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夏の夜のクリスタルレイン  作者: イリ―


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二本の水晶柱

 廊下の端に辿り着いた。最後の扉はこれまで通ってきた透明なものとは違って真っ白な素材である。

 セキュリティロックを解除すると扉は軽々と開いた。もっと重厚な開閉が行われると思っていたのだが、どうやらこれも特別な素材で然程の重量はないのかも知れない。


「ここが新たなる世界を生み出す場所だ」


 手を差し伸ばした桐崎(きりさき)に導かれるようにしてわたしはその部屋に足を踏み入れた。

 真っ白な空間。だが少々薄暗い。

 コンソールパネルのようなものが並ぶ白い部屋の先には巨大なスクリーン状の窓がある。そちらは異様に明るい。窓の先には透明な素材で覆われた部屋があるようだった。

 ()()()と言うには理由がある。透明なその素材がなんなのかは知らないが、透明であるが故に眩しいまでの光も相まって、その厚みや形状に至るまで把握し難いのだった。数名の研究員らしい人達が何かを相談しながらコンソールを操作している。

 巨大な水晶柱が屹立(きつりつ)しているのが見えた。

 それが大きなものであるということは分かった。その脇に立つ研究員の姿があったからだ。おそらく五メートル近い高さがあるだろう。しかも、それがもう一本。

 一対の巨大水晶柱がそこにあった。

 あまりの光景に声が出なかった。こんなもの見た事もない。

 これが桐崎の言っていた『特殊な石英結晶』なのだろう。

 社長の入室に気がついた研究員達が一斉に立ち上がってこちら、正しくは桐崎に向かって頭を下げた。桐崎が手をかざすと研究員達は再び作業に戻る。


「ここの部屋は見た通りに特殊でね、わが社の技術力を結集した部屋だ。ここに足を踏み入れられるのは社内でも極めて少ない。この部屋自体がテクノロジーの結晶なのでね。君にも守秘義務に関する誓約書を書いて貰ったのはその為だ」


 ここに来る前に十五枚に及ぶ誓約書に署名させられた。破れば法的に処罰を受けるような内容のものである。

 一人の研究員が近付いて来て桐崎に挨拶するとわたしにも一礼をした。


凪良(なぎら)主任、進捗はどうだ?」

「現在セクション3までクリアしています。予備起動は行えますがいかが致しますか?」

「構わない。そのまま続けてくれ、予定時刻までに間に合えばそれでいい」


 男が頭を下げて立ち去ると、こちらに来たまえと桐崎がわたしを呼んだ。


「この部屋は周囲を分厚い特殊強化プラスチックで覆われている。発生する膨大な電流に耐えられるだけの強度と耐性を持たせた我が社の特別製だ。厚みは一メートル五十、強化された絶縁体の壁だ。電気は外には出られない。また球状だからこそ表面を帯電する電気も無駄にすることなく循環できるのだ」


 部屋が球状であることも言われて初めて分かる。それ程の透明度があった。

 桐崎は両手をズボンのポケットに差し入れ巨大な窓の前に立った。既に研究員達は部屋から出て今は巨大な水晶柱が立ち並んでいるのだけが見える。水晶の足元には支えるような金属製の土台が見える。恐らくエネルギー供給用なのだろう。


「もうすぐだ」


 わたしはそう(ささや)く桐崎の横顔に浮かんだ小さな微笑に、なぜかうすら寒いものを感じた。その微笑に浮かんだものは夢や希望といった類のものではないような気がしたのだ。

 そして水晶を見る島野さんの無表情からも何も読み取ることが出来ず、その様子は死後の世界にいる沙耶のそれにさえ思える。


 わたしは巨大な水晶柱を見ながら不安に襲われていた。

 共振作用を利用した新たな発電技術。

 確かに素晴らしい技術かもしれない、革新的な発明なのだろう。


 しかし、兄が求めたものは本当にそんなものだったのだろうか?

 わたしは一人、妙な違和感に薄気味悪いものを感じていた。


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