桐崎の瞳
カテドラルは赤い光を放ち始めていました。
それは血のように鮮烈で、生き物の鼓動のように明滅していました。
「あなたは一体何をしようというの? あちらの世界にはあちらの文明がある、これ以上関わればきっと世界はお互いに不幸を呼ぶわ。あたし達はこの世界で生きるべきなのよ」
そうか、と桐崎洋二は笑いました。
「やはりそうか、お前達は見たのだな、向こうの世界を。あるのだな、もう一つの世界は! いいぞ。そこがどんな世界であろうと知ったことか。俺はそこへ行く。誰にも邪魔はさせない」
例えこの世界がどうなったとしてもだ。桐崎は言いました。
何故、そこまでしてこの人はあちらの世界にこだわるのでしょう。
「なんで、そんなことを言うの? あなたは巨大な企業の社長なのでしょう? お金も、権力も、誰よりも持っているじゃない。なのになんでこの世界を否定しようとするの」
桐崎の表情がすっと冷めるのが分かりました。
「金も、権力も持っているよ。だが、それがなんだと言うのだ。そんなもの糞の役にも立ちはしない。いいか、俺はこの世界を呪っているのだ。こんな世界、どうなったって構わないさ。滅ぼうがなんだろうが知ったことか!」
酷く寂しい眼をしていました。
その瞳にあたしは怯みました。
「さぁ、扉を開け。見ていたぞ、これか、これが鍵だな」
彼はあたしの額に下がっている水晶を引きちぎりました。そしてカテドラルに石を翳したのです。
「もう止めるんだ、桐崎」
義兄でした。飛び込んできた義兄が彼の手から石を取り返そうとしてつかみ合いになります。
「正美、大丈夫か? 早くこっちへ」
いつの間にか彼があたしの側まで来て抱き起こしてくれました。
「登れるかい?」
あたしは頷きました。
その時のあたしにはカテドラルの鼓動のようなものが感じられました。鼓動の脈には何かはち切れそうな緊迫感があります。
「早くお義兄さんも」
桐崎に馬乗りになった義兄が叫びました。
「僕のことはいい、早く正美さんを連れて離れるんだ!」
「でも、兄さんっ」
「時間がない、急げ」
逡巡した彼があたしの手を引きました。あたしは義兄の背中に後ろ髪を引かれながら必死で坂を登りました。砂利が手を、足を、飲み込もうとします。それでも少しずつ何とか登り、畔まで上がると真奈さんが手を伸ばしているのが見えます。
あたしは真奈さんが伸ばしてくれた手を握り、登りきると滝壷を振り返りました。
滝壷の底が真紅に染まっていました。
その真紅の中で義兄と桐崎は向き合っています。
次の瞬間、真っ赤な閃光と共に、立ち上がった光の柱の衝撃に、あたし達は弾き飛ばされました。
遠ざかる意識の中、真っ赤な光だけが眼に焼きついていました。




