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茉理が学園に入ってから、一週間が過ぎた。
4時間目終了のチャイムが校内に響く。
「終わったあ」
「昼だ、昼」
チャイムの音と共に皆、騒がしくなった。
「茉理っ、おべんと食べよ」
奈々が、弁当箱を提げてやってくる。
茉理はうなずくと、かばんから大判ハンカチに包んだお弁当を引っ張り出した。
奈々とはすっかり仲良くなって、休み時間もいつも一緒。
お互い、苗字じゃなくて名前で呼び合う仲になっていた。
「あれ、 祥子じゃん」
廊下を歩きながら、奈々が声をあげる。
目の前の小柄な後姿に向かって、奈々は突進していった。
「しょうこ、久しぶりっ」
振り向いた祥子は、嬉しそうに奈々に飛びついた。
「奈々っ、会いたかったわ」
二人はきゃっきゃっと笑いながら、再開を喜び合っている。
(ちょっと、うらやましいかも)
二人を見ながら茉理は思った。
このクリスティ学園は、幼、小・中・高・大学・大学院までストレートの一貫教育。
幼稚園の時に入学してそのまま上がっていく子もいるから、数年も経てば同じ学年の子たちとは顔見知りになっていく。
クラスは5つ、A~Eまで。
一クラス、20人前後が基準なのにも驚いた。
前、行ってた小学校は30~40人くらいはいたのだから。
(私立だからかな)
最初はなんとなくいつもより教室が広々と感じたが、一週間もたてば慣れてきた。
でもちょっとしたこと――廊下で出会って挨拶する知り合いがそんなにいない、とか――があると、ちょっぴり淋しくなってしまう。
(めげないめげない。ここにはお兄ちゃんがいるんだもん)
自分を励ましつつ、茉理は二人の方に近付いていった。
「でねー、うちの担任、すっごくうるさくてさ」
3人は屋上でお弁当を広げていた。
ここが一番気持ちいいよ、と教えてくれたのは奈々で、それから茉理たちのランチタイムは毎日屋上になっている。
今日は祥子も一緒で、奈々ははしゃいでいた。
小学6年生のとき、クラスが一緒で仲良しだったんだと、紹介しながら茉理に教えてくれた。
茉理も紹介されたが――当然、驚いた顔で名前を聞き返され、そのあとには笑われて、茉理はため息をつきながらお弁当をつっついた。
知り合いが出来るのは嬉しいが、毎回こうだから嫌になる。
祥子は奈々と同じく、明るくて優しそうな女の子だった。
ただ奈々がはつらつとして元気そうなのに比べ、少々おとなしめで女の子らしい雰囲気を持っている。
「そういえば、もう聞いた?」
祥子が声を低めてささやいた。
「E組の遠野君、もう生徒会からお声がかかったんですって」
「やっぱりね」
奈々はうなずく。
「生徒会?」
首をかしげる茉理に、祥子が説明してくれた。
「ほら、ここの生徒会。名門魔族クリスティ家の方たちがされてるでしょ。遠野君はクリスティの一族だから、すぐにお呼びがかかるのよ」
「は?」
茉理の箸が一瞬止まった。
(今、何て言ったの? 魔族? クリスティ?)
「ごめん。さっぱりわからない」
困った顔の茉理に、奈々は笑った。
「まだ入ったばかりだから、戸惑うのも無理ないわよね。そのうち慣れるって」
「そうよ。だって最近来たってことは、ようやく自分が魔族の子孫だったってことに気付いたんでしょ。この学校、先祖が魔族しか受け付けないものね」
祥子の優しい声に、茉理はガタッと箸を落とした。
「何それっ、魔族って何のこと?」
「知らないの?」
二人は目をまん丸にして、茉理にせまる。
「知らないっ、そもそも何の冗談? 魔族なんてお話とかマンガに出てくる架空の存在で、ほんとの世界にいるわけないじゃん」
茉理の叫びがショックだったらしい。
二人は顔を見合わせ、どうしてよいかわからない、という表情を浮かべた。
「祥子、どうする?」
「先生に話した方がいいわね。知らないってのはいけないわ」
「まさか本当に魔族じゃない、普通の人だったりして」
「学校の方針、変えたのかしらね」
憂い顔の二人を見ながら、茉理は完全にパニックに陥っていた。
(何なの、この学校……)
悪い冗談かと思ったが、どうにも二人は真剣そのものだ。
先生に話す話さないでもめてるし。
(わたし――もしかして、とんでもないとこに来ちゃったのかな。助けて、お兄ちゃん)
心の中であこがれの人にS・O・Sを叫びながら、茉理のランチ・タイムは過ぎていった。
放課後。
結局、しばらく様子をみようということで一致した奈々と祥子は、茉理を図書室に連れてきた。
「じゃ、簡単に説明するね」
奈々がこほん、と咳払いをしながら言った。
「えーと、茉理は、『魔女狩り』って知ってるよね」
「西洋の昔の歴史に出てくるあれ? なんとなく聞いたことあるけど」
首をひねりながら茉理は答える。
何しろ世界史なんて習ったことないし、よく見るアニメや小説の中で題材に取り上げられてることしか知らないが。
「そう。昔、ヨーロッパで魔女狩りというのがあって、魔の力を持っている人たちがみんな迫害されたのよ」
「それでね、そのとき優秀な力を持った魔族たちは新しい土地に逃れたの。ある一族はアメリカに、ある一族はインドに、ある一族は――」
「まさか、日本?」
茉理の言葉に、祥子は大きくうなずいた。
「その一族がクリスティという人なの。一族で日本に来て、ここで日本人と一緒に暮らすことにしたのよ」
彼女は辞典を引っ張り出すと、茉理に見せた。
「ほら、この絵。この人が最初の一族の長――アルツール・クリスティよ」
茉理は、半信半疑ながら絵を覗き込んだ。
そこにはいかにも古そうな紙に描かれた老人が、鍵と書物を持って、しかめ面をしている。
「元々、人間の中に魔の力は存在するわ。でもその能力を開花させることが出来る者は限られているの」
「じゃ、人類全員が魔族ってこと!?」
「そういうことになるわね」
重々しく祥子はうなずいた。
「でもほとんどの人は、わずか3パーセントしか自分の能力を使うことが出来ないの。言い換えれば、3パーセントぐらいの能力で生きている人が普通の人間。でもこれが30パーセント以上になってくると、かなり高い魔力を使うことが出来るようになるわ。そう出来る人間を魔族というのよ。わかった?」
「わかったような、わからないような」
茉理は頭をかかえた。
悪い夢でも見ているようだ。
何よりこんなとこで真剣に自分に魔族とはなんたるかを説くクラスメイトと、真剣にその話を聞いている自分が一番怖い。
「この学校はね、クリスティの子孫、伊集院家が創設した学院で、魔族の子孫たちを正しく教育し、自分の力を高めて将来に役立てるようにする所なの。もちろん普通の学校と変わらないけどね、ほとんど」
「何言ってるの、奈々。わたしたち、普通の学校って行ったことないじゃない」
くすくす笑う祥子に、あ、そうか、と頭に手をやり、舌を出す奈々。
二人に囲まれ、茉理はどうしたものやら途方にくれるばかりだった。




