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夏の夜のクリスタルレイン  作者: イリ―


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間違った導き

「何故だ! 何故何も起きない!」


 叫びが聞こえた。

 桐崎(きりさき)は光に()まれる前と同じ場所で消えていく波紋や光を愕然(がくぜん)と眺めていた。

 わたしと兄も御滝(みたき)(ほとり)、元の場所にいた。

 水の無くなった滝つぼの底、カテドラルの方を見るとそこには正美(まさみ)島野(しまの)さんの姿があった。

 彼女達もこちらに気がつく。島野さんは落ち着きを取り戻したようで先ほどまでの(あや)うさは無くなっていた。


「何故だ! 何故消える! こんなはずはない、こんなはずは!」


 桐崎が正美たちの方を見た。


「今の光は何だ。お前達の仕業だろう、一体何をした! 今の光は何だ!」


 もしかしたら桐崎はあちら側を見ていないのかも知れない。

 正直なところ、わたし自身も今しがた目にした光景が幻覚の類なのかもしれないという疑念もある。しかし、兄の表情の変化やこの心の変遷(へんせん)は確かに(なん)らかの影響を受けたものに間違いはなく、だとしたら我々は刹那であれ、同じものをこの身で感じたのだ。

 正美たちはどうだったろう。

 振り返って合わせた正美の視線には未だ緊迫したものが浮かんでいた。

 彼女のすぐ後ろの水晶が異様な色に輝いているのが見えた。


「正美っ! 早くこっちに」


 とっさに叫んでいた。彼女達は寄り添いながら坂をこちらに向かって駆け上り始める。だが、勾配(こうばい)のある砂礫(されき)の坂は簡単には登れない。


「早くここを離れるべきだ」


 兄が起き上がった。腹部の傷を押さえて何とか立ち上がる。


「僕の予想が正しければ、恐らくカテドラルが周囲のエネルギーを取り込んでいる」

「暴走が起きると?」

「分からない。だが、そうではないとしても中に蓄積されたエネルギーが下手に放出されるようなことがあれば、どうなるか知れたものではない。世界が繋がる可能性もある。繋がるということはくっつくなどという単純な話ではない。『彼ら』が重複(ちょうふく)して確認できていた以上、世界もまた重複すると考えるのが正しい。それはつまり」


 兄は最悪の場合、世界が衝突すると言っているのだ。そんな事になれば全てが消し飛ぶこともあり得る。そこまでにならないとしても、ここからは離れるべきだということだけは間違いない。

 わたしは彼女らを引き上げるために手を伸ばした。


「島野さん、手をっ」


 すぐそこまで登ってきていた島野さんの手をなんとか(つか)んで引き上げる。登りきった彼女は座り込んで肩で大きな呼吸を繰り返した。


「正美っ」


 伸ばした指先が届く直前、正美の手は遠ざかった。


「きゃぁ」


 正美が坂を落ちていく。否、引き()り下ろされたのだ。

 桐崎が正美の足を引いていた。


「行かせはしないぞ、女。お前が先刻(せんこく)の現象のトリガーなのは見ていた。お前だけは行かせない。さぁ、扉を開くんだ!」


 桐崎は正美の髪を掴んで無理矢理引き立てる。


「痛い、放してっ」

「放してやるとも、どこにでも行けばいい! だがそれはお前が扉を開いたらの話だ。さぁ、扉を開け、俺を向こうの世界に導け!」


 桐崎はカテドラルの側まで正美を引き戻し、投げ捨てるように(ほお)った。


「兄さん」


 わたしは隣に立った兄に言った。


「確信したよ。やはり兄さんのやろうとしたことは間違いだ」


 兄が私を見た。


「彼の姿がそれを証明しているじゃないか。人は死の先など知るべきではないんだよ。それを知ってしまえば彼のように今の命の価値を見失ってしまう。命を大切にしなくなる。人はどんなに苦しみ、悲しみ、辛く恐ろしくても、それに耐えなければならない。それが兄さんの言う魂の研磨なら、それは先の世界に必要なものなんだろう? だったら、それを一足飛びにする彼のような考えは間違いだし、そう導いてしまう兄さんの考えもまた間違っている」


 だから沙耶(さや)ちゃんはこちら側に戻ろうとはしなかったのだ。


「沙耶にもそれが分かっていたということか」


 笑い声が聞こえてわたしは驚いた。


 兄が声を出して笑っていた。


 兄が笑う姿をわたしはこの時初めて見たのだった。

 笑いが止むと、兄がわたしの肩を叩いた。


「お前のそれが正解だよ」


 兄がそう言うが先か、わたし達は飛び出していた。



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