36
「ここは……どこだ?」
頭を振りながら、帝は意識を戻す。
どうやら次元を超えて、どこかに飛ばされたらしい。
涼やかな水音と、頭の上に広がる夜空。
前を見て、彼は目を潜めた。
見知らぬ格好の二人の少女がいる。
いや、一人は――。
「生徒会長が、どうしてここに?」
驚きで声をあげる少女に、帝は顔をしかめた。
「貴様、こんなところで何をしている」
「それはこっちのセリフよっ。どうして会長がここに?」
口をあけたまま自分を凝視する茉理を、帝は鋭い眼光で睨む。
いつもの学生服とは違う、神秘的な姿に正直驚いた。
(こいつ……意外と顔は悪くないな)
素直に可愛い、とは考えないところが彼らしいが、とにかくいつもと違う少女の姿に彼の心は戸惑った。
「よくいらっしゃいました。魔族の騎士よ」
柔らかなトノアの声に、帝は茉理から目を離す。
「お前は」
「わたしはトノア。聖魔一族の巫女です」
「聖魔一族? ……ここは、どうやら過去らしいな」
帝の答えに、茉理はえっと首をかしげる。
「過去じゃなくて、お話の世界じゃないの?」
「お前は知らないのか。これは本当に過去にあったことだ」
帝は冷たく答えると、トノアの方を向いた。
「では、ここはユーフォリアか。聖魔一族の住む別次元」
「はい」
「そうか」
異世界に飛ばされたにもかかわらず、彼は少しも動じずに言葉を続ける。
「悪いが俺はここにいて良い人間じゃない。そこの女もな。ここから出してくれ。あとは俺がなんとかする」
「お帰りになると?」
「そうだ。俺達は本来ここに存在してはならない。そんな者がいつまでもこの次元に留まるのは、歴史と時空に悪影響を与えることになる」
トノアは微笑み、帝に答えた。
「それは出来ません」
「何?」
「まだ、あなた方をお帰しするわけにはいかないのです」
「何だと」
帝は予想外の答えにいきり立つ。
「俺達をここに留めて、どうするつもりだ」
「わたしはこの方に用があります」
トノアは、茉理の手をとってつぶやいた。
「用だと?」
「ご心配なく。貴方の大切な姫を傷つけたりはしませんわ」
「なっ」
帝と茉理は同時に耳まで赤くなる。
「こいつは俺の女でもなんでもない」
「そうよ、トノアさん、わたしもこの人とは何の関係もありませんからっ」
思いっきり否定する二人に、トノアはくすくす笑った。
「でも貴方はこの方を求めていた。探していたはずです。違いますか」
「それは……そうだが……」
帝はしぶしぶ肯定する。
(ええっ?)
彼の思いがけない答えに、茉理は驚いてしまう。
(探していたって、生徒会長がわたしを?)
体中を急に何か熱いものが駆け抜け、茉理は顔を赤らめた。
「この方は、しばらくここに留まります。貴方も」
「勝手に決めるな」
ふざけやがってとつぶやく帝に、トノアは毅然とした目を向けた。
「これは運命に定められた事なのです。それに逆らうことは出来ません」
「何だと?」
「逆らうというのなら勝手なのは貴方だということになりますよ、魔族の騎士よ」
「俺は騎士などではない」
帝はきっぱり否定する。
「そうですね、今の貴方はそうではありません。でも未来の貴方は?」
「俺の未来だと?」
「貴方はどうやらこの方と違って、魔族の事やユーフォリアの事をご存知のようですね。少し安心しました。未来ではまだ私達の事が伝えられているということなのですから」
「……」
トノアの小さな微笑みに帝は苛立ち、拳を握り締めた。
「貴様の思惑など知ったことか。俺には関係ない。そこの女もな。俺達はこの世界の住人ではないんだ。どうあろうと帰らせてもらう」
「貴方に帰る道などありません」
「貴様の許しなくこの空間から出れないのは知っている。だがそれも貴様が本当に聖魔巫女だったらの話だ。俺達を未来から呼び出し、聖魔巫女に成りすまして何か画策している輩でないと、どうして言えよう!」
帝の怒りにトノアは眉をあげた。
「信じてはもらえないのですか」
「いきなり連れてこられて、帰さないなどと言われて信用出来るか」
帝はすばやく胸の前で両手を組む。
「我が魂に宿りし雷よ、この両手に満ち、天誅を下せ!」
帝の両手から、まばゆいばかりの閃光が放たれる。
それはまっすぐトノアの胸に発射され、彼女を貫こうとした。
「きゃあああーっ」
トノアの背後で、茉理はあまりのまぶしさに悲鳴をあげる。
銀の髪を閃光になぶられながら、トノアは微動だにしなかった。
(やったか)
帝は前方に目を凝らす。
まだ彼の放った光は、トノアの胸の前でくすぶっていた。
いや、それだけではなく、どこからともなく低い声が割って入る。
「――我が身に宿りし、鮮麗なる鏡の盾よ。いまわしき力を弾き返せ!」
トノアの前に突然大きな盾が出現し、帝の攻撃をすべて吸収、集めて跳ね返してきたのだ。
「くっ」
咄嗟に帝は呪を唱え、自分の前にバリアを張った。
だがそれより跳ね返ってくる力の方が早く、衝撃で彼の体は噴水まで吹っ飛ばされる。
バッシャーンッ。
派手な水音がして、帝は噴水に落ちてしまった。
「くそっ」
水を頭から滴らせ、闘志をみなぎらせて立ち上がる彼の前に、一人の男が立ちふさがる。
「ふっ、少しは防いだか。先ほどの攻撃といい、まあ出来るようだな」
「貴様……誰だ!」
男は余裕の笑みをみせ、帝を見下ろして言った。
「人に名を聞くときには、まず自分から名乗るものだよ、少年」
年下だと暗に揶揄され、彼の心は怒り沸騰する。
「なめるな。俺はこれでも一族を率いる長だ」
「ほお、お前が?」
ややあきれたように男は眉をあげる。
「それは失礼。だが正直に申し上げて、君は力より精神力の方が未熟だな。それに聖魔巫女を見極めることもできんとは一体どこの一族だ」
「……」
帝は唇を噛みしめ、悔しげに男を睨んだ。
「ま、いいだろう。わたしはトノア様の契約騎士アルツール・クリスティ。お前の名は?」
帝の瞳が大きく見開かれた。
茉理も男の名乗った名前に衝撃を受ける。
(アルツールって……会長のご先祖様じゃないの)
「……イジュール」
帝はぽつんとつぶやいた。
「俺の名は、イジュールだ」
アルツールは薄く笑う。
「一族の名は明かさぬか。余程用心深い性格なのか、それともただの臆病者か」
「……」
「ま、いい。とにかくイジュール。一つだけ忠告しておく。トノア様にこれ以上無礼を働くと、このアルツールの光速雷鳴を食らうことになるぞ。覚悟しておけ」
帝は黙って目の前の男を睨んだまま、微動だにしなかった。
「お前の先ほどの攻撃の100倍は威力があるぞ。ま、死ぬ気があるならかまわんが」
「俺達をどうする気だ」
ぼそっと聞いた帝にトノアは微笑む。
「あなた方は大切な客人です。どうぞしばらくわたしの側にいてください」
「……好きにしろ」
あきらめたのか、帝はふっと肩の力を抜いた。
さっき食事をした居間に連れてこられ、帝と二人きりにされて、茉理は大きなため息をついた。
壁に寄りかかり、両腕を組んでぴくりとも動かない帝は、まるで銅像か何かのようだ。
(き、きまずい……)
先ほどからずっとこの沈黙が続いていて、茉理は何度もため息しか出ない。
本当はいろいろ聞きたいことがあったのだが、今の彼には質問どころか声をかけるのもはばかられた。
帝からは、今は誰にも触れられたくないし話しかけられたくない、とにかく俺はほっといてくれオーラがびんびんに感じられ、茉理の神経をぐさぐさと刺しまくる。
そんな男とこの部屋にいつまで二人でいないといけないのか――また茉理はため息をついた。
「27回目だ」
「へっ」
「よくそんなに、ため息ばかりついてられるな」
ぶすっとした声で言われ、茉理は思わず叫んでいた。
「しょうがないでしょ。他にどうしろってのよ」
「……」
「ねえ、ここって一体何なの? あの人たちは魔族なの? 聖魔巫女って何? あの人――アルツールって貴方のご先祖様じゃないの?」
「よくそんなにべらべらとしゃべれるな」
「何よ。わたしは何も知らないんだからね。この世界のことも魔族のことも。ちょっとは説明してくれてもいいでしょ」
だんっと壁を叩くと、帝は天井を仰ぎ、つぶやいた。
「ため息をつきたいのはこっちだ。どうして俺が、こんな女の厄介ごとにつきあわないといけないんだ」
「ちょっとっ、わたしのせいだっていうの?」
「違うのか。早川響子とやりあって異次元に――しかもこんなやっかいな過去に飛ばされやがって」
「わたしだって好きでそうなったんじゃないよっ」
茉理は叫ぶと、テーブルに顔を伏せる。
そう、自分だって不本意なことなのだ。
明人に再会したと思ったら自分のことは全部忘れられ、尚且つ彼を苦しめる存在になってしまい、響子には憎まれてこんな所に飛ばされてしまった。
自分ではない別な何かの思惑によって、いいように踊らされている気がする。
(もう知らない……)
すっかり気力を失い、茉理はテーブルから顔が上げられなくなった。
(もういいよ、どうなっても。わたしにはどうすることも出来ないじゃない)
何の取りえもない普通の女の子。
早川響子のように魔法が使えるわけじゃないし、美少女でもない。
自分がいかにあがこうと何も出来はしない。
もうあきらめるしかない。
そうすれば楽になれる。
(なれるんだけど――)
茉理の頬を熱い物が伝う。
どうしようもないと感じる苛立ち、ここでなすすべもない自分。
すべてが辛く悔しくて、茉理は声を殺しながら涙を流した。
どのくらいそうしていたのだろう。
ふと彼女の頭に大きく暖かいものが置かれる。
それはゆっくりと彼女の頭を撫でた。
茉理はそっと顔をあげる。
目の前に帝が来ていた。
彼は茉理の頭から自分の手をはずすと、指を伸ばして彼女の目じりに溜まった雫を優しくぬぐう。
(えっ?)
そのままぐいっと引き寄せられた。
茉理の心臓は跳ね上がる。
(ちょっ、ちょっ、ちょっとーっ)
次の瞬間。
彼女は帝に強く抱きしめられていた。
(な、な、な、なんでーっ、どうしてあの会長がわたしを……)
頭が真っ白になる茉理の耳に、帝の息がかかる。
戸惑いながら茉理は彼の腕の中で、心臓の鼓動を聞いた。
(暖かい音……)
「心配しないで。君には僕がいるよ」
突然耳元でささやかれ、茉理は体がかあっと熱くなる。
(会長、だよね、でも)
今、自分にささやいたこの声は、あきらかにいつもの帝とは違う。
そう、これはあの時の――。
(これって、あの入学式の時の人……)
「大丈夫。君は必ず僕が守る。絶対側を離れたりしない。だから泣かないで」
「……」
茉理は驚きで顔を上げ、帝を見た。
彼の瞳にいつもの鋭さはなく、むしろ優しく揺らめいている。
(嘘でしょ。これも会長なの?)
戸惑う少女に、帝はそっと顔を近づけた。
(なっ……)
震える茉理の唇に、彼の唇がそっと重ねられる。
初めてのキスに、茉理は体全体が震えて熱くなった。
触れるようにソフトに重ねられた唇から甘くしびれるような感覚が沸き起こり、頭の先まで震えるように伝わってくる。
(わたし……わたし、どうしちゃったのかな……)
あまりの事に頭が真っ白になった彼女は、もう何も考えられずにただ帝のキスを受け止めていた。
どのくらいそうしていたのだろうか。
ドンッ。
「キャアッ」
茉理は突然黒曜石の椅子に叩きつけられた。
「な、な、なんで……お前は何をしてるんだ!」
激情し、顔を真っ赤にしながら帝は肩で息をしている。
あきらかに怒っていて茉理はきょとんとした。
(何よ、どうしたっていうの?)
突き飛ばされてわけのわからない茉理の襟を、帝はぐいっとつかむ。
「どういうつもりだ。俺を誘惑して言うことをきかせるつもりかっ。こんな――こんなことをするなんて!」
「ちょっと、どうしたのよ、会長」
「お前と俺がその……」
「えーと、だからキスしたってこと?」
言いよどむ帝にかわって茉理が答えた。
その言葉を聞くや否や、彼はこぶしを茉理に振り上げる。
「ちくしょう、なんてことをさせやがる」
「貴方がしたんでしょ」
「俺がいつ、そんなことをした」
「今、貴方がしてきたんじゃない。何よ、こっちだっていい迷惑よ。貴方にファーストキスを奪われちゃったんだからねっ」
茉理の勢いに、帝はくそっと叫び、彼女を放した。
「どうして俺がこんな奴と……」
壁に寄りかかり、また銅像のようになってしまった帝を、茉理はいぶかしげに見つめる。
(これがいつもの会長よね。じゃ、さっきのは何? あれも会長なの?)
まるで別な人格が同居しているようだ。
そこまで思って、彼女ははっとした。
(もしかして会長って二重人格?)
確か以前、斎が言っていたではないか。
――本当の人格とは駆け離れた人格を演じ続けていると。
(そうよね。そう考えれば、けっこうつじつまが合うかも)
茉理は一人で納得した。
(つまり会長Aと会長Bがいて、普段はAなんだけど何かの拍子でBが出てくる。わたしに名簿を貸してくれたり、さっきみたいに優しくしてくれているのは会長Bの方ってわけね)
うんうん、そうだったのかあ、と茉理は心を整理し、まだ銅像になっている帝に近づいた。
「何よ、まだ怒ってるの?」
「……」
「悪かったわね、こんなのとキスなんかしちゃって。でもこう考えればいいじゃない」
茉理は下から見上げるように、帝の顔を覗き込む。
「わたしとキスしたのは、貴方じゃなくてもう一人の方でしょ」
「何」
「今の貴方がA君。で、もう一人、貴方の中にいる人がB君。キスしたのはA君じゃなくてB君なんだから、貴方がそんな落ち込まなくてもいいじゃないの」
「くだらん」
AだのBだの、と帝は鼻で笑った。
「本当にわけのわからん女だな、お前は」
「どうせ変わってますよーだっ。昔からよくそう言われてた」
茉理は舌を出してみせる。
「でもね、一人だけわたしのこと笑ったりしないで、仲良くしてくれる人がいたの。とってもかっこよくて優しい男の子だったんだよ」
「……」
「でも――でもね、引越しちゃってそれっきり。たぶんもう会えないと思う」
「そうか」
帝は直樹から聞いていた情報を、頭の中に浮かべた。
(早川明人か。もう会えないなんて、会ったくせに何言ってんだ)
明人はもう昔の彼ではない。
わざとそう彼女は自分自身に言い聞かせようとしていることが、痛いほど伝わってきた。
だからもう会えないなんて表現を――。
(無理しやがって。柄じゃないくせに)
彼はそっぽを向き、彼女から目をそらす。
「ね、そんなことより、質問に答えてくれない?」
「なんだ」
「さっき聞いたじゃない。ここはどこなの?」
「ユーフォリアだ」
「それってどこのこと? 本の中の世界じゃなくて過去に本当にあったことだって、さっき会長は言ってたでしょ。てことは、ここはヨーロッパかどこかの小国ってこと?」
「いや、違う。ユーフォリアは地球とは別時空にある世界。聖魔一族の住むところだ」
「聖魔一族?」
「昔、魔の力を持った者たちが瞬間移動を試みた。目的地に瞬時に行く魔術のはずが、誤って別次元――ユーフォリアにやってきた」
「そんなこと、確か本に書いてあったわね」
「そこで初めてユーフォリアと、そこに住む聖魔一族の存在が明らかになった。彼らは外見こそ人間の女と変わらないが、魔力とは別の不思議な力を持っていた。そして一族を束ねる長は、彼らから巫女としてあがめられていた」
「それが聖魔巫女?」
「そうだ。彼女には他の聖魔一族にはない聖なる魔に通ずる力があった。それは魔力ではなく、聖なる闇の巫女の力で、地球の魔族たちは巫力と呼んだ。巫女は、彼らに自分の持つ巫力で新しい魔法を生み出して授けることが出来たという」
「新しい魔法?」
「そうだ。俺達魔族の使う魔法は、過去から伝承されたものだ。これを組み合わせたり、直樹のように魔法薬などを用いて新たな要素を持つ魔法を生み出す場合もあるが、すべて過去に存在した魔法の応用でしかない。まったく未知なる魔法を作り出すことは不可能だ」
「よく意味がわからないんだけど」
茉理は頭がこんがらがりそうになった。
渋い顔をしながら帝は解説を試みる。
「簡単に言うとだな。例えば火を出す魔法があったとする。だが消す魔法はこの世界にまだ存在していなかった。この場合、水を出す魔法はあるので、この魔法を使って火を消すことになる。ここまではわかるか?」
「うん」
「だがもし聖魔巫女と出会って、彼女に火を消す魔法を作って欲しいと願った場合、彼女はそれを作り出して魔族に授ける事が出来る。魔法を作ってもらえば、もう水魔法を使う必要はなく、呪文一つで火を消すことが出来るようになるというわけだ」
「つまり凄く便利になるってことだね」
「まあ、端的に言うとそうなる」
帝はそんな単純な事ではないんだが、と苦々しそうにつぶやいた。
「伝承によると代々の巫女は、特定の魔族を選んで契約を交わしたそうだ。契約を結んだ魔族は、新しい魔術を巫女から受け継ぎ、使うことが出来る。それは契約をかわした魔族限定の魔術となり、子孫に伝授することが出来る」
「なんかまた難しい話になってきたわね」
茉理は首をひねりながら、感想を言った。
「聖魔一族は基本的に他人を攻撃することが出来ない。誰かの怒りや悲しみを受けると深く心が傷つき、原因不明の病に倒れることもあるくらい繊細で脆弱な存在らしい。それゆえ巫女の力をめぐって魔族同士が争い合っても、身を抱えて震えているしかなかった。これでは駄目だと、巫女は新しい掟を決めた。それは騎士をたてることだ」
「騎士?」
「優秀な魔族の一員で、巫女に絶対の忠誠を誓う男と契約を交わして騎士としたんだ。騎士は巫女のかわりに命を受けて戦う者であり、巫女の結婚相手でもあった」
「つまり巫女の恋人ってこと?」
「少し違うが、まあどうでもいい。そのうち騎士とその一族とだけ巫女は契約を交わすようになった。彼らはその特権を得て、聖魔騎士と呼ばれるようになり、常に魔族の中心に立つようになった」
「騎士ってことは、さっきのアルツールさんも騎士ってこと?」
「そうみたいだな」
茉理は目を瞬かせる。
(本には騎士の名前は書かれてなかったっけ)
「ユーフォニアは地球とは別次元にある。ここはすべて巫女姫の巫力によって支えられ、人の住める空間を維持しているんだ。だから彼女の許可なしに、この次元から別次元には移動できない。ここを自由に移動できる特権を持つのは、地球の有力魔族の長、聖魔騎士とその一族に限定されているはずだ」
そう言って帝はうめく。
「あのトノアとかいう女の許可なくして俺達はここから出れない。あいつが空間を閉じている限りな」
「そうなの?」
「ああ。ここは聖魔巫女の支配する空間なんだ。彼女の意のままの世界さ。だからいかに俺が高い魔力を誇ろうと、どうしようもない。巫女の力は魔力を無効化してしまう。この次元を出れば、どんなところだって俺の力で瞬時に戻れるんだが」
唇を噛み締めて苛立つ帝に、茉理は小さく、わかったとつぶやいた。
「じゃ、このままここにいるしかないってことよね、今は」
「そういうことになるな」
「じゃあ、せっかく来たんだから、少し探検してみるってのはどう?」
帝はあきれた顔で茉理を見た。
「そんな能天気なこと、よく言ってられるな、お前は」
「だってしょうがないんでしょ。何もしないよりいいじゃない」
「……」
「もしかしたらあちこち探せば、トノアさんがわたしたちをここに置いてる理由とか、他に帰る方法とかわかるかもしれないし、ね、ちょっと行ってみようよ」
「好きにしろ」
帝はため息をつき、茉理をぎろっと睨む。
「だが言っとくが勝手な行動は慎め。お前は魔族のことを何も知らないのだからな」
「まあ、そうね」
「お前が傷つくと、こっちもやっかいなことになる。命だけは無事に現実世界に戻らんと面倒なことになるしな」
「それってどういうこと? もしかしてわたしがいなくなって何かあった?」
首をかしげる茉理に、帝はそれ以上何も言わず、部屋のドアを開けて外に出た。




