さなえが来た日
夢を見た。
小さいときの夢。
「つきあってんだろー!」
「らぶらぶー!」
生まれたときから隣同士で特別仲が良かった私飯島奏と幸野谷先斗は小学生の高学年になると同級生の男子に揶揄われるようになった。
「どうして仲良くしてるだけなのにそんな事言われなきゃいけないの?」
私はそれが嫌で先斗と距離を置いた。
それから暫くたった日部屋の窓がコンコンと音を立てたのでカーテンをそっと開けると窓前で我が家の屋根の上に先斗が立っていた。
驚いた私は窓を開け声をかける。
「先斗!そんなところにいたら危ないよ!部屋に入って!」
先斗の部屋へ戻って欲しいという意味だったけれどうまく伝わらなかったのか先斗は私の部屋へ靴を持って入ってきて私の事をじっと見て
「僕、奏が好きだよ。だから避けないで。」
泣きそうになりながらそう言う先斗は更に言葉を続ける
「奏とずっと仲良しでいたいよ。大人になってもずっと一緒がいいからあいつらの言う事なんて気にしないでよ。」
今思うとまるでプロポーズみたいだけど小学生なりに一生懸命避けないで欲しいと伝えようとした結果だったんだろう。
でもその気持ちが私の心に響いて次の日からは手を繋いで登校したりした。流石に中学に入ってまでは繋がなかったけれど多分その日からなんだか距離感がおかしくなった。
中学最後の日まで距離感が変わらず私達はよく揶揄われたけれどもう気にすることはなかった。
ピピピピッ。ピピピピッ。
朝を告げる音が部屋中に鳴り響く。
「う〜ん…」
のろのろと起き上がった奏はゆっくりと制服に着替えカーテンをシャッと開ける。
同じタイミングで目の前の家のカーテンが開くと先斗がボサボサの頭に開ききっていない目を合わせ奏に手を降る。
奏も笑顔で手を振り替えすと軽い足どりで下の階へ降り歯磨きや洗顔を済ませリビングへ向かう。
「ママ、パパおはよう〜。」
「おはよう。今日はおさげなのね。」
「おはよう。」
朝食を用意しながら髪型へ興味を示す母と新聞を読み必要最低限の挨拶をする父。
父の視線は奏の髪へ向けられていくが言葉が上手く出ないのか再び新聞へ視線を戻してしまう。
それに気付いた奏は少し微笑んで
「パパ、パパ。どう?今日も可愛いと思わない?」
くるりと回ってみせる。
「…良いんじゃないかな。」
少し沈黙してやっと出た一言に奏は満足げに微笑んでピースをした。そして椅子に座り朝食を食べ始める。
奏が家族と朝食をとっている途中家のチャイムが鳴り母は奏に
「先斗くんよ。もうそんな時間?」
と伝えた。奏は口に含んでいたものを飲み込んでから
「今日は初めての授業だから早めなのかも。行ってくるね。」
と答え丁度食べ終わった皿を片付け玄関へ向かった。玄関のドアを開け目の前の先斗と軽くハイタッチをする。
「おはよ〜。」
「おはよ。今日は三つ編みだ。可愛い。」
「でしょ〜!」
先斗が頬を赤らめ言葉にした可愛いを奏は聞き慣れたように流してしまう。出会ってからの15、6年間先斗のアピールは奏に届いた試しがない。
先斗は人知れず肩を落とすのだった。
「あ!かなちゃーん!おはよー!」
「かなちゃん、幸野谷くんおはよう。」
登校途中奏の肩を後ろからポンと叩き中学からの同級生橘朱莉が元気良く挨拶をする。朱莉の隣で同じく中学から同級生の水瀬有紀が微笑みながら挨拶をした。
「あかりんとゆきちゃんだおはよう〜。」
「おはよう。」
奏と先斗も笑顔で挨拶を返し4人並んで通学路を歩く。
「あ。」
朱莉が思い出したかのように口を開くと
「二人はもう部活決めた?私とゆきちゃんは茶道部!」
そう問いかけ
「僕は中学と一緒で家庭科部かな。」
「私も…」
先斗はすぐに答え奏は少し考えてから先斗と朱莉達を交互に見て
「茶道部にしようかな。」
と答えた。
「そっかぁ〜!」
「また三人一緒ね!」
嬉しそうな朱莉と有紀を他所に先斗は再び肩を落とした。
学校に着き4人はそれぞれの教室で授業を受け早くも放課後。朱莉と奏は先斗と有紀の居るクラスへ二人を迎えに行った。
朱莉が扉からひょっこりと顔を出し奏もそれに続いて顔を出す。
「ゆーきちゃーん!幸野谷ー!」
「あかりん声大きいよ〜。しー。」
元気に二人を呼ぶ朱莉と朱莉に優しく注意をする奏に気付いた二人は顔を見合わせ少し笑って扉へ近付いて来た。
「今日の授業どうだった?」
帰り道優しく問いかける有紀に奏と朱莉は
「先生が美人だった〜」
「わかる!でもあの先生に出された宿題難しくない?人生設計のやつ!」
と答え先斗が
「人生設計は簡単だろ。25歳から27歳までに結婚して子供は絶対奥さんに似た女の子!」
と元気良く発言する。すると有紀もそれに続いて
「私もそのくらいに結婚して30歳までに1人は子供が欲しいわ。」
と答えた。二人の言葉を聞き
「じゃあ私も!」
「私は…」
朱莉は便乗したが奏は少し考え
「わかんないや。」
と答えた。
家に帰り晩飯を食べていても風呂に入っていても部屋で寛いでいる最中もずっと奏の頭には今日の人生設計の話がぐるぐると回っていた。
「人生設計…子供か。私と未来の旦那さんの子供…」
ぽつりぽつりと呟きつつ未来を思い浮かべ
「女の子で…髪の毛は茶色かな…私とは違ってちょっと癖毛だと可愛いかも。そうなると旦那さんは…」
茶髪に少し癖毛の男性を思い浮かべていくと自然と先斗の顔が浮かんできてしまう。先斗の特徴も茶髪に少しの癖毛だからだ。
「さ、先斗はそういうのじゃない…」
顔を赤らめ必死に頭上をぱたぱたと払う素振りをし余計な事を考える前にもう寝てしまおうとしたその時窓がコンコンと音を立てる
「さ、先斗?」
コンコン、コンコン。
「先斗じゃない…?」
恐る恐るカーテンを開くとパタパタと口に紙袋を咥えたコウノトリが窓の前で羽ばたいていた。
「鳥だ…。」
そう呟いてカーテンをゆっくり閉めもう一度ゆっくり開けてみる。
やはり羽ばたいている。
少し混乱していたせいか奏は窓をそっと開けた。
コウノトリは紙袋を大事なものを扱う様に慎重にベッドへ下ろすと飛び立っていってしまった。
奏がコウノトリが置いていった紙袋を覗いてみると中で白いワンピースを着た茶髪に少し癖毛の女の子が眠っていた。
そっと取り出してみると呼吸をしていることがわかった。人間ではまず無いであろう大きさだが人形ではなく人間だったのだ。
「い、生きてる。」
ベッドにそっと女の子を寝かせ定規でサイズを測る。頭からつま先まででピッタリ13cmだ。
「さっき想像してた通りの子だ…私の子だったり…しないよね。ないない。」
どうしたものかと考えるより先に体が動いた奏は開いたままの窓から身を乗り出し屋根にあらかじめ置いてあった小石で既に暗くなっている先斗の部屋の窓を叩いた。
すると先斗の部屋に明かりがつきカーテンと窓が開いた。
不思議そうにしている先斗に向かい奏は静かに手招きをする。
スマホのライトを頼りに屋根伝いに奏の部屋の窓前まで来た先斗が何があったのかと尋ねる。
「子供の想像してたら、なんか、鳥が子供連れて来たの!多分コウノトリ!」
奏は的を得ない説明と共に女の子を両手で救うようにして持ち上げ先斗に見せた。
先斗は少し驚きつつ
「お、おめでとう。名前は?」
と言葉にした。先斗も混乱しているようだ。
「わからない…」
奏が不安そうにそう言ったとき騒がしかったのか女の子が目を覚ました。
眠そうに目を擦り起き上がると奏と先斗を交互に見つめ奏を指差し
「ママ」
先斗を指差し
「パパ」
と微笑んだ。
「ママ?」
「ぱ、パパ?い、いやいや!それだと僕達の子供みたいじゃんか!」
ぽかんとする奏と顔を真っ赤にして焦る先斗。
女の子はそんな事お構いなしのようで奏をじっと見つめもう一度
「ママ」
と微笑んだ。奏は手のひらの女の子を見つめ返し一言
「さなえ」
と言い微笑見返す。
「さなえ?」
不思議そうに首を傾げる先斗に奏は満足げに答える
「さっき考えてたの。未来の子供の名前だよ。さなえっていい響きでしょ。」
にっこりと笑う奏に見惚れ先斗は
「うん…」
としか答えられなかった。
さなえと名付けられた女の子は嬉しそうに頷いていた。
その後とりあえず今日は夢かもしれないからと先斗は部屋に帰り奏はさ今日の出来事を新品のノートに綴った。
奏はベッドに寝転び胸元にさなえを寝かせ
「おやすみ。さなえ。」
と微笑んだ。さなえも
「ママ。」
と言い微笑み返した。