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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


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 純日本風の家屋は、なにやら物静かな感じがする。

 離れの座敷に通されて、直樹は漠然とそう感じた。

 目の前に座っている少年のせいかもしれないが――。

 卓を挟んで向かい側に、早川明人が座っていた。

 人目を引きそうな容姿を持ちながら、何故か彼にはおぼろげな所があった。

 軽く浮かべる笑みも、数分のちには泡のごとく消えてしまいそうな、そんな実体のない何かを持っている存在。

「せっかく先輩がおいで下さったのに、妹がいなくて恐縮です」

 大人びた口調で彼は少し頭を下げた。

「いや、気にしないでくれ。たいした用じゃないしね」

(むしろ好都合だな)

 直樹は眼鏡のフレームを指であげつつ、微笑んだ。

 そう、自分は早川響子ではなく、彼に興味があった。

 一度彼女のいないときに明人と会っておきたいと思っていたのだが、意外と早くその機会が来たことに自分でも内心驚いている。

「君も驚いただろう。響子さんがいきなりエントリーされて」

「そうですね。でも妹は僕と違って優秀です。帝様の良いお力になると思うのです」

 何の屈託もない笑顔で彼はそうつぶやく。

「いいのかい? 帝に響子さんを渡してしまって」

 冷めかけた茶を口にしつつ、さりげなく聞くと、明人は不思議そうな顔をした。

「響子にとってはいいことじゃないですか。帝様なら響子を大事にしてくださるでしょうし、兄貴としては嬉しい限りです」

「兄貴として、はね」

 直樹は湯のみを置くと、明人を真正面から見た。

「単刀直入に聞くけど、君は響子さんをどう思ってるんだい?」

「どうって……妹です。それだけですよ」

 少々挑むように目を光らせながら明人は答えた。

「気を悪くしたらすまないが、校内に嫌なうわさが飛び交っていてね。一応確認しておきたかったんだ」

「先輩もあんな変な醜聞を信じるのですか。僕が響子を兄としてではなく、一人の男として想っていると?」

「君は早川家の養子だそうじゃないか。世間から見たら養子ってのは、上に『婿』もつけられるからね」

 激しい反論を予測していた直樹だが、予想に反して明人は目を伏せただけだった。

「……僕は本当に響子とは何でもないんです。信じてください」

 消え入るような声が耳に届く。

 直樹はため息をつくと、微笑んで言った。

「君にその気持ちがないことはよくわかったよ。変なことを聞いて、こちらこそすまない」

「いいえ……」

 俯き、明人はしばらく顔をあげなかった。

 池の鯉が跳ねる音すら聞こえてくるほどの長く重い沈黙が続く。

(こんなことだけで終わるわけにはいかないな)

 せっかくの機会だ。

 あのことを確かめねば。

 直樹は心を決めると、沈黙を破った。

「そういえば君は幼い頃の記憶がないそうだね」

「はい」

 明人は顔をあげ、うなずく。

「ここに引き取られてくる以前の記憶が僕にはありません。母が再婚した当時は覚えていたはずなのに、いつの間にか少しずつ記憶が薄くなって消えてしまったんです」

「そうか」

「でも別に日常に支障はないし、大体のことは母から聞いています。住んでいたところとか通っていた小学校のこととか」

「思い出したくはないかい?」

 直樹の問いに、明人は目を瞬かせた。

「思い出せるんですか。母とあちこち病院やカウンセリングを回ったんですが、何の変化もありませんでした。もうむずかしいんじゃないかと思っていたんです」

「そうか。いや、それならむずかしいだろうな」

 直樹は自嘲気味につぶやくと、すっと右手を彼の顔の前にかざした。

「失礼」

 そう言うと、口の中で呪文をつぶやく。

「――早世の時より生命を育みし水の力よ、彼の内に流れし水流よ、我に内実を明かせ!」

 カッとかざした手のひらから光が発し、明人の瞳が虚ろになった。

 手のひらから魔力を放出し、直樹は彼の額に幾筋も流れる毛細血管の流れに己の意識を乗せる。

 脳に達するまで一瞬の間だった。

 記憶を担当する部分を探り出し、中を透視する。

(ふん……やはりな)

 直樹は自分の脳裏にイメージとして送り込まれる、明人の記憶の状態を感知して思った。

(過去の記憶はほとんどすべて抹消されている。何を目的にしたのか――過去の魔族であることに対するショックを消そうとしたのか、それとも)

 考えながら奥へ意識を潜らせると、ある部分にたどり着いた。

(これは……なんだ? ここだけ記憶が封印されている)

 ほとんどの記憶は消されているのに、そこだけは堅く閉じられていて進入出来ない。

(大事な記憶――おそらく自分がどうしても忘れたくないことを、ここに封じて保護したのだろう。魔力による消去攻撃から守るために……)

 直樹は更に魔力を注ぎ込み、その閉じられた空間に侵入しようと試みた。

(くっ……なかなか頑固だな。だが――)

 クリスティ一族の血と魔力を色濃く受け継ぐ彼には、さすがに封印もたじろいた。

 少しだけだが隙間が出来、直樹はそこからわずかな記憶の断片を見る。

 少女が笑っていた。

 笑って手を差し伸べている。

 少し待つと、別な表情になった。

 彼女が走っていた。

 ずっと走って、追いかけてくる。

『待ってるから!』

 少女は思いっきり叫んだ。

『わたし、待ってるからね、お兄ちゃんのこと!』

 泣きながら必死に手を振る少女の顔は、直樹が知っている者とよく似ていた。

(そうか、君にも大切な存在だったのか――彼女は)

 直樹はふっと息を吐くと、手のひらを戻した。

 まだ瞳に力のない明人の顔面で、パンッと両手を一回打つ。

「あ……先輩? 僕は一体……」

 頭を振ると、明人は正気に返った。

「すみません、突然ぼーっとしてしまって」

「いいや、いいんだよ。きっと暑さにでもやられたんだろう」

 今は春なのに突っ込みたくなるような一言を残し、直樹は立ち上がった。

「今日はこれで失礼するよ。響子さんによろしく」

 縁側に出て玄関に向かう彼に、明人はあわててついていく。

 玄関まで見送りにきてくれた彼に、直樹は言った。

「じゃ、また明日。今日は早く休んだ方がいいぞ。宿題は早めにしておけよ」

「はあ……あ、先輩、お気をつけて」

 軽く返礼をすると、直樹は早川家を出て行った。




(早川 響子か)

 自宅へと帰宅する車の中で、直樹は軽く目を閉じた。

 彼女と初めて会ったのは、一体何時のことだったろう。

 どこか冷たい微笑を浮かべ――とても無邪気な小学生とは思えない大人びた笑みだった――彼女は自分に声をかけてきた。

「森崎直樹様ですか」

 その瞳に激しい炎が揺らめいているのを、子どもながら直樹は感じた。

 同じ年頃の子どもたちとは、どこか彼女は違っていた。

 魔術の天才少女として早くから響子が大人の世界を垣間見て過ごしていることを知っていたから、彼女のそんな雰囲気に特別驚くこともなかった。

 自分も同じく大人たちの狭間に揺られて生きている存在だったからか、他の者たちより親近感が沸いたのは事実である。

 そのせいか他の誰にも話したことのない内容まで、彼女と共有してしまった。

(その結果が生み出したのが、早川明人――)

 辛そうに直樹は眼鏡をはずし、眉間を指で押さえる。

 どこか儚く、おぼろげな彼。

 生命力が大幅に欠けてしまい、元来活発だったであろう性格はすっかり歪んで失われてしまっている。

(あいつをあんな風にするとは、あの女は正気ではないな)

 自分は幼い頃から魔術より魔法薬・補助魔具のたぐいに興味があった。

 直接行う魔法よりそういう小道具類を研究し、自分オリジナルの作品を作ることに熱中した。

 プラモやロボットに同年代の子どもが真剣になるように、彼は様々な薬や魔具を作り上げ、それを見て驚く大人たちの視線がたまらなく嬉しかった。

 あの少女もそうなのだと――そういうことに興味があり、楽しくて面白いから自分と一緒に魔法薬の情報を集めたり、いろんな物を生み出す喜びを感じるために自分の側にいるのだと思っていた。

(でも違ったな。俺はただあいつの目的遂行の為、必要な知識を得るためだけの存在に過ぎなかった)

 彼から目的の情報を得ると同時に、彼女は少しずつ遠ざかっていった。

 直樹との交流はもう続けても意味のないことになってしまったから――。

(幼くても、女は恐ろしいな)

 直樹は苦笑する。

(嫉妬と独占欲――得にまだ良心の発達していない時期の子どものは手に負えない。どんなことでも目的のためには厭わない)

 彼女はあの時、大人びた小説を愛読書だと言っていた。

 それは周囲の大人から一目置かれていた自分でも、まだ読んだことのない小説だった。

 直樹はまた眼鏡をかけると、夕暮れに染まる外を見る。

(……嵐が丘、か)





 茉理は自室で、机に向かってため息をついた。

 目の前には英語のノート。明日までに単語を30回ずつ書いて覚えないといけない。

 だがノートはまだ空白のまま。昼休みの出来事を思うとなかなかシャーペンが動かなかった。

(あれから雅人先輩、大丈夫だったかなあ)

 彼女の脳裏に去り際の直樹の姿が思い浮かぶ。

 意味深い笑みを浮かべて男子トイレの個室に入り、そのまま便器に指でつまんだ黒い物体(黒こげのかえる)をポチャンと落とし、冷静な顔でその指を横のレバーに持っていって……。

(うわああああーっ、直樹先輩、それは駄目ーっ)

 非常に嫌な想像をしてしまい、茉理は机に頭を抱えてつっぷした。

「そ、それはない……絶対にないよ……たぶん」

 何考えてるかわからない分厚い眼鏡男。

 茉理の頭の中で、森崎直樹に対する評価が確定した。




『直樹先輩……今、どうしてるかな』

 机に向かい、数学の宿題を広げながら斎は思った。

 いつも直樹の思考は、最初は意味不明。

 彼は自分の意思を最初から表すことはしないからだ。

 すべてが終わったその結果、やっと彼が何をしたかったのかがわかる。

『今回の件も何かがある。あの先輩はいつもそうだ。無駄なことは一切しない主義だし』

 距離を置いてきたとはいえ、幼い頃からの付き合いだ。

『後野さん、大丈夫かな』

 こないだまで普通の女の子だった彼女が、自分たちの非現実的な行動についていけるのか。

『悪い人じゃないんだけど、直樹先輩は僕たちクリスティ一族以外の者をどこか冷めた感情でみるからなあ』

 帝やクリスティ一族のためならば誰が傷つこうと関係ない。利用出来るものは利用し、いらなくなったら切り捨てる。

 帝とはまた違う、彼を支えるための教育を徹底的に叩き込まれた人。

 帝が『頂点』に立つことを望まれたと同時に、彼は『参謀』となることを要求された。

 頂点に立つ者を究極に支えることの出来る存在として。

『帝先輩やクリスティに、何か利益をもたらす行為なんだろうけど』

 そのためにあの少女は、もしかして傷つくかもしれない。

『僕はそういう風になれないから――後野さんが苦しむのは見たくないな』

 それが一族を不利に導くことになるかもしれないけど。

 斎は重苦しいため息を漏らすと、考えをやめて勉強に集中する。

 最後の一問を解き終わると同時に、斎の脳裏に声が響いた。

『斎、今大丈夫か』

『英司先輩?』

 教科書をしまう手を止め、斎は窓の外を見る。

 すぐ下で英司が手を振っていた。

『もし良かったら、降りてこいよ』

『いいですけど』

 斎は浮遊の呪文を唱え、窓からふわっと飛び降りる。

『突然ごめん』

『いいえ、でもどうしたんです?』

 目を丸くする斎に、英司はへへっと笑った。

『ちょっと眠れなくてさ。なあ、良かったら散歩しないか』

『はあ』

 戸惑いながら斎はうなずいた。

『じゃ、行くぞ』

 英司は体を浮遊させる。

 斎も目を閉じ、本格的な浮遊魔法の呪文を唱えた。

 暗い淀んだ夜空に体を浮かせると、英司はゆっくり進んでいく。

『本当に散歩ですか』

『うん、本当に散歩さ。せっかくだからXXビルの屋上に行こうぜ。夜景が綺麗だぞ』

『はい』

 二人はのんびりと風に吹かれながら、目的のビルまで眼下の景色を楽しんだ。




『なあ……斎』

『はい』

 20階建てのビルの屋上。二人は手すりに腰掛けて足をぶらつかせていた。

『最近、何かが変だよな』

『そうですね』

『俺さ、よくわかんないけど、何かが始まるような気がしてんだ。おかしいだろ? 何にも変わっちゃいないのに』

『僕もそう思います』

 斎の同意に、英司は笑みをみせた。

『なんだ、俺だけじゃないのか』

『彼女が関わっている――僕はそんな気がするんです』

 感ですけど、とつぶやく斎を、英司は真剣な目で見た。

『お前もそう思うか。実は俺もだ』

 頭上に轟音が響いた。どこかのテレビ局のヘリコプターが、夜空を通り過ぎていく。

 音が収まるのを待って、英司は口を開いた。

『彼女、なんなんだろうか』

『……』

『突然、転入してきた魔力のかけらもない少女。本来うちの学校では入学を許可されない存在なのに』

『そうですね』

『でも彼女は、何故か通学を許可された――そしてあの力』

『先輩も、あのとき感じたんですね』

『ああ、お前と手をつないだとき、はっきりとな。一瞬だったが嫌な感じじゃなかった。あれは何だったんだろう』

『魔力ではないんですね』

『違うと思う。密かに魔力測定器を直樹先輩が仕掛けて調べたそうだが、彼女からは魔力は測定されなかった。封印されてるわけでもないらしい』

 斎は考え込む。

 魔力ではない未知の力など聞いたこともなかった。

 真剣な顔をする彼を見て、英司はわざと明るい声を出す。

『ま、今考えてもわからないものはしょうがないさ。そのうち直樹先輩辺りがつきとめるだろうよ』

『そうですね』

 英司は伸びをすると、また笑顔で言った。

『お前と話せて、すっきりしたぜ。一人じゃどうももやもやしちまって』

『僕もです』

『じゃ、また散歩しような』

 英司は片目をつぶり、また体を浮遊させた。

『遅くなると心配するだろ、お前んち』

 戻るぞ、と言われ、斎も体を浮遊させて二人は家路に向かっていった。






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