

 直樹はすっと椅子から立ち上がり、両手を胸の前で組む。

「出でよ、なんでもまもるくん」

 ピカーッと直樹の両手の前に、あの犬もどき金庫が現れた。

 直樹は犬の額に人差し指をピッと当て、ここほれわんわん、とつぶやく。

『暗号確認』

 犬の額に文字が光り、大きな口を開けた。

 ブラックホールのような口の中から、例の児童書が飛び出してくる。

「おや、それ、もう出すのかい」

「ていうか、どうしてその本を、なんでもまもるくんに?」

 首をひねる英司に微笑むと、直樹は本を床に置いた。

「え?」

 本は突然表紙がめくれ、ぱらぱらと真ん中のページで止まる。

 次の瞬間。

「うわーっ、まぶしい!」

「なんなんですか、この光は!」

 黒眼鏡をかけていない二人は、咄嗟に目を腕で覆った。

 本から光があふれ出し、中から人影が現れる。

 すべての光が収まると、そこには――。

 生徒会長、伊集院帝が立っていた。




「帝」

「おかえり」

「早かったな」

 三人は、それぞれ彼の方に笑顔を向けた。

 本は帝を出すと、キラキラ輝きながら上昇する。

 そして驚く四人の前で、突然パアーッンとはじけ飛んだ。

「なっ、なんだ、一体……」

「派手な消滅の仕方だねえ」

「ていうかなんですか、この紙吹雪。くす玉のまねですか」

 本はまるで小さな雪のように――ばらばらの紙片になって、床にはらはらと落ちてくる。

「英司君、お仕事だよ」

「えっ、これぐらい箒で掃けばいいでしょうが」

「風で吹き飛ばすか、箒で掃くか、むずかしい選択だな」

「別にむずかしくないんですけどね」

 ぶつぶつ言いながら、英司は掃除道具を取りに出て行った。

「向こうはどんな感じだった、帝」

「伝説の巫女姫に会えるなんて、なんて光栄なことだろうね。ああ、君がうらやましいよ……って、どうかした? 帝」

 周囲を見回し、帝は怪訝そうにする。

「俺、一人か?」

「は?」

「そういえばもう一人いたね、茉理姫が」

 どうしたのかな、と首をかしげる雅人に、帝は、あ、と小さく口の中でつぶやいた。

(あいつ、まさか……)



 ヒュューッ。

 涼しげな風が茉理の髪を揺らす。

 海に近いため、風が多いのだ。

 茉理はあのハーブ園の広場にいた。

 いつ、どうやって戻ってきたのか覚えていない。

 それほどに悲しみは、まだ少女を支配していた。

 コンクリートで舗装された広場の床に俯いて涙をこぼし続ける少女を、通りすがるレジャー客たちは不思議そうに見つめていた。




 顔を上げると、一番星が薄紫の空にぼんやり見える。

(ここ……)

 やっと自分が戻ってきたことがわかり、茉理はゆっくりと動き出した。

 まだふらふらする体を、とりあえずベンチに置く。

(帰ってきたんだ……元の世界に)

 静かに空の色が変化した。

 薄紫から群青に、そして闇色へと――。

(ユーフォリアじゃない、わたしの世界だ)

 空を仰ぎながら、茉理はそう実感した。

(みんな、どうしているかな)

 戻ってきたと認識するやいなや、急にこれからについての心配が彼女の中にわきあがる。

(うっわーっ、うわっうわっ、ど、どうしよう。わたし、一体何日ぐらい外泊してたことになるわけ?)

 あせった茉理は家に電話すべきか、それとも友達に電話して、さりげなく今日が何日か聞くか、頭の中で思い巡らせた。

(絶対お父さんとお母さん、怒ってるなあ。言い訳どうしよう。それともまさか警察に捜索願いを出しちゃったりして……ああっ、最悪!)

 あーだこーだと悩んでいる彼女の前に、すっと薔薇の花が差し出される。

「お迎えにあがりました、お嬢様」

「……」

 何時の間に出現したのか――ベンチの前に、執事が腰をかがめて立っていた。

 驚き、のけぞる茉理に、執事は優雅に微笑む。

「そんなに驚かなくてもいいのに。君はまったく面白い少女だね、茉理お嬢様」

「……雅人先輩」

 茉理は執事服を完璧に着こなし、役になりきってる先輩をあきれた目つきで睨んだ。

「そっ、そっ、そんなこと言ったって、突然現れて薔薇の花なんか出してお嬢様なんて言われたら、誰だって驚きますよ」

 顔を真っ赤にして叫ぶ少女の瞳にまだ涙の跡があるのを見つけ、雅人は目を細める。

 彼は近づくと、失礼、とささやいて、指先で茉理の瞼を優しくぬぐった。

「泣かないで、お嬢様。僕はいつもあなたのお側にいますよ」

(うっわーっ、キザだ)

 茉理は顔を赤らめるどころか、こんな芝居ががった先輩と一緒にいることにげんなりする。

(ああっ、もう、恥ずかしくてしょうがないわ。穴掘って埋まりたい……)

 道行く人の視線が、今度はまた別な意味で痛い。

 ここまで完璧な執事なんて、今時滅多にお目にかかれないだろう。

 映画かドラマの撮影と勘違いして、シャッター切ってる人もいるほど雅人の演技は凄かった。

(さすが演劇部の部長よね。って感心してる場合じゃないけど)

 はああっとため息をつく茉理の手を取ると、雅人は立ち上がらせる。

「さあ、参りましょう、お嬢様。あちらにお車が」

「え、えーと……その、お嬢様はやめて欲しいんですけど」

 茉理は取られた手をはずしながら、つぶやく。

「困りましたね。お嬢様をお嬢様と呼べずして、他に何とお呼びすればよいのですか」

「え……」

 憂いに揺れるまなざしで、雅人執事は困った顔をする。

 その場はまさしくドラマか小説のワンシーンのような雰囲気で、いつの間にか出来ていた見物客の垣根がどよめいた。

「僕とお嬢様の関係は、あくまで主人と執事。それ以上になってはいけないのです」

「はあ?」

「ああ、お嬢様、僕にそんな瞳を向けないで……僕は禁忌を犯してしまう。許されない想いに身を焦がしてしまいます」

「……」

 せつない声、甘いささやき。

 あまりの展開に茉理は色を失ってしまった。

 もうなんと言って良いのかわからない。

 何故自分がこんな状態に陥っているのか理解不能、頭の中は真っ白になっていた。

 なんだってまたお嬢様と執事の意味深なシーンの真っ只中に立たされなきゃならないのだろうか。

 迎えに来てくれたのか、人をからかい、もてあそぶためにやってきたのか。

(絶対後者だわ。ひどすぎるよ、こんなの……)

 茉理はまた馬鹿にされてるような気がして、怒りが込み上げた。

 あまりの激怒で涙が出てくる。

「もう……もうわたしのことなんて、ほっておいてくださいっ! 一人で帰れます」

 茉理は叫ぶと、勢い良く人ごみをかき分け、出入り口の門に駆けていった。

「あっ、待ってください、お嬢様っ」

 雅人の声があわててかかったが、茉理は無視して走り続けた。



 全力で追いかけられたら、結局つかまってしまう。

 そうとわかっていても、茉理は走らずにはいられなかった。

 でもやっぱり遊園地のゲートを出たところで、ぐいっと腕をつかまれる。

「やれやれ、鬼ごっこの好きなレディだね、君は」

「……離してください。一人で帰ります」

 腕を振り解こうとしたが、雅人は離してはくれなかった。

「ごめんって。君の反応がストレートで可愛いからつい……もうしないから、おとなしくしてくれないか、茉理姫」

「本当でしょうね」

 茉理の不信のまなざしを受け、雅人は苦笑する。

「これ以上君を怒らせて一人で家に帰したら、僕は帝におしおきされちゃうよ。さ、行こう。帝が心配して車を寄越したから、送ってあげる」

(帝先輩が?)

 茉理はその名を聞いて、ようやく落ち着いた。

「会長、どうしてます? ちゃんとこっちに戻ったんですか」

「ああ。彼は今、生徒会室にいる。お互い飛ばされる前にいた場所に、また戻ったみたいだね」

 雅人は答えると、にこっと笑む。

「ま、君たちが無事で本当に良かったよ。初めての異次元世界は疲れただろう。家でゆっくり休むといい」

「……はい」

 茉理は帝も戻っていることがわかり、ほっとした。

 雅人について、彼女はおとなしく駐車場に向かう。

 以前見たことのある高級車と運転手が待っていた。

 茉理たちを見ると、運転手は一礼して後部座席のドアを開ける。

 いつもならこのお金持ちみたいな待遇に気後れし、戸惑うのだが――。

 あまりにも疲れていて何も考えられず、茉理は導かれるまま車に乗り込む。。

 二人を乗せた高級車は、真っ直ぐ茉理の家を目指して走り出した。



 黒塗り高級車のシートにもたれ、茉理は疲れた顔で俯いた。

 異世界で受けた悲しみが、また胸に甦る。

 消えてしまったユーフォリア。

 思い出すのもおぞましい吸血鬼たち。

 人の生き血を吸い、抜け殻にして地に積み上げる。

 どんなホラー映画よりもリアルで、直視出来ないほどの地獄図。

 そして最後に見た胸痛い別れ。

 他人事とは思えない心の痛み――。

 雅人は横に並んで座り、少女を優しく見守っていた。

『その……あいつ、かなり傷ついているから、いつものお前の態度は慎め、いいな』

 何度も自分に念を押す帝がどことなく頬を高揚させているのが面白くて、雅人は微笑まずにはいられなかった。

(異次元空間で、二人の距離は少しは縮まったかな)

 でも本人を目の前にしたら、笑える現状ではないことがわかる。

 いつものノリで再会に悪戯心を発揮したが、どうやらまずかったようだ。

 やはり彼の忠告どおり、目の前の少女にいつもの元気はない。

(さて、と。このまま帰すのもねえ……)

 雅人は外を見ながら、どうしようかと考えていた。



 雅人に良い考えも浮かばないまま、車は茉理の家に程近い交差点に止まった。

「どうもありがとうございましたっ」

 茉理はぺこんと頭を下げ、車から降りる。

 雅人も一緒に降りてくると、少女の手を取った。

「姫、また明日学校でお会いできることを楽しみにしています」

 一瞬の隙をついて手の甲に接吻までされ、茉理は顔が沸騰した。

(もう! 人が見たらどうすんのよっ)

 彼女の顔に変化を見た雅人は、あ、と何か思いついた顔をする。

 さっさと家に駆けていこうとする茉理に、彼は明るく言った。

「あっ、そうそう、君がいない間、僕が君のかわりを努めさせてもらったよ」

「え?」

「だから今日は君はまだ学校から帰ってきてないことになってるわけ。僕が君に変化して、かわりにご家族と過ごさせてもらった。大丈夫、君の留守はばれてないから、そのつもりで」

「あ……そうなんですか」

 茉理はほっとする。

 家族の怒りが一番心配だったのだ。

 彼女の安心した表情を見て、雅人は更に付け加える。

「そ・れ・と、お部屋を少しアレンジさせてもらったよ。僕好みの可愛いお姫様のお部屋に」

「へっ?」

「悪いが君の趣味はあっさりしすぎだよ。こんなに可愛いんだから、女の子としてもう少しプリティな服とか小物とかを持っててもいいんじゃないかな。というわけで、一番気になったストライプのパジャマをイチゴ模様のフリフリお姫様ネグリジェに……ぶっ!」

 最後まで言い終わらないうちに、バシッと雅人の頬にショルダーポーチが叩きつけられる。

 茉理は顔を真っ赤にし、最高に怒っていた。

「超ド変態! 雅人先輩の馬鹿っ!」

 声をかぎりに思いっきり叫ぶと、彼女は超ダッシュでその場を走り去る。

(ふふっ、少しは元気が出たかな)

 雅人は彼女の後姿を面白そうに見た。

(しょげてるより、いっそ怒ってくれた方が可愛くて君らしいよ)

 車に乗り込み、帰途につきながら、彼は薔薇を出すと香りを楽しむ。

(帝、茉理姫は大丈夫さ。向こうで何があったかは知らないけど、明日は元気に学校に登校してくるよ)

 最後に怒ったキュートな少女の顔を思い出し、雅人は満足げに微笑んだ。




 そう、雅人の考えの通り、茉理はとても元気になった。

 ユーフォリアの悲しい出来事など、家に帰ってきた彼女の頭からはきれいさっぱり消えてしまう。

 それというのも――。

「うわわわわーっ、何よこれっ」

 自分の部屋に入った瞬間、茉理は唖然として頭を抱え、声をあげた。

「これは一体……」

 アレンジした、とは言われたが……。

 まさかここまでとは、と茉理はうめく。

 部屋のすべてが模様替えされていた。

 壁紙は薄桃色地に可愛いキューピットとピンクのハートが飛んでるし、窓には超フリフリレースのカーテンがたっぷりと下がっている。

 机の上にはキラキラしたスタンドと、何故か宝石箱のようなアンティークオルゴールがあり、卓上の鏡は金縁に薔薇の花が飾りとしてついていた。

 それだけでも今すぐここから立ち去りたいぐらいなのに、ベッドには真っ白レースとフリルのカバー、枕元には乙女心をくすぐるようなピンクのハートクッション付き。

(ううううっ、やられたわ)

 茉理はそのまま床に陥没した。

 とどめとばかりにベッドの上には先ほど雅人が言っていたイチゴ模様のドレスみたいなネグリジェがしどけなく置いてあるし、ふと気がついてクローゼットを開けると洋服が増えている。

 それも可愛いフリルとレースとリボンのついた、フワッとしたスカートやブラウスやワンピースが――。

(何なのよーっ、せっかく戻ってきたってのに、ここもまた異次元空間みたいになってるし)

 棚の上にはテディ・ベアがところせましと並べられ、ベッドにも大きなふかふかのくまのぬいぐるみが、赤いリボンをつけて枕元においてあった。

「もう嫌―っ」

 茉理は力いっぱい叫ぶと床にころがる。

 思考を完全に停止し、目を閉じた。

(もうもうもう、雅人先輩の大馬鹿者。こんなのわたしのキャラじゃないってば)

 居心地の悪さは120%、自分の部屋とは思えない。

 あんなお姫様の寝るようなしわ一つないベッドに、どうやって横になれというのだろうか。

(絶対に無理。床の方がまだましよ)

 ごろりと寝返りを打ち、茉理は体の力を抜く。

 どっと疲れが襲ってきて、着替えもせず、そのままぐっすりと茉理は眠ってしまった。

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