後悔と罪と
あたしは走り続けました。すると次第に川の流れる音が聞こえてきます。
間違いがなければ、ここは御滝へと登るために通る山道の入口辺りのはずです。御滝の方に『何か』の気配を感じました。
誰かが駆けていく気配があります。
それが誰かは分かりませんが『彼ら』でないのは間違いありません。足音が聞こえたからです。どうやら御滝の方へと上がっていった人がいるようでした。こんな中で御滝の方へいく人間など限られていると思えました。
もしかしたら義兄かもしれません。
追わなければいけないと走り出そうとした時でした。
橋が薄らと見えます。誰かがこちらへとやってくるのが分かりました。
霧に覆われた中から人影がこちらへ向かって来ます。
そして、あの世との境界のようなある種幻想的な景色から一人の女性が現われたのです。
近付くにつれてその顔が見えてきました。
その女性は沙耶さんでした。
本当に幽霊が見えているのかと思いそうになって、あたしはそれを急いで否定しました。
そんなはずはないのです。
だとしたら、寧ろその可能性にあたしは震えました。込み上げる思いを押しとどめることも出来ません。何度も確かめるようにその女性を見つめました。その人は間違いなくそこにいるのです。足音もします。
女性もあたしに気がついたようでした。
つまり『彼ら』ではない証明です。
その人は生きてそこにいます。
「ま、真奈……さん…?」
彼女も驚きを表情に浮かべました。
「正美ちゃん、なの?」
あたしは何度も頷きました。本当に何度も。何度も何度も。
本当に辛い時に支えてあげることが出来なかった大事な人。
ずっと謝らなければいけないと思っていた人。
あたしにとっての後悔と罪。
突如姿を消してしまったこの人に、もう一度会いたいとこれまでどれほど望んできたことでしょう。謝罪しなければならないと思ってきたことでしょう。
夢でしょうか? いえ、その人が今ここに目の前にいるのです。
あたしは胸に満ちる痛みと後悔に躊躇して足が竦んでしまいました。踏み出そうとしても力が入らないのです。
真奈さんがゆっくりと近付いてきます。
そしてあたしの前に立ちました。その表情には何も浮かんでいません。
きっと恨まれている。
大事なときに離れたあたしに真奈さんは絶望したのです。だからいなくなった。あたしは真奈さんを傷付けたのだから。
そんな想いに縛られ怖くなりました。真奈さんはあたしのことを嫌っているのに違いないのです。
真奈さんがそっと手を伸ばしました。そしてあたしの頬に触れます。あたしはびくりと身を固めました。
「何年ぶりかしら? 本当に綺麗になって」
真奈さんはそう言ってあたしに微笑んでくれたのです。
「真奈さん…あたし」
穏やかなあの頃のような微笑を目にした途端、あたしの全身に絡んでいた鎖が解けて落ちました。
途端にあたしの目からは涙が溢れ出したのです。
一度溢れた想いは、もう止めることは出来ません。あたしは真奈さんに抱きつきました。真奈さんの懐かしい匂いがします。
「真奈さんっ! 真奈さんっ! 真奈さんっ!」
そんなあたしをそっと包むように真奈さんは抱きしめてくれました。
「ごめんなさい、ごめんなさい、まなさん、ごめんなさい」
あたしは必死で彼女にすがりつきました。
これが夢では無い事を願って。消えてしまわないようにと願って。
彼女は消えたりはしませんでした。あたしの心はあの時の、高校生の頃に戻っていました。
「あらあら、正美ちゃんったら。どうして謝るの? 折角久しぶりに再会したというのに。そんなに泣いたら綺麗な顔が台無しになってしまうわよ」
そう言って頭を撫でてくれたのです。
あたしは暫くそのまま泣き続け、真奈さんもそのままあたしを抱きしめていてくれたのです。




