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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編1)  作者: 月森琴美


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(あれ……ここは……?)

 茉理は薄目を開けて上を見た。

 どこまでも続く深い闇。

 そこにちらちらと星が瞬いて――。

(ここって、外?)

 茉理は身を起こし、まわりを見る。

 どこかの山の頂上のようだ。

 切り立った崖の上に作られた神殿。

 円柱に囲まれた五角形の石床の中央にある、黒い石で出来た祭壇のような物の上に茉理は寝ていた。

(うわーっ、ここってけっこう高そう)

 すぐ下は崖だ。

 ちょっと首を伸ばせば、地下までも果てしなく落っこちそうな闇の大穴が見える。

 怖くなって茉理は下を見るのをやめ、前後左右を見回した。

 風が容赦なくふきつけ、おせじにも暖かいとは言えない。

 ともすれば体ごと吹き飛ばされそうで、茉理は時々黒い台座をつかんで体を引っ付けた。

 天高くそびえる黒い円柱には茉理の知らない不思議な生き物の彫刻が施され、夜空とすぐ下の深遠の闇に囲まれた中では、とても不気味に見える。

(どこだろう、ここは――)

 茉理は首をひねった。

 確か自分は斎と一緒にXXランドにいたはずだ。

 そう、そしてお兄ちゃんに会って――。

 茉理の脳裏に明人の姿が浮かぶ。

 やっと会えた愛しい想い人は自分のことなど忘れてしまい、他の女の子に夢中になっていた。

『早く、あの子を始末してくれ!』

 彼の言葉が呪いのように頭に響く。

(お兄ちゃん、どうして……)

 茉理は両腕で体を抱きしめ、唇をかんだ。

 くやしかった――何も出来ないことに。

 すべてが茉理の意志とは関係なく彼女を巻き込み、翻弄し、弄んでいく。

 そんな中でただ何も出来ず、立ちすくんでいるだけのような気がして、茉理は自分が嫌でたまらなかった。

(もっと強くなりたいのに……)

 大切な人と向き合って、きちんと話したい。

 彼が記憶を失くしていても、他の人を好きでもいい。

 自分が彼に危害を加えるつもりなどないことを、彼が今大切に思っている人と引き離そうなんて思っていないことを、ちゃんと伝えたい。

 それすらも出来ず、今、どこにいるかもわからない状況に陥り、自分に出来ることはただ体を抱えて震えるしかないなんて、茉理は心底くやしかった。

「目覚めたのですね」

 横からの声に、茉理は恐る恐る顔を向ける。

(え? この人……)

 彼女は驚き、目を見開いた。

 見たことのある少女が、彼女に微笑みかけている。

 銀色の長い髪と紅い瞳。

 ゆったりした黒のローブを身に纏い、腰には銀の鎖が幾重にも巻きつけられていた。

「あ、あの、あなたは……」

 茉理は震えながら聞く。

 まさかそんなはずは、と頭の中はパニック状態に陥っていた。

 そんな彼女に、少女は労わるようなまなざしを向けて答える。

「わたしはトノア。ユーフォニアの聖魔巫女です」




(嘘でしょ。どうーなってんの?)

 トノアと名乗る少女に連れられ、茉理は黒い神殿のような場所に足を踏み入れた。

 崖の上からここまで延々と下に続く階段を見て正直めまいを覚えたが、実際降りてみるとそうでもなかった。

 山の麓まであっという間にたどり着き、そして麓に広がる黒曜石で出来た神殿の門をくぐる。

 中はしーんとしていて、物音一つ聞こえなかった。

(ちょっと寂しいけど、落ち着くかも)

 余計な音など一切ない無の世界で、前方を行くトノアの足音だけが響く。

 茉理は彼女を追って、小走りに神殿の中を進んでいった。

 奥に入ると、小さな扉が並んでいた。

 その一つをトノアは開けて、茉理を中へ導きいれる。

「どうぞ、ここを使って」

「はあ」

 茉理が部屋の中に入ってみると、そこには不思議な物が跪いていた。

(えーと、これって確か)

 以前歴史の教科書に出てきた古代遺跡の出土品が、まさしくそこに跪いていたのだ。

「……」

 絶句する茉理に笑むと、トノアは聞いた。

「これにあなたの世話をさせたいと思います。名前を与えてくださいな」

「え? 名前って……『はにわ』にですか?」

 茉理がそう言ったとたん、土色のそれは深々と茉理に礼をする。

「気に入ったようですよ。今日からあなたは『はにわ』です。いいですね。心を込めて主人にお仕えするように」

 柔らかな中にもきびきびしたトノアの声に、はにわはまた跪いたまま礼をした。

「はにわ。この方はわたしの大切な客人です。長旅でお疲れだからお体を洗って差し上げなさい。あと着替えとお食事も」

「へっ?」

 驚く茉理の目の前ではにわはすっくと立ち上がり、彼女の側に寄ってきた。

 土で出来た手をういーんと伸ばすと、彼女の腕を捕まえる。

「え? ちょっと、どこ連れてくのよっ」

 抵抗してしまう茉理を問答無用とばかり、はにわは抱え込んだ。

 けっこうこの従僕は力が強く、茉理は肩に担ぎ上げられてしまう。

「大丈夫ですよ。はにわにまかせておけば」

 トノアがくすくす笑いながら、茉理にいってらっしゃい、と言う。

「そんな! ねえ、ちょっと待ってよーっ」

 茉理の叫びも無視して、はにわは彼女を更に奥に連れて行ってしまった。




(どうなってるの? もう)

 茉理は白い陶器の浴槽につかりながら、ため息をついた。

 XXランドで響子に異次元に飛ばされ、ここまで来たのは覚えている。

 でもよりもよって――。

(異次元というより、あの本の中の世界じゃない。そんなことってあり?)

 こないだ図書室で目に付いた児童書『魔法の国の巫女姫』。

 あのトノアと名乗る少女は、まさしくその本の主人公『聖魔巫女』そのものだ。

 この世界も本の中の描写にそっくり。

(確か本ではユーフォニアって別次元の空間だったわよね)

 中世ヨーロッパを中心に住んでいた魔族達は、別次元ユーフォニアに住む『聖魔一族』を崇拝していた。

 聖魔一族は普通の人間と外見は変わらない一族だったが、不思議な力を持っていた。

 そして一族の中からいつもたった一人、特別な力を持つ少女が生まれるのだ。

 少女は魔族と契約を交わし、大いなる力を与えることが出来る。

 彼女は巫女姫と呼ばれ、一族の長となり、たぐいまれなるその力で一族を束ねた。

 そして異次元の地球という星にいる魔族たちに新しい魔術を創生して授けたとか。

(それが聖魔巫女……)

 茉理は必死にここまで思い出す。

 響子によって、とんでもない世界に飛ばされてしまった。

(本の中の世界なんてびっくりだわ。早く帰らないと、元の世界へ)

 たぶんあのトノアという少女なら帰り方を知っているだろう。

 本の中では、巫女姫は聡明で様々な力を持っていた。

(でも途中までしか、まだ読んでないのよね)

 こんなことになるのなら最後までさっさと読んでおけばよかった。

 後悔してもどうしようもないことだが、むしょうに悔しい。

 花の香りのするお湯につかり、考え続ける茉理の腕を、ずいっと何かがひっぱる。

「うわっ、はにわさん?」

 土で出来た土器人形のそれは、寸胴の真ん中辺りにある口をにいっと開いた。

(笑ってくれてるのかな)

 茉理は額に汗を浮かべながら、なんとか笑みを返す。

 はにわは彼女をお湯から上がらせると、石の台に寝かせた。

「あの、はにわさん、わたし、一人で出来るからいいよ」

 茉理の言葉は完全に無視され、はにわはごしごし茉理の体を洗い出す。

 頭の先から足の先まできれいに洗い上げられて、茉理はちょっと気分が良くなった。

(けっこう気持ちいいな)

 石鹸のようなものを使っていて、とても良い香りがする。

 お湯で泡を全部流すと、はにわはせっせと彼女の体をふき、ローションのような物を塗りつけた。

「く、くすぐったいよーっ」

 茉理はけらけら笑いながら、はにわにまかせる。

 湯殿を出ると、はにわは服を着せてくれた。

(トノアのと同じみたい)

 さっきトノアが着ていたのと同じ型のローブ、腰にはベルトがわりに銀色の鎖を巻き、黒い革のサンダルをはいた。

 肩より少し長めの髪は丁寧に梳られ、黒い紐で左右二つに分けて括られる。

(わたし、今、どんな感じかな)

 茉理は自分のさっきまで着ていた服のポケットから、小さな丸い鏡を取り出した。

 これはいつも持ち歩いている物で、祖母が入学式の日にくれたのだ。

(おばあちゃんったら絶対肌身離さず持ってろって言ってたけど、本当に心配症よねえ)

 半分ぼけている祖母だったが彼女の手に鏡を持たせ、お守りになるからいつも持っているようにと念を押して渡された。

 それ以来ずっと持ち歩いているのだが、別になんてことはない、ただの鏡だ。

 丸くて手のひらより少し小さめ。フレームは黒くて上部に印のような紋章がついている。

 休み時間に自分の身だしなみチェックするぐらいの役には立つから、いつも携帯していた。

 それに自分の姿を映し、ほおっと茉理は息を吐く。

(なんかこっちの世界の人になったみたい)

 鏡の中の自分は別世界の人間に変身したみたいで、とても不思議だ。

(洋服変えると、雰囲気が変わるってほんとよね)

 あまりファッションに興味がなかった茉理だが、少しどきどきした。

 着慣れない裾の長いローブを着た彼女をはにわは手を引いて、別な部屋に案内した。

 そこは居間のようになっていて、白い壁に白い天井、白い石の床と、今度はすべてが白ずくめだった。

 中央に黒曜石で出来たテーブルと椅子がある。

(なんかこの世界って、白と黒しかないのかな)

 首をかしげた茉理を、はにわは椅子に座らせた。

 向かい側の壁に見えるドアがすっと開き、ワゴンが一台入ってくる。

(うっそーっ、ワゴンが誰にも押されず、自動で動いてる!)

 驚く茉理の目の前で、ワゴンは次々と乗せてきた皿を宙に浮かせる。

 お皿と飲み物の入ったグラスがたちまちテーブルに綺麗に並び、食事の支度が整った。

(魔法の国に来ちゃったみたい、すごいわ)

 茉理はわくわくしながら白銀に光るフォークを手に取った。

 お皿の上には瑞々しい果物が切り分けられて、沢山載っている。

 お肉や魚のたぐいはなかったが、とても美味しそうだ。

 グラスの中にはさわやかな味のする炭酸水が入っている。

 XXランドでは食べた気がしなかったが、ここではゆっくりした気持ちで、たくさん食べることが出来た。

 不思議なことに、いくら食べても果物はまた出現。おかわりを頼む必要もない。

 とうとう茉理はお腹いっぱいになった。

「もう食べられないよ、ご馳走様」

 彼女がフォークをテーブルに置いたと同時にテーブルの上にあった皿やグラスが、また宙に浮く。

 食器がワゴンの上に戻ると、ワゴンはかたかたと自動で去っていった。

 目を丸くしてワゴンを見送る茉理を、はにわはまた引っ張った。

「今度はどこよ」

 返事を返さないことはわかっているが、彼女はつい口にする。

 はにわは茉理を外の広い庭――噴水の側にある円柱に囲まれた小さなガゼボに案内した。

(すごい……これって全部黒薔薇だわ)

 白い円柱には、つたのように棘のついた茎と黒薔薇が高くからみついている。

 白い長椅子に、先ほど会ったトノアが微笑んで座っていた。

「お食事は済みましたか」

「あ、はい。ご馳走様でした」

 あわてて茉理は頭を下げる。

「こちらにどうぞ」

 トノアは茉理を自分の横に座らせた。

「少しお話を聞かせてくださいな。あなたのお名前は?」

「あ、あとのまつりです」

 いつもの恥ずかしさはどこへやら、自然に茉理は名乗っていた。

「マツリ? それがあなたの名前ですね」

「はい」

 うなずく茉理をしっかり見つめてトノアは問う。

「貴方は遠い未来からいらしたのでしょう? 教えてください。貴方の時代ではわたしたちや魔族は、どうなっていますか」

 茉理は返事に窮した。

(どうっていわれても――)

 遠い未来から来た、と言われても、そもそもここは架空の世界。

 過去というより誰かが作ったお話の中だ。

 そんな世界で、何をどう答えればいいのだろう。

 困った顔の彼女を見て、トノアは顔を曇らせた。

「やはりわたしの予見は間違いではないようですね。魔族は人間と同化し、世界から消えようとしている」

「えーと、あの、そもそもわたしの世界では、ここは本の中なんです」

 茉理はなんとか説明を試みる。

「わたしも魔族じゃなくて普通の人間で――だからあまり魔族のことって知らなくて」

「そうなの?」

「魔族って、そもそもわたしの世界では一般にお話の中に出てくる架空の存在で」

「……」

 トノアは悲しそうな顔になった。

「わたしたちは遠い未来、消滅していく運命にあるようですね」

「え? あ、あの、て言うか、その……」

 茉理はあせった。

(そもそもここは現実世界じゃない、誰かが作り上げたお話の中の世界なのよ)

 でもそこの住人に『貴方達は架空の人物であり、ここは架空の世界である』などと言って通用するのか。

 トノアは顔を俯け、しばらく身を震わせていた。

 茉理は声一つかけれなくて、どうしてよいかわからずに戸惑う。

(うーっ、気まずい……)

 もじもじと困っていると、トノアは顔を上げて微笑んだ。

「そんな顔をしないで。ごめんなさいね」

「あ、いえ……」

「どうしてもわたしは知らなければならなかったの。いいえ、わたしではないわ。貴方が過去に来なければならなかったのよ」

「は?」

「貴方をここに呼んだのはわたし。もしわたしの予想する未来が来るのなら、何としても阻止したかった。だから遠い未来の貴方を呼んだのです。過去をすべて見て欲しくて」

「あの、それってどういう意味ですか」

 わけがわからず、目を瞬かせる茉理に、トノアはしーっと指を口元に当てて言葉を制した。

「今、貴方の騎士が来ます。時限を越えて、貴方を迎えに」

「え? 騎士?」

「貴方を守り、力となってくれる人――ほら、来たわ」

 茉理は目を見開く。

 二人の座っている椅子のすぐ前で、空間が揺らいだのだ。

 そこから一人の人間が出現する。

 黒髪、黒い瞳、黒い学ランの少年――。

「せっ、生徒会長!?」

 茉理は彼を見て大声を上げ、立ち上がってしまった。




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