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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園シリーズ1)  作者: 月森琴美


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11/56

10

 いつもと変わらぬ平穏な一日が過ぎた。

(今日も無事に終わったわ)

 茉理は、ほっとしながら校門をくぐった。

 帰宅する彼女の長い影がのびる。

 それを忌々しそうに見やる少年がいた。

「くそっ……」

 悔しげに唇をかみ締め、帝は空から少女の姿を追う。

 何故か目から離せないのだ。

 それが更に彼の苛立ちを募らせた。

(なんだってんだ、あの女……)




 西の空が、徐々に赤く染まり始める。

 夕日に照らせれた特館の屋根が、うっすら輝いて見えた。

「お疲れ様、み・か・ど」

 屋根の上で手を振る人影に、彼の眉間が一気にしわよった。

 半分無視して、帝は屋根の上に降り立つ。

「空中からのお見送り、ご苦労様」

「貴様……一辺、ここから落としてやろうか」

 苛立つ心をぶつけて言ったが、1歳年上の先輩には通じなかった。

「やあね、帝ちゃん、そんなに怒らないでよ」

「その気色悪い言葉遣いはやめろっ」

 怒鳴って帝は、雅人の胸倉を掴んだ。

 そのまま突き落とそうと屋根の端まで行くが、雅人は優雅に微笑んだままだ。

「君らしくもないね、帝。何むきになってるんだい?」

「……」

「感情に走るなんて、君もまだまだお子様だね。ここで僕を突き落として、心のもやもやが収まるのかな?」

「くっ」

 帝は顔を背け、雅人を屋根の端に下ろした。

 そのまま背を向け、生徒会室の窓を開ける。

「帰れ。俺は最高に気分が悪い」

「残念だけど、そういうわけにはいかないよ」

 薔薇の花を差し出しながら、雅人は微笑んだ。

「英司の報告、聞きたくない?」

 帝は何も言わず、生徒会室に入る。

 窓は、そのまま開けたまま――。

(ふーん、やっぱり気になるんだ)

 入って来いってか。

 薔薇を手に、雅人は笑むと生徒会室に入っていった。




「はい。雅人様直伝のローズティー。おいしいよ」

 椅子にふんぞり返って無言の帝に、雅人はティーカップを差し出した。

 じろりと睨まれたが彼はそんな視線をものともせずに、自分のカップに口をつける。

「あー、美味しい。やっぱり午後のお茶は最高だね」

「さっさと用件を言え」

「あせるなよ。どうせ君にだってわかってるはずだろ」

 かちゃっとカップを置き、雅人は真剣な目になった。

「単刀直入に聞くけど、君はあの少女をどう思っているの?」

「うっとおしい」

「それだけ?」

「目障りだ」

「それから?」

「……わけわからん!」

 帝は叫んだ。

「どうしてだかわからない。でもあいつを見てると心が苛つく。どうでもいいが目の前から消えてもらいたい。それだけだ」

「そう」

 雅人は静かに微笑んだ。

「君をそんな風にかき乱す存在だということだね」

「……」

「どうしたの? 認めたくない? 彼女が君にとってなんらかの特別な存在だということが」

「!?」

 帝の顔が真っ赤になった。

 雅人は探るように彼を見る。

「帝、君にはわかっているはずだ。本当の君には、ね」

「どういう意味だ」

「今の君自身にはよく理解できないだろう。でも君の本心は彼女を認めている。それがどうしてだかは僕たちにもわからないけど」

 ふっとためいきを落とし、雅人は言った。

「本題に入るよ。君にはもうわかってるだろうけど、彼女は白だ。黒板消しの一件は彼女のせいじゃない」

「……」

「英司君がしかと確認してきたよ。あの時、黒板消しを落としたのは別な少女だった。彼女はね、黒板消しを落として驚くクラスメイトを怪訝に思い、同じ窓から下を覗いた。そして君を見つけたんだ」

「……」

「そこに彼女は良く知っている少年――君を見た。だから下に降りてきたんだよ、君に会いに」

「馬鹿な!」

 帝は立ち上がった。

「俺はあいつとは、あの時初対面だ。会ったことなど」

「いいや、帝。君は会ってるんだよ、あの子と」

 雅人はゆっくり断言するように言った。

「少なくとも彼女は君に会ったと言っていた。君から、これを借りたと」

 雅人は中等部学生名簿を見せる。

 帝の顔色が変わった。

「そんな……」

「よく思い出すんだ、帝。君は彼女に会っている。そして彼女にこれを貸した。彼女は、これを――この学校の、いや魔族の重要機密事項を記したこの名簿を貸してしまいたくなるほど大切な存在なんだ。そうだろう? 君にとっては」

 帝の顔が、怒りから驚きに変わった。

 衝撃が彼を包む。

「嘘だ……俺は何も覚えていない」

「もちろん、今の君はそうだろう。でも本当の君は? そうじゃないと言い切れるかい?」

「それは……」

 帝は言いよどむ。

「今の君では、それはわからない。でも確かめるすべはあるさ」

 雅人は帝に座るように促した。

「一口飲めよ、落ち着くぞ」

 帝は黙って座りなおし、カップを口にした。

 暖かなお茶が体中に染み渡る。

「うまいな」

「僕のお手製だよ。当たり前だろ?」

 微笑んで雅人は続ける。

「今年ももちろんやるんだろう? 君の愛の争奪戦」

「ああ」

「だったら話は早い。彼女をエントリーしなよ」

 帝は思わずカップを取り落とした。

「あいつを!?」

「そう、嫌かい?」

「冗談だろ! もし万が一のことがあったら」

「万が一のことがあったとしてもどうだっていうんだい? どうせ期限付き。たかだか一年だけじゃないか」

「……」

「それとも何かい? どうしても彼女を万が一に出来ない事情でもあるのか? 君の運命を決定付ける存在になるとでも」

 帝はふっと考え込んだ。

「俺にもわからん。どうしてなのか」

「帝」

「あいつを見た瞬間、なんだか知らないが無性に苛立った。こんな気持ちは初めてだ。俺を畏怖するどころか真っ向から歯向ってくる。可愛げのまったくない、虫が好かない奴。あんなのは初めてだ!」

「帝、誰でも最初はそうなんだよ」

 雅人はやさしく言った。

「人は誰でも自分になんらかの関わりを持つことになる人間には、特殊な感情を抱くものだ。それが愛情であれ、憎悪であれ」

「そんなものか」

「君は彼女に特別な気持ちを抱いている。それはね、きっと君が今後必要とする感情なんだ」

「……」

「それが何かを確かめるのが怖い気持ちはよくわかる。でもこのままじゃいけない。君だってそう思うだろう? きちんと向き合わなければ。そしてその感情をしっかり掴むんだ」

 困惑している帝の顔に、雅人は微笑んで立ち上がった。

「すぐには決心がつかないと思うけど、考えておいてくれ。彼女のエントリーの話。じゃ」

 生徒会室を出て行く後姿を睨みながら、帝は深く考え込んだ。


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