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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編1)  作者: 月森琴美


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 ――後野茉理!

 空間を移動すること数秒、帝はどこともしれない荒野に出た。

 そこで彼が見たものは――。

「貴様……フランソワ・デューキュア」

「イジュールとか言ったか。よくここまで来れたな」

 ふふっと不気味にフランソワは笑う。

「我が空間にようこそ」

「ふざけるな。あの女はどこだ」

「あの女? 君の守りし大切な姫のことか」

 彼はわざとゆっくりと答えた。

 苛立ちを抑えられず、帝は怒鳴る。

「さっさとあの女を返せ。そうすれば命だけは見逃してやる」

「おやおや、これは穏やかではないな」

 フランソワは大人の良く見せる、あきらかに目下の者を見る目つきで帝を見た。

「この俺を怒らせるとはいい度胸だ」

「怒った君もなかなかいいね。わたしは美しい少女が好きだが、美しい少年も好みだ」

 そう言うと彼はまったく恐れることなく、闘志まるだしの帝に近づいた。

 そっと手を伸ばし、帝の頬に触れる。

「死ぬには惜しいほど美しい。この闘志を秘めた瞳の輝きはどうだろう。君もぜひわたしのものにしたい」

「俺をお前のものにして、どうするつもりだ」

 帝の低い声に、フランソワは微笑した。

「共に生きるのだ。君はわたしの大切な人になる。わたしの側でわたしの愛を受けながら、永遠に幸福にね」

「死を恐れる愚王になど、仕える気になれないが」

「わたしは死を恐れているのではない。死を恐れているのは人類だ。死はすべてを引き離す――愛する者との別離、愛する世界との別離、永遠の別れ、永遠の悲しみ。わたしはそんな悲しい世界から人類を救いたい。そのためにわたしの持つすべての魔力を捧げよう」

 恍惚と天をあおぎ、フランソワは叫ぶ。

 すみれ色の瞳を輝かせ、ふわりと笑むと帝を引き寄せた。

 胸にしっかりと少年を抱きしめ、甘い誘惑の声色でささやく。

「君は美しく強い魔力を持っている。そんな君がいつかは滅ぶなんて、悲しいことだと思わないか。さあ、わたしの術を受け、君もまた生まれ変わるといい」

 薔薇の香気が辺りに立ちこめ、帝の体を幻惑の魔術が包む。

 彼はフランソワの腕の中で静かに目を閉じた。

(もろいものだ。この少年も所詮死という絶望の闇には勝てるはずがない)

 どこに永遠の命を欲しないものがあろうか。

 フランソワは絶対の自信と共に帝の顔を上げると、すみれ色の瞳で見つめた。

「君は本当に美しいよ。永遠にわたしの傍らに侍らせてあげる。さあ、祝福の接吻を与えよう」

 彼は帝の首筋に唇を寄せた。

 二本の鋭い牙を、帝の首に差し込む。

 ゆっくりと帝の体が、力を失っていった。

 牙を通して彼の脈打つ血液が、フランソワの中に入り込む。

(うまい――さすが魔族の精力ある少年の血だ。最高だな)

 フランソワはたっぷりと帝の血を味わい、唇を離した。

 ぐったりと動かない帝を見つめ、彼は満足そうに微笑む。

「これで君はわたしのものだ……なっ、何?」

 次の瞬間。

 吐き気と胸の切り裂かれるような痛みが、フランソワを襲った。

「ぐっ、ぐえっ、な、なんだ、これは……」

「うまかったか、俺の血は」

 ぐったりしていたはずの帝が、にやりと微笑んで目を開ける。

 全身をかけめぐる痛みに立っていられず、フランソワは地面に寝転がり、のた打ち回った。

 さすがの美貌を誇る男でも、こうなると見るに耐えぬ悲惨な姿だ。

 そんなフランソワを、冷めた目で帝は見下ろす。

「お前のために、精製してやった最高の毒薬だ。なかなか美味だったろう」

「あ……ぐうっ……」

「欲張ってたくさん飲むからだ。もうお前は致死量に至るぐらい、体内に取り込んでしまった。それはいかなる魔術を持ってしても解毒できないすぐれものでな。俺の一族で一、二の実力を誇る水魔法の使い手が編み出した秘術だよ」

 帝の脳裏に、黒メガネをかけた懐かしい顔が浮かんだ。

「彼は無駄や余分があまり好きでない性分で、魔毒薬を携帯しなくてもいつでも人に毒を飲ませられるような魔法を研究した。自らの血はいつでも携帯しているから、これを一滴でも猛毒に変えることが出来れば、飲ませたいときにすぐに与えられる」

 フランソワは口から泡を吹いている。

 もう帝の言葉に答えられる状態ではない。

「お前は永遠に死なないのだったな。では永遠にそうやって苦しみ続けるといい。死んだほうがどんなにましかと思うくらいにな」

 フランソワは白目をむき、息をくるしげに弾ませながら少しずつ動かなくなっていった。

「気絶したのか。吸血鬼にも気絶なんて便利なものがあるんだな」

 残念そうに帝はつぶやく。

 フランソワが意識を失ったことで、それまで魔力で隠していたものが現れた。

「あれは!」

 倒れたフランソワの背後に、黒い魔法陣とそれに縛りつけられた少女。

 帝はすぐさま駆け寄った。

 両手を結んで呪を唱え、雷を天から落として彼女を戒める闇の糸を断ち切る。

 少女は縛られていた糸から開放された。

 ドサリと草の上に落ちた茉理を、帝は抱き起こす。

「おいっ、この馬鹿っ。しっかりしろ」

 茉理の顔は真っ白で、体中が冷たく死人のようだ。

(こいつ……相当生気を吸い取られたな)

 帝はため息をつく。

 しばらくためらっていたが、辺りを見回して気絶した哀れな吸血鬼しかいないのを確認すると、大きく深呼吸して茉理の唇に自分の唇を重ねた。

 口移しで、彼の中にあふれる光の魔力を彼女の中に注ぎこむ。

「ん……」

 茉理はゆっくりと目を開いた。

 何かが自分の顔の上に覆いかぶさっている。

 長い整ったまつげは伏せられていて、触れている唇はとても柔らかくて暖かい。

(あ……フランソワさんとは違う、あったかい……)

 茉理は再び目を閉じ、優しいキスを受け止めた。

 でも次の瞬間。

 はっと我に返り、彼女は目を見開く。

(っていうか、今、わたしにキスしてるのは誰?)

 意識が突如はっきりし、彼女は自分の額にかかるくせのない黒髪に、心臓が跳ね上がった。

 ゆるゆると驚愕が体中をかけめぐり、火のように熱く燃え上がる。

「やっ、やだーっ」

 茉理は咄嗟に帝の胸を突き飛ばす。

「うわっ」

「なっ、何するのよっ」

 顔を真っ赤にさせて茉理は叫んだ。

「正気に返ったか」

 帝はわざと袖で口をぬぐう。

「なななな、なんで、貴方がまた……」

「俺だって不本意だ。しょうがないだろ」

 帝はそっぽを向いて激しく怒鳴った。

「お前、あの男に生気を吸い取られて意識を失ってたんだぞ。しかたないから俺の生気を吹き込んでやったんだ。ありがたく思え」

「え、生気って、さっきのはじゃあ――」

 茉理はフランソワにされた氷のような口付けを思い出し、そして納得した。

 事情がわかったと同時に、胸がどきどきと高鳴る。

 顔がほてって、どうしようもない。

(一応助けてくれたんだ、会長)

 好きでもない女の子に接吻までしてくれて。

 それなのに自分は感謝するどころか突き飛ばしてしまった。

(ここまで助けにきてくれたんだよね。わたしを探して)

 そう思うと、もう恥ずかしくて顔があげられない。

 その場に縮み込む茉理を、帝も直視出来ない状態だった。

(そう、これは不本意だが応急処置なんだ。しかたなくしたことなんだ。ええい、冷静になれ。なんでこんなに俺は動揺してるんだ)

 わざと茉理に背を向け、彼は一生懸命自分の戸惑う心を押さえつける。

 でもまだ唇には、彼女の唇の柔らかな名残が残っていて――。

 互いに顔をあわせられず、しばらくの間、二人はその場に座り込んでしまった。



 沈黙を破ったのは、帝の声だった。

「何!?」

 彼の体に緊張が走る。

 咄嗟に茉理の側によると、彼は彼女を後ろにかばった。

「え……何?」

 茉理は帝の背の後ろから覗く。

 いつの間にかデユーキュアの側に少女が一人、出現していた。

 彼女は帝と茉理をものともせず、驚きの声をあげてフランソワにすがりつく。

「そんな……フランソワ様」

 黒髪を振り乱し、エレアは彼の横に跪いた。

 何度もフランソワの体をゆすり、声をかける。

「起きてください、フランソワ様、このエレアに死のない楽園をみせてくださるというお約束をお忘れになったのですか。お願い、起きて」

 最愛の男に取りすがり、エレアは泣き出した。

 茉理はどうしようもないこととはわかっていても、胸が痛くなる。

(エレアさん、本当にフランソワさんのことが好きなんだ)

 帝を見ると、彼はまったくの無表情で二人を眺めていた。

 いや、わずかだがこめかみがひくつき、警戒を少しも緩めていない。

 エレアはひとしきり嘆くと、顔を上げて微笑んだ。

「いいえ、これは完全な死ではないのね。貴方の心臓はまだ止まってはいない」

(ちっ、気付いたか)

 帝は舌打ちしながら成り行きを見守る。

 妖艶な笑みを浮かべて、エレアはフランソワの胸に自分の手を当てた。

「これは魔術によって作られた毒薬。魔力の影響を受けたものなら、わたしの力で取り除くことが出来るわ」

 彼女はそう言うと、目を閉じて強く念じた。

 次の瞬間。

 エレアの体から光があふれだし、フランソワを包む。

 それは彼の体内に入り込み、どす黒い毒素をすべて外に放出した。

「くっ」

 帝は、すぐに反撃に出られるように身構える。

 フランソワの体から真っ赤な血――彼の飲んだ帝の血液がすべて噴出して外に出ていく。

 光は収まり、フランソワのまわりは水溜りならぬ血溜りになった。

(うっわーっ、ホラーみたい……)

 茉理は見ていられなくて顔を帝の背に隠す。

 こういうのは苦手なのだ。

 すぐに意識が戻るかと思ったが、フランソワは眠り続けている。

 でもエレアの巫力のせいか先ほどの苦しみは消え、顔には少しずつ生気が戻っていた。

 安らかに眠る彼を確認すると、エレアはきっと憎悪の目を向けた。

「いまいましい魔族の騎士よ。何ゆえわたしとフランソワ様の行く手をさえぎるのです」

「お前たちのしていることが、この世の理に反しているからだ」

 帝は彼女を見据えて答える。

「だが別にそんなことはどうでもいい。ただ俺達を巻き込んだのは貴様たちだということを忘れてもらっては困るな。何故後野茉理を襲い、お前たちの空間に引き込んだ。こいつには関係ないだろう」

「そういうわけにはいきません。貴方たちにはここで私達の同士になっていただかなくては」

「俺達が未来から来たことを知っているのか……そうか、お前」

 帝は言葉を切ると、きっと彼女を睨みつけた。

「すっかり忘れていたが、お前もトノアと同じ聖魔巫女だったな。トノアの記憶の世界にお前も干渉出来るわけだ」

「トノアの思惑通りにさせるわけにはいきません。真の決着は未来に持ち越されました。まだ私達は負けてはいない。あなた方さえ私達の方につくならば完全な勝利を得ることが出来るはずです」

「すべては未来でのお前たちの勝利のためか。だんだん話が見えてきたな」

 帝の言葉にエレアは答えず、そっとフランソワを支えて起き上がらせた。

 まだ意識の戻らない彼を肩に担うと、彼女は悲しげに微笑む。

「わたしたちとあなたのお考えが違うのは残念です。でもあきらめはしません。必ず理想は実現され、人類は救われるのです」

「そんな勝手が通ると思うか」

「今は退きましょう。また後日、お話に参ります」

「もう来るな」

 怒気を込めて叫ぶ帝の声が届いたかどうか――。

 エレアはフランソワと共に、すっと空間から姿を消してしまった。



「無事だったのですね」

 ユーフォリアに帰った茉理は、待っていたトノアに強く抱きしめられた。

「良かった。あなた方に万が一のことがあったらどうしようかと……」

「そう思うなら、いい加減俺達をこの空間から出せ」

 帝はいらいらしながら叫ぶ。

「約束だから帰ってきてやったが、これ以上ここにいられるか。もう俺達を巻き込むな」

 トノアは帝に向くと、静かに首を横に振った。

 彼の目が、すっと怒りに燃え上がる。

「貴方の大切な姫がこれ以上傷つくのを見たくない気持ちはわかります。イジュール」

「……」

 トノアの言葉に帝が何も反応しないのを見て、茉理は意外だった。

(やだ、どうして大切な姫ってとこを否定しないんだろう)

 本当は違うのに――いや、でもまさか……。

 心が激しく揺れ、茉理の頬がうっすら染まる。

「でもまだなのです。最後まであなた方には見守っていただかなくてはなりません。ここで起こること、すべてを」

 帝はじろっとトノアを睨む。

 アルツールが彼を牽制するかのように警戒の目を向けた。

(言っても無駄か)

 そんな思いが帝の中に生まれる。

 自分の主張は通じそうもない。

 状況をすばやく判断し、彼は踵を返した。

「イジュール?」

「俺は休む。魔力を少々使いすぎた」

「フランソワと対峙して、よく無事でしたね。あなたの魔力の高さには敬服しますわ」

「そいつも少し休ませろ。あの狂った男に生気をすべて奪い取られたんだからな」

「まあ、そうだったのですか、マツリ姫」

 トノアの声に、茉理は、そうみたいですと小さく答える。

(なんか自分では意識してないことだから、よくわかんないんだけど――)

 抱えるように自分を包むトノアの腕が少し震えているのを見て、茉理ははっとした。

 冷静さを装っていても、彼女も不安で怖いのかもしれない。

(わたし、このままじゃいけないのかも)

 そんな考えが茉理の中に沸いた。

 わけもわからず流されて、知らない別世界にやってきた。

 ここで起こることはすべて自分たちとは関係ない――そう思ってきた。

 だから傍観者でいても良いと……。

(でも違うのかも。本当は何か意味があって、わたしにも出来る何かがここにあるんじゃないのかな)

 すべてを見届けて欲しいと願うトノアの言葉の意味は、まだよくわからないけれど。

(もう少ししっかりしないと。泣いてたり捕まってたりしてちゃ駄目だ)

 すっと瞬間移動して消える帝の姿を見ながら、茉理は強くそう思った。

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