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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


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18

(なんか体がだるいなあ)

 昼休み、茉理は屋上でぼーっと雲を見ていた。

 春を感じさせるにはもってこいのポカポカ陽気。空には白い雲が浮かんでいて、すっきりしない頭じゃなければ気分も最高なのだけれど。

『後野さん、今どこ?』

 ふいに頭に響いた声が、茉理を呼び起こす。

『う、うわっ、えーと遠野君?』

『辞書返そうと思ってるんだけど、教室にいないし。今、どこ?』

『屋上なんだけど……』

 茉理が答えを返した瞬間。

 シュッと横の空間が歪んだ。

「え、え、何?」

 驚くまもなく、すっと人影が現れて形を取る。

 思わずしりもちをついた茉理に、現れた人間――遠野斎はくすくす笑いながら片手を差し出した。

『ごめん、ごめん、驚かせちゃったみたいだね』

「驚くわよ、普通。あー、びっくりした」

 斎の手につかまって立ち上がり、スカートのほこりをはらう。

(まったく心臓に悪いんだから)

 ため息をついた茉理を、面白そうに斎は見た。

『君、そういえば今年転入してきたんだっけ。魔族名は?』

「あの、わたし、そういうのまだよくわかんないんだけど」

 戸惑う茉理に、斎はああとうなずいた。

『日本の戸籍上の名前じゃなくて、僕たち魔族はご先祖より受け継いできたファミリー・ネームがあるんだよ。僕はクリスティ。ご先祖はこの日本に最初に渡ってきた魔族で、アルツール・クリスティというんだ』

「あ、知ってる、その名前は」

 こないだ友達に説明されたことを言う。

『アルツールには5人の息子がいたんだ。僕は末の息子レイオスの子孫でね。レイオスは大地に属する魔法に長けていた。だからレイオスの血を受け継ぐ者は、たいてい土属性の魔法に向いている。――こういう風に、それぞれこの学校の生徒は、直系傍系であれ魔族のご先祖様とその家の名と魔力を持っているんだ。入学を許可されたんなら当然君のご先祖にも魔力を持った人がいたはずだし、君にも何らかの属性の魔力が備わっているはずさ』

「でもわたし、よくわからないのよね、それ」

 茉理は首をかしげた。

「ここに転校してきたのだってただ会いたい人がいたからだし、魔族の話なんてまるっきり知らなかった」

『そんな馬鹿な』

 斎は驚きのまなざしを彼女に投げる。

「だから今でも魔法なんて使えないし、ご先祖に魔族がいたなんてまったくわからない。普通の女の子だよ、わたし」

『そうかな。そうでもないけどね』

 斎は微笑んだ。

『君は気づいてないだけじゃないかな。確かに今はわからないかもしれないけど、少なくとも君に魔力が存在しないってことはないよ』

「えーっ、どうして?」

『僕とこうして思念会話が出来るじゃないか』

 斎はじっと茉理を見つめた。

『思念会話は、かなり高度な魔力を持ってないと送受信不可能なんだ。君には確実に魔力がある。まだ目覚めていないけどね』

「嘘……」

 茉理は思いもかけない事実に呆然とした。

(わたしに魔力が? そんなの信じられないよ)

『この学校にはいろんな資料があるし、良かったら一緒に調べてみないか。君のご先祖様のこと』

「……」

『君だって知りたいだろう?』

 茉理は戸惑いながらもうなずいた。



 体育館の横にある古びた洋館――特館は静まり返っていた。

 放課後で授業もないせいか、小さなお化け屋敷のように見える。

(ここって、いつ見ても不気味よね)

 建物を眺め、茉理は思った。

 裏手にまわると、こないだ斎と会った小さな庭園がある。

(遠野君、まだ来てないね)

 待ち合わせたベンチに腰掛け、彼女はまた空を仰いだ。

(わたしのご先祖様か)

 今までの人生で先祖のことなんて考えたこともなかった。

 学校が始まって一ヶ月と少し。

 これまで過ごしてきた日常とは、あまりにもかけはなれている世界。

 茉理はそこまで考えて、くすっと笑った。

(小学校のときの友達に、今わたしがどんな生活をしてるか言っても信じてはもらえないよね)

 親に話しても、きっと精神病院に連れていかれることだろう。

(この学校の生徒は、みんな魔族――ってことは、もしかしてお兄ちゃんも?)

 茉理ははっとした。

 急に転校してしまった初恋の人。

 それこそ夜逃げでもするかのように、突然横の家から人がいなくなった。

 朝、起きてみたら、いつも挨拶をかわす窓はぴったり閉まっていて、朝ごはんを食べるときに母親から聞かされたのだ。

 その母親も首をひねっていたから、余程急ぎの事情があったんだろう。

(魔族だってわかったからかな)

 明人の母親が突然再婚したのは、魔族がらみの問題が発生したからなのだろうか。

『お待たせ……どうしたの?』

 考え込んでいる茉理の前に斎が現れた。

「あ、ご、ごめん。なんでもないの」

 覗き込んでくる斎に、思わず顔が赤らむ。

 横に置いた鞄を持ち、あわてて立ち上がった。

「早く行こ」

 不思議そうに目を瞬かせながら斎はうなずいた。




 特館の中は、ひんやりしていた。

 授業のたびに生徒が行き来し、生徒会も使ってる建物のはずだが、なぜか誰も足を踏みいれたことのなさそうな怪しげな薄暗さをかもし出している。

「何か出そうね」

 本当に校舎なの? といぶかしむ茉理に斎は笑った。

『そうだね、僕もそう思う』

「遠野君は生徒会よね。ここ、よく来るんでしょ?」

『……』

 ふいに彼の思念が途切れ、複雑な顔をする。

 どこか遠くを見ているような瞳に、茉理は聞いちゃいけなかったかなと思った。

 なんて声をかけたら良いかわからなくなって、茉理は俯き加減に廊下を歩く。

(それにしても――)

 特館の扉からずっと長い廊下が奥に続いている。

 廊下だけで、左右に教室のドアが一つもない。

(変なの。この建物って横長なのに、どうしてこんなに奥まで廊下?)

 首をかしげる茉理に、斎の声が聞こえた。

『君は特館は初めてなんだね。ここはいわゆる魔法の空間さ』

「魔法?」

『この洋館はね、特殊な魔法――結界の力を込めて造られている。だから普通の建物とは違うんだ』

「結界って、あのマンガとかでモンスターや妖怪なんかを封じ込めちゃうあれ?」

『ま、簡単に言えばそうだね。あと防御って意味合いもあるかな』

「防御? ここって何かを守ってるの?」

『そう』

 斎は右手を上げて、前を指差した。

『ほら、ドアが見えたよ』

 茉理は奥の突き当たりに、古びた木の扉を見つけた。

 廊下は真っ直ぐこの扉に向かっており、他に出入り口はない。

「よいしょっと……って、あれ、開かないよ」

 茉理は取っ手を回して押してみたが、ぴくりともしない。

 引いてもみたが、どんなに力を入れても駄目だ。

『君は本当に初めてなんだね。この扉は鍵がないと開かないんだ』

 斎はポケットから古びた鍵を取り出した。

(そういえば鍵がいるって、生徒総会で言ってたっけ)

 茉理は思い出した。

 特殊教室を使うときは、日直が鍵を職員室に取りに行かないといけない。

『これは特別保管書庫の鍵。いい?』

 斎は鍵を鍵穴に差込み、回した。

 キイイーッときしむ金属の音がして、扉がすっと開く。

 彼は鍵をポケットに戻すと、扉を軽く押した。

「うわーっ」

 茉理は部屋の中を覗いて、声を上げる。

 見たこともないほどたくさんの書物が、天井まで届く高い本棚に納められていた。

 中は薄暗かったが、二人が一歩を踏み出すと突然明るくなる。

(電気もないのに、どうして……)

 上を見上げて驚く彼女に、斎は微笑んだ。

『ここはそういう場所なんだ。あんまり深く考えない方がいいよ』

 疲れちゃうからね、と付け加えると、彼はたくさん並んだ本棚に目を走らせる。

「こんなにたくさんの本、初めてみたわ」

 ぐるりと回って、体育館ほどもある広い書庫を見渡し、茉理は吐息を漏らした。

『ここにはクリスティのご先祖様たちが大陸より持ってきた昔の魔道書を含め、様々な重要文献がある。これらは僕たちに知恵と情報をくれるけど、必ずしもそれが今の時代に良い結果をもたらすとは限らない』

「遠野君?」

 真摯な口調が頭に響き、茉理は首をかしげる。

(何か辛そうなんだけど……あ、またあの目)

 書物を前にして、その瞳は遠くを彷徨っていた。

 時々彼が悲しそうな目をするのは、まだ解けていない呪いのせいだろうか。

 茉理はかける言葉もなく、書物を手にする彼の背中を見守っていた。





「ん?」

 生徒会室に一瞬緊張が走る。

「おや、珍客といったところかな」

 のんびりとした口調で、雅人はまたティーカップに口をつけた。

 英司は書類をせっせと円卓に運びながら、ため息をつく。

「どうします? 先生じゃないみたいですけど」

「そうだね、どうしようか、帝」

 雅人の問いかけに、帝は指を組んで考え込んだ。

「ま、別にいいんじゃないか」

 PCを打つ手を止めずに直樹は言った。

「彼らの目的はおそらく後野茉理に関することだろう。でもあそこを探したって何にも出ないだろうけどね」

「ということは、お前がすでに調べつくしたってことだな」

 帝の目線が鋭く直樹を貫く。

「君のレディとなるかもしれない少女のことだもの。当然手抜かりはないよね、直樹」

 にっこり笑って雅人は微笑んだ。

「俺に何故報告しなかった。結果はどうだったんだ」

 言葉を荒げる帝に、直樹はPCを打つ手を止めて顔をあげる。

「結果があればお前に報告しているさ。だが調べたって彼女の先祖に当たる魔族の名前などなかった。結果なしでは報告書の書きようもない」

「何?」

「彼女は書類上は完璧に純粋な人間さ。魔族の魔の字も入らない、とても立派な家系だよ」

「そうなんですか」

 英司が驚いた顔をした。

「でも普通の人間だって、ご先祖様の中には一人か二人は魔族とかかわりのある者がいるはずなのに?」

「そう。あまりにも綺麗に一般人だけの家系だった。偶然か、それとも」

 きらりと直樹の眼鏡が光る。

「今はまだなんとも言えないよ。彼女をノーマークにするわけにはいかないということだ」

 じっと睨みつける帝に、直樹は真摯な口調で付け加える。

「黙っていたことは謝るよ。でも俺は確信のもてない報告はしたくない主義でね」

「……」

「なんらかのはっきりした結果が出たら、お前に言うつもりだった。気を悪くしないでくれ」

「お前ら、他にも俺に何か隠してないか」

 怒気を含めた低い声に、3人はびくっとした。

「えっと、帝先輩?」

「つれないなあ、帝。僕たちは、そんなに信用出来ない?」

 雅人が両手を広げ、大げさな身振りで帝に近づく。

「お、おいっ」

 背後からすっと帝を抱きしめると、雅人は憂いを込めた声でささやいた。

「わかってるだろう、帝。僕たちは君の物だと」

「……」

「僕たちの人生、僕たちの魔力――すべては本家の君のものだ。逆らうことが僕たちに出来ると思うかい?」

「は……離れろっ」

 帝は力いっぱい腕を振るって、雅人の腕を引きはがず。

「そういうリアクションはやめろと言ってるだろ」

「はいはい、お子様には刺激が強すぎたかな」

 両手を上げてにやっと笑ってみせる雅人に、英司は顔を赤らめて言った。

「あの……俺もかなり目線に困るんですけど」

「そうだな。そういう個人的なラブ・シーンは、二人きりのときにしてくれ」

「そうするよ。じゃ、帝、今度ゆっくり」

「しなくていいっ、そんなこと」

 帝は声を荒げると立ち上がり、側にある円卓を思いっきり蹴った。

 円卓は倒れ、上に積んであった書類の山がはらはらと飛び散り、3人の目の前に落ちていく。

「あーあ、どうーすんの? これ」

「どれにサインして、どれを見てないのか、わからなくなっちゃったじゃないですか、帝」

「喜べ、英司。お前の仕事が増えたぞ」

「何ですか、それっ」

 やつぎばやにしゃべる3人を見ながら、怒る気も失せた帝は背を向ける。

「あれ、帝、どこ行くの?」

 雅人の声に帝はドアのところで振り向き、つぶやいた。

「下に行く」




『やっぱり駄目だね』

「そっか」

 書庫の中で、二人はため息をついた。

 あれからどれだけ時間がたったのか。

 次々と難解な文字――古代ルーン文字だの古代精霊語だのだそうだ――に目を走らせ、いくつもの書物を探ったが何の手ががりもなかった。

『おかしいなあ。この魔族家系伝には今ある日本の苗字に対し、どんな魔族が先祖にいるのかすべて書かれているはずなのに』

 後野、という姓はなかったのだ。

「やっぱりわたしって、ご先祖様はみんな人間だったんじゃないかしら」

『でも君には魔力があるんだ。絶対おかしいよ』

 斎は腕を組み、考え込んだ。

『もしかして意図的に消されている……とか』

「え?」

『君のご先祖がなんらかの事情があって意図的に家系を操作して、魔族である痕跡を消してしまっているとしか考えられないな』

「えーっ、何それ」

 どういうこと、と問いかけようとした茉理の手を、突然斎がつかんだ。

『来て! 見つかった!』

 彼の青白い顔には冷や汗が浮かんでいる。

 体が心なしか震えているのが、茉理に伝わってきた。

「ど、どうしたの?」

『早く! ここを離れないと』

 斎の勢いに、茉理も顔を青くする。

 もしかして生徒会に気づかれたとか。

(こんなとこ、あの生徒会長に見られちゃったら――)

 特館は、授業以外では生徒会じゃない一般生徒は立ち入り禁止。

 今は斎と一緒だから入れたが、その斎がこれほどおびえるとは、彼もここに出入りするのはまずいということなのだろう。

『早く!』

 斎は茉理の手を引いて書庫を出る。

 長い廊下を必死で走り、出口を目指した。

「きゃーっ、何っ」

 背後からしゅーっしゅーっと変な息遣いを感じ、振り向いた茉理は絶句する。

 巨大な蛇が長い体を伸ばし、二人の背後に迫っていた。

『先に走って!』

 斎は茉理をかばい、蛇に対峙する。

(嘘……あんなグロテスクで大きなの、どうやって倒すのよ!)

 足がすくんで、茉理は動けなくなった。

 膝が力を失い、斎の背後でしゃがみこんでしまう。

『大地に眠りし力よ、目覚めて我に集え!』

 斎は胸の前で指を組み、念じる。

 彼の足元に光の輪が生じ、魔方陣のようになった。

『異形の物を捕らえ、縛れ!』

 彼は両手を前に突き出す。

 指の先から細かい糸のようなものが幾重に現れ、巨大蛇を捕らえた。

 糸は蛇に絡まり、きらきら輝きながら締め付ける。

「クゲエエーッ」

 耳障りな叫び声に、茉理は恐怖で耳をふさいだ。

 糸は網となり、蛇を捕らえて縛り上げる。

『大地の元に帰れ!』

 次の瞬間。

 まばゆい閃光がからまった糸から発せられ、爆発した。

 茉理はおそるおそる伏せていた顔をあげる。

 閃光は収まり、息を荒くした斎がそこにいた。

「蛇は……」

 先ほどまで蛇がいた場所を見て、茉理は目を丸くする。

 そこには砂がさらさらと音を立てながら、積まれていた。

(嘘……すごい、もしかして蛇を砂に?)

 驚きで口も利けずにいる茉理を見て、斎は安堵の息をつく。

『さ、行こう』

 茉理は差し出された手につかまってなんとか起き上がり、外を目指した。

 特館の玄関口にたどりつき、扉から外に出たときにはほっとする。

 斎は今にも消えそうな顔をしていた。

 彼の体が少しずつ透明になり、透けていく。

「と、遠野君?」

『ごめん、やっぱ生徒会長の魔獣は強いね。力を使いすぎた』

「え?」

『体を維持するだけの魔力が残ってない。ちょっと消えるよ。一人で帰れるね』

「え、うん……って、ああっ、遠野君!」

 茉理の目の前で一瞬にこっと微笑むと、遠野斎は姿を消した。

(そんな……遠野君が!)

 先ほどまでそこにいたのに。

 彼はあとかたもなく消えてしまったのだ。

(どうしよう、わたしをかばって、遠野君が消えてしまった)

 呆然と茉理はその場に座り込み、彼がいたはずの場所を見つめていた。


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