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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


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「本日は天候にも恵まれ、春の良き日に――」

 新学期を祝す学園長の祝辞が、体育館で延々と続いていた。

 一応皆まじめな顔をしているものの、まともに聞いてるのは1割もいないだろう。

「あーあ、やっと終わった」

「これで帰れるぜ」

 入学式が終わり、生徒たちはぞろぞろ教室に向かう。

 長い髪を三つあみにした少女は、きょろきょろしながら辺りを見回していた。

「ねえ、あなた、新入生でしょ」

 後ろからかけられた声に、彼女は振り向く。

 どこかで見たことある女の子が、にこにこ近寄ってきた。

「迷ったの? 私たちの教室はこっちよ」

 手を握ると、彼女はぐいぐい人ごみを掻き分けて少女を引っ張っていく。

「あ、あの……」

「いいからいいから。早く行かないと、先生に怒られるって」

 手を引かれながら、少女は思い出した。

(えーと……’あ、そうだ、同じクラスの子だっけ)

 さっき体育館で、自分の前に立っていた子だ。

 彼女を振り返り、女の子はにこっとした。

川本奈々(かわもとなな)よ。よろしく」

 明るく微笑む奈々に、少女も嬉しくなった。

「あなたの名前は?」

(うっ、来たわね)

 内心ひるみながら、少女は心の中でうめいた。

 あんまり言いたくないのだが、いつまでも隠せるわけがない。

(どうせクラスで出席取ったら、一発で覚えられるしね)

 彼女は腹を決めると答えた。

「あのさ、あんまり笑わないでよ――って、無理だけど。後野(あとの)……」

「え?」

後野(あとの)……茉理(まつり)……」

「は? 後のまつり? 何言ってるの」

 奈々は、あきれた顔で茉理をねめつけた。

「もう、行くわよ。早くしないと先生来ちゃう」

 通じないことにため息をつきつつ、茉理は奈々に手を引かれて教室に向かった。




 初めてのホームルームが終わり、下校になった。

「まさか、それが名前だったとはね」

 奈々はくすくす笑いながら、茉理の机に寄ってくる。

「もう、そんなにうけないでよ」

 ぶつぶつ言いながら茉理はため息をつき、かばんを持った。

「だあってさあ、いくらなんでもすごすぎ。一体誰がつけてくれたの?」

 一緒に並んで歩きながら笑いが止まらない奈々に、茉理はふくれて答える。

「おばあちゃん。もう半分ボケちゃってるんだけどね」

 自分でも嫌でどうしようもないのだが、親がそれで市役所に登録しちゃったんだから開き直るしかない。

「大人になったら、絶対改名してやるわ」

 こぶしを握り、決意を固める茉理に、奈々は言った。

「でも茉理って名前、けっこう可愛いんだけどね。苗字と合わせると……ぷぷっ」

 思い出したのか、彼女は口に手を当てて笑いをこらえる。

「さっきの町田(まちだ)先生の顔ったら、すごかったしね」

「……」

 茉理の担任、町田先生が名前を呼ぶとき、なんとも言えない顔をしたのが彼女の脳裏にも浮かんできた。

『えーと、女子の出席番号1番、後野……? うん? これ、なんて読むんだ。あとの? いや、一番だから、あ、だよな……』

 散々迷ったあげく、困った顔でつぶやいたのだ。---あとのまつり、と。

(あーっ、あの瞬間、穴があったら――いや、なかったとしても、自分で掘って埋まりたい心境だったよーっ)

 茉理は心の中で頭をかかえた。

 いつも新学期には恒例のこととはいえ、すごくすごく傷つくのだ。

 そこで、『はい』と返事をしなければならない自分が嫌でたまらない。

(おばあちゃーんっ、一生憾んでやるっ)

 茉理は肩を落とすと、奈々と一緒に階段を降りていった。




 昇降口まで後一歩のところで、茉理ははっと顔をあげた。

 今、横をすれ違った男子生徒の集団を振り向いて、穴の開くほど見つめる。

「どうしたの? 後野さん」

 奈々が不思議そうに、茉理の視線を追う。

「誰か知ってる人でもいたの?」

「え……ううん」

 茉理は首を横に振ると、また前を向いた。

 昇降口で靴を変えながら、唇をきゅっと引き結ぶ。

(あせらなくても大丈夫)

 上靴を靴箱に入れながら、自分に言い聞かせた。

 ここまで来たのだ。

 同じ学校に――同じ校舎の中にいる。

 あの人は逃げたりしない。

 必ず会える、絶対近いうちに。

「後野さん、行こう」

 明るくかけられた声に、茉理は笑顔で応じながら昇降口を出た。




 あこがれの学校第一日目は、こうして無事に終了した。

 夜、習慣になってる日記を書きながら、茉理はすっかり満足していた。

(ホームルームは嫌だったけど、でもやっぱり来てよかったな)

 うーんっと伸びをすると立ち上がり、窓の外を見る。

 小さなマンションの3階から、ちょっと落ち着いた町並みが見えた。

 都心から離れた郊外の町。

 でも商店街のネオンはきらきらしてるし、向こうの方ではまだ電車が走ってる。

 パジャマのまま窓を開けると、春先の風が冷たく頬を打った。

 でもそれが心地よい。

 茉理はくすっと笑った。

 彼女の転校は家族にとって理解不能、意外なものだった。

 本当はここじゃなくて別な町に住んでいた。

 父親の会社への通勤も便利だし、まわりに大型スーパーやら駅やらあってなんの不便もない。しいていえば緑がないぐらいのものだったのだ。

 それが茉理の『どうしてもクリスティ学園に入りたい!』の一言で、落ち着いた家庭に一大混乱が巻き起こる。

 地元の中学に素直に入学しない茉理に両親は散々説得を試み、ぼけてわけわからなくなってるはずのおばあちゃんまでが大反対した。

 でもなぜか彼女はあきらめきれず、とうとう勝手に学園に電話して入学試験のことを聞いてしまうに至り――両親はついに折れて、この町に引っ越してくれたのだ。

 電車通勤だった父が決心して車を買い、今ではけっこうご機嫌に毎朝運転していく。

 ラッシュから開放された喜びが大きいのだろう。

(お父さん、お母さん、おばあちゃん、ありがと。わたし、がんばるね)

 茉理は夜景を見下ろしながら、心の奥でつぶやいた。

 絶対に会う。

 お兄ちゃん――わたしの初恋の人に。

 茉理は勉強机の上にのった写真立てを、微笑んで引き寄せた。

 そこには幼い少年と少女が、満面の笑顔で写っている。

 それを胸に当て、茉理は目を閉じた。

(お兄ちゃん、わたし、とうとう来ちゃった。待ってられなくて――お兄ちゃんに会いに)

 初恋の人。

 小学校3年生まで隣に住んでた仲良しの水沢明人(みずさわあきと)

 親の再婚により、引っ越してしまって、もう会えなくなっていたけれど。

(絶対待ってるって約束したけど――でも、やっぱり会いたいんだもん)

 茉理は指先で写真に触れた。

「おやすみなさい、お兄ちゃん。絶対見つけるから待っててね」

 写真立てを机に戻すと窓を閉め、電気を消し、ベッドにもぐりこむ。

 薄暗い天井を見上げたときに、ふと今朝のことを思い出した。

(そういえばあの人もクリスティの制服だったな。生徒だったりして)

 今朝会った不思議な少年。

 綺麗な笑顔を思い出し、茉理は頬を赤らめた。

(何考えてんのよ、茉理。あんたは、お兄ちゃんひとすじでしょ)

 自分に叫びながら、茉理は布団を頭まですっぽりかぶる。

(今日はお兄ちゃんの夢が見られますように――)

 念じながら瞼を閉じると、本格的な眠気が襲ってきた。

 何しろ今日は5時起きだったし。

 数分後、静かに寝息を立てながら茉理は眠りの世界に旅立っていった。



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