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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


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 しばらくして茉理は起きた。

(えーと、ここって……)

 寝台に身を起こし、ぼーっとする。

 見慣れない部屋だ。

(わたし、どうしちゃったのかな)

 ゆっくりと彼女は記憶を頭から引きずり出す。

 確かユーフォニアに飛ばされて、帝と会って、それから――。

(やだ、もしかして寝ちゃったんだ、わたし)

 顔を赤らめて茉理は毛布をかぶった。

 帝はどう思っただろう。

 こんな状況で、つい眠気に勝てずに寝入ってしまった。

(最悪。ここには誰が連れてきてくれたのかな)

 きっとはにわだろう。

 茉理は寝台を出た。

 側の卓に髪紐が置かれている。

 もう一度髪を結ぶと鏡を出して服の乱れを直し、茉理は寝室を出た。

 白いドアを開けると、昨日歩いた廊下が真っ直ぐ伸びている。

(制限魔法がかかってるっていったっけ)

 ではどこを歩いてもあの居間にたどり着くだろうし、それとも噴水に出るかもしれない。

(どっちでもいいや。会長かトノアさんに会った方がいいものね)

 茉理はゆっくりと歩き出した。



 茉理の寝ていた部屋のすぐ隣の部屋で、帝は休むことも出来ずに押しかけてきたアルツールと対峙していた。

「少しは休んだらどうだ?」

「気遣いは無用だ」

 帝はぶすっとして目の前の男を睨む。

 アルツールは、にやりと笑いながら帝に言った。

「トノア様の命により制限魔法を解いた。お前たちは自由にこの世界を闊歩していいそうだぞ。感謝するんだな」

「この世界のことなどどうでもいい。俺達を早く元の世界に帰せ」

 ありがたみも感じず怒鳴る帝に、アルツールは眉を上げる。

「イジュール、お前は変わった奴だな」

「何だと?」

「ユーフォリアといえば魔族のあがめる聖地。そして聖魔巫女は俺達魔族に新たな力を授けてくださる存在だぞ。そのお方から滞在を許可され、尚且つ自由な行動も許されている。何に不満があるというのだ」

「……」

「他の一族なら、このような特権を与えられたら泣いて喜ぶぞ。魔族の長しか足を踏み入れられぬ聖地。謁見することすら夢のような巫女姫と出会って、さっさと故郷に帰りたいなどと言う奴はまずいない」

「俺には新しい力も、この限られた空間での自由も必要ない。この世界に俺達は介入すべきではないし、興味もない。さっさと帰らせてくれ」

「そう言うな。なんだか知らんがトノア様は、お前の姫を大層気にしておられる。あの姫は魔力がないところをみると聖魔一族らしいが、一体何者なのだ?」

(馬鹿な。あいつが聖魔一族だと?)

 帝はアルツールの見解に、はっとした。

(そうか。それならすべては納得できる)

 現代に魔族の子孫が存在するのだ。

 だったら聖魔一族の子孫がいても、何の不思議もないではないか。

 もしそうだとすれば、彼女が何故学園に入学を許可されたのか――今まで見せた不思議な力のすべてに説明がつく。

 ふいに考え込んだ帝に、アルツールは厳しい瞳を向けた。

「だがこれだけは覚えておけ。トノア様に何かしたら絶対に許さん。いかにお前たちがトノア様の客人だとしても、トノア様を傷つけることがあったら容赦はせんからな。肝に銘じておけ」

「……」

 二人は一瞬、激しい闘志をぶつけ合う。

 そのとき。

「いやあああーっ」

 鋭い悲鳴が二人の耳に届いた。

「今の声は?」

「あいつ!」

 アルツールを押しのけて帝は部屋を飛び出すと、声のした方に駆けていった。



 悲鳴の上がる数分前。

 部屋を出た茉理は、とにかくひたすら進んだ。

 しかし行けども行けども黒い柱の廊下が果てなく続いている。

(けっこう歩いたと思うんだけど――)

 制限魔法がかかっているなら、どこをどう歩いても噴水か居間に行き着くはずなのだ。

 だがいくら歩いても目的地には着かず、逆に見たことのない場所に来てしまう。

(あーあ、ここ、どこなの?)

 いつの間にか彼女は、高い塔の前に出てきていた。

 塔の周囲には、ここで初めて見る真っ赤な薔薇が垣根を作って咲き誇っている。

 茉理は魅せられるように薔薇に近寄った。

 そっと大輪の一つに触れようと彼女は手を伸ばすが、きゃっと叫んでまた引っ込める。

 思ったより鋭い棘が茉理の指を傷つけたのだ。

(いったーっ。綺麗だけど、うかつには触れないのね)

 茉理は指をなめながら、そう思う。

 さあっと風が吹き、彼女の髪を揺らした。

 自分ではかなり寝ていたと思うのに、まだ空は暗いままだ。

(いつになったら朝になるのかなあ)

 天を仰ぎ、不思議そうに首をかしげる彼女の耳に、ふふっと笑う声が聞こえた。

 前を見て茉理は驚く。

 塔の前に少女が立っていた。

(トノアさん? ……ううん、違う。この人の髪は黒だわ)

 トノアにそっくりな少女が、茉理を見て微笑む。

「貴方ね、トノアの客人というのは」

「あの……」

「ようこそ、ユーフォリアへ。わたしはエレア。トノアの双子の妹」

(あ……この人って)

 茉理は思い出した。

 確か『魔法の国の巫女姫』に出てくる、もう一人の巫女姫。

 トノアとは、まったく正反対の闇を纏う少女。

 戸惑う茉理に、エレアは手を差し伸べる。

「こちらにいらっしゃい。貴方に紹介したい人がいるの」

 茉理は、彼女の黒い瞳に引き込まれて側に寄った。

(この人は危険――)

 どうしてかわからないが体中が震え、背中を悪寒が走る。

 でもそうとわかっていても、体は言うことを聞かなかった。

 まるで操られているかのように茉理は抵抗もせず、エレアの前に来る。

 彼女は茉理の手を取ると、さあ、と塔の中に導いた。




 塔の中はひんやりして静寂が立ち込めていた。

(何もない――誰もいない……)

 まるで終わりを迎えた世界のように何も動かず、天井から差し込む小さな光さえ、瞬きもせず静止しているかのようだ。

 塔の中で茉理は、自分が恐ろしい世界に連れて行かれるような気分に陥った。

 エレアの手を振り解かねば――これ以上、進んではいけない。

 そう心は茉理に警告する。

 それでも彼女はエレアの手以外にすがるものがなく、逆にしっかりと手を握りしめてしまった。

(怖い、ここって何なの?)

 震え上がる茉理の背を押して、エレアは塔の中心に連れていく。

 そこには黒いマントに身を包んだ、金色の髪の青年が立っていた。

(うわっ……なんかすごく綺麗な人)

 茉理は思わず、その青年に魅入ってしまう。

 男の人に綺麗という形容詞は、あまりそぐわないのかもしれない。

 でも他に表現する言葉を茉理は思いつかなかった。

 ともすれば女性と思わせるほど豊かな金色の髪は腰まで流れ、瞳は淡いすみれ色に煌いている。

 細身の体を包む黒のローブとマントはところどころ星のようにきらきらと瞬き、腰につけた剣の鞘は黄金の渋い輝きを放っていた。

 首筋には幾重にも滝のように細い金鎖が巻きつけられている。

 黒い装束に身を包んでいても、溢れて止まらない華麗な金色の光。

 彼は口元をほころばせ、茉理の前に跪いた。

「ようこそ。小さな姫君」

「あ、あの……こんにちは」

 茉理は顔を赤らめながら、なんとか挨拶をする。

 いつの間にかエレアの姿は消え、この美しい青年と二人っきりになっていた。

 青年は立ち上がると優雅に微笑み、茉理の手を取る。

「実に美しい人だ。貴方のその瞳に宿る魂の輝き――わたしの胸に永遠に留めておきたいもの」

(わたしのこと? なんか……変だな)

 茉理はくすぐったいような変な気持ちになった。

 こんな風に男性から賛辞を受けたのは初めてだ。

 戸惑う彼女の頬を、彼は手のひらで包む。

 そのひんやりとした冷たい感触が、茉理の背中に悪寒を走らせた。

 すみれ色の瞳が揺らめき、少女を誘う。

 危険だとわかっているのに茉理は彼に引き寄せられ、胸にしっかりと抱きしめられていた。

「貴方のような人がいつか朽ちて果ててしまうなんて、なんという悲劇だろう。人は皆、死を迎えねばならない定めだと誰が決めてしまったのか。そうだとは思いませんか」

「あ、あの……」

「でも心配しないで、姫」

 青年は茉理の耳元でささやく。

「わたしが貴方の美しさを永遠のものにしてあげます。貴方に死は訪れない。いつまでもこの美しいまま生きていけるのです。永遠にね」

「……」

「さあ、わたしにすべてをゆだねなさい。すぐに済みます。そして貴方は永遠の命と美しさを得るのです」

 青年はそう言うと、茉理の首筋に指を這わせる。

 じわっと寒気が全身に伝わった。

 ゆっくりと彼の唇が茉理の首に当てられる。

 すっとなめるように唇が首筋を這った。

(うっ……)

 茉理は身動きしようとして出来なかった。

 体中から嫌悪感と吐き気がこみ上げる。

(駄目――この人に触れられては駄目……)

 自分が何か別なものになってしまう。

 茉理はすべての力を込め、彼を突き飛ばした。

「嫌っ」

 青年は驚愕の表情で茉理を見る。

「どうしたのです。永遠の若さと命が手に入るのですよ。怖がることはありません。一瞬で済みます。さあ」

 彼は、茉理をつかまえようとした。

「離して! わたし、帰る!」

 茉理は叫び、そのまま塔の入り口に向かって全力疾走する。

 しかし青年の方が早く、たちまち背後から羽交い絞めにされてしまった。

「もう貴方はどこへも逃げられません。さあ、わたしの祝福の接吻を受けるのです」

 青年の唇が首筋に当てられる。

 茉理は涙を流しながら必死に叫んだ。

「いやあああーっ!」



 バキイイーッ。

 塔の壁が崩れた。

 今まさに、茉理の首に青年が牙をつきたてようとしているときに。

 驚きで一瞬力を抜いた青年に気付き、茉理はすばやく肘を彼に叩き込む。

「くっ」

 少女の攻撃は微弱とはいえ突然だったので、青年は腕を緩めて胸を押さえた。

 茉理は彼の腕から逃れ、壁の崩れた方に向かって走り出す。

「待て」

 あわてて体制を整え、追いかけようとした青年を雷が襲った。

 正面から閃光が叩きつけられ、あまりのまぶしさに青年はマントで顔を覆う。

 しかし光の衝撃に、彼の体は壁に叩きつけられた。

 床に膝をつき、青年はきっと顔を上げる。

 崩れた壁の前に、茉理を背にかばって一人の少年が立っていた。

 黒い前髪の間、額に輝く一族の紋章を見て青年は眉を上げる。

「貴様、クリスティ一族。アルツールの手の者か」

 帝は答えず、立ち上がる青年を激しい闘志で睨んだ。

「ふっ、この姫の護衛か。少しはやるようだな」

「お前は誰だ」

「わたしは――」

 青年は唇にわずかにじみ出る血をぐいっと腕で拭き、にやりと笑う。

「フランソワ・デ・カルタス・デューキュア。デューキュア一族の長にして、永遠の命を求める者」

「何?」

 帝は鋭い視線を向けながら聞き返した。

「永遠の命だと?」

「そうだ。わたしはすでに永遠不死の力を得た。これを人類すべてに伝授し、この世界を死のないとこしえの楽園にするのだ」

 帝は、じっと自分の言葉に酔いしれている青年を見つめる。

 彼の言った内容を頭の中で反芻し、少々軽蔑の笑みを浮かべてみせた。

「陳腐な理想論だな。要するにお前は死を恐れているということか」

「なんだと」

「そうではないのか? でなければ、どうして不老不死など求めるのだ」

 フランソワは顔をゆがめ、返事を返さなかった。

 悔しそうな横顔が、彼の理想を汚した帝への怒りに燃え上がっている。

「どうした」

 崩れた壁の向こうから、人がばたばたとやってきた。

 フランソワはきっと唇を噛み締め、帝を睨む。

「小僧、今日はここまでにしといてやる。だが覚えておけ。お前とその姫は、いつか必ず我ら一族の前に膝を屈するのだ」

 そう叫ぶと彼は黒いマントで身を包み、すっと消えた。

 震える茉理の背後から、アルツールの声がする。

「大丈夫か」

「は……はい」

 茉理は崩れるように座り込み、体を震わせた。

 今更ながら恐怖の悪寒が全身を駆け巡り、動こうにも動けない。

「何があったんだ」

 アルツールが優しく肩に手を置いたが、茉理は何も答えられなかった。

 ただひたすら震えている少女を見下ろし、帝は歩けそうもないのを見て取る。

(まったく世話のかかる奴だ)

「おい、立て」

 肩をぐいっとつかんで起き上がらせると、彼は茉理を横抱きにした。

(え? ええーっ)

 突然お姫様抱っこをされ、茉理は感じていた恐怖もふっとんでしまう。

「動くな。運び辛いだろーがっ」

 帝は行動に反して思いっきり怒鳴ると、彼女の頭を自分の胸に寄りかからせる。

「目をつぶってろ。少し休め」

 そうつぶやくと、彼は周囲を警戒しながら茉理を寝室に運んでいった。



 寝台に下ろされ、茉理は顔を赤くしながら礼を言った。

「あ、あの、ありがとうございました」

「……次は自分の足で歩けるようにしておけ」

「はい」

 ふうっと帝は息を吐き、寝ろ、と毛布を茉理にかぶせる。

 されるがまま横になった彼女の手を、帝はそっと握った。

(え……)

 茉理は思いっきり戸惑う。

「じっとしてろ。今、お前の気の乱れを直す」

 彼は目を閉じ、何か口の中で呪を唱えた。

(あ……なんか、あったかいかも)

 手を通して、安らげる暖かいエネルギーが茉理の体に入ってくる。

 目を閉じ、力の流れに身をゆだねると、徐々に悪寒や恐怖の思いが薄らいできた。

(安心したら、なんか眠くなってくる……ふああっ)

 茉理は少しずつ心地よい眠気に襲われ、ついに目を閉じる。

 帝は呪をやめ、茉理の顔を見た。

 少女の顔色はずっと良くなり、深い眠りに入ったようだ。

 何をされたのかは知らないが、あの危険な瞳の男に良からぬ力を与えられそうになったのだろう。

(普通の女ならおそらく抗うことも出来ず、あの忌々しい男の術中にはまっていただろうな)

 一度対峙しただけだが彼は相当な魔術の使い手――帝にさえ恐怖の念を起こさせる相手だった。

(さっきはふいうちだったからあれで済んだが、まともにやりあったら俺もどうなるか)

 険しい瞳で茉理の寝顔を見つめ、帝はため息をついて寝室をあとにした。


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