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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編1)  作者: 月森琴美


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14

 屋上に、やわらかな風が吹きぬける。

「そろそろ出ておいでよ。まったく覗き見が趣味とはね」

 雅人のつぶやきに、黒眼鏡がきらりと光った。

「それは失礼」

 気配をまったく感じさせずに、直樹は屋上にある倉庫の影から長身を現す。

「すみません。雅人先輩。直樹先輩に誘われちゃって」

 頭をかきかき、英司も姿を現す。

「おや、英司君も一緒とは嬉しいね、君が密かにこの僕を想ってくれていたなんて」

 ついっと後輩に近寄ると、端整なあごを指で捕らえて雅人はにっこり笑った。

「せ、せ、先輩。別に俺はそういうつもりじゃ」

「隠さなくてもわかっているよ、英司君。この僕が君を捨てて他のレディとお付き合いなんてするわけがないじゃないか。さあ、もう迷いを捨てて、素直に僕の胸に飛び込んできたまえ」

「違いますって! どうしてそうなるんですかあっ」

 ずいっとせまられ、英司はあたふた体をばたばたさせた。

「あーあ、連れないの。英司君のいじっぱり」

「……」

 顔を真っ赤にさせて、口をばくばく呼吸困難に陥っている後輩の髪を、雅人はさらさらとかき回す。

「ほんと、君はからかいがいがあっておもしろいよ、英司君」

「なっ」

 英司は顔を怒りで滾らせ、どんっと雅人を突き飛ばした。

「いい加減にしてください。いつもいつも俺で遊ぶのはやめてほしいって言ってるでしょう。怒りますよ、本気で」

「いいよ、怒った君も十分可愛いから」

(真顔で言うかっ、そんなセリフ)

 全然動じてない先輩に、英司は一気に脱力した。

「もう終わり?」

「……いいですよ、どうせ俺は単純ばかで、遊ばれるタイプですよ」

 開き直った英司の言葉に、雅人はふふっと笑って彼から離れた。

「痴話げんかは終わったか」

「痴話げんかじゃありません。もう、直樹先輩まで」

「覗き見のおしおきとしては、お前の方が悪趣味だな。ま、いい」

 直樹はじろっと雅人を睨んだ。

「うわさを聞いて確かめにきたんだが、やはり本当だったんだな」

「彼女のこと? そうだよ」

 にっこり罪のない笑顔を浮かべる雅人に、直樹はあらぬ方を見た。

「まったくお前は、たいした策士だよ」

「っていうか、どうしてあの子なんですか、雅人先輩。俺、さっぱりわからないです」

 英司の声に、直樹はつぶやく。

「お前は帝をつぶしたいのか、それとも生かしたいのか時々判断に困るよ。今回の件はどっちなんだが」

「直樹先輩、雅人先輩が帝先輩をつぶすなんて、そんなこと」

 英司は驚いて声をあげた。

 直系にして本家の跡取り――帝は自分たちクリスティ一族にとっては、絶対に守るべき大切な存在。

 つぶすなんてことは考えられない。一族に対する裏切り行為だ。

 優雅に微笑み、何も答えない雅人に直樹は真剣に言った。

「分家の代表として進言する。彼女は、まだ早いよ」

「帝の相手として?」

「そうだ、おそらく彼女は」

 言いかけたその先を、雅人は目で黙らせた。

「直樹、君の言いたいことはよくわかるよ。でも彼女の出現は時が来たからだと思わないかい?」

「……」

「いつまでも帝が、あのままでいいと思ってるのかい? あの少女は確かにまだ12歳だけど、帝は14歳、来年には一族の中で成人として認められる15歳だ」

「それはそうだが」

「あの……俺、話についてけないでいるんですけど」

 英司が恐る恐る口をはさんだが、一族の中で成人と認められる二人にはにっこり笑ってごまかされた。

「まあまあ、いいじゃん。まだ君は知らなくていいのよ、英司君」

「大人の話に子どもが口を出すものじゃない」

「はあっ、ひどいや、二人とも。どうせ俺、まだ成人じゃないですよ」

 英司はすねて、そっぽを向く。

「じゃ、そういうことで」

「……しかたがないな。彼女の件は黙認しよう。だが」

 直樹の眼鏡が渋く光った。

「万が一のときにはお前に責任をとってもらう。それだけは忘れるなよ」

「はいはーい」

 雅人は薔薇をひらひら振って答える。

(なんか責任とか、オオゴトみたいな感じだけど)

 英司は自称 大人の二人を見ながら、背筋が薄ら寒くなった。



(冗談じゃないわっ! どうしてわたしが――)

 苛立ち紛れに廊下をどしどし歩きながら、茉理は教室に向かっていた。

 教室に戻ると、まだクラスメイトの大半は残っていて、うわさに花を咲かせている。

 茉理が入っていくと誰も彼もが好奇な視線を投げてきたが、茉理は心中おだやかならず、無視してさっさと帰り支度をし、教室を出てしまった。

(やっぱり今日は13日の金曜日だわ)

 明日になれば、このわけのわからない日の呪いもきっと解ける。

 そう思いながら茉理は、校門横の桜の前で立ち止まった。

 上を見上げると、少し少なくなった葉の間から空がぼんやりみえている。

(今日もいないかあ)

 それとも人がまったくいない夕暮れか夜、明け方にならないと出現しないのか。

(それじゃあ幽霊かお化けよね)

 そう思って、茉理は瞬間ぞっとした。

(やだ、まさかあの少年は、幽霊とかじゃないよね)

 この桜の木に取り付いてる霊とか――ありえるところがまた怖い。

 茉理は体中が震えてきて、小走りに校門をくぐった。




「お待ちしてましたわ」

 校門を出たところで、茉理は足を止める。

 円城寺美奈子が、彼女をはったと睨んで立っていた。

 背後にはお約束の黒塗り高級車。

「後野さん、少しお時間をいただきますわ。あなたときちんとお話したいんです」

「あの、わたし」

 茉理は、美奈子の勢いに後ずさりながら言った。

「このイベントに参加しないつもりなんですけど、それでもお話しないといけないですか」

(これ以上、妙なところに行くのは嫌だな)

 いつでもダッシュで逃げ出せるように、心の準備をした茉理だが――。

「大丈夫。取って食いはしませんから。ただお話したいだけです」

 美奈子が静かにそう言うと、お決まりのように黒スーツを着たボディガード数人が現れ、彼女を取り囲んだ。

「さ、どうぞ」

 車の後部座席の戸を開けられ、茉理は逃げられないことを悟る。

「ご心配なさらずに。お家にはきちんと連絡させていただきますわ。帰りにはご自宅までお送りします」

(えーっ、うちまで来なくていいよっ)

 かけ心地抜群の高級シートに座りながら、茉理は心の奥で悲鳴をあげる。

 車は校門を出発し、駅を通って静かな住宅街へと入っていった。




 予想に反して、美奈子の家はいたって普通の借家だった。

(なんでこんな車にボディガード?)

 家の前に降ろされて首をかしげる茉理に気付き、美奈子がふっと笑う。

「あれは伊集院家の車です。わたしがあなたとお話したいと申し上げたら、帝様が貸してくださいましたの」

「はあ……」

 呆ける茉理の背を押して、美奈子は自宅のドアを開けた。

「ただいま」

「おかえり」

 清楚なエプロンをかけた、いかにもお母さんといった女性が出てくる。

「友達を連れてきたから。後野茉理さん」

「あら、いらっしゃい」

 にっこりと微笑まれ、茉理はあわてて頭を下げる。

「こんにちは、あの、お邪魔します」

「ゆっくりしてってね」

 あなたがお友達を連れてくるなんてめずらしいわね、とつぶやきながら母親は台所に消える。

「こっちよ」

 美奈子に連れられて、茉理は二階にあがった。

 個室が二つあり、そのうちのひとつが美奈子の部屋である。

「適当に座って」

「あ、はい」

 茉理は畳の上にちょこんと正座した。

(なんかイメージ違うな)

 美奈子は手早く制服を着替えている。

 Tシャツにブルージーンズとなって、茉理の前にあぐらをかいて座った。

 後ろで綺麗に上げられていた髪は、ほどいて緩めにくくられる。

 美奈子の雰囲気が変わっていた――先ほどまではいかにも上流階級のお嬢様って感じだったのに。

 とどめのようにこんこんとドアがノックされ、さっきの母親が入ってきた。

「これ、おやつね」

「ありがと」

 美奈子は母からお盆を受け取り、畳の上に置く。

 お盆には暖かい緑茶とせんべいを持ったお皿があった。

「どうぞ」

「あ……どうも」

 茉理は渡された湯飲みを受け取った。

 美奈子も、すっかりくつろいだ姿でお茶を飲む。

 しばらく無言で向かい合い、互いに茶をすすった。

 茉理は何を言えば良いのかわからず、美奈子をみつめてしまう。

 その視線に気付き、だんっと美奈子は湯のみを置いた。

「なあに? 帝様の彼女として、わたしはそぐわないって顔ね」

「そんな別に――ただ学校と随分雰囲気違うなって」

 正直な気持ちを口にすると、美奈子はふっとため息をついた。

「これが本当のわたしよ。帝様の彼女として選ばれたその日から、ずっと努力してきたの。帝様にふさわしい子になろうって」

「……」

「だって、あの日本を代表する財閥の一つ、伊集院家の跡取りよ。それなりのお嬢様でなきゃつりあわないじゃない」

「はあ」

 茉理はそんなことを考えたこともなかったので、目を瞬かせた。

「もちろんうちは庶民階級。どこをとってもお嬢様なんて育ちじゃないわ。でも帝様に恥をかかせないために、それなりに振舞わなきゃってずっと思ってた。だってわたし」

 美奈子は顔を赤らめ、横を向く。

「ずっと初等部の頃から帝様にあこがれてて――中学にあがったら突然帝様の彼女候補に選ばれて、驚いたけど嬉しかった。一生懸命帝様を目指したわ。こんなわたしでも帝様の目に留まるチャンスが来るなんて、夢じゃないかと思った。そして見事わたしはたどり着いたの。帝様は微笑んで迎えてくださった。今でも思い出す……帝様の嬉しそうな笑顔を」

 美奈子の震える声に、茉理は胸が痛くなった。

(ずっと会長のこと、好きだったんだ、円城寺先輩)

 ラフな格好をしてたけど、美奈子はとても可愛く見えた。

 もちろん普段お嬢様してるときは、もっと綺麗に見える。

(それも全部、あの会長のために……)

 茉理は胸をそっと押さえた。

 美奈子が他人事には思えない。

(だってわたしだって知ってるもん。誰かをずっと想う気持ち――)




 帰りにまたやってきた黒塗り高級車に揺られながら、茉理の心は怒りに満ちていた。

(伝統だか一族の習慣だか知らないけど、許せない!)

 こんな馬鹿馬鹿しいイベントってない。

 女の子の気持ちを弄び、踏みにじる行為は絶対に許せなかった。

(どんなことしても参加なんかしない。わたしが円城寺先輩の気持ちを会長にぶつけてやるわ)

 あのあと美奈子はえんえんと、いかに自分が帝のために努力してきたか、帝がどんなに自分にやさしく接してくれたかを語り聞かせ、もらったプレゼント、写真、手紙のたぐいをこまごま見せてくれた。

 最後は涙ぐみ、どうしても帝を譲れないからイベントでは容赦しない、正々堂々戦うわ! と叫ばれて。

(まったくひどいわ。何、あの仲良く写った写真。気合の入ったラブ・レター。あんなもの義務で書いて出したっていうの? 冗談じゃないわ)

 そんなことされて女の子が喜ぶと思っているのか。

 馬鹿にするにもほどがある。

(本気で好きでもない相手に、そんなことするなんて最低よ)

 茉理は腕を組み、家への道すがら明日どうやって帝に言ってやろうかと、そればかりを考えていた。



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