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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


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「お兄ちゃん!?」

 茉理の声に、彼は雑誌から顔をあげる。

 じっと向かいに立つ少女を見つめた。

「君は……?」

 少女は向かいのベンチから駆けてきて、息を切らせている。

「あ、あの、お兄ちゃんでしょ、そうでしょ」

「え?」

「わたしよっ、茉理。お兄ちゃんが小学3年まで隣に住んでた後野茉理よっ」

 彼女は叫んで、彼の手をとった。

「ね、お兄ちゃんでしょ、間違いないわ」

「あの、君は一体……」

 彼――明人は目を瞬かせる。

「後野……茉理?」

「そうよ、お兄ちゃん、会いたかったわ」

 茉理はがばっと彼に抱きついた。

「お、おいっ」

 雑誌を取り落とし、明人はあわてて茉理を受け止め、困惑する。

「会いたかった――やっと会えた」

 茉理は涙をぼろぼろこぼしながらつぶやいた。

「わたし、お兄ちゃんにどうしても会いたくて、クリスティに転入してきちゃった。今、1年A組なんだよ」

「クリスティに? 君、僕と同じ学校なの?」

 明人の返事に、茉理は顔をあげて彼を見た。

 あきらかに困った顔をしている。

「あの、お兄ちゃん――水沢、じゃなくて、早川明人さんですよね」

「そうだよ。僕は2年B組の早川明人だ」

 少し微笑みながら、彼は茉理を離した。

「どうやら君は、僕の過去を知ってる人みたいだね」

「え?」

「実は僕には過去の記憶がないんだ。クリスティに転入したくらいのことは覚えてるんだけど、それ以前のことはまったく」

「ええええーっ」

 茉理は思いっきり叫んだ。

「そんな……そんなことって……」

「ごめん。だから君と会ってたのかもしれないんだけど、思い出せない」

 茉理は呆然と立ちすくんだ

 やっと会えたのに。

 彼に会うために引越しし、必死に勉強して入学試験を受けた。

 そのあとの学園生活はおせじにも良かったとは言えない中で。

 それにも耐えて、ひたすら彼に会うために今日まで来たというのに。

 やっと会えた初恋の人は、自分のことを何一つ覚えていなかったのだ。

「嘘……うそよね、お兄ちゃん」

 茉理はへなへなとその場に膝をついてしまう。

「やだよ、お兄ちゃんがわたしのこと、忘れちゃってるなんて……やだよ……ぐすっ」

 ぼろぼろぼろぼろ、涙が止まらない。

 大きな瞳を更にゆがめて、茉理は泣き続けた。

 そんな彼女の頭に、大きな手のひらが乗る。

「泣かないで……大丈夫」

 明人の手が茉理の頭を何度も撫でた。

 そう、この手だ。

 いつも自分の手を取って、公園に、幼稚園に、小学校につないでいった。

 悲しくて泣いてるときには、いつもこうして頭を撫でてくれた。

(大丈夫って何度も今みたいに言ってくれた。わたしはこの手を知ってる。間違いなく大好きなお兄ちゃんの手――)

 記憶を無くしていても、変わっていない。

 その暖かさと、心配そうに優しく見つめる瞳は。

 茉理は、涙をぐいっとぬぐうと微笑んだ。

「ごめんなさい、突然泣いちゃって」

「ううん、謝るのはきっと僕の方だから」

 明人は茉理にハンカチを貸してくれる。

 茉理は目をふいて、少し落ち着く。

「あの、記憶がなくなったって」

「うん、そうなんだ。いつのまにかね」

 明人は寂しそうに遠くの海に目をやった。

「それでも前は少しは覚えていたこともあったけど――しばらく経つと、みんな消えてしまったんだ。思い出したくて、あちこち病院とかカウンセリングとかお袋とまわったんだけどね」

「あ、恵美おばさんはどうしてます? お元気ですか」

 茉理は明人と同じ優しい目をしていた彼の母親を思い出した。

「お袋? うん、元気にしてると思う。今は新しい父と一緒に外国にいるけどね」

「そうなんですか」

 茉理ははっとして、ポーチから手紙を出した。

 それを明人の手に押し付ける。

「これ、お兄ちゃん――じゃなかった早川先輩が、わたしにくれた手紙なんです」

「僕が君に?」

「はい」

 明人は古い手紙を開いてみた。

 まだ小学生の文字が、彼の目に飛び込んでくる。

 なんどか読み返し、彼はふっとひたいを押さえた。

「くっ……なんだ、これは」

「どうしたんですか」

「うっ……頭が……頭が割れる!」

 彼は手紙を落とすとベンチから崩れ落ち、頭を抱えてうずくまってしまう。

「お兄ちゃん!? 大丈夫?」

 茉理は彼を支えるように抱えた。

 背中をさすり、声をかける。

「お兄ちゃん、しっかりして」

 彼はますますうめき、頭をかきむしりながら苦しみだした。

(どうしよう。このままじゃお兄ちゃんが!)




「お兄様!?」

 少女の叫び声に、茉理は驚いた。

 広場の入り口に立っている彼女は――。

「早川響子さん」

「お兄様っ、しっかりしてっ」

 彼女は手に持っていた紙袋を落とすと、明人の方に駆け寄った。

 茉理を突き飛ばすと明人を支え、ベンチに座らせる。

「お兄様、しっかりして――さ、わたしの方を見て」

 彼女は胸に抱きしめた明人の顔を上向かせた。

「お薬よ。これで楽になるわ」

 響子は彼の唇に自分の唇を押し当てる。

(なっ……)

 茉理は、あまりのことに声も出なかった。

 目の前での濃厚なキスシーンに頭が真っ白になる。

 響子は人目もはばからず、見せ付けるように長いことそうしていた。

 唇を離し、明人は安らかな顔をして響子の胸に寄りかかる。

「ありがとう、響子。僕には君しかいないよ」

「ええ、そうよ。お兄様、貴方が見ていいのはわたしだけ――他の女の子のことを考えてはだめよ」

 愛しい人を見つめるように、うっとりとしながら響子は明人の耳にささやいた。

 その目が、呆然と地面に座り込む茉理を捕らえる。

 彼女の獲物を見るような目線に刺し貫かれ、茉理は身を震わせた。

「貴方ね、わたしのお兄様をたぶらかしたのは!」

「え……たぶらかすなんてそんな」

 茉理はおどおどと返事を返す。

 先ほど見せ付けられたキスシーンに心乱され、いつもの負けん気など吹っ飛んでいた。

 響子は怨念でも見るかのような目で茉理を睨むと、明人をそっとベンチにもたせかける。

「響子?」

「お兄様、少し待っていてくださいませ。あなたを苦しめたこの人を今、始末してしまいますわ」

 明人はうつろな目で響子を見ると、優しく微笑んだ。

「僕の可愛い響子、無理はしないでくれ」

「ご心配なく。お兄様のためですもの」

 明人は静かに茉理を見る。

「お、お兄ちゃん」

「あの子を早く倒してくれ。そうしないと僕はまたおかしくなってしまうよ」

「ええ、そうしましょう」

(そ、そんな! お兄ちゃんがわたしを……)

 茉理は胸をやりで貫かれたような衝撃を受けた。

 あの大好きだった人が、自分の存在をうとましく思っている。

 やさしく自分を大好きだと言ってくれたその口で、彼女を呪っているなんて――。

「そんな目で見るなよ。僕を響子から引き離そうとするつもりなんだろ?」

「……」

「僕の愛しい人は響子だけなんだ。彼女しか見えない――君なんて用はないんだよ」

「お兄ちゃん」

 最後に残った心の力を込めて、茉理は呼んだ。

「うっ……」

 明人はその声にまた顔をしかめ、頭を抱える。

「早く僕の目の前から彼女を消してくれ! 響子」

 早川響子は、怒りに満ちたまなざしで茉理を睨んだ。

「またあなたなのね。いつもわたしの邪魔ばかり――どうしてわたしの欲しいものを、あなたはすべて奪おうとするの?」

「何よそれ! わたしは何もしてないわ」

「見てわかったでしょ。貴方の存在自体がお兄様を苦しめている。お兄様を好きだなんて、あなたに言えるの? こんなにもお兄様に痛みを与えているというのに」

「……」

「帝様の彼女にエントリーまでされて! いいこと? 帝様の彼女になるということはね。この魔族の頂点に君臨するクイーンになるということなのよ。すべての魔族を従えて、思うが侭に足元に跪かせられる――かなわぬことなどないのよ、何一つ」

「そんな……わたし、別になりたくてエントリーされたわけじゃ」

「結果をわたしは言ってるの。帝様の彼女の座は貴方には渡さない。このわたしが必ず帝様のお心をつかんでみせるわ。そして絶対にかなえるのよ――わたしの夢を」

「ゆ、夢?」

 茉理は思いもかけないことを言われ、戸惑ってしまう。

「そのためには貴方は邪魔なの。今すぐ消えていただくわ」

 響子はそう叫び、すばやく呪文を唱えた。

 彼女の前後左右に魔方陣らしき光の輪が出来る。

「迷いと困惑に縁取られし闇の力よ、かの者を光なき時空の彼方へ連れ去れ!」

 響子の声と共に、魔方陣が茉理を取り囲む。

「いやああーっ、何!?」

 魔方陣は前後左右に茉理を取り囲み、少しずつ狭まっていった。

「ちょっとっ、嫌、嫌だってば、やめてーっ!」

 茉理の絶叫が庭園に響き渡る。

『後野さん!?』

 斎がハーブティーの入った紙コップを持ってやってきたとき、ちょうど茉理の姿は魔方陣に吸い込まれ、消えてしまった。




 地面に落ちたハーブティーの音に、早川響子は目を細める。

 そこには今までみたことがないほど冷たい表情の斎が立っていた。

「なっ、斎様」

『彼女を、後野さんをどうした!?』

 つかつかと歩み寄り、彼は響子に迫る。

『言え! 後野さんをどこに飛ばした!』

「まあ、そんな怖いお顔をなさるなんて、斎様には似合いませんわ」

 響子、怖いですわ、と瞳を潤ませながら震える響子に、斎は怒りを燃やした。

 でも言葉を受信できない響子には、彼の問いかけは通じそうもない。

「あんな子なんてどうだっていいじゃありませんか、斎様」

 響子は優しく微笑んだ。

「どうせ魔力のかけらもないんでしょ? その辺のごみと同じく役に立たない存在ですわ。どこに処理しようと斎様がお気にかける必要などございません」

 斎は黙って響子を睨む。

「斎様は魔族の頂点に君臨するクリスティ一族のお一人。あんな生ごみとご一緒にいるなど、お手が穢れてしまいましてよ」

 斎は茉理の手がかりになるものはないかと、辺りを見回す。

 だが何も残っていなかった。

「ふふっ、斎様、あなたがあせっても駄目ですわ。どうせあなたはクリスティの魔力があっても、使うことの出来ないお気の毒なお方。ねえ、そうでしょう?」

 響子はうろたえる斎に、余裕たっぷりの嫌な微笑みを見せる。

「せっかくの魔力もすべて己の体を具現化させることに使うしかないんですものね。かわいそうだけどあなたには後野茉理を救うことも、わたしを倒すことも出来ないわ。クリスティ一族でありながら、無能と同じなんてなんてことでしょう。同情いたしますわよ」

 こないだの後野茉理のノートに関する件で、響子は斎を敵視していた。

 あからさまに言われた嫌味と軽蔑のまなざしに、斎の怒りが頂点に達する。

 彼はベンチに座る明人に気がついた。

『彼は、確か――』

「さ、わたしはこれで失礼しますわ。お兄様、参りましょう」

 微笑んで明人の方に向かう響子の背に、斎は一瞥をくれる。

 彼の手が、すばやく印を結んだ。

『生命を育くみし、大いなる大地の力よ! 目覚めて、我に集え!』

「なっ」

 響子が気付いて振り向く前に、斎のかざされた両手の間に砂の器が現れた。

 器から砂が細い糸のように流れて、明人を取り囲む。

「お、お兄様!」

『かの者の意識を捕らえ、封じよ!』

 かっとまばゆいばかりの閃光が飛び散った。

 明人を包み込んだ砂が金色の光を帯びて、器に吸い込まれるように戻っていく。

 それと同時に明人がどさっとベンチに崩れた。

「お兄様―っ」

 響子が駆け寄ると、彼は目を閉じて意識を失っている。

(そんな……お兄様の意識を)

 響子は憤怒のごとく立ち上がり、斎に対峙した。

「お兄様になんてことを。今すぐ元にお戻しなさい」

『……』

「いくらクリスティ家の方とはいえ暴挙が過ぎましてよ。元に戻さないというのなら、こちらも容赦いたしません」

 響子は口の中で呪を唱え、すばやく手のひらを突き出す。

 大きな火炎が手のひらから飛び出し、斎を襲った。

(ふふっ、もろいものよね)

 勝利の笑みを浮かべた響子だが次の瞬間、驚きで目を見開く。

 そこには砂の壁がそびえたち、斎をガードしていたのだ。

 彼女の放った魔力がつき、炎は消えた。

 当然彼には火傷一つない。

(そんな! わたしの炎を防ぐなんて)

 絶対の自信が崩され、響子は体に今まで感じたことのない恐怖が走った。

 砂の粒が空中に浮き、彼女の前に文字を形作る。


[君には話しても理解してもらえないと思う。だから実力行使に出ることにした。

 君は僕の大切な人を消し去った。だから僕も君の大切な人の意識をいただく。

 彼の意識は僕の砂の器に封じてある。返して欲しくば後野さんを元に戻すこと。それまでは開放しない]


「そ……そんな……」

 響子はその場に力尽きて、崩れるように座り込む。

 文字はまた変化した。


[砂の器は僕自身の体内に封じてある。もし僕に危害が加われば砂の器も壊れる。よく考えて行動するんだね]


 響子に冷たい瞳を向けると、斎は踵を返して広場から立ち去った。

 風がひとすじ吹き抜けて、明人の足元に落ちていた手紙をふわりと飛ばす。

 それは空に舞い上がり、いずこともわからぬ所へ飛び去っていった。


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