17
「やあ、今日も朝からお出ましなんて素晴らしいね、帝」
「うるさい」
ホームルーム前の朝のひと時。
生徒会室には少しいつもと違う雰囲気が漂っていた。
帝は黙って椅子に座り、指を組み合わせて考え込んでいる。
心配そうな顔の英司と、あいかわらず表情の読めない直樹。
そしていつも動じることなく自分の世界に浸っている雅人は、朝からモーニング・ティーは何がいいかなとにこやかにカップを手にしていた。
「そうかりかりしなさんな、帝」
いい香りのする薔薇の花びら入り紅茶を、雅人は帝の前に差し出した。
「まだ大事にはなってないだろ。ちょっと校内で違反をした生徒が出ただけのことじゃない」
「ちょっとした違反ね」
きらりとメガネをきらめかせ、直樹は小型PCを取り出す。
「一応昨日の状況を報告しておくよ。校内監視カメラが写した映像によれば魔法系統は風。攻撃というより補助魔法のたぐいだ。でも補助でも使いようによっては、立派な攻撃魔法になる。発生地点は校門より約10メートルほど離れた道のど真ん中。ターゲットは後野茉理。犯人は不明、犯行動機も不明」
「いいねえ、この雰囲気。なんか流行りの刑事ドラマみたいじゃない。スリルとサスペンス、張り込みに意外な事実」
「そうですか? 俺、スリルとサスペンスよりあっちの方がいいなあ。ほら、あのドタバタした所長さんとかいる面白系」
「続けて良いかな、二人とも」
凄みをおびた声で、直樹は雅人と英司を牽制する。
「俺は話を中途で切られるのは嫌いでね。最後まで聞いてもらえると嬉しいんだが」
メガネのフレームに手を沿えてくいっと上げながら、不適な笑みが二人を包む。
「なんなら午後のお茶は俺が入れてやろう。特製スペシャルなものを」
「け、け、結構だよ。君のお茶には、ひ、品というものがないし……」
「お、俺も……」
「そりゃ、残念」
上ずった声で否定する二人に、にやっと笑うと直樹はまた続けた。
「まあ、後野茉理を狙ったということは、彼女に大して何かある者だろう。いろんなケースが考えられるな。例えば帝の熱烈な信奉者になってる生徒とか」
「後野さんが、こないだ帝を汚したって怒って、ですか」
「そう。なのに彼女はどうしてか帝の彼女候補にあげられてしまっている。それを許せないと思う者がいたとしても不思議じゃない」
「なるほどね。じゃ、あとのパターンは?」
雅人がやけに真剣な顔になったのを見て、直樹は眉をひそめた。
「言うまでもなく今度のイベントで彼女のライバルとなる少女だ。円城寺美奈子のほかに、エントリーされてるのはもう1人」
「もう1人?」
黙って聞いていた帝が声をあげた。
「俺は聞いてないぞ、他の奴のことなんて」
「本人に了解を取ってからの方がいいかと思ってね。昨日ちょうど話がついたんだよ、俺が推薦する少女とは」
「誰だい?」
「一年E組 早川響子だ」
一瞬雅人は妙な顔をし、それからにやりと笑った。
「君も人のことは言えないようだね、直樹君」
薔薇を取り出して弄ぶ雅人に、直樹はつぶやく。
「おそらくお前の考えてることは、半分も当たってない」
「そう、じゃどうして彼女を?」
「そうだね。あえて言うなら俺なりの考えがあってのことかな」
二人の会話は、横で聞いている者にはまったく意味不明だった。
帝は眉間にしわをよせ、英司はきょとんとしている。
「ちなみに彼女の扱う専門は炎。だが」
「ま、学園に名の響く天才少女ともなれば、他系統の補助魔法ぐらい使えるだろうね」
「そういうことだな」
雅人の言葉に直樹はあいずちをうった。
「以上が今、正確にわかっていることだ。ああ、後野茉理は無事だそうだ。本当に運が強いというかなんというか」
直樹はふっと笑む。
「一応、校則違反者のことは調べてそれなりの処置をしないとな。魔法サーチの強化もしておくよ」
もしまた誰かが魔法を使ったら、ただちに見つけ出して反応するようにね、と言うと、直樹は自分の席に静かに座った。
「帝は誰だと思います? ……帝?」
英司の無邪気な声に、帝は何も答えない。
ただ黙って自分の中に沈みこんでしまっている。
「み・か・ど。何か気になることでも?」
「……いや」
雅人の不思議そうな目線に、帝は顔を上げてため息をついた。
「直樹。魔法サーチを厳重にしておけ。それから各自、休み時間はそれぞれ校内を回り、不審なことがないかチェックしろ。ああ、朝のホームルームでもう一度この校則を見直すように、各クラスの代表に指示しておけよ。特に新1年生のクラスは、しっかりたたきこんでおくように」
それだけ言うと帝は立ち上がった。
タイミング良く朝のチャイムが鳴り響く。
「おっと。タイムリミットだね」
「やばっ。俺、一時間目の数学、宿題やってないや」
お先にっと一声あげると、英司はすばやく生徒会室を出て行った。
「おーお、あいかわらず早いねえ。直樹君、君もどう? 教室までの駆け込みダッシュ」
「遠慮しておくよ。俺はゆっくり行くさ」
「君のとこって、1時間目テストじゃなかった?」
「出るところはほぼ予測出来てるし、問題ないよ」
直樹は眼鏡をあげると、じゃ、と鞄を手にゆっくり歩き去る。
「さてと僕はどうやって教室に入ろうかな。ああ、そうだ。僕の歩いた廊下をすべて薔薇で埋め尽くすというのはどうかな。全女生徒たちに僕の足跡を示し、赤い薔薇の絨毯を提供しようではないか」
「そんなことしてみろ。俺がその薔薇すべて燃やし尽くしてやる」
不機嫌な声で帝は怒鳴り、さっさと行け、とうながした。
雅人は肩をすくめ、それ以上何もせずに生徒会室を出る。
(帝……相当気にしてるな)
閉めたドアの向こうを見ながら、雅人はふっと笑んだ。
(いいねえ、もう今からその気になってるよ。これは先の展開が見ものかな)
誰もいなくなった生徒会室で、モニターがカタカタ映像を流していた。
先ほど直樹が言っていた監視カメラのものだ。
帝は食い入るようにそれを凝視する。
風が彼の良く知る少女を巻き上げ、10メートルほども高くあげた。
「わあああーっ」
少女の悲鳴と共に風はやみ、落下が始まる。
(ここまではいい。だが)
問題はこのあと。
彼女は確実にアスファルトに落下。無事ではすまない状態になる――はずなのに。
突然アスファルトから砂が飛び出してきて、山を作って少女を保護した。
カチッと映像が止まる。
帝はまた再生ボタンを押し、彼女が砂のクッションに落ちる場面を再現する。
何度も何度も繰り返し、そこだけを集中して見た。
そして何度見ても同じなのを確認すると、映像を切って目を閉じる。
(あいつがどこの誰に狙われようと俺の知ったことじゃない。だが)
今のは確実に魔法。
(あいつを保護する者が、この学園にいるなんて)
帝の顔は複雑になる。
(一体誰なんだ、あいつを守ろうとするやつは……)
1時間目の終わりを告げるチャイムが、校内に響き渡る。
(ふう、やっと終わった)
茉理は背伸びをし、教科書を鞄に入れた。
次の授業の教科書とノートをそろえ、シャーペンの芯を補充する。
「ねえ、茉理。トイレ行かない?」
明るい奈々の声に、茉理はため息をついた。
「ごめん、今、いいや」
「そっか」
じゃ、わたし一人で行くね、奈々は軽く手を振り、廊下に出る。
後姿を憂鬱そうに見送り、茉理はまた息をついた。
(なんかぎこちないんだよね、奈々とは)
明るく笑えていない自分がいる。
声をかけてくれるのに素直に受け止めれないのが辛くて、茉理の心はすっきりしなかった。
以前のことはきっと帝の威圧感を恐れてのことでしょうがなかったのだとは、茉理もわかっている。
きっと自分も弱いから、似たような立場に立ったら同じ事をしたかもしれない。
でもまだ今は――。
『後野さん、僕の声、聞こえる?』
突然頭の中に響いた声に茉理は驚いて、筆箱を落としてしまった。
派手な音がして、まわりの注意を引いてしまう。
茉理はあわてて筆箱を拾い上げた。
『大丈夫? 聞こえてたら返事して』
「返事って……」
おもわずつぶやくと、頭の中にほっとした息遣いが聞こえてきた。
『良かった、やっぱり通じてたんだね』
「ていうか、わたしは普通に話してるんだけど、なんか変な感じよね」
茉理は窓の方を向いて、口をもごもごさせる。
『何? 本当に口に出してるの?』
声は苦笑しながら言った。
『思念会話は初めてなんだね。大丈夫、別に口にしなくても、君が強く思ったらそのまま伝わるから、まわりには変に見えないはずだよ』
『そうなの?』
茉理は、思い切って心の中で言葉を念じてみる。
『うん。ほら、今、出来たよね』
『ほんとだ……不思議』
茉理は半ば驚きながら言葉を返した。
『でも遠野君、突然どうしたの?』
『あんまり時間がないから用件だけ。今日、英語の授業ある?』
『あるけど、5時間目に』
『僕、次なんだけど、辞書忘れちゃってね、持ってる?』
『うん、あるよ』
たわいのない会話にほっとして茉理は答えた。
『悪いね、あの先生、けっこううるさいじゃない。僕が返答出来ないのをいいことに当ててきたりするんだよ』
『けっこういじわるな質問するしね。わたしも苦手だな』
茉理は微笑んで立ち上がった。
鞄から辞書を出し、廊下に出る。
するとクラスの廊下の前に、もう彼が立っていた。
まわりの視線が突き刺さるなか、茉理は遠野斎に辞書を渡す。
彼はにこっと笑むと、そのまますたすた歩いていった。
「ちょっと、今の遠野君じゃないの」
後ろから飛びつかれ、茉理はのけぞった。
「いたた……離して、奈々」
トイレから戻ってきた奈々が二人を見たのだ。
「どうしたの、茉理。すごいじゃない、遠野君とお近づきになるなんて」
「そんな……すごくなんてないよ」
そっけなく答えた茉理の手を、奈々は握ってぶんぶん振った。
「何言ってんの。遠野君ってあんまり人を寄せ付けないので有名なんだよ。しかも、はっきりいって不気味じゃん。あの容姿」
整った顔立ちなのに何故か血色が悪く、幽霊みたいな彼。
(でも会話をしてみると、別にそこまで不気味とは思えないけど)
茉理は思わず口に出していた。
「なんであんなになってるんだろう」
顔はイケメンの部類に十分入るはずなのに、アンバランスな違和感が茉理からまとわりついて離れない。
奈々は、ああ、と訳知り顔で声をひそめる。
「うわさだけどね。生まれたときに呪いをかけられてしまったんだって」
「呪い?」
「そう。なんでも彼はお母さんのお腹の中にいるときから呪いをかけられて、透明人間みたいに誕生したそうよ」
「は?」
「その存在自体を消去する呪いとかで、お母さんが彼を生んだんだけど、生まれた赤ちゃんの姿は誰にも見えなかったとか聞いたわ」
「な、何それ」
茉理は目を丸くする。
「そんなことがあるわけ?」
「現実あったんだからそうなんでしょ。とにかく彼のわずかに動く心臓の鼓動と魂の熱源によって、彼が生まれたことが確認されたらしいけど――お母さんがなんとか見えない彼を抱っこして、お乳をあげたりオムツを替えたりしたそうよ」
「想像つかない事態よね、それって」
茉理は透明人間のように見えない赤ちゃんをどうやって抱き上げ、オムツを変えたのか、いくら考えても思い浮かばなかった。
「彼が成長するにつれて自分の持つクリスティの魔力が大きくなり、少しずつ呪いに対抗できるようになったそうよ。最初は目が、次は鼻、口――って具合に少しずつ形が現れるようになってきて」
「で、今の人間形態まで回復したんだ」
わけがわからないなりに茉理は納得した。
(だからあんなに幽霊みたいに真っ白で、存在が薄いんだ)
本当ならもっと健康優良児で美男子で声も出せて、皆の注目の的になっていたかもしれない彼。
(なんか大変だわ。同情したら悪いかもしれないけど、可哀想かも)
茉理は、斎が去っていった廊下を見つめながらそう思った。




