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夏の夜のクリスタルレイン  作者: イリ―


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そんなの認めない

 わたしは虹色のオーロラのような光の広がりだした空間から二人の男に視線を戻した。

 笑う桐崎に兄が言った。


桐崎(きりさき)、すまない。僕は一つだけ君に嘘をついた」

「嘘、だと?」


 桐崎は怪訝(けげん)な表情で兄を見た。


「扉は開かない」


 奇妙な間があき、桐崎の表情に動揺が浮かんだ。


「どういうことだ!」

「正しくは()()()()()()()()()、だ。無いものは開かない」

「なん、だと……」

「見ていれば分かる。カテドラルを受容体として増幅されたエネルギーの時空干渉は既に最終段階に入った。この空間に広がる波紋が証拠だ。しかし、どれだけ膨大なエネルギーを集中させたとしても出来るのは壁を薄くするのが限界。そこを超えることはできない。例えエネルギーを別の方法で増幅させたとしても同じこと。人が干渉できる限界と言うものはあるのだよ。そこを超えることが出来るならそれこそ奇跡だ」


 桐崎は唖然(あぜん)としてカテドラルを、周囲を見回す。だがすぐにそれを否定するように笑った。


「馬鹿をいえ。貴様のせいで状況は予定と(いささ)か違ったが凡そ計算どおりの展開を見せているじゃないか。このままいけば巨大な時空間干渉が起こって世界が繋がる。そうだろう?」


 ひとつ()こう、と兄は手を差し出す。


「仮に繋がったとして、それは()()()()だと思う?」

「は?」


 桐崎が呆気に取られる。

 確かにそうだ。繋がる世界をどうやって選ぶというのだ。

 兄の理屈が真実だとして考えれば、繋がるのは必ずしも先の世界とは限らない。

 ページは前と、後ろにもある。


「僕らに今見えているこれが過去か、未来か、君には判断できるのかい?」


 兄は波紋に手を(かざ)す。


「そ、それは」

「その曖昧な状況で繋いだ世界が君の望むものと違ったら?」

「しかし、ならば何故貴様は世界を繋ぐなどというこんな研究をしたというのだ。どちらかも分からない、繋げることも出来ない、ならば貴様の望みは一体なんだというんだ」


 桐崎には明らかに狼狽が見えた。


「僕の望みは()()()()()()()()()()()よ」

 兄が一瞬だけ空を見た。


「僕がやろうとしていたのは、こうして別の世界が存在する、という証明だけなのだ」


 寂しそうに笑った兄はわたしを見た。


「人は死の先にあるものを知らない。だから、分からないものを恐れて苦しみ、悲しむのだ。

 死の先にはもう一つの未来があって、そこで普通に、或いは幸せに生きてゆけるのだという理や事実が分かれば、人は死の苦しみや恐怖から解放される。

 例えば失った大切な者が安らかであるという事実が分かったならば、それだけで人は悲しみから解放され安らぎを得ることが出来る。また己自身も無駄な恐怖に捕らわれることなく幸せに今を生きることが出来るようになる。だからこそ僕は死の先にある世界の存在を証明するためにここまでやってきた。世界を繋ぐことに意味など無いよ、本当に価値があるのは()るということだけなのだから」


 兄は、過去を取戻そうなどとは考えていなかった。

 むしろ死というものの本質を人々に享受(きょうじゅ)させることで、死のあり方を変えようとしていたということ。

 それこそが兄の言う『死という呪縛からの解放』なのか。


「ふざけるな…」


 恐ろしく力のない(つぶや)きが桐崎の口から漏れる。

 膝を地面につき、うな垂れているその姿には自信に満ちた若社長の面影はない。


「そんな、そんなものの為に俺は長い年月と莫大な費用を投じてきたというのか? こんな立体映像のようなものが証明だと? こんなもの、壮大なだけのただのエンターテインメントじゃないか。こんなもの、俺は!」


 顔を上げた桐崎が止まった。

 桐崎の視線を追ってわたしも息を呑んだ。


 沙耶(さや)ちゃんが兄の側に立っていた。

 酷く悲しげに、死者らしい真っ青な表情で。


真奈(まな)さんっ!」


 女の叫び声が聞こえてそちらに目をやると、そこには正美(まさみ)がいた。

 正美が何故こんなところに? 

 真奈。そうだ沙耶のはずがない、あれは島野(しまの)さんだ。


「そんなの…」


 彼女は大粒の涙を零しながら兄に歩み寄る。


 ざわざわと嫌な予感がした。


 島野さんは今にも崩れ落ちそうなほど儚い。


 彼女が兄に倒れかかった。


 兄は彼女を支えるように抱きとめる。


「…ない」

「島野…くん」



――そんなの認めない



 その一瞬、時が止まったかのようだった。

 動き出した時間の中で、兄はスローモーションのようにゆっくりと膝から崩れ落ち、前のめりに地面に倒れこんだ。


 立ち尽くす島野真奈。


 その手には

 

 真っ赤に染まった刃物が握られていた。



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