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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編1)  作者: 月森琴美


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20/56

19

 久しぶりに雨の音を聞いた気がする。

 茉理はベッドに身を起こし、ぼーっとした頭でそう思った。

 朝だというのに辺りは薄暗く、じめじめした空気が部屋の中にただよう。

(起きなきゃ。遅刻しちゃう)

 のろのろと体を起こし、ベッドから出た。

 顔は腫れて目は充血している。見るに耐えない顔だ。

 あれからどうやって家に戻ったのか、自分でもよく覚えていなかった。

 ずっとあの場に座り込み、彼が消えてしまった場所を見つめ続けた。

(どうしよう……遠野君)

 自分のせいで、彼が永久に消えてしまったとしたら――。

 遠野斎はその存在自体を消す呪いを、生まれる前からかけられている。

 歳を重ねるごとに成長した彼の魔力によって、やっと自身の体型をあそこまで維持していたというのに、その力すら失ってしまったのだ。

 歩き出す力が出たのは、背後に何かの気配を感じたせい。

 洋館の扉がギイイッと音を立てて開いた瞬間、茉理は咄嗟に体育館の方に駆けていった。

 体育館の影から覗くと、特館から生徒会の面々が出てくるところだ。

 4人は何事もなかったかのように、道を通って校門に向かっていく。

 その中に伊集院帝の姿を認め、茉理は体中が燃え上がりそうになった。

(あんたね。あんな危険な怪物をわたしたちに嗾けたのは!)

 斎が言っていたではないか。

 生徒会長の魔獣は強いね、と――。

 本家の帝が斎にかけられた呪いを知らないはずはない。

 彼が消えてしまうと知ってて、あんなことをしたんだとしたら。

(許せない……許せないわ、伊集院帝!)

 茉理は瞼を熱く濡らし、こぶしを握り締めた。

(わたしはあなたを許さない。このまま遠野君が消滅してしまったら、ただではすまさないからね)

 彼女なんて死んでもごめんだ。

 茉理の心は、改めてそう強く決意した。




 沈んだ心のままで、茉理は鞄を手に家を出た。

 お気に入りの水色の傘が、彼女の姿を隠してくれる。

 とぼとぼと駅まで歩き、定期券を出して改札に入る。

 ホームにいつもと変わらぬ電車が入ってきて、何も考えず機械的に乗り込んだ。

 胸が痛い。

(遠野君……)

 今日、きっと彼は登校出来ないでいるだろう。

 いや、来ていたとしても、出席簿につけてもらえるはずがない。

 誰にも彼の姿は見えなくなってしまったのだ。

 鞄が置いてあるだけでは、誰が出席してると認めるだろうか。

(わたしのせいだ。ああっ、どうしてこんなことに)

 考えてもどうすることも出来ない。

 相談相手もいないし――下手に相談したらあの生徒会長の耳に入って、大事になりそうだ。

(わたし、何にも出来ないね。ごめん、遠野君)

 人ごみに押されて駅で降りながら、茉理は悔しげに唇を噛み締めた。

(本当にごめんなさい)




 朝の生徒会室で、帝は黙って窓の外を見つめていた。

 校舎に続く道は、登校した生徒たちであふれている。

 その中に後野茉理の姿を捉え、彼の目が鋭くなった。

「帝、どうしたの? むずかしい顔して」

 帝の視線の先を見て、雅人は口元をゆがめた。

(ふうーん、とっても気になるみたいだね)

 生徒会室には二人きり。

 白薔薇の高貴な香りを吸い込みながら、彼も目を閉じる。

「調べてきてあげようか。君の気になってることを」

「何?」

 帝は振り向くと、怪訝そうな顔をした。

「俺が何を気にしてるというんだ」

「ふふっ、隠さなくてもいいよ、帝。君の心は今、あの少女でいっぱいだ」

 にこやかに微笑むと、雅人は薔薇を彼に投げつける。

「僕も少し興味があるんでね。この件は放課後報告してあげるよ」

 じゃ、待っててね、と片手をあげ、雅人は生徒会室を出て行った。

 薔薇をキャッチした帝は、ぐしゃっと握りつぶす。

 鋭い棘が指先を傷つけたが、そんな痛みもおかまいなしに彼は薔薇を握りつぶした。

(いつもいつも雅人の奴――俺のすべてを見透かしやがって)

 面白くない。だが彼ほど自分を理解してくれる存在もない。

 複雑な思いを抱えながら、また窓の外に帝は目をやった。



 一時間目は英語だった。

 こないだ斎に貸した辞書を使いながら、茉理は更に心重くなる。

(遠野君……)

 彼は今日、登校していなかった。

 やっぱり体の消耗が激しいのだろう。

 教室に行ってみたけど鞄すらない。

 ため息をつきながら茉理は教科書に向かった。

 その時。

『はあーい、レディ。ご機嫌いかがかな』

「!?」

 茉理は突然頭の中に響いた声に驚き、椅子からずり落ちてしまった。

「どうした、後野」

 英語の教師が目を瞬かせ、茉理を見る。

「あ……すみません。ちょっとつまづいて」

 あわてて立ち上がり、椅子に座りなおす。

(今の声――遠野君じゃないよね)

 嫌な予感が頭をよぎる。

 聞き覚えのあるこの口調はまさか――。

『ピンポーン、正解。僕だよ、伊集院雅人』

 ボキッ。

 持ってたシャーペンの芯が、その瞬間折れた。

『あ、あの……本当に副会長なんですか』

 恐る恐る言葉を念じてみると、何故かふうっとため息の気配を感じた。

『つれないねえ、レディ。もう、この僕を忘れてしまったのかい』

『ていうか、わたしに何の用ですか。今、授業中なのに』

 いい迷惑です、と念じようとしたとき、雅人の声が割って入る。

『ああ、ごめん。そうだったね』

『そうだったって先輩も授業じゃないんですか』

『じ・しゅ・うだってさあ。退屈だから君に熱いエールを送ろうかなって』

『けっこうです』

『おや、本当に僕を捨てる気かい。ああっ、なんてことだ。全校生徒に麗しきプリンスと仰がれ、人気ナンバー1のこの容姿もレディの心を振り向かせることが出来ないなんて』

 返事を返すのも馬鹿馬鹿しくなって、茉理は頭をからっぽにして何も考えないよう努めた。

『ふふっ、ささやかな抵抗かい? そういうのも悪くないね』

 可愛いなあ、とくすくす笑う声までして、茉理はこぶしを握り締めた。

 からかわれるのは我慢できない。

 茉理の心が伝わったのか、雅人の口調が少し変わった。

『ごめんごめん、どうやら本気で怒らせちゃったみたいだね』

『……』

『ねえ、レディ。実は君と二人で話がしたいんだ。昼休み、こないだ会った屋上まで来てくれないか』

『お断りします』

 茉理は煮えたぎる怒りを言葉に込めた。

『わたしには先輩とお話することなんてありません』

 もう嫌、と心は悲鳴をあげる。

『わたしにかまわないでください』

 強く叫ぶように言葉を念じると、そのまま声は聞こえなくなった。

「どうした、後野」

 肩を震わせ、悔し涙を流す茉理に気付いて教師が寄ってくる。

「……大丈夫、です。何でもありません」

「気分が悪いなら、保健室に行け」

「いえ、心配しないでください。ほんとに何でもないですから」

 俯き、教科書に顔をうずめて茉理はつぶやいた。

 首をかしげながら、教師は教壇に戻っていく。

 その足音を聞きながら、茉理は嗚咽を漏らさないよう唇を結んで堪えた。



 昼休みになった。

「奈々、お昼食べよう」

 茉理に声をかけられ、奈々が嬉しそうに寄ってきた。

 どこにも行かず、教室で弁当を広げる。

 横であーだこーだと楽しげにしゃべる奈々に適当に相槌を打ちながら、茉理はおにぎりをほおばった。

(誰が行ってやるもんですか)

 どうせ自分をからかってわけのわからないセリフを聞かされ、嫌なことを言われるのだろう。

(イベントのこととか――ああ、嫌よもう。どうしてわたしがそんなのに付き合わなきゃいけないの)

 いつも一人でお昼を食べていたのだが、今日は横に誰かいてくれた方がいい。

 一人でいたら、またちょっかいを出されかねない。

 腹立たしさから勢いよく弁当を平らげる彼女のスピードに、奈々は目を丸くした。

「ちょっと茉理。よっぽどお腹すいてたの?」

「え、う、うん……」

「すごい食べっぷりね。これ、あげようか」

 おかずのエビフライを寄付してくれ、奈々に茉理は笑顔を向けた。

「ありがとう」

 エビフライをバリバリ尻尾ごとかじる。

 あっという間に食べ終わり、お茶を飲んでいると――。


<連絡します。1年A組 後野茉理さん、至急放送室まで来てください。繰り返し連絡します――>



「あ、茉理。あんた、呼ばれたわよ」

(その手で来たわね)

 奈々の早く行ったら? と間延びした声に、茉理は立ち上がった。

 読みかけの小説をポケットに入れる。

(誰が素直に放送室になんて行くもんですか)

 どうせ行ったら、そこにあの伊集院雅人が待ち構えているのだろう。

 彼女は教室を出ると、真っ直ぐトイレに入った。

 個室を一つ占領すると、便座のふたを閉めて座り込み、小説を開く。

(ここまで来れるもんなら来なさいってのよ。女子トイレまで踏み込んでくるがいいわ)

 顔を膨らませながら、彼女は昼休みをそこで過ごした。




「作戦第ニ弾も、失敗か」

 ふう、と雅人はため息をついた。

「どうしようかな、ね、直樹君」

「俺に聞くな」

 迷惑げな顔をし、直樹はPCを打つ手を休めない。

「あの子もなかなかやるね。色仕掛けも甘いセリフも効かないなんて。さすが僕がエントリーしただけのことはある」

「満足ならばそれでよかろう。何でまた首を突っ込む」

 直樹は眼鏡を上げながら、ちらりと雅人を見た。

 二人がいるのは特館の理科室。

 五時間目はニ組合同で、科学の実験なのだ。

 本当ならグループごとにビーカーとアルコールランプを持ち、試験管の液体を分析しないといけないのだが、担当教師は別のグループ(うわさではそこにいる女生徒に気があるとかなんとかで、教師としてあるまじき態度であった)につききりで、こちらに視線を向けることもしない。

 とっくに実験結果を出してしまった直樹は時間を無駄にしないためにも、PCを開けてデータ収集に励んでおり、雅人はそんな彼の横の席を拝借してぐちと弱音を吐いていた。

「大体あの手のタイプは真剣な態度と言葉にのみ反応するだろう。お前が端から持ち合わせていない能力だ」

「そうなんだよね。もうこれぐらい徹底的に嫌われたら、僕じゃあ駄目だよね」

 上目遣いに見詰められ、直樹はきっぱり言い切った。

「言っとくが俺に期待をされても困る。俺にも彼女は何も言わないだろう。いわゆる警戒されるタイプだからな」

「じゃあどうする? 放課後までに結果を出さないと、帝に締め上げられちゃうよ」

 まさか彼女に無視されてしまいました、とも言えないし――雅人はどっぷり落ち込みながらつぶやいた。

「俺なら、あいつに頼むが」

「あいつ?」

「お前、うちの生徒会メンバーが帝とお前、そして俺だけなんて思ってないだろうな」

 あきれた口調に雅人は、あ、そうか、と微笑んだ。

「そうそう、もう一人いたね。可愛い坊やが」

「お前はあいつをお子様扱いしすぎる。あいつだって実力のある俺たちの一員だ」

「そうなんだけど帝と同じで、ついついかまいたくなるタイプなんだよね」

「いつかお前のその態度、あいつらの逆鱗に触れて寝首をかかれるぞ」

「それって脅し? それとも嫌味?」

「友と言うにはあまりにも態度が悪いお前に、最良の忠告をしてやってるんだ。ありがたく思え」

「はいはい」

 感謝するよ、と雅人が微笑んだそのとき、授業終了のチャイムが鳴った。




 授業がすべて終了しても、雨は降り止まなかった。

「バイバイ、茉理」

 奈々は手を振って部活へと向かう。

 その足取りが軽いのは、この雨のおかげだろう。

 雨が降ると外でのランニングは中止になるのだから。

(さてと、わたしも帰ろう)

 鞄に教科書をしまい、茉理は立ち上がる。

 一刻も早く家に着きたかった。

 この学校にいたら何されるかわかったものじゃない。

 昇降口につき、傘たてから水色の傘を引っ張り出す。

 靴を換えようとしたそのとき。

「後野茉理さん」

 背後から声がかかって、茉理はびくっとした。

 靴を片手に振り返ると――。

(えーと、あの先輩、確か生徒会書記だっけ)

 柔らかそうなくせのある茶色の髪と瞳。

「山下英司。どうぞよろしく」

 すれ違う女性徒たちの視線が痛い。

「ちょっといいかな」

 英司はそう言うと、有無を言わさず茉理を引っ張っていった。



「あの……山下先輩?」

「ごめんね、突然」

 くせのありそうな生徒会メンバーの中で唯一まともそうに見える彼は、にこっと笑った。

「はあ」

「君にどうしても聞きたいことがあってね」

「聞きたいことですか」

 茉理は目を瞬かせる。

 二人がいるのは放送室。

 せまい空間に置かれた椅子に茉理を座らせると、その前に立ち、英司は真剣な目になった。

「答えたくなかったらそれでもいいよ。でも教えて欲しい。君は最近、遠野斎と親しいそうだね」

 心が警戒警報を鳴らす。茉理はじっと英司をにらんだ。

「それが何か」

「単刀直入に聞くけど、彼とはどうやって知り合ったんだい?」

「どうやってって……」

 茉理は小首をかしげた。

「彼はね、小学校――いや、それ以前から知っている僕たちには、まったく心を開かなかった。というかその存在自体を感知できなったんだ。あ、って君、斎のこと、どこまで知ってる?」

「呪いのことですか」

 英司はうなずいた。

「斎から聞いたのかい?」

「いいえ、遠野君は何も――ただ、クラスメイトのうわさで」

「そう」

 ふっと英司は上を見上げた。

「彼のお母さんがある魔術師の怒りをかってしまい、お腹にいる大切な赤ん坊に呪いがかけられたんだ。その存在自体を誰の目からも消去する呪い――おかげで彼は生まれたときから透明人間さながらさ。でも見えないからといって存在してないわけじゃない。彼の体には布がかけられ、かろうじて体型を見せてきた」

「そうだったんですか」

「でも彼は、魔族の中でも高い魔力を誇るクリスティの血を引いている。成長と共に彼の魔力は増大し、その魔術師がかけた呪いには対抗出来るぐらいになった。自分の魔力で呪いを弱め、徐々に体を見えるようにしていったんだ。そして完全ではないが、日常生活に支障のないぐらいに戻ってきた」

 英司はため息をついた。

「でも声はまだ出せず、会話や交信することは不可能だった。――俺たちはずっとそう思ってきた」

 じっと茉理と目をあわせ、英司は真剣な口調で問いただす。

「君はどうやって彼と会話をしたんだい? 俺たちがいくら呼びかけても――思念を送っても、彼の反応はなかった。だからまだそんなことは不可能なんだと俺たちは思っていたんだよ。かろうじて筆談が出来るぐらいさ。でも声を聞くことは出来なかった」

「そんな」

 驚く茉理の顔を見て、英司は、やっぱりと思う。

「彼は君とはきちんと会話するんだね。じゃ、やっぱり俺たちのことは意図的に避けていたということか」

「それって遠野君が、先輩たちをわざと無視してたってことですか」

「そういうことになるんだろうね。あーあ」

 がっかりした様子で、英司は両手を頭の後ろで組んだ。

「別に彼が誰と話そうと、それは彼の勝手さ。でもやっぱりショックだなあ。俺たちって嫌われてたのかあ」

「あの、まだそうと決まったわけじゃ」

 茉理はあわてて言った。

「何か理由があるんじゃないですか。まだ嫌われてるなんて決めつけなくても」

「そうかなあ。でもやっぱりそう考えるしかないんじゃないか」

(でも遠野君が理由もなく、誰かを嫌いになるとは思えないけど)

 茉理は目を閉じ、彼のことを思い浮かべた。

 ついこの間まで、まったく赤の他人だった自分に関心を示した彼。

 彼女の先祖を一緒に調べてくれ、突然現れた魔獣と戦ってかばってくれた彼。

 そして今はどうなってしまったのか――。

 俯き、肩を震わせる茉理に英司は驚いた。

「お、おいっ、どうした。俺、何か変なこと言っちゃったかな」

「……違います、先輩のせいじゃ、ありませんから……」

 涙を堪え、茉理は顔をあげる。

「遠野君、消えちゃったんです、わたしのせいで」

「……」

「昨日、遠野君に辞書を貸したんです。それを返しに来てくれたとき、ちょっと魔族のこととか教えてくれて」

 英司は黙って、茉理の話を聞いた。

「わたしの先祖にも必ず魔族がいるだろうって言ってくれて、一緒に調べてくれることになって……それで」

「それで昨日、あの書庫に?」

「はい」

 茉理は両手で、両膝を握り締める。

「でも変な蛇みたいなのに襲われちゃって……わたしをかばって遠野君が戦ってくれて……蛇は消えたけど、遠野君は力を使い果たして、それで……」

 耐え切れず、茉理の目から熱いものが落ちた。

 スカートに頬を伝わって雫が落ちる。

(まいったなあ、どうしよう)

 英司は戸惑いながら彼女を見守った。

(俺、こういう女の子が泣くのとか駄目なんだよな。雅人先輩なら得意なんだろうけど)

 どうしてよいかわからず英司がおろおろしていると、茉理はぐいっと涙をブラウスの袖で拭き、顔をあげる。

「すみません、突然」

「い、いや……その、大丈夫?」

 心配そうな英司に、茉理は小さく微笑んだ。

「はい、本当に大丈夫ですから」

 そう言って彼女は立ち上がる。

「わたし、これで失礼します」

「あ、うん。気をつけて」

 軽く一礼すると、茉理は放送室を走り出て行った。




「あーあ、もったいない」

 笑いを含んだ声に、英司はゆっくりと振り返る。

「先輩、いつからそこに?」

 放送室のドアにもたれて雅人が立っているのを見て、英司は顔をしかめた。

(どうせ立ち聞きしてたんだろうよ、この人は)

「英司君、君はレディの扱いがなってないね。ああいう時には男らしくレディを慰めるものだよ」

「もう、どうしろって言うんですか」

 ぶすっとした英司に雅人は近寄ると、顎に指をかけ上向かせる。

「泣かないで、レディ。君に悲しい顔は似合わない。さあ、涙をふいて僕に笑顔をみせてくれたまえ――って、何、赤くなってんのかな、英司君」

「も、も、もういいですっ、実地練習はいりません」

 整った顔で迫られ、さすがの英司も真っ赤になって色気ある先輩を突き飛ばした。

 くすくす笑うと、雅人は英司の頭に手を置き、くしゃっと髪をかき回す。

「本当に君は楽しいね、英司君。でも今回はよくやってくれたから、このくらいにしておこう」

 薔薇の花を弄びながら雅人は微笑んだ。

「サンキュー。英司君」

 英司はふっと息を漏らす。

 なんであれ、重大な任務をまかされて果たすことが出来た気分は悪くなかった。

「確かめたいことは確認できたし、生徒会室に戻ろうか」

「そうですね」

 英司はうなずくと、あ、と小さく声をあげた。

「どうしたの、英司君」

「いや、何でもないんですけど――」

 そう言いながら、彼は肩をすくめて放送室を出る。

(彼女に、斎は大丈夫だって言っとけばよかったな。ま、いいか)

 彼の状態は、すでに帝が遠野家に連絡を入れ確認済みだ。

 どうせ明後日になれば、魔力が戻って登校してくるだろう。

(登校してきたら、斎も彼女に連絡するだろうしね)

 わざわざ追いかけてって伝えることでもないか。

 英司はそう思い直すと、先を行く雅人の背中について特館に向かった。



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