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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編1)  作者: 月森琴美


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 突然の訪問だったが、帝の邸の対応は完璧だった。

 すぐに豪華なディナー4人分が用意され、泊まる個室も整えられる。

 分家への連絡は執事が代理で通達し、斎の家にも1週間ほど斎が姿を消すことが説明された。

「ふう、とりあえず戦闘準備完了かな」

 各自、満足のいく食事を終え、部屋でシャワーを浴びて帝の私室に集合する。

 雅人は大きな窓から見える夜空に、薔薇の花をかざして言った。

「今夜も星が綺麗だね。でもあの星々の輝きは、はるか昔にこの地球へ放たれていたメッセージ――過去の残像だと思うと少し寂しくなるな。本当はもう煌く星達は、宇宙に留まっていないもかもしれないじゃないか。この瞳で直接見ることがかなわないとは、時間と空間の壁のなんと厚きことだろう!」

「……すみません、俺、雅人先輩が何言ってるのか、さっぱりわからないんですけど」

「気にするな、英司。こいつはいつも意味不明だ」

 深く考えると頭がおかしくなるぞ、と直樹は諭す。

「二人とも僕の高尚な言葉の意味を理解出来ないなんて、なんて嘆かわしいことだ」

 大げさに体を抱きしめ、悲しみにくれる雅人を、3人は冷たい目で睨む。

「茶番はそこまでにしろ。本題に入るぞ」

「そうだね、つきあってたら徹夜になってしまうからね」

 直樹がそう言うと同時に、部屋にメイドが入ってきた。

 彼女は大理石の卓にグラスとグレープジュースを置くと、去っていく。

 帝を中心に4人はソファに座り、グラスを傾けた。

「あー、美味しい」

「よく冷えてるな」

「やっぱ帝のところの自家製ジュースは最高だね。でも僕と直樹は魔族の成人なんだから、ワインでも良かったのにな」

「お前は外へ出てろ! そんなに飲みたきゃ、一人で地下に行って来い」

 帝の鋭い視線に、雅人は肩をすくめる。

「でも本音は俺もワインが欲しい気分だよ、帝」

 直樹の言葉に、帝はすっと目を彼に注いだ。

「お前にそこまで言わせるとは、事態はかなり深刻ということだな」

「ああ。それも最悪に近い状態だ」

 直樹はメガネをはずすと、軽く眉間を押さえた。

 下を向き、顔をあげない直樹に、3人の心配そうな視線が突き刺さる。

 しばらくして直樹はまたメガネをかけなおし、冷静な口調に戻った。

「帝、俺は――俺たちはお前の手足になって助け手となり、お前の行く道を阻むものはどんな障害でもつぶす覚悟がある。そのために生きているのだからな」

「いきなりなんだ」

 いぶかしむ帝に、まあ、聞いてくれ、と直樹は続ける。

「時にはお前の心を乱すかもしれない内容は、あえて俺達だけで手を汚して処理してしまうこともあるし、そうすべきだと俺は思ってきた。だが」

 直樹の口元が少し歪んだ。

「今回の件は、もうそういうわけにはいかなくなった。俺の手で始末してしまおうと思っていたのだが、帝、どうもお前の手を煩わせなければならなくなりそうだ。俺の力不足と認識の甘さのせいだ。……すまない」

 静かに頭を下げる直樹に、帝はグラスをとんと卓に置き、怒鳴った。

「なんだそれは! 俺にはいつも何も隠すなと言ってあるだろう? どうして俺を蚊帳の外におくんだ。俺だってお前たちの仲間だろうが」

「それは違うよ、帝」

 激昂する帝を、雅人の声が制す。

「君は違うんだ。僕たちとは役割がね」

「何?」

「これは僕たちクリスティに課せられた使命と関係がある。君はどうしても失ってはならない大切な存在なんだ。別に君を仲間はずれにしてるんじゃなくて、君だけにしか出来ないことがあるからなんだよ。僕たちがいなくなっても、かわりはいくらでも利くんだ。でも君はそういうわけにはいかない」

「……」

「ま、そういう細かいことは、来年成人の儀式のときに教えてもらうといいよ。それまでは僕たちにも何も言えない。ただそういうわけだから、直樹にはあやまらせてやってくれ。そうしないと彼の気がすまないだろうからね」

「――わかった」

 成人の儀式の時に告げられる一族の宿命という内容になったので、帝は不承不承おとなしくなった。

「では、これから本題に入る」

 直樹は、いつもの冷静な口調で言った。

「最初から説明しようか。さっき斎があんなに力を使い果たしてしまったことなんだが」

「もったいつけずに、さっさと教えてください!」

 英司が怒りもあらわに息巻く。

「どこの誰が斎をあんな風にしたんですか。俺が絶対ただじゃおかないから」

「まあまあ、落ち着いて、英司君」

 すっと横から薔薇の花が差し出された。

「君の後輩を想う気持ちは素晴らしいけど、ちゃんと落ち着いて最後まで聞こうね。さ、直樹君、続けてくれたまえ」

 話の腰を折られて直樹はむっとしたが、眼鏡をかけ直し、続けた。

「今日、あいつは後野茉理をXXランドに連れていった。夕食後、ハーブ園で話をしようと思ったらしい。ベンチに後野茉理を座らせると、斎はスタンドにハーブティーを買いに行った」

「なかなかおしゃれな場所を選んだね。斎君もやるじゃないか」

「スタンドは少し混んでいて、ハ-ブティーを買って後野茉理のところに戻ったとき、なんとそこには早川兄妹がいた」

「何?」

「えーっ、早川さんが?」

「それはまた、なんという運命のいたずらだろうか」

 最後の少しセリフめいた雅人の発言に、直樹はため息をつく。

「そして後野茉理は、早川響子の術にかかって異次元に転送されてしまった」

 その場の全員が絶句した。

「い……異次元転送?」

「まさか、そんな大技を」

「ていうかそこまでするか? たかがライバルってだけで」

 三人の困惑気味な顔に、直樹は悲しげに笑う。

「後野茉理は早川響子にとって、一番この世から消えて欲しい存在なんだ。ただのライバルではない」

「どういうことだ」

 帝の険しい声に直樹はうつむき、つぶやいた。

「帝、すまないな。お前に隠してたことがある。それは後野茉理の編入理由だ」

 さっと雅人と英司の顔が変わる。

 帝は目を細め、三人を見回した。

「お前達、全員知ってたんだな」

「別にたいした情報でもないと思ってね。それに帝、お前があの後野茉理に対してひとかたならぬ関心を示していることは、おまえ自身が認めたくなくてもまわりの俺達にはよくわかってしまうんだ」

「なんだと」

「彼女が絡むとお前は冷静さを欠き、むきになって行動する傾向がある。もしこの情報を知ったら、お前が状況判断を誤るかもしれないと危惧したんだ」

「……俺は別に、あんな女のことなど」

「そうやって赤くならなくてもいいでしょうが、み・か・ど」

「そうですよ、帝。確かに後野さんのことでは、いつも過剰な対応してしまうのが見えまくりです」

 英司にまで言われてしまい、帝はぐっとつまる。

「後野茉理には、今好きな男がいる」

「何?」

「初恋、とでもいうのか? 突然魔族の子孫であることがわかり、小学校の時に転校してしまった少年を、彼女はずっと想い続けている。そして待ちきれなくて、彼に会いたいがゆえにこの学園に編入してきたんだ」

 帝は目を吊り上げ、怒鳴った。

「あいつにそういう男がいると知ってて、どうしてエントリーなんてしたんだ」

「それは別口でしょ、帝」

 雅人が平然と答える。

「君だってわかってるはずでしょうが。運命の相手っていっても、恋愛と微妙に違うってことぐらい」

「……それは」

「正確に表現するなら、己の魔力をすべて子孫に相続させることの可能な遺伝子上のパートナーといったところか」

 冷ややかな声で直樹がつぶやいた。

「どんな機材や検査を持ってしても捜索不可能なところが困ったものだ。本人の直感という、まったくあてに出来ないものしか手がかりがないんだからな」

 直樹は黒眼鏡をきらりと光らせ、続きを口にする。

「一応、過去の事例から見たら、なんらかの感情をその相手に対して本人が抱く――一番良くあるケースが恋愛感情。でもそれも100%とは限らない」

「ややこしいよねえ。ま、結婚すればわかるんだけどさ。きちんと子どもに結果が出るから。相手がいくら君の好きな子だったとしても、もし本当のパートナーでなければ君の持つ魔力のすべてが子どもに相続されなくなってしまう」

 雅人の言葉に、帝はきりっと唇を噛んだ。

「直感でこの人だ、とわかっても、彼女を好きになれるかどうかはまた別な問題。もしかしたら生涯憎み、嫌い続ける可能性だってある。そうだろう?」

「……」

 帝は顔を背け、目を閉じる。

 そう、彼にはわかりすぎるぐらいわかっている現実だ。

「彼女と君の接触する様子、君の彼女に対する態度を見て、僕は彼女かもしれないと思った。だからエントリーしたんだよ」

 雅人は薔薇の花をいじりながら、小さく微笑む。

「彼女には今は確かに好きな人がいるかもしれない。でも好きって気持ちだけで、その人と結ばれることが出来るかどうかわからないじゃないか」

「もういい。わかった」

 帝は一瞬瞳を閉じた。

 さっと気持ちを切り替える。

「続けろ、直樹」

「その後野茉理の初恋の人が、二年B組 早川明人――早川響子の義理の兄だ」

「ふうん、なるほどねえ」

 雅人は意味ありげにつぶやいた。

「確か校内に怪しいうわさがあったよね」

「怪しいうわさだと?」

「そう、なんでも早川明人は母親の連れ子で、早川家の養子となった。響子とは直接の血のつながりがない。そして二人は実は相思相愛の仲じゃないかっていうもっぱらの評判でね」

「兄妹なのにですか」

 英司のあきれたという声に、雅人は色っぽい目を向ける。

「僕と君の関係よりは、まだ世間的にはまともだと思うんだけどねえ、英司君」

「なんですか、それは! 大体、俺と先輩の間には何の関係もありませんよ」

 あせって否定する英司に、雅人は可愛いねえ、と微笑む。

「もう! からかわないでください」

「はいはい。あんまりやると、また嫌われちゃうからね。で、兄はともかく妹は本気なんだろう?」

「そうだ」

 直樹はうなずいた。

「早川響子とは俺は付き合いがあってね。初等部の頃、あっちから声をかけてきたんだ。俺の研究する魔法薬や器具に興味を抱き、あの笑顔と人を弄ぶような邪気のない仕草で俺に近づいてきた。そうだな、あの頃、彼女には愛読書があってな。『嵐が丘』って知ってるか」

「どこだ、そこは」

「地名――いや、駅名ですか」

「だーっ、二人とも国語の成績、大丈夫なの?」

 雅人は、やれやれと大仰な身振りでつぶやく。

「『嵐が丘』ってのは本の名前。ちなみに地名じゃなくて、屋敷の名前なんだよ。その本に出てくる」

「そんなの知るか」

「随分マニアックな小説なんですね。有名なんですか」

「一応世界名作文学全集には入ってるんだがな。ま、初等部時代で、そんなの読む奴もまずいないだろう。俺だって読んでみたが、面白いとは思わなかった」

「僕たちの歳でも理解がむずかしい大人の恋愛物語だからね」

「ふうん、で、その本がどうかしたんですか」

 英司の疑問に、雅人は薔薇をかざして高らかに叫ぶ。

「おお! かの有名な悲恋の一節にはこうあるんだ『わたしは、ヒースクリフです!』」

「ひーすくりふ? なんですか、それ」

「雅人、そんな名ゼリフから叫んだってどんな話かわかるものか。ヒースクリフというのはこの物語の主人公格の男性の名だ。ちなみにヒロインはキャサリンという」

「本の話はいい。さっさと結論を言え」

 いらいらしながら帝がせかした。

「まあ、聞いてくれ。この本の内容を簡単に説明すると、ヒロインのキャサリンの家にある日、孤児ヒースクリフという少年が引き取られることになった。二人は互いに恋に落ちるが、名門の娘キャサリンと、ただの浮浪児だったヒースクリフでは立場に雲泥の差がある。キャサリンはヒースクリフを深く愛していたが、彼と結婚すると一文無しになってしまうと考える。そして近所の裕福な家の息子に求婚されて、結婚する。ちなみにヒースクリフは彼女が無一文の自分とは結婚を考えられないでいる話を立ち聞きしてしまい、彼女に裏切られたとひどく傷ついて、その日のうちに屋敷を出て行ってしまうんだ」

「なんかすさまじいですね」

「くだらんな」

「その後、ヒースクリフは金持ちになって戻ってきた。そしてキャサリンを始め、自分を蔑んできた連中に復讐を始める。いろいろ過程はあるんだが――まあそれぞれ別な相手と結婚したのにもかかわらず、二人の互いを愛する気持ちは決して消えなかった。ヒースクリフはことに狂気のようにキャサリンを愛し続けた。読んでみたらわかるが、凄まじいものだぞ」

「で、そいう本を愛読書にしてるってことは、あのヒロインぶった早川響子姫が、この本のヒロインと自分を当てはめて陶酔しちゃってるってことかな」

「そういうことだ」

 直樹は深いため息をついた。

「この本に自分を投影しているとすると、早川響子は兄弟として育った明人を結婚は無理だが生涯支えていきたいと考えているはずだ。帝の事は、彼女になってクリスティ家の権力と財力を利用してやろうと思ってるに違いない。実際本のヒロインが金持ちの息子と結婚する動機はまさにそれだからな」

「愛するヒースクリフに何不自由ない生活を送らせてあげたい。すべては自分の半身たる彼だけのために――凄まじい愛情だよ。ヒースクリフには最後まで伝わらなかったけどさ」

「とんでもないお話ですね。それって愛情っていうんでしょうか」

 薔薇の花片手に皮肉たっぷりの言葉で小説の事を語る雅人に、英司は首をかしげて質問する。

「これもまた一つの愛なのさ。小説が読みにくければ舞台を見るといいよ。たまにどこかの劇団が上演してるときがあるからね」

「早川妹は家にやってきた明人を恋い慕った。自分と彼は、この小説の主人公たちのようだと思ったんだろう。しかしそんな彼女の妄想を打ち砕く存在がいた。後野茉理だ」

 直樹の言葉に、帝は軽蔑のまなざしを投げた。

「その本には載っていないイレギュラーな登場人物だからか」

「そうだ」

 直樹の黒眼鏡が鈍く光る。

「ヒースクリフには自分だけを見てもらいたい。しかし彼にはすでに初恋の少女がいて、どうやら忘れてくれそうにない。だから思い上がった響子は、魔法という手段に出ることにした。俺に近づいた動機がそれだ」

「つまり響子姫は君に」

 言いかけて雅人は口ごもる。流石の彼も言うのはためらう内容だった。

「ああ。俺はまぬけにも何も気付かず、あいつの口車にのせられて魔法薬を作ってしまった。完全に記憶消去出来る魔法薬。それだけじゃない、記憶を消した相手の感情を自分の魔力で支配し、下僕に出来る完璧な薬だ」

「響子姫はその薬を持って、君の前から姿を消した。目的の物を手に入れたから、もう君は用済みになったんだね」

「まさか使用するとは思ってなかった。ただそういう可能性のある薬を作れるかどうか試しかっただけだったんだが――データを取って薬を処分しようとしたら、なかった。あいつが勝手に持ち去ったんだ」

「なんてことだ。じゃ今、早川明人は?」

「薬を盛られて、学園に来る以前のことはすべて忘れている。そして更に響子の作り上げたロマンスとやらに満ちた彼女との思い出が、かわりに彼の頭の中に埋め込まれている」

「そんなことしてまで男を自分の物にしたいなんて、狂ってるとしか思えないけどな、俺には」

 英司は悲しそうに言った。

「じゃ早川の奴は何にも覚えてない状態ってことなんですね。後野さんとのことは」

「そうなるな」

「なんかそれも可哀想ですね、後野さんが」

「そうだね。ここまで必死にやってきて――帝、君の執拗な攻撃にも見事に耐え、非現実的な生活を我慢しつつ学校に来ているのは、すべて初恋の愛しい人のため。なのに再会してみれば彼は自分のことを何一つ覚えていなくて、さらに美しい義理の妹と禁断の恋に落ちていた――少女コミックかなんかに出てきそうなせつない愛のストーリー、ああっ、幾人の少女たちが二人の悲しき宿命に涙して感動することだろうか」

 大仰な雅人の言葉に、その場にいた全員が白い目を向ける。

 直樹は雅人のセリフに何の反応も示さず、変わらぬ口調で続ける。

「で、話を斎に戻すけど、彼の記憶の中に早川明人がいた。どうやら妹と二人でXXランドに遊びに来ていたようだ」

「まさか、後野さん、早川君と」

「ああ。会ったんだろうね。でも早川明人は彼女のことを何一つ覚えていなかった。ショックだったとは思うが、問題はここからだ」

 直樹は眼鏡をきらりと光らせた。

「これは俺の想像に過ぎないが、早川響子をここまでさせる何かがあったんだ。それはおそらくあの薬の作用による物だと思う」

「どういうことだ」

「あの薬は完璧じゃないよ、帝。というか魔術なんてものに、すべて完璧を求めることは出来ないだろう? 精神力と心の持ち様で、それはいくらでも解除が可能だ」

「ていうことは、もしかして早川お兄さんの方は後野茉理を忘れていない?」

「表に出ている意識の中には彼女のことは一切ない。でも彼の潜在意識の中にはしっかりと残っていたよ――彼女との思い出が」

「そうだったんですか」

「そこだけしっかりガードして、魔術の進入を防いであった。心の奥底にしまい込まれているから呼び覚ますことは難しいが、なんらかのきっかけがあれば、もしかしたら」

「可能性はあるわけだね。それを響子姫は恐れているわけか」

「たぶん後野茉理と接触したことで、その潜在意識の部分が彼の意識を揺り動かしたんだろう。そして激しい頭痛か吐き気――どんなに潜在意識ががんばっても、魔力に支配されている表の意識は抵抗するだろうからね。体にくるさ」

「それで苦しむ兄を見て、早川響子はキレたわけか」

 帝はふうっとため息をつく。

「つまり俺達は異次元に飛ばされてしまったあの女を、どうにかしないといけないというわけだな」

「そういうこと。それがまず一つ」

「一つってまだあるんですか」

 英司の質問に、直樹はこめかみに指を当て、ああ、とつぶやいた。

「目の前で後野茉理が消えてしまい、斎が黙っていると思うかい? 当然彼は早川響子に詰め寄った。しかし」

「響子姫は彼を軽くあしらい、後野茉理をどこに飛ばしたか、なんて教えなかったんだろう?」

「まあね。しかも斎をひどく侮辱した。彼のことをクリスティ一族の中の無能者だと言ったんだ」

 直樹以外、三人の瞳が同時につりあがった。

 誰も一言も言わなかったが、心の中で早川響子に対し、どうしてやろうかという気持ちが渦巻く。

 それだけ彼らは仲間意識が強かった。一人に対する侮辱は、一族全員を侮辱されたに等しい。

「斎は黙っていられなかった。しかし早川響子と魔力をぶつけて対抗し、たとえ勝ったとしても彼女にたいした打撃は与えられないだろうと読んだ。逃げられでもしたら後野茉理に関する情報は皆無だ。それで最も精神的に追い詰める策を取った。――早川明人の意識を奪って封印したんだ、自分の中に」

「おいおい、斎君も思い切ったことをしたもんだね」

 雅人は滅多にみせない驚きの表情を浮かべて、つぶやく。

 あとの二人も声は出さなかったが、同じような顔をしていた。

「そして後野茉理を無事この世界に連れてくるまで早川明人の意識を開放しないと宣言し、その場を収めたというわけだ」

 これで全部だな、と直樹はため息と共に話し終える。

 その場に、しーんと静寂が満ちる。

 誰もが自分の心の中で、それぞれの想いをまとめようとしていた。

「まず現実問題から片付けよう。後野茉理の家には連絡がいってない。これをどうする?」

「ということは、後野さんはこの時間まで無断門限破りの不良娘ってことになっちゃうわけですか」

「それで済めばいいが、へたしたら行方不明か家出で捜索届けが警察に」

「うわっ、やばすぎるねえ。どうする、帝」

 雅人が口調とはうらはら、楽しそうに聞く。

 帝はちらりと雅人を睨み、何も返答しなかった。

「後野茉理はおそらく斎と外出する、とは言ってないはずだ。両親は共働き、家には少し老人ぼけになりかかった祖母がひとり」

「そっか。でもどっちにしても行方不明なのには変わりありませんね」

 英司が腕を組み、考え込む。

「彼女のクラスメイトの名を使い、しばらく外泊するってことにするか」

「彼女が高校生ぐらいだったらそれでいいけどね。僕たちは健全な中学生――しかも彼女は、こないだ小学校を卒業したばかりのいたいけな少女だよ? 一泊や二泊ならともかく、長期の外泊なんてことは考えることも行動することも出来ないし、不自然さ」

「きわめて現実的な意見だな」

 直樹はメガネをはずして、眉間を指で押さえた。

 さすがに理性と知性の塊といわれた少年でも、中学一年の女の子の失踪理由には頭がまわらないようだ。

「しかたないな。僕がなんとかするよ」

 雅人が微笑んだ。

「お前が?」

「まずは電話だね、ちょっと借りるよ」

 彼はそう言うと立ち上がり、ドアの横にある電話に歩み寄った。

 アンティークの一品と一目でわかる、見事な細工の受話器を取る。

 次の瞬間。

 雅人は指をぱちんと鳴らし――その場によく見知った少女が出現した。

「うわっ」

「そうか。その手があったか」

「確かにそれも一つの方法だが、あんまり思いつきたくない策だな」

 帝がため息まじりにつぶやく。

「あ、もしもし、お母さん? うん、うん、あ、うん、そうなの」

 しぐさまで女の子らしく受話器のくるくるになった線を指にかけ、まさしく後野茉理が電話をしていた。

 しかしその場の3人は本体が雅人だとわかっているので、背筋がぞぞっとする。

(雅人先輩、さすがだな)

 英司は半ば尊敬のまなざしで彼――いや、今は彼女の背中をみつめた。

 異性にまで完璧に変身出来る彼のセンスと魔術の才には、文句のつけようがない。

「……うん、もう食べ終わったし、あとちょっとで帰るね。心配しないで、うん、じゃあ」

 カチャン。

 受話器を置き、少女は振り向くとふふっと笑った。

「どう、完璧でしょ」

 3人はぐえっとうめく。

「早く元に戻れ。見るに耐えん」

「そうですよ、雅人先輩」

「えーっ、そんなあ。これからわたし、家に帰らなくちゃいけないのに」

 茉理――いや雅人の発言に、3人はえ、と首をひねる。

「雅人、お前、まさか」

「ピンポーン、これからしばらくわたしは後野茉理でーす。よろしく」

「……」

「そんなんで通用するか?」

「そうですよ、雅人先輩」

 校内ならともかく自宅で家族と接触なんて危険すぎる、と心配そうな英司に、雅人は軽くウインクした。

「だいじょうぶ。だって今のわたしは後野茉理だもん。それに」

 口元にうっすら笑みが浮かぶ。

「少しご家族に会ってみるのもいいかもね。彼女のこと、もっとよくわかるかも」

「そうだな」

 直樹はメガネをかけ直すと、にやりと口元を歪ませた。

「後野茉理の一件は、お前にまかせよう、雅人。帝、それでいいな」

「ああ」

 不承不承、帝はうなずく。

「じゃあ帝は僕の出席日数の操作、あと直樹はノート、よろしくね」

 留年は嫌よ~っと女の子らしく言う雅人に、帝はこれ以上はないというほど渋い顔をした。



 その後、細かい打ち合わせをすべて済ませて解散したのは、9時を過ぎていた。

「大変! わたし、帰らないと」

 じゃあ、ばいばい~と手を振って、雅人は空間転移する。

「おいおい、魔術で帰るのか?」

「ま、そのほうが正解だ。今から電車を使ったら早くても30分はかかるぞ。家族にこってりしぼられる時間が増えるんじゃないか」

 これ以上遅くなるのはちょっとな、という直樹の言葉に、英司は納得してうなずいた。

「俺達も部屋に入って休ませてもらうよ、帝」

「そうですね。おやすみなさい」

 二人は立ち上がり、また明日、と出て行った。

 一人になった帝は、窓辺に歩み寄る。

 闇夜に星がちらちらと瞬いていた。

 その頼りない瞬きの中、彼はふと勝気な少女の横顔を思い出す。

(あんな女――)

 最初に会ったときから、彼女は自分に突っかかってきた。

 どんなに思い知らせてやろうとしても、驚くほどの粘りと抵抗力を示す。

 あっという間に彼の足元に跪き、崇拝し、服従する者たちとは全然違った。

(くそっ)

 いらいらしながらベッドに寝転がり、目を閉じる。

 また彼女の面影が浮かんできた。

 でも今度のは――。

『でもわたし、来たかったんです、早くここに』

 桜舞い散る中でまどろんでいたときに、ふと下から聞こえた声。

 初めてみる少女なのに、彼にはわかってしまった。

 ――ずっと待っていた人が来たのだと。

 微笑みを浮かべる彼女の魂の輝きが、素直に自分の心に響いた。

(物心ついたときから『僕』は誰かを待っていた。ずっとずっと待ち続けた。小学校に入学し、あの桜の木の言い伝えを知ったときからは、何度もあそこで待ち続けた)

 そしてやっと会えたのだ、彼女に。

 まぶしいほどの笑みを浮かべて、彼女は言った。

『わたしの初恋の人が、ここにいるんです』

 その言葉が、彼にくらくらするほどの快感をもたらした。

 ――やっと彼女は会いに来てくれたのだ、自分に。

 まだそうとは自覚していないけど。

(『僕』は彼女のものだ。そして彼女は、この『僕』のもの)

 初恋の人が他の誰かだとは考えもしなかった、浅はかな自分。

(早く気付くんだ、この『僕』に。見つけ出すんだ、君の本当に出会うべき人を)

 彼はそんな期待を込めて、あの時少女の前から去った。

(早く見つけてくれ、この『僕』を――)




 メイドが入ってきたとき、部屋の電気は煌々とついていた。

 帝はベッドで静かに寝息を立てている。

 メイドは微笑み、彼に毛布をかけると一礼して寝室を出た。

 カーテンを閉め、電気を消す。

 彼女が部屋を出る頃には、帝の意識はすでに夢の中を彷徨っていた。



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