序
その日。
私立クリスティ学園の門を、潤んだ瞳で見つめる少女がいた。
「来た・・・やっと来れた」
両手を組み合わせ、真新しい制服に身を包んだ彼女は、祈るようにあこがれの校舎をみつめる。
「君、新入生かい?」
門の内側から、警備員の声がする。
「まだ登校時間じゃないよ。6時じゃないか」
わかってます、と少女はつぶやき、うつむいた。
「でも来たかったんです。早くここに」
動かない彼女を不思議そうに見つめながら、警備員は戻っていった。
少女はうっとりと門の中を見る。
(大きな桜の木。やっぱり手紙の通りね)
桜の巨木が門のすぐ横にそびえ、白い花びらを散らしている。
まだ朝方の薄もやの中、少女は感激に浸りながらいつまでもそこに佇んでいた。
くすくすくす……。
小さな笑い声がして、彼女は我にかえる。
門の外側まで張り出した桜の大枝に、誰かがもたれて座っていた。
白い花に包まれて、彼は微笑む。
少女はしばらく見とれていたが、やがて頬を赤くした。
こんな時間にここに立って、一人の世界に浸っていたのだ。
さぞかし変人と思われただろう。
「ねえ、君。どうしてここに来たの?」
「え?」
「だって、とても嬉しそうじゃない。そんなにここに来たかったの?」
大人びた少年は綺麗な笑みを浮かべた。
少女はうなずき、答える。
「わたしの初恋の人が、ここにいるんです」
「そう。会いに来たんだ」
彼はふわっと体を動かした。
(え!?)
次の瞬間。
彼は高い木の枝から自然に降りると、少女の前に立っていた。
黒髪に縁取られた綺麗な笑顔に、少女の心臓はどきどきする。
彼は長い指を彼女のあごにかけ、上向かせた。
瞳を合わせ、優しく微笑む。
「会えるといいね。その人に」
「……」
にこっとすると、彼は少女の横を通り過ぎる。
肩と肩がぶつかった。
「あ……」
彼女は振りかえる。
(嘘…’…’いない!)
数秒前、通り過ぎた少年は影も形もなくなっていた。
(わたしの見間違い? 夢……だったのかな)
いつまでも少女は、彼が行ってしまった方を不思議そうに見つめていた。




