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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


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11

 春の風が、時々蒸し暑さを運んできた。

 穏やかな日の光が、教室に差し込む。

(平和ね)

 水曜日の放課後。

 茉理は図書室でのんびりしていた。

 最近少しずつだが周りが変わってきて、茉理も過ごしやすくなった。

 教師の冷たい態度も、廊下での陰口も、何より突然襲い来る魔法攻撃もない。

 あいかわらず一人だが、別に寂しくはなかった。

 お気に入りの本を選んで、ぼーっとしていると――。

「こんにちは」

 横から声をかけられて、茉理は目を丸くした。

 あれから彼女に声をかけてくる勇気ある生徒など、一人もいなかったからだ。

 彼女と関わると生徒会会長の報復対象になるやもしれない――みんな、それを恐れているというのに。

 声の主を確認し、茉理は驚いた。

「こ、こんにちは。えーと」

「生徒会会計の、森崎直樹だ」

 表情をまったく見せない黒眼鏡が鈍く光る。

 すらりとした長身に上から見下ろされて戸惑いを隠せない茉理を気にもせず、直樹は横の椅子を引いて腰掛けた。

「少しいいかな」

「はい」

 手に持つ小型PCを机に置き、彼は眼鏡ごしに彼女を観察する。

 いたって普通の、どこにでもいる平凡な女生徒だ。

 彼女のどこが帝を動かすのだろうか。

 直樹の好奇心は、今茉理に集中していた。

「あの……」

 じっと見つめられ、怪訝そうな茉理に直樹は薄く微笑む。

「失敬。少し話をしてもいいかな」

「あ、どうぞ」

 茉理は椅子をずらし、直樹の方を向いた。

「君は今年外部から来たそうだけど、うちの学校のこと、どうして知ったのかな。この学園は一応日本の学校法人に入ってるけど、普通の学校広報誌やネットには載ってないはずなんだけどね」

「……」

 茉理は、なんと答えて良いかわからず沈黙した。

「誰かから情報を得たんだと思うんだけど、それは誰かな」

「あの、それってどうしても答えないといけないですか」

「強制じゃないけどね。出来れば答えてもらえるとありがたい。君の答えられる範囲でかまわないから」

 真剣な口調に、茉理は口を開いた。

「わたしの知ってる人が――近所で仲良しだった人が、この学校に突然転校したんです」

「ふうん、何時ごろ?」

「小学校の時ですけど」

 直樹は眼鏡のフレームを指であげた。

「じゃ、けっこう経ってるね。その人からこの学校のこと、教えてもらったのか」

「はい」

「どのくらい連絡を取り合っていたのかな。最近までずっと?」

「いいえ、転校してひと月後に一通だけ手紙が来たんですけど、それきりで」

「そうか」

 直樹はしばらく何か考え込んでいたが、少しして立ち上がる。

「ありがとう。参考になったよ」

「あ、あの」

 茉理は立ち去ろうとする直樹の背中に声をかけた。

「わたしも一つ、聞いていいですか」

「何かな」

「生徒会長って一人っ子ですか? 双子とか、そっくりな兄弟とかいませんか?」

 直樹は表情を変えずに答える。

「さあ。そういうことは本人のプライベートな情報だからね。知りたかったら直接聞くといいよ」

(直接聞けないから、聞いてるんでしょうが)

 茉理のがっかりした顔を見ながら、直樹はくすっと笑った。

「じゃ」

「あ、ありがとうございました」

 何でお礼を言ってんのかわからないが、茉理は立ち上がり、先輩に礼をした。

 何だか面白い子だと思いながら、直樹は図書室を後にした。





 下校時間前の一刻時。

 生徒会室では、ささやかなお茶会が開かれていた。

 といっても――。

 優雅にティーカップを手にしているのは、雅人ただ一人。

 PCをカチャカチャ打ちながら、何かを探している直樹。

 天井まで届くかもしれないぐらいの書類の山に判を押しているのは英司。

 一応二人とも横にカップはあるのだが、中身はとうの昔に冷め切っており、アイスティーになりかかっていた。

「帝、来ないんですか」

 適当に判押しとけって言われても――ぶつぶつ英司がこぼす。

「これ、本当は帝の仕事なんですけど」

「本当に困った王様だよねえ」

 万年我侭、さぼりの常習犯、と雅人は鼻を鳴らした。

「ていうか雅人先輩も手伝ってくださいよ! 一人でお茶なんか飲んでないで」

「何を言うんだ、英司君。この眉目秀麗、優雅にして華麗な僕が、仕事がたまって定時に帰れない残業サラリーマンのように書類に埋もれている姿など似つかわしくないと思わないのか」

「そのセリフ、真面目に仕事をがんばって生きてる全国のサラリーマンの皆様に、かなり失礼な発言だと思うんですが」

 英司はため息をつきながら、もう一つ書類に判を押す。

(万年我侭、さぼりの常習犯って、雅人先輩にも当てはまるよな、十分)

 こんな上司――いや、先輩を持ってる俺は絶対不幸だ。

 倒れそうな書類の山を見上げながら、英司は内心でうめいた。

「これだな」

 直樹はPCから顔をあげ、息をはいた。

「おや、直樹君、早いね」

 もう解析終わったんだ、と雅人はにこやかに笑む。

「これぐらいはね。彼女は結構わかりやすい情報をくれたから、あっという間に特定できたよ」

 表情を変えず、直樹はPCを見つめる。

「データ、転送するから、各自頭に入れといてくれ」

「はい」

 雅人はジャケットの内ポケットから、英司はズボンのポケットから、それぞれ小型PCを取り出した。

 型はまったく直樹の機種と同じだ。女性のコンパクトサイズで、いぶし銀色に光っている。

 蓋には、それぞれ異なった紋章のような物がついていた。

 直樹がPCのキーを一つ押すと、二人の小型PCが同時に起動、それぞれ同じ画面が写った。

「ふーん、彼か」

「2年B組、出席番号9番、早川明人ですか」

「英司君、知ってる?」

「そりゃ一応。クラスメイトですから」

 雅人の質問に、英司は個人的付き合いはありませんよ、と付け加える。

「 XX年 X月 公立北の丸小学校4年より転入。魔属名は、アキト・グランスノア」

「グランスノアってけっこう名の知れた魔族の血筋じゃないですか。じゃ、彼はかなりの魔力の持ち主ですね」

「いや、そういうわけじゃないよ、英司。魔力の資質は本人の魂の力。別に血統によって決まるわけじゃない。もっともこの早川明人の場合は、事情が複雑だな」

「何かあるのかい? 彼」

「彼の父親は魔族だが、それを知らずに普通の女性と結婚し、生まれたのが彼、早川明人だ」

 直樹は状況をたんたんと説明する。

「ところが父親のどこか不可思議なところを、明人の母親は感じ取ったんだろう。女性は普通でも鋭いからね」

「それで離婚?」

「まあ、たぶん。それが元でおそらく父親が自覚したんだろう。両親は明人が生まれる前に離婚している。次に父親が再婚した女性は生粋の魔族だ。レティア家のお嬢さんだね。そして二人の間に生まれたのが、1年E組にいる早川響子(はやかわきょうこ)だ」

「早川響子って、生まれたときから魔力の才能に恵まれてた天才と名高いレディじゃないか」

 雅人が驚いて声をあげた。

「その彼女の兄ってことですか」

 聞き返す英司に、直樹はうなずいた。

「その後、響子の母が病気で亡くなっている。そのあと再び明人の母親と再婚してるという、まあ複雑な家庭事情だね」

「また再婚? 一回離婚したのに?」

 英司は首をひねった。

「推測に過ぎないが、多分離婚したあとで明人を妊娠してたと気付いたんじゃないか。生んでから明人にも父親と少し似た力が存在していることに、母親が気付いたんだろう。そして困惑して連絡を取り――子どものためにも、またよりを戻すことにしたってとこじゃないかな」

「大人の事情ってやつですね」

 俺、よくわかんないや、と英司はつぶやいた。

「俺の個人情報によると、この響子という妹は兄をとても好きらしい」

「ああ、俗にブラザー・コンプレックスって言うのかな」

「それ以上かもしれないが」

「ふうん、ますます面白くなりそうじゃない」

 雅人はPCに写っている学生服の少年を、興味深そうに眺めた。

「そうそう、そろそろ王様のイベント、準備しないとね」

「あ、そうか。もうその時期ですね」

 英司は心得顔にうなずく。

「各自、魔力の増強しておけよ。帝からサインがあったら行動開始だ」

 直樹はそう言ってPCの蓋を閉めた。

「そういえば、もう一人の彼、どうします?」

 英司は書類に判を押す作業を開始しながら聞いた。

「そうだな。 遠野斎の件もあった」

 直樹は椅子から立ち上がり、鞄を持った。

「そっちも対策がいるな。ま、考えてみるよ」

 じゃ、とつぶやくと、直樹は生徒会室から出て行った。

「僕もそろそろ行こうかな」

「えーっ、俺一人でこれ全部、処理しろってんですかっ」

 抗議の声をあげる英司のくせっ毛頭を、雅人はくしゃっと大きな手でかき回した。

「ま、そういうことだから、書記君、がんばってね」

 文句は帝にどうぞ、とウインクしつつ、雅人も生徒会室を出て行ってしまう。

(……絶対、俺っていつも最後の後始末もろもろ引き受け係りだなあ)

 半ばあきらめモードで、英司はさっきより3倍のヤケクソ速度で判を押していった。


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