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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編1)  作者: 月森琴美


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40

 何事もなく、時が過ぎた。

 ずっと夜空で朝が来ないため、一体今が何時で何日経ったのか、茉理にはまったくわからなかった。

(時間の感覚がないって、すごく変……)

 それでも体は睡眠を要求し、空腹を覚える。

 そのたびにはにわがやってきて食膳(全部果物だった)を整え、彼女を寝室に案内した。

 あれから帝はほとんど顔を見せず、どこで何をしているのか茉理には知るよしもない。

(ふん、いいもんね。わたしだって一人でもなんとか出来るもん)

 怖がってしまった事をわざと心の隅にねじ込み、茉理は強がって彼を呼ぼうとはしなかった。

(あーあ、退屈だなあ)

 食事を終え、軽く伸びをする。

 時間があると、すぐに思い出してしまう。

 あの、すみれ色の瞳を。

(本当に綺麗な人だったわよね、フランソワさんって)

 金の髪と白く整った顔。

 瞳に少女マンガの星が輝いてるような青年は、茉理の心にたびたび現れて彼女を誘った。

(おいで、美しい姫……)

 茉理はがばっと身を動かす。

 いつの間にかあらぬ妄想にふけってしまったらしい。

 顔が真っ赤になってしまい、彼女は首を横に振って火照りを消そうとした。

(やだやだ、どうしてあんな男のことなんて)

 彼は危険だ。

 でもとても美しい。

 あの瞳にもう一度見つめられたら、自分はどうなってしまうかわからない。

 優雅で貴族的な物腰と、それに反して強引な行動。

(またあの腕に絡めとられたら――)

 茉理は身震いして、体を抱きしめた。

(もう、どうしちゃったのよ、わたしは)

 こういうことは早く忘れないと。

 茉理は頭を切り替えようと、別な事を考えることにした。

(みんな、どうしてるかなあ)

 家族はきっと心配しているだろう。

 もしかして家出か誘拐と間違われ、警察に捜索願が出されているかもしれない。

(うわっ、それはかなりやばいわ)

 茉理は顔が青ざめた。

 そこまでの大事にはいたらなかったとしても、家に帰ったら相当怒られてしまうだろう。

(ここでのことを話したら、どうなるかなあ。きっと精神病院行きになっちゃうわね。ああ、どうしよう、なんて言い訳したらいいのよっ)

 あたふた頭の中で言い訳を作っている彼女の横で、すっと空間が揺らいだ。

 揺らぎの中から人の姿が現れる。

 帝は自分に気付きもせず、あーでもない、こーでもない、と必死に何かぶつぶつ言ってる少女をじっと見た。

(一人で何してるかと思ったら、なんなんだ、こいつは)

 理解に苦しむ、と首を振り、彼は壁に寄りかかる。

「あー、だからCちゃん家泊まったってことに……でも一体何泊したってことになるわけ? ああっ、どうしよう」

「何をそんなに騒いでるんだ」

 あきれ声に、茉理は振り向いて顔を赤らめた。

「い、い、いつからそこにいたのよ、会長」

「さっきから」

(嘘……一体何時の間に)

 驚きで口をあけっぱなしの茉理に、帝はふんとそっぽを向く。

「あの、何か用?」

「別に」

 それ以上答えず、黙ってしまった帝に、茉理は身をちぢこませて次にかける言葉を探した。

「えと……あの、今までどこにいたの?」

「神殿内部を調べていた」

「神殿内部? あ、探索してたんだ」

「お前はこの部屋から出ない方がいい」

 ぎろりと睨まれ、茉理をいーっと舌を出す。

「わかってますよーだ、どうせわたしは何にもわかんないから、道に迷うのがおちですよーだ」

「そういう意味じゃない」

 茉理の不機嫌な声に動じず、帝は淡々と言った。

「エレアがいつお前にちょっかいを出すか、わかったもんじゃないからな。それとあのデューキュアとかいう男も」

「なんでわたし?」

「俺達は何か意味があって、ここに連れて来られた。トノアに言わせれば、最後まで俺達は何かを見届けなければいけないそうだ。おそらくこれからここで起こることは、俺達のいる未来に深く関わっているのだろう。だから俺達はすべてを見て記憶し、元の世界に帰らねばならない」

「なんかすっごく難しいんですけど」

 わけがわからず、茉理は首をかしげる。

「会長はともかく、なんでわたしまで? 魔力のないわたしがどうして」

「お前、まだ自分のことを、よくわかっていないようだな」

 帝は茉理を凝視した。

 そう、外見だけ見れば、どこにでもいる普通の少女だ。

 誰が彼女の中に、魔族が崇めた一族の力を知るだろう。

 でも確かに茉理の魂には聖なる巫女の力が宿っている――帝はそう感じていた。

「正確にいうならこの世界は過去じゃない。聖魔巫女トノアの過去の記憶の中の世界だ」

「記憶の中の世界?」

「もし俺たちが過去にただ飛ばされたのだとしたら、過去のトノアはお前や俺の事を知っているはずがない。お前と会った時点で、誰ですかと聞くだろう。だがそうではなかった」

「確かにね、名前は聞かれたけど、未来から来たって事は知ってたよね」

 茉理は考え込む。

「他の連中はまったくわかってないが、トノアだけは俺達を違和感なく受け入れている。自分が呼んだとまで言ってるくらいだ」

「えーとつまりトノアさんが自分の記憶を本にして、未来の誰かに伝えようとしたって事?」

「そうなるな」

 お前にしては察しがいいぞ、と帝に言われ、茉理は頬を膨らませた。

(お前に()()()って何よ、もう)

「あの女が何故そんな事をしたいのかはわからんが、この物語の結末は決まっている。過去に起こった出来事なんだからな。この先どこかでトノアとアルツールはデューキュアとエレアの野望を止めるはずだ。物語によれば、それが元でこの世界は……」

 そこまで言って、帝はふと言葉を切る。

「どうしたの?」

「いや、いい。それよりどうやら記憶の主たるトノアの願いどおり、この物語のエンディングまで見届けないと俺たちは元の世界には戻れない。あきらめて最後までつきあうしかないようだ」

「そうなんだね。うん、わかったよ」

「だが警戒は怠るな。記憶の世界とはいえ何があるかわからんからな。特にお前は隙がありすぎだ。面倒事には極力巻き込まれるな」

「うっ……善処します」

「……何かあったら、俺を呼べ」

(え?)

 最後の言葉は予想外のもの。

(えっ、ええええーっ、もしかして助けてくれるっていうこと? ()()会長が?)

 あっけにとられる茉理を置いて、彼はすっと姿を消してしまった。

(何かあったら、俺を呼べって……それってわたしのこと、守ってくれるってことなのかな)

 一瞬何を言われたかわからなかった茉理だが、ゆるゆるとその意味を悟ると顔が真っ赤になった。

 心臓がどきどきと高鳴る。

(あの会長が、わたしのこと……)

 こないだまで蛇蝎のように嫌われていたのに。

 そういえば雅人先輩が言ってなかったか。

 ――君は自覚していないんだね。帝の視線は君だけに注がれている。僕は確信してるんだ、きっと君が僕たちのプリンセスになると。

(あーっ、嘘だっ、絶対嘘)

 茉理は火照った頬をばしばし叩き、正気に返ろうとした。

(そうよそうよ、あの会長が、魔力ゼロのわたしなんて好きになるはずないじゃない)

 大体彼は魔族の総帥クリスティ家の跡取りなのだ。

 いつかそれにふさわしい名門魔族のお嬢様を迎えるはず。

(わたしをエントリーしたのだって変態ナル男、雅人先輩の気まぐれにすぎないわけだし、ライバルはあの早川響子と去年の彼女だった円城寺先輩よ。イベントでわたしが勝つ見込みは0%だし――そうよ、そもそもわたしにはお兄ちゃんがいるじゃない。……ってもうふられちゃったけど)

 そこまで思って、茉理ははっとした。

(そういえば早川さんって本気で会長の恋人、目指してるんだよね、確か)

 でも彼女には早川明人がいる。彼と愛し合っているはず。

(もしかして二股っ。信じられない)

 茉理は憤懣やるかたなく、早川響子に怒りを燃やした。

(お兄ちゃんのみならず会長にまで手を出すなんて最低! 何考えてんのかしら、あの人)

 今度会ったら、一発がつんと言ってやろう。

 こないだは油断したが、今度は負けない。

 茉理はこぶしを握りしめ、強くそう思った。




 いろいろ考えていたら、お腹がすいてきた。

 はにわに何か持ってきてもらおうかと使い魔を呼ぼうとした瞬間。

 ――彼女の脳裏に、声が聞こえた。

『……おいで』

(え?)

 茉理は、突然頭の中に響いた声にびくっとする。

(これって思念会話?)

 驚く彼女に、声はまたささやきかけた。

『おいで、美しい人……』

(この声は――)

 茉理は背筋がぞわっとする。

 間違いない。

 あのフランソワのものだ。

 彼が今、自分を呼んでいるのだ。

 そう思うと、心がぞくぞくしてきた。

 あの美しい青年が、せつなげな声で自分を呼んでいる。

 それがたまらなく狂おしく、茉理の胸を締め付けた。

(やだ、どうしよう)

 心は絶対に行っていけないと叫ぶ。

 危険――そう、彼は危険なのだ。

『おいで。君に、永遠の美しさと命をあげる』

 だが頭の中に響く甘美な誘惑の魔法が彼女の精神に入り込み、徐々に思考を侵食していく。

 まるで心の奥すべてを晒され、見つめられているようで、茉理の胸はどきどきと鼓動した。

 恥じらいと、全部さらけ出してしまいたいと感じる想いに、彼女は戸惑い、翻弄された。

(あ……やだ、こんなの……)

 少女は身もだえし、必死に心で抵抗する。

 それでも全身にまわる甘い誘惑の毒は、その進度を止めずに彼女のすべてを支配した。

 いつの間にか茉理の意識は薄れ、瞳から輝きが消える。

 うつろな目をした少女は黙って椅子から立ち上がり、誘惑する声の導くままに部屋を出て行った。


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