表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/56

15

 16日の月曜日。

 気合を入れて登校した茉理は、すぐさま職員室に行った。

「失礼します」

 白い木箱に向かうと、かばんから大きい茶封筒を引っ張り出す。

 中身は全部メモ用紙だった。

 一体何枚あるのか本人にも定かではないが、とにかく大量のメモを彼女は木箱いっぱいに押し込む。

「これでよしっと」

 先生達があきれた顔で見守る中、意気揚々と茉理は職員室を出て行った。



「朝っぱらから厄介ごと発生ってね」

 雅人は生徒会室、会長の机にうず高く積まれたメモを見て、くすくす笑った。

「何がおかしい」

「いや、だってさあ、久しぶりに朝、君が生徒会打ち合わせにやってきた日に限ってこれだもん。ほんと彼女ってタイミングよすぎだね」

 帝は憮然としてメモ用紙を睨んだ。

「貴様のせいだぞ」

「おや、僕は何にもしてないよ」

 しれっと薔薇を手に雅人は言った。

「しらばってくれるな。お前があの女をエントリーなんかするからこんなことになるんだぞ。先週は最悪だ。美奈子には泣きつかれるし付きまとわれるし、うっとおしいことこのうえない。今日は今日でこの有様。さっさとあの女のエントリーを取り消せ!」

「いやだね。こんな面白いこと、めったにないし。逃しちゃつまらないでしょ」

「雅人、いつも冗談が通じると思ってるのか。いい加減にしろ」

 激昂する帝を、まあまあと雅人はなだめた。

「何興奮してんだか。彼女が嫌なら、去年の美奈子姫で決めちゃえばいいじゃない」

「それは……」

「可愛いし、君のこと一途に思ってくれている。魔力も成績も悪くない。一応クリスティの傍系に当たる家の出だし、文句のつけようがない彼女じゃん」

「お前、もしかして俺への嫌がらせか」

 帝がぎろりと雅人を睨んだ。

「美奈子で決めてしまえと言うのか。そのためにあの女を」

「それは帝の大誤解。僕はちゃんと考えてスカウトしてるんだよ。君のためにね」

「……」

「わかってるくせに。帝、君には彼女が必要だ。後野茉理がね」

「そんなことは」

「ない、と言い切れないだろう? 本当の君は」

 ずばりとつかれ、帝の眉間が少し寄る。

「本当はないぞ、そんなもの、と言いたいんだろうけどね。あーあ、君もつくづく気の毒に。本心がわからないなんて苦しいものだ」

 帝は黙ってメモ用紙に目をやった。



『生徒会長 伊集院帝様

 お話したいことがあります。4時間目が終わったら、屋上に来てください。

 もし来なかったら、思いを踏みにじられた女の子の呪いがあなたに降りかかります。

 後野 茉理』


「しかし彼女もやるな」

 直樹は帝の机に寄ると、メモ用紙を一枚取り上げる。

「これ全部書くのに、どれだけかかったんだろう」

「生徒会専用投書箱、いっぱいでしたもんね」

 英司もためいき交じりに言った。

「これは行かないと本当に呪われるぞ、帝」

 黒眼鏡がきらりと光る。

「女と食い物の恨みは恐ろしいからな。その辺の攻撃魔法より手ごわいだろう」

「そうなんですか?」

「英司君、そこで素朴につっこまないように」

 雅人は英司ににっこり笑った。

「どうする、帝。付き添いに英司君をつけようか」

「いらん! 俺を誰だと思ってる」

「そう、残念だったね、英司君。君、振られちゃったよ」

「いや、その方が嬉しいっす」

「どうしてだい。ちゃんとついていかないと、きびだんごもらえないぞ」

「いりませんっ。てかなんですか、そのきびだんごって」

「あれ、知らないの? 英司君。この国の由緒正しき伝承で、可愛い犬君がいたいけな少年をナンパするんだ。甘えた声で、つきあってあげるからきびだんごを頂戴ねって」

「そんな話は知りません。大体俺が犬なら先輩はなんです、雉ですか?」

「お、いいねえ」

「俺はさしずめ猿ってとこか」

 重々しく話をあわせる直樹に、英司は叫ぶ。

「猿でいいんですか! 直樹先輩。猿ですよ!」

「猿は動物の中でも人間に近く、かなりの知能がある。犬や雉よりは人間扱いされるだろう。文句なくO・Kだ」

(もう嫌だ、こんな人たち)

 絶句する英司に、先輩たちはにっと大人の笑みを漏らした。

 ダンッ。

 完全に顔色の変わった帝が、こぶしで机を叩く。

 その余波でメモ用紙がはらはらと飛んだ。

「英司、そのごみを始末しておけ!」

「あ、はい」

「直樹、イベントコースをいくつか見積もっておけ。それから」

 きっと帝は雅人を睨む。

「雅人、お前が俺の代わりにあいつに会って、用件を聞いて来い」

「おや、これは意外な展開だね」

「もともとあいつを引っ張り込んだのはお前だろう。自分で火をつけといて今更何を言う」

「これは心外だな。元はといえば原因は君なのに」

 すねた口調でつぶやく雅人に、帝は飛びかかり、胸倉を掴んだ。

「わっ、タンマ、暴力反対」

「これ以上、俺を怒らすな」

 凄みをきかせてじっと睨むと、雅人はためいきをつき両手をあげた。

「はいはい、降参。わかりましたよ」

 でも僕じゃ用件は言わないと思うけどね、と雅人は帝の耳にささやいた。

「かまわん」

 聞きたくもない、と叫び、帝は雅人を離す。

「俺は午後忙しい。適当に処理しておけ」

「いってらっしゃい」

 雅人の憎らしくも優雅な笑顔に、帝はこぶしを壁に一発叩きつけて生徒会室を出て行った。




 茉理は四時間目が終わると、すぐ屋上に走っていった。

 まだ彼の姿はなく、少しほっとする。

 そのまま倉庫の壁にもたれて、青い空を見上げた。

(来るかしら)

 言ってやりたいことは沢山ある。

 どこまで言わせてくれるかが問題だが――。

(いいもん。また暴力とか魔法攻撃とかで中断させたら、こっちにも考えがあるからね)

 茉理はかばんを胸にぎゅっと抱きしめた。

 彼女の最大の武器は、この中に入っている。

 待つことしばし、屋上の扉がギイッと開いた。

「待たせたな」

 憮然とした顔で、帝がやってきた。

 双方にらみ合うこと、数分。

(なんか、変……)

 茉理は首をかしげた。

 確かに目の前の人間は帝だ。

 両手をズボンのポケットにつっこみ、えらそうに立っている。

 黒髪も黒い瞳も同じだ。

 だが――。

(なんかこう違うのよね。雰囲気っていうか、なんていうか)

 茉理は戸惑った。

 このぬぐえない違和感はなんだろう。

 目の前の彼は、まさしく本人のごとく高圧的な態度でいるというのに。

「用件を言え。俺は忙しい」

「あの、確認しますけど」

 茉理は恐る恐る聞いた。

「あなた、会長ですよね。伊集院帝先輩」

「……」

 目の前の帝は顔をゆがめた。

「お前は馬鹿か」

「え?」

「この俺本人に向かって、伊集院帝か、とはどういう質問だ! お前の目は突然おかしくなったのか。 俺以外に伊集院帝がいるとでも言うのか」

(そうよね、わたしの思い違いか)

 口を開いて怒鳴る彼は、まさしくあの帝そのものだ。

「用件がそれだけなら俺は帰るぞ、馬鹿馬鹿しい」

 踵を返す帝に、あわてて茉理は声をあげた。

「待ってよ。いくらわたしが馬鹿そうに見えても、これだけのことであなたを呼び出すわけないでしょう」

「じゃ、なんだ」

 振り向き、睨む帝に、負け時と茉理は対峙した。

「イベントのことよ。わたしをエントリーしたんですって? あなたの彼女候補として」

「そのようだな」

「冗談でしょ。伊集院先輩、何考えてるんですか」

 茉理はこぶしを握り締め、震わせながら叫んだ。

「こないだまで、わたしのこと散々嫌って嫌がらせしてたのに、どういうつもりよ。それともこれも、新手の嫌がらせ?」

「……」

「そうなのね、わたしを勝てない勝負に引っ張り出し、いたぶって楽しもうって魂胆でしょ」

 茉理の顔が怒りで燃え上がる。

「わたし、絶対に出ませんから。イベント参加はお断りします」

「逃げるのか」

「そっちが勝手にに決めたことに、わたしがなんでつきあわなきゃいけないのよ……って、あれ?」

 答えながら、茉理は奇妙な感覚に捕らわれた。

(似たような質問に似たような返事をしたような気がする――誰にだっけ)

 一瞬、言葉に詰まった茉理に、帝は静かに言った。

「一つ言っておく。このイベントの候補者は俺が決めるわけじゃない。俺にはその権利がない」

「……」

「分家の代表が推薦した女と、俺が去年まで可愛がっていた奴とで今年の女を決める。決められた奴と俺は付き合う。一年だけだが本気でな」

「何よ、それ。おかしいじゃない」

「それが俺の義務だからだ。事情を知らない奴に、どうのこうの言われる筋合いはない」

「じゃ、何? もし選ばれた子が先輩の一番大嫌いな子だったとしたら? それでもつきあうの?」

「ああ。一年の間、どんな奴だろうが、決まった女は俺の女だ。彼女として俺もきちんと対応する。一緒に帰ってやり、時々は二人で遊びに行き、手紙やTELもな。本気で好きだという万全の対応をしてやる」

「それ、本気なの?」

「ああ、今年で2回目だな。去年はうまくやったつもりだ。美奈子は満足していただろう」

 新たな怒りが茉理の身のうちから燃え上がった。

(この人って――)

「もしお前が選ばれたら、俺はなんでもお前の言うことを聞いてやるぜ。俺の好きな女だからな」

(もう我慢出来ない!)

 茉理は鞄を開け、中に入っていた手紙の束を取り出した。

「これ、なんだかわかる? 先輩が去年一年、円城寺先輩に書いて出した手紙よ! 自分で読み返してみたら? どれだけすごいこと書いてたか」

「……」

「伝統とか義務とか習慣とか、そんなので好きになんてなれるわけないじゃない。本当に本気で探さなきゃ運命の人なんて見つからないわよ」

 帝の目がすっと細められる。

「先輩はそれでいいわけ? 好きでもない女の子に好きだって言って、一年そういう振りするの嫌じゃないの?」

「俺の好悪の問題じゃない。義務だといってるだろう」

「ますます最低! それで先輩が良いっていうんだったら、あなたは世界で一番最悪の男だわ」

「何?」

「義務で習慣で期限付きで、そんなので好きだって言われて女の子が喜ぶと思う? わたしだったら絶対に嫌! 本気じゃない言葉なんか、気持ちなんか、もらったって嬉しくなんかないよ。悲しいだけなんだから……」

 いつの間にか茉理の目から熱いものが流れていた。

「円城寺先輩、本気であなたのこと好きだったんだよ。あなたに喜んでもらえる女の子になろうって、毎日必死に努力して――あなたにつりあう女の子になるために、どれだけがんばってたかわかる? 一年の間一生懸命だったんだよ。そんな円城寺先輩に何度も好きだって言ってたんでしょ。可愛いって、俺の理想の彼女だって」

「……」

 帝は無言で茉理の傍に寄った。

 そっと指で濡れた瞼にふれ、しぐさだけやさしく涙をぬぐう。

「なんでそんなことするの。だから最低っていうのよ」

 茉理は激昂し、帝を突き飛ばした。

「期限が切れたら態度を変えちゃって、もういらないなんてひどいよ。円城寺先輩をその気にさせた責任取りなさいよ。きちんとお付き合いしてあげて、お願い」

「それは出来ない」

 苦しげに彼はつぶやいた。

「あいつは俺の相手ではない。その気になれない奴と一緒にはなれない」

「じゃ、せめてこの馬鹿馬鹿しいイベントやめてください。先輩の将来をこんなので決めちゃっていいわけ?」

「それも出来ない」

 茉理から目をそらし、帝は返事した。

「ひどい……会長ってそんなひどい人だったんだ。魔力は人一倍あるくせにいくじなし! 最低! あなたなんかだいっ嫌い!」

「……」

「言っときますけど、わたし、絶対参加しないし、あなたの女になんかならないからね。だってわたしにはもう好きな人がいるんだから」

 帝の顔が変わった。

 まじまじと茉理を見つめる。

「じゃ、お話はそれだけです。失礼しましたっ」

 叫ぶと、だっと茉理は階段に駆けていった。

 そのまま一気に駆け下りる。

 悔し涙があふれて止まらない。

(やだよ、本当にもう……)

 どうしてあんな我侭唯我独尊男のために、涙なんか流さなきゃならないんだろう。

(最低……わたし……)

 茉理は一番下まで駆け下りると、手すりにもたれてしばらく動けなかった。




(やれやれ、参ったね)

 屋上に一人佇み、帝は空を仰いでいた。

 やわらかな春の午後にふさわしい五月晴れの空。

 いつもの彼にまったくふさわしくないしぐさで、帝は薔薇を取り出した。

 そっと口元に当て、香りを吸い込む。

 薔薇は彼にとって一種の精神安定剤のようなものであった。

(いや、どうしよう。あんな子だったなんて)

 帝の顔は完全に困惑していた。

 もしクラスメイトが見たら、驚いて眼科に直行するだろう。

 薔薇を片手に物思いにふける生徒会会長の姿に――。

 彼の脳裏に、さきほど涙を見せた少女が浮かぶ。

(思ったより優しい子なんだな。ああっ、どうすればいいんだ)

 ため息をつき、先ほど彼女の涙をぬぐった指に唇をよせた。

 まだわずかながら湿り気がある。

(暖かい涙だったよな。あんなの見せられちゃ)

 ふっと唇が優雅に微笑む。

「僕が欲しくなっちゃうじゃないか……君を」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ