逝くべきだったのだろうね
「当時、僕がこの御滝周辺に何かあると感じ様々な実験と調査を行っていたのは知っているだろう?
切っ掛けはオバケ屏風だった。
先刻も話したが亡くなった先代とは仲がよくてね。その頃まだ僕は小学生だったがそんなものに興味を示す子供はそういない。それが楽しかったのだろうね、先代は色々な話を僕に聞かせてくれたし、僕も楽しくてよく神社に通ったものだった。そして屏風に興味を持った。もしかしたら屏風に描かれたものは現実に起こったのじゃないかとね。
何年もかけて僕は周囲の地理・地形や天候の影響をはじめ、磁場、音波、紫外線、X線、様々な検証を行った。沙耶もまたそのことに関心を持って手伝ってくれていた。だがデータは思うようには集まらなかった。
微弱な反応の違いはあったがそれが死者の復活に繋がるような特異なものではなく、精々が特殊な磁場によって体に微弱な影響があるかもしれない程度のものだった。伝承と照らし合わせると足りないものはやはり落雷なのは明白だ。発電の機器を使用した実験も行ったがその程度の電力ではなにも分からない。必要なのはやはり落雷に匹敵するほどの電力量であると思えた。
雷そのものの持つ電力量はそう大きなものではないが瞬間的なエネルギーは大きい。電圧なら二百から二億ボルト、電流なら一千から二十万アンペアになる。このエネルギーがどうしても必要だった。
そしてあの夏の嵐の日、天候の悪化を予測していた僕は準備していた避雷針を持って御滝へとやってきた。このことは沙耶にも言わなかった。あまりにも危険だったからだ。
雨風も強い中での作業は困難を極めたがそれでも何とか滝上の木に登って避雷針を取り付け、導線を地面に導く細工を行った。狙い通りに雷を落とすことは難しいのは承知していたが、やってみる価値はあった。
あとはただ離れて落雷が起きるのを待つだけだったはずだった。しかし何の因果だろうね、予想外の出来事とは得てして起こるものだ。
その場に実験のことを知るはずもない沙耶がやってきてしまった。
天候は荒れ続け、雨粒のカーテンで周囲が見えないほどだった。空には真っ黒い雲がかかり重苦しい雷鳴が響いている。僕は沙耶に急いで帰るように言ったが彼女はきかなかった。とにかくこの場所から離れなければならない。
沙耶の手を引いて滝を下ろうとした時だった。
地鳴りのようなものが聞こえ、振り返ると上流から濁流が迫っているのが見えた。
鉄砲水だ。避難する時間はなかった。僕は急いで沙耶を滝の岩陰に押し込んだ。そこならば上手く水流を凌げるかもしれないと思ったのだ。
それが運命の分かれ道だった。隠れそびれた僕は押し寄せる濁流に飲まれてしまった。飲み込まれる最後の瞬間、その手を伸ばす沙耶の姿が見えた。
その直後、僕は閃光を見た。
濁流に呑まれた正にその瞬間に落雷が起こったのだ。それが落雷であったと知ったのはしばらく後になってのことだがね。僕は閃光の照らす濁流の中で光を発する滝壷を見た。奇しくも、その時御滝の地中に眠るカテドラルの存在を知ることになった。
そのまま僕は意識を失い流されてどの位経ったのか、目が覚めた時にはずっと下流の川辺に倒れていた。あの濁流に呑まれながら一命を取り留めたのは本当に運が良かったとしか言えない。頭を打ったらしく酷い痛みがあったが生きていることを思えばなんでもない、奇跡と言えた。だが、何とか家まで戻ってみればそこに待っていたのは……後はお前も知る通りだ。
僕は生き残り、沙耶は死んだ。僕が彼女を死なせてしまったのだよ」
そう言って兄はゆっくり目を開いた。その視線はあそこだと言っているようだった。
わたしはその場所に目を向けることが出来なかった。
「兄さんは沙耶ちゃんを守ろうとしたんだろう? もし立場が逆だったとしても同じ結果になったとは限らない。それは死なせてしまったというのでもなければ、殺したのとはまったく違う」
「彼女が死んだことに違いはないさ。僕が実験を行ったから彼女は死んだ。僕のせいで死んだのと同じことだ。きっと僕も共に逝くべきだったのだろうね」
その悲しそうな目をわたしは以前にも見たことがあった。
沙耶ちゃんが亡くなって暫くの間、窓の外を眺めていた時の目だった。
その時、強い光が辺りに満ちた。
「なんだっ?」
振り返ると正美のいた場所からその光は発しているようだった。
「兄さんっ、これは一体」
兄は驚愕の表情を浮かべていた。兄のそんな顔を見たのは記憶を辿っても初めてだった。
「まさか、そんなはずは……」
兄にとっても想定外のことが起きているようだった。光は強く目が眩んで正美の様子は分からない。手を翳したところで無意味だった。
「扉が……開こうとしている」
兄が呟く。僅かに疑問の混じった呟きだった。
まさか別の世界と繋がるということだろうか?
もしもそうだとしたら正美はどうなる?
「正美っ!」
わたしの叫びは光に掻き消える。返答はない。
「ふふふ、ははははは!」
高笑いが響いた。桐崎が立ち上がり、天を仰いで笑っていた。
「やった! やったぞ! これがそうなのだろう? 開く、開くじゃないか! どうだ、貴様の計算を俺は上回ってやったんだ! 我々の技術力は貴様の想定など遥かに上回るものだったということだ!」
兄がわたしの胸倉を掴んだ。
「違う。必要なエネルギー量はその程度の誤差で埋められるようなものではない。別の何かが影響している。もしかしたら、それは正美さんの力に関係しているのかもしれない」
「正美の力? 一体何の話です? 彼女に何が出来るっていうんだ。こんな大それた話に何の関係があるって言うんです」
「僕はあの日、沙耶の死んだ日から『彼ら』の存在を影のような姿で見ることができるようになった。それはもしかしたら一般的に霊感などと言われるものの一種なのかもしれない。正体は非常に強い感受性だ。それがこの仮説を確信に繋げた切っ掛けでもある」
何だ? 何の話だ? 何故兄は正美を知っている?
「いいか、お前は知らなければならない。彼女と共に生きていくことを選んだのなら、この真実を受け入れてあげなければならない。
彼女はね、僕よりも遥かに強い感受性を生まれながらに持っているのだよ。彼女にとっては『彼ら』の存在さえ日常でしかない。そして何よりも彼女は恐れている。お前ならその意味が理解できるはずだ」
「そんな。正美は幽霊やお化けなんてなんてものさえも怖がるんだよ。そんな彼女に他人には見えていないものが見えていたって言うのかい? そんな馬鹿な…」
「お前にさえ隠していたことの理由と恐怖を考えろ。信不信を問うつもりはない。それはお前が決めるのだ。強い力を持つ彼女の存在がこの状況に何らかの影響を与えている可能性は高い。今はこの現象を急いで止めなければならない。万が一に世界が繋がるようなことがあればどんなことが起こるかも分からない。間違えれば大きな何かを失うことになるかも知れない」
「でも、どうやって止めれば……」
「それは――」
直後、爆発的に広がった光の中にわたし達は飲まれたのだった。




