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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


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 二人から魔族うんぬんの説明を聞いて、3日がたった。

(別に普通じゃない)

 今日も登校しながら、茉理は肩をすくめる。

 最初は驚き、途方にくれ、これから自分はどうなるのかと緊張して寝付けなかったが。

 その後、特に変わったことは起こらなかった。

 普通の授業、普通の先生、普通の生徒たち。

 どこをどう探っても魔法という言葉にそぐわない、まったく現実的な日常だった。

 短気な数学の教師によるチョーク飛ばしも、ちゃんと指をつかってやってるし。

 水道の蛇口がはずれ、大量の水が吹き出てきても、別に故障してただけだったりして。

 茉理は最新の注意をはらい、魔族だというクラスメイトや学校の中に気をつけていた。

 でも予想に反して何もなかったので、かえって開き直ってしまった。

(もういいや。なんか普通だし)

 二人が真剣に言うとおり、人は不思議な力があるのかもしれない。

 でも別に日常に現れなければ、どうってことないものだ。

(気にすることないよ。普通、普通)

 茉理は魔族の事は頭の片隅にしまいこみ、まあ、そういう話もあるかもね、ぐらいの認識に留めておいた。

 緊張も徐々にほぐれ、校内も少しずつわかるようになってきた。

 それに――。

(わたしには、もっと考えないといけないことがあるじゃない)

 休み時間、茉理は校舎をうろついた。

 特に2年生の教室がある階は、毎日行ってみた。

(……お兄ちゃん)

 時々、それらしい男子先輩にすれ違うこともある。

 でもさりげなく名札を見ると、名前が違った。

 4月の終わり頃には、茉理はぐったりしていた。

 いくら探しても、初恋の人はいない。

 影も形もなかった。

(お兄ちゃん――どうして?)

 放課後、こっそり2年生の教室に忍び込み、壁に貼ってある当番表や名前の書いてありそうなものを探してみたりした。

 でも水沢明人の名前は、どこにもなかった。




「ねえ、茉理。今日はバスケ部、行ってみない?」

 授業終了のチャイムのあと、奈々が誘ってくれた。

「まだ部活、決まってないんでしょ。行こうよ」

「え……うん」

 茉理は、よいしょっとかばんを持つと立ち上がった。

 もうすぐ5月になろうというのに、茉理はまだクラブを決めていなかった。

 もちろん強制ではないのだが、たいていの子はクラブ活動をしている。

 体育館に連れ立っていくと、彼女たちの他にも見学者がいた。

「きゃーっ、雅人(まさと)様よ」

「かっこいい、雅人様―、がんばって」

 女生徒たちが固まって、男子バスケ部の練習試合を見ている。

「随分にぎやかね」

 きょろきょろする茉理とは反対に、奈々はテンションがあがっていた。

「やだ、ついてるー。今日は雅人様が出られてるのね。やったあ」

 彼女はすぐに集団に突進していくと前列に割り込み、目をハートにしながら黄色い声をあげた。

「雅人様っ、がんばってーっ」

 出遅れた茉理は、集団の後ろで途方にくれてしまう。

(何? そんなに人気がある人がいるんだ)

 ためいきをつき、彼女は男子バスケ部から目を離した。

(えーと、女子バスケ部は……と)

 でも、どこにも女子バスケ部の姿はない。

(おかしいな、今日、クラブ休みなのかな)

 首をかしげながら、彼女は体育館に入ってきた体操服の女子に聞いた。

「あの、すみません、女子バスケ部はどこですか」

「女バス? なら、そこにいるじゃない」

 体操服の女子は男子バスケに声援を張り上げてる集団の中から、体操服を着ている生徒たちを指差した。

「今日は雅人様が出られてるから、みんなクラブどころじゃないわよ」

 そう言って行こうとした彼女を、茉理は引き止めた。

「あの、その、雅人様って誰ですか」

 体操服の女子は目をまん丸にして、茉理をまじまじと見た。

「あんた、1年? 雅人様を知らないの!?」

「はい。わたし、転校生なんです」

伊集院雅人(いじゅういんまさと)様。中等部生徒会副会長にして、学園の理事を務める伊集院家の一員よ」

 なにやらすごい肩書きを並べられ、茉理は一瞬混乱した。

 じゃ、わたしも行くから、と体操服の女子は、さっと取り巻き応援の中に入っていく。

「伊集院雅人って……」

 茉理のつぶやきに、後ろから軽く笑う声がした。

「へえ、この学校に僕のことを知らないレディがいるなんて光栄だね」

 彼女は驚いて振り向く。

 そこには、学生とは言いがたい派手な容貌の男子がいた。

 髪は赤ががった金髪で、瞳は緑。

 驚くほど彫りの深い端整な顔は長い髪で縁取られ、ぱっと人を引き付けずにはおかない――まるで芸能人か何かのような雰囲気を漂わせていた。

(うっわーっ、派手な先輩)

 茉理は心の中で見とれてしまう。

(あの髪、染めてるのかなあ。よくやるわね)

 けっこうクリスティ学園は風紀に厳しい。

 なのに堂々とキンキラ頭でいるなんて、相当勇気のいることだ。

 立ち居振る舞いもどこかの王族を思わせる優雅な動きで、立ってるだけで絵になるとはまさにこのことだろう。

 あっけに取られている茉理を、雅人はおもしろそうに見下ろした。

「見かけないレディだね。そういえば今年の1年に外部からの転校生がいるとか聞いたけど、君のことかな」

 いつの間に取り出したのか、右手に真っ赤なバラの花。

 雅人は華麗に微笑むと、気取らない自然なしぐさで花を茉理に差し出した。

「僕は3年C組 伊集院雅人(いじゅういんまさと)。生徒会副会長を務めている。よろしく、レディ」

「……」

 茉理は、あまりのシチュエイションに言葉も出なかった。

 レディと呼ばれたのも、バラの花なんか渡されたのも初めてだ。

 現実離れした出来事についていけてない彼女に、雅人は笑むと視線をあげる。

「あ、そろそろ試合、終わるね」

 茉理のぼけっとしていた頭がひらめいた。

(ちょっと待って。この先輩が雅人なら――あそこで、みんなが声援を送ってるのは、誰?)

 茉理の顔色を察し、目の前の雅人は片目をつぶってみせた。

「僕と会ったことは、内緒だよ。じゃ」

「はあ……って、あの、ちょっとっ」

 派手な雅人先輩は、片手を上げると体育館から去っていく。

 後姿を見送って茉理は踵を返し、声援集団の中に割り込んだ。

「ちょっとっ、ごめんなさいっ」

 確かめねば――あせる思いで人をかきわけ、一番前に出る。

(嘘……同じ人!)

 そこにはさっき会ったばかりの雅人と同じ顔の男子生徒がいた。

 コートを颯爽と走りながら、かっこよくダンクシュートを決める。

「きゃーっ、すてきっ」

「もう最高っ、雅人様―っ」

(どういうこと? 雅人先輩って二人いるわけ?)

 茉理は、わけがわからず混乱した。

 手のひらが汗ばんで、思わずぎゅっとこぶしを握る。

(あ……折れちゃった)

 とげの痛みで気がつくと、さっきもらったバラの花の茎が見事につぶれて折れていた。




 体育館の横には、小さな水道があった。

「ふー、走った走った。今日も大活躍ってね」

 まわりに群がる女生徒たちの視線に平行しながら、試合が終わった雅人は水を飲む。

「雅人様っ」

「きゃあ、雅人様がお水を飲んでる!」

「あの水道、あとで使わなきゃ」

 後ろで遠巻きにきゃっきゃっと騒ぐ黄色い声を、雅人はあきれて聞いていた。

(物好きだよなあ。こんなの、どこがいいんだか)

 動物園の猿にでもなったような気分で、彼はため息をついて校舎に向かっていく。

「ごめん、着替えるから、またね」

 ついてくる取り巻きたちに軽く手を上げると、彼は校舎に駆け込んでいった。

 きゃーっと女子の声がやかましく響いたが、彼は無視して、さっさと男子トイレに入る。

(ふう、疲れるなあ)

 額に流れる汗をぬぐうと、すぐ横で軽い笑い声がした。

「お疲れ様、ものすごい人気だね、雅人様」

 彼は顔をしかめ、声の主を見た。

 そこには今の自分とそっくりな先輩が、薔薇の花片手ににこにこしている。

「あのねー、雅人先輩。俺、もうやなんですけど」

 彼は思いっきり不満げに先輩をにらんだ。

「なーにーがーっ、変身魔法の修行ですかあっっ! 先輩が運動オンチ隠すための影武者でしょうーがっ、まったくもう」

 ぶつぶつ言いながら上目遣いににらむ後輩に、雅人は苦笑した。

「違うよ、英司(えいじ)君。これは僕のためじゃない。僕の華麗なる容姿に、夢とあこがれを抱いている全国の女生徒たちのためなんだよ。考えてもみたまえ。プリンスのごとき美貌、頭脳明晰なこの僕が、スポーツが苦手だとわかったら、レディたちの期待を裏切ってしまうからね」

(よく言うよ)

 納得いかないが、何を言ってもしょうがないことはわかっている。

 ためいきをつき、英司はパチンと右手の指をはじいた。

 すると自分の体が空間に溶け込むようにゆがむ。

 金髪、端整な顔立ちが消え、明るい茶色の髪と瞳が現れた。

「あららー、元に戻ったの?」

「狭いトイレで、同じ顔が二つもあったら嫌じゃないですか」

 ふう、と息を整え、英司はつぶやいた。

「で、どうですか。俺、もう合格でしょ」

 これだけ活躍してばれてないんですから、と主張する彼に、雅人は、あっまーいっ、とバラの花をつきつけた。

「これがない」

「は?」

「君の変身技術は70%ぐらいだね。もっと研究することだ」

「えーっ、どうしてですかっ」

「これがない!」

 ずずっと雅人は、手に持つ薔薇を英司に突きつけた。

「この花は僕のシンボル。常に華麗な僕を引き立てる必須のアイテムなんだよ。なのに君の雅人には、それがない。そして動きも無駄で品がないよ。僕は、あんなシュートはしない。もっと華麗に華のごとく、ゴールめがけて飛んでいく」

(シュートなんて出来ないくせに、よく言うよ)

 英司は薔薇の花を口にくわえ、ゴール目指して走っていく自分を想像してげんなりした。

(そんな恥ずかしいまね、俺には絶対に出来ないっ)

「とーにーかーくっ」

 英司は、ずずっと雅人に接近して大声で叫んだ。

「俺は、もう嫌ですからね。先輩の身代わりは。今度はちゃんと自分が出てくださいっ。いいですね」

「英司」

 すっと雅人の顔から、笑みが消える。

 瞳に鋭利な光が宿った。

「な……なんですか」

「僕に逆らうとどうなるか……わかってるんだろうね」

 冷たい流し目。英司はギクっと身を震わせた。

 雅人に前回逆らって酷い目にあったことを思い出し、ゴクンとつばを飲む。

 しばし二人は視線をからめ、やりあっていたが――。

「わあった、わかりましたよっ」

 ガックリと肩を落とし、英司は両手をあげて降参した。

「やりゃあいいんでしょ。まったく、ばれても知りませんよ」

「流石、英司君。先輩思いの優しい後輩だねえ」

 先ほどの怖い笑みは消え、雅人はにこにこ英司の肩に腕をまわす。

「君の勇気ある行動は、全国の女生徒たちに夢と希望を与えることだろう」

「ばれたらもっと夢を砕くことになるんすけど……あ」

 英司はにやっとした。

(途中でわざと変身解いちまうか。そうすりゃ)

「え・い・じ、わかってるよね」

 ドスの聞いた声でささやかれ、彼ははあっとためいきをつく。

(お見通しってわけか。あーあ)

 なんだかんだ言って、彼は雅人先輩にはかなわない。

(もう俺の学生生活、終わったかなあ)

 英司は雅人の横顔を見ながら、しみじみとそう思った。

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