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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


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 まるで何事もなかったのように、一夜が明けた。

 朝食の席で3人が考えたことは、まず雅人のことだった。

(うまくやってるかな、雅人先輩)

 英司はトーストをほおばりながら、気になってしょうがない。

(ご家族のみなさんにばれてないといいけれど――)

 直樹は黙々と食事を済ませ、調べ物があるから先に行くぞと席を立つ。

 帝も無言で食事を済ませた。

(まったくどうしてあんな女を、助けてやらなきゃいけないのだ)

 このまま異次元に飛ばしておきたいところだが、そうなると雅人が戻ってこれなくなる。

 彼は彼でなんだが苛立っていた。

 昨日は夢心地に気分が良かったような思いもするのだが、今の彼の中にうずまくのはなんだがよくわからないあせりと苛立つ心のみ。

(ええいっ、どうして俺がこんなに心を騒がせなくちゃならない。冷静になれ。俺は魔族の総帥クリスティの本家跡取りなんだぞ)

 こんなことでどうする、と自分を叱咤しながら、彼は用意された専用車に乗り込んだ。




 心配することもなく、雅人は順調に午前中を済ませた。

「はあい、みんな、元気?」

 あいかわらずの女言葉で、彼はにこにこ生徒会室にやってくる。

「あ、後野さん――じゃなかった、雅人先輩」

 大丈夫でしたか? と心配そうに聞いてくる英司を、彼はぎゅっと抱きしめた。

「可愛い英司先輩にこんなに思われるなんて、わたし、とっても幸せです」

「ちょっ、後野さん――じゃなくて雅人先輩、やめてください」

 外見が女の子だからか心持ち顔を赤らめて、英司は彼の腕を振り解こうとする。

 いつもよりソフトな仕草に、ふふっ、効果ばっちりだねえ、と雅人は笑い、自分の変身技術の高さに改めて満足した。

「それより帝は?」

「書庫で調べ物だ。異次元通路を開く手段を、いくつか見繕っているんだろう」

 直樹の言葉に、雅人扮する茉理は薔薇の花を取り出す。

 香りを堪能する仕草に、英司は横でうーんとうなった。

(どうでもいいけど、薔薇の花があんまり似合わない子だよなあ)

 いつもの彼女がそんなことをするはずないから余計違和感があるのかもしれないが、どうも後野茉理と薔薇の花はいまいちイメージがはずれていた。

 雅人は気にすることなく薔薇を弄びながらつぶやく。

「そうそう、英司先輩、悪いんですけど、今日の午後、委員会に出てもらえませんか。本当のわたしの姿で」

「うっ」

「しょうがないでしょ。これは特別。帝の許可ももらってあるし。委員長が出なかったら話し合いにならないもの」

 ウインクして、『よ・ろ・し・く』と微笑まれ、英司はため息をついた。

「でね、そのための書類が職員室のコピー機の横にあるんですけど、委員の数だけコピーよろしくお願いしまーす」

「って、この昼休みにやれってことですかあっ」

「あら、もうお弁当、食べ終わったじゃない」

 あくまで女の子らしく少しいじわるな笑みを浮かべて、雅人はさらりと言い流す。

「お願いしますね、英司先輩」

 やれやれと肩を落とし、英司は生徒会室を出て行った。

(もし本当に後野さんが帝の彼女になったとしたら――)

 さっきの雅人の態度は、後野茉理本人そのものに見える。

(俺ってもしかして雑用増えるんじゃないかなあ。後野さん、ああ見えてけっこう人使い荒そうだし)

 職員室に向かって歩きながら、いっそう肩が重くなる英司であった。




「英司をはずして、俺に何を言いたいんだ?」

 PCを打つ手を止めて、直樹は雅人扮する茉理をじろっと見た。

「ふふっ、よくわかってるねえ、直樹君」

 ふわっと笑むと、パチンと茉理は指を鳴らす。

「後野家はなかなか面白いとこだったよ」

 元の金色派手な髪をさらりとかきあげ、雅人は優雅に微笑んだ。

「その姿の方が話しやすいな。で、どうだった?」

「ご両親は母親に少し魔力のかけらを感じたけど、ま、本人に自覚がないから普通の人間だね。父親、及び祖母の方にはまったく魔力は感じなかった」

「そうか、やはりな」

 直樹はメガネをきらりとさせる。

「父親は平凡なサラリーマン、母親はパートで近所のスーパー勤め。家には少しぼけの入ったおばあちゃんが、いつも留守番をしている。おばあちゃんは以前は徘徊していなくなることもあったけど、たいてい数日後には自力で戻ってくるし危ないことはしないみたいだから、監視をつける必要なし、とみなされている。確かに一応つじつまの合わないことを言うし、ぼけているようにみえる」

「みえる?」

「そういことだね。どうしてぼけ老人指定されてるのか、実は僕にはわからなかった。あんなにマトモに話すのに」

「……」

「家族が気がつかないなんて、よっぽどお互いのことに干渉しない家庭なんだろうか。あれはもう筋金入りのお芝居だよ。それもかなり年季が入った」

「なんで後野茉理の祖母は、ぼけてる振りなんかしてるんだ?」

「さあね、僕の存在にも気付いたようだ。表向きはにこにこしてたが、けっこう夜とか探りを入れてきたしね。ひやひやだったよ」

 雅人は思い出したのか、うっと顔をしかめた。

「部屋に枕を持ってやってきて、一緒に寝ようと言うんだ。参ったね、可愛い少女なら大感激だけど、とうのたったばあさんと添い寝だぜ」

「良かったな」

 女好きのお前にはさぞ嬉しかっただろう、と直樹が言うと、嫌味かそれはと雅人は渋い顔をする。

「ともかくばあさんは要注意だ。昨日は何もしてこなかったけど、今夜辺り危ないな」

「というか、そもそも魔力がないんだ。何も出来るわけないだろう」

 直樹の言葉に、雅人は憂いを秘めた顔になる。

「もっとやっかいな力があるでしょうが。どうするんだよ、僕の魔力が無効化されてしまったら」

「ま、おそらくそうはならんだろうさ。もし無効化されても変身が解けるぐらいで、命の危険はまずあるまい。ばあさんが俺達の予想通りだとしたら、まずお前を害することは出来ない」

 直樹はそう言うと、にやりと笑った。

「そして俺達がクリスティ一族の血を受け継ぐ者だと知ったら、手を出すどころか歓迎されるかもな」

「そうでもないと思うよ」

 雅人は憂鬱そうにつぶやいた。

「昨夜、散々聞かされたけど、彼女はやたらと寝言のように僕に言うんだ。どうしてクリスティ学園なんかに通ったのかと」

「……」

「あんなに反対したのに、おばあちゃんの言うことを聞かないからこんなことになるんだと、何度も何度も僕に向かってぶつぶつ言い続けるんだ」

「それはやっかいだな」

「でしょ? どうやらおばあ様はクリスティとの宿命に反対されてるみたいだよ」

 こりゃあ茉理姫をもらうのに、帝もかなりの苦労だねえ、と雅人は笑う。

「あっさり二人を認めてはもらえないだろうね。ああ、でも障害のある恋ほど燃えるものさ。二人はきっと祖母の反対を糧として、更に愛を深めていくことだろう。そして手に手をとって」

「お前、早く教室に帰れ。もういい」

 セリフが長くなりそうだと、直樹は苦味虫を噛み潰したような顔になった。

「俺は忙しい。続きは教室でそういうロマンス好きのクラスメイトとやるんだな。今のお前の役割なら、十分に女子の中でそういう話に華を咲かせられるだろう」

「そうもいかないさ。だって後野茉理ときたら、友達が一人もいないんだ」

「そうなのか」

「帝の一件のせいで彼女はクラスで完全孤立。その後、彼女候補にエントリーされてクラスメイトの態度も変わってきたが、今度はそういうみんなの姿勢に嫌気がさし、彼女はほとんど一人でいることが多いらしい」

「そうだったのか」

 直樹はふうっと吐息をついた。

「気の毒にな。帝とからまなかったら友達の一人や二人はしっかり出来て、楽しい学園生活を満喫してたたろうに」

「どうだろう。それは彼女には無理な相談なんじゃない?」

 雅人は薄く笑うと腕時計を見る。

「おっといけない。もう時間だね」

 ポンッと姿が歪み、また後野茉理がそこに出現した。

「あ、そうそう、忘れてましたわ、直樹先輩」

 茉理はにっこり笑うと、鞄から児童書を一冊取り出す。

「これ、書庫に厳重保管されてた魔法仕掛け付き児童書。何故か彼女の鞄に入ってたの」

 本を受け取り、直樹は驚いた。

「これは……」

「そう。これはもう決定的よね。じゃ、これ、書庫に返しといてください、直樹先輩」

「その姿で言うな」

 直樹は叫ぶと、早く行け、と手を追い払うしぐさをする。

「ふふーん、またね、直樹先輩」

 しゅっとシャーペンが宙に浮き、無邪気な笑顔をみせる少女にとんだ。

 危ない危ない、と彼女は首を横に傾けてかわし、バイバイと可愛らしく手を振りながら生徒会室を出て行った。





 特館から校舎に戻ろうと、帝は校庭を横切っていた。

(結局収穫なしか)

 思いつくまま書庫の書物をあさってみたが、異次元に飛ばされたものの位置を正確に知る魔術はみつかっていない。

 異次元を自由に渡るには、高度な魔術と感の強さが求められる。

 羅針盤も地図も方位磁石も、何も通用しない時空なのだ。

 そして果てがないといってもいい。

(異次元に入るのは簡単だ。だが)

 肝心の目標物が過去に飛ばされたのか、はたまた未来か。

 宇宙の彼方にあるという、別な次元の世界に行ってしまった可能性だってある。

 それとも今、現実世界の日本ではない外国に飛んだだけだったりして――。

(やみくもに探しても時間と魔術の浪費になるだけだというのに)

 はあっとため息をついた帝に、突然誰かが駆け寄ってきた。

「帝様!」

 帝は自分にすがりつく少女を見て、目尻を少し吊り上げる。

 早川響子が潤んだ瞳で彼の顔を見上げていた。




「帝様っ、お会いしたかったです」

「……」

「帝様、お願いです。わたしの話を聞いてください」

 響子はそう叫ぶと、帝の胸にすがってわあっと泣き出した。

「わたし、わたし――もう帝様以外におすがりできる方はいません。どうかお願いです。お兄様を、早川明人を救ってください!」

 涙をぬぐいながら、彼女は悲しそうな表情で帝にせまる。

 それはまさに兄を失って悲嘆にくれる純情な少女そのものだ。

 普通の男子だったら、たちまち心動かされるだろう。

 それほど愛らしい動作で、彼女は校庭の砂の上に崩れるように座り込む。

「昨日、お兄様とXXランドに行きましたの。久しぶりに兄妹で楽しく過ごしていましたら、突然斎様とお会いして」

「……それで」

「わたしは自宅に持ち帰るハーブティーを買いにいって、事情はよく知らないのです。でも何かがあって、お兄様は斎様のご機嫌を損ねてしまったみたいです。斎様はわたしの目の前でお兄様の精神を奪い、ご自身の中に封印してお終いになりました」

 帝の目はどんどん険しくなる。

「そのまま斎様は去っていかれ、お兄様は意識不明のままです。どうぞ帝様、斎様からお兄様の意識を取り戻してくださいませ」

 必死に助けを求める少女を、帝は冷めた目で睨んだ。

「どけ!」

 彼は響子を突き飛ばし、そのまま校舎に向かおうとする。

「待ってください、帝様」

 背後から背中にすがりつかれ、帝は顔をしかめた。

 響子は帝の背中に自分の体を押し付け、泣いて訴える。

「お願いです。もうすぐお父様とお母様が外国からお戻りになります。そしたらもっと大変なことになりますわ」

「何?」

「クリスティ家の方とはいえ、勝手に他の魔族の精神を奪うなどというむごいことを、こちらも見過ごすわけには参りません。お父様はとてもプライドの高いお方ですもの。グランスノア家の総力を挙げて、クリスティ家に抗議を申し立てるでしょう。そうしたら帝様にも大変なご迷惑がかかってしまいます。わたし、お兄様もですけど帝様のことが心配で――」

「……」

「帝様しか斎様を諌め、お兄様を救ってくださることは出来ません。貴方を一途にお慕いする、このわたしを哀れだと思ってください。どうかお願い――お兄様とわたしを助けてくださる方は貴方しかいません」

 声を震わせて彼に泣きつく美少女を、帝は振り向き、じっと見た。

 華奢な肩に手をおき、ぐいっと引き離すと、彼女は期待に満ちたまなざしで彼を見上げてくる。

 その白いあごを捉えて上向かせると、帝は自分の方に引き寄せて目を合わせた。

(みにくい色だ。濁り、欲望と野心に染まりきった瞳……)

 彼は目をそむけ、彼女を突き飛ばした。

「み、帝様?」

 地面にしりもちをつき、響子は驚きの表情をみせる。

「三文芝居はそのくらいにしろ、この女狐」

 吐き捨てるように叫ぶと、帝は彼女を見下ろし、冷たく言った。

「すべて貴様の巻いた種だろうが。それなのにこの俺に助けを求めるのか。ふざけるな」

 彼の王者の威厳あふれた目に射すくめられ、響子は身を震わせる。

 生まれて初めて、彼女は他の魔族に恐怖というものを感じた。

(なんなの、この威圧感は――こんな人、見たことない)




 響子は幸か不幸か、かなり高い魔力を持って生まれてきた。

 ゆえに魔族の大人であっても、彼女にはかなわないことが多い。

 魔術のレベルからいったら、彼女にとっては赤子同然である者がほとんどだった。

 表向きは清純な乙女を演じながら、響子は心の中でそういった者たちを軽蔑し、あざ笑って暮らしてきたのだ。

(どうせ名門だっていったって、わたしの魔力の前ではどうってことないわよね)

 そう鼻を高くそらしながら、彼女は自分は特別な存在だと傲慢に思い続けていた。

 でも。

 帝と今、真正面から向き合って、彼女は自分の中にある魔力がいかに卑小な物にすぎないか、まざまざと感じていた。

 純粋に遥か昔から絶えることなく完全に受け継がれてきたその魔力は、響子の比ではなかったのだ。

 かつて魔族同士の戦いにて勝利を治め、多くの地上に入り込んできた異世界の魔物たちと対峙してきたと言われる先祖の偉大な魔力すべてが、帝の中にはあふれるばかりに満ちている。

(かなわない、この方には――)

 獅子と向き合う子ねずみのようだ。

 響子は、もう一言も発することが出来なかった。

 そんな彼女をきっと睨むと、帝は踵を返してさっさと校舎に向かっていった。




「立てるかい?」

 穏やかな声に、響子ははっと我にかえる。

 帝が去っても、彼女はまたその場に座り込んだままだった。

 そんな彼女に直樹は近づくと、そっと手を伸ばす。

 彼の手にすがって、そろそろと響子は立ち上がった。

 もう、その口からは泣き言もせつなげなセリフも出ない。

 黙って彼女は、目の前に立つ長身の先輩を見つめていた。

「君が帝をどう考えてるかは知らないが、あいつはね、君の手駒に出来る器じゃないよ」

「……」

「昨日の一件はすべて斎から聞いてる。君は斎が完全に口が利けず、何の意思表示も出来ないから、俺たちが何も知らないと思ってたんだろうけど」

 メガネをきらめかせながら直樹は言った。

「それはすべて君の思い違いさ。斎は君が思ってるより優秀でね。ま、それは昨日、実際にその目で見たからわかってるだろう」

 響子は反論出来ず、唇を噛みしめる。

「自分が特別かい? 他の人間よりも強いかい? 万能かい? 君がそう思うのは、まあ、君の勝手だけどね」

 直樹は思いを込めて彼女に言葉を投げた。

「でもこれだけは覚えておくがいいよ。世の中には君の思い通りにならないことがたくさんある。魔術だけではどうにもならないことがね。それを受け止め、立ち向かう者にこそ真の強さが与えられる」

「わたし……わたしは……」

「君にだってわかってるはずだ。どんなにがんばっても、君の兄の心をすべて思い通りなんて出来ない――どんな強力な魔法薬でも」

「……」

「明人の心は明人にしか変えられない。君の心もまた君自身でしか変えられないのと同じようにね」

 響子の体が震えだした。

 俯き、彼女の瞼から小さな涙の粒がこぼれる。

 その場に崩れ、また響子は動けなくなった。

 その様子がお芝居ではなく心からのものだと感じ、直樹は少しほっとする。

(これ以上、俺から言う事はないな)

 彼はそう思い、放心状態の響子の横を通って静かに校舎に歩き去った。


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